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ワーキングコンチェルト 前編


奏視点です。



 なんだか、すごくすごく長い夢を見ていた気がする。

 最初は怖くて恐ろしい夢で、徐々に優しくて暖かい夢に変化していった。


 まあ、内容はさっぱり覚えていないんだけどね!



 重い瞼をゆっくりと開ける。ぼんやりとした視界が鮮明なものへと変化した。そして私が最初に見たのは、人の顔だった。



 って、なんで目の前にハリウッド俳優すら霞むほどの美形がいるの!



 歳は私と同じ10代後半だろう。黒髪に、神秘的な金色の目の中性的な青年で、思いっきり西洋人顔だった。まるで宗教画に描かれている神様みたいに整い過ぎた顔で、温かみは感じない。



 ちょっと待って。ここ日本だよね? でも、目の前に明らかに日本にそぐわない人が居るんですけど! Why!



 内心で混乱していると、謎の美形青年が花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。



 美しすぎて逆に怖いんですけど! マジでやばいよ。宗教の勧誘なら、うっかり入信しちゃいそうだよ!この人、絶対に人間じゃねーわ。……そうだ、人間じゃないよ。きっとまだ夢の中なんだよ! でもどうして、こんな美形青年が私の夢に?もしかして……



 私 、 欲 求 不 満 な の !?



 まさかね。うら若き乙女が欲求不満だなんて……ナイナイ。夢は深層心理を表すって言うけど、きっと嘘だから。ほら、私って乙女ゲーよりギャルゲー派だし? 



 

 うん。あれだ。



 その幻想をぶち殺すぅー!



 寝ながらの体勢だが脇を締め、渾身の力を込めて美形青年の頬をぶっ叩く。美形青年は数メートル吹っ飛んだ。



 ふはははっ! さすが……夢?


 ……なんだか肉に食い込むリアルな感覚があったんだけど。あれれ?



 「何これ、現実?」



 少しだけ怠い身体を起こす。私が居たのは床も壁も白い珍しい部屋だった。高級そうなアンティーク家具も置いてある。



 え? どこの高級ホテル? 



 ひたすら困惑していると、吹っ飛んだはずの美形青年が、いつの間にか私の傍にいた。頬に手を当てているが、腫れや赤みはない。先程と同じ微笑みを浮かべ、美形青年は、私を更に困惑の渦に呑みこませる爆弾発言をかました。



 「おはよう。我が娘よ」



 やべぇ……幻聴が……。



 「すみません。耳がおかしくなってしまったようで。もう一度言ってもらえますか?」


 「む・す・め」


 「鏡見てから出直してこいやぁぁぁあああああ!」



 明らかに顔立ちが違うよね!? 歳も同じぐらいじゃん! まさかこのセリフを逆の意味で使うとは思わなかったよ!



 「くすくすっ。やっぱり面白いなー。君を目覚めさせて良かった」



 うんうんと頷きながら1人で納得している美形青年。説明プリーズ!



 「夢だ……これは夢これは夢。可及的速やかに目覚めて! 現実の私!」



 若干、中二病臭いセリフを叫びながら祈っていると、美形青年が私の両頬をつねり上げた。



 「いひゃ……いひゃひゃひゃい! はなひぇー」


 「さっきはよくも我を吹っ飛ばしてくれたね? これは仕返しだよ。おりゃ!おりゃ!」



 上下左右に……しかも、緩急をつけて美形青年は私の頬を弄ぶ。その計算された痛さに、私は涙が滲んだ。




 たぶん数分はつねられた。漸く解放された頬は、ヒリヒリと鈍い痛みが続いている。



 あー、痛い。この痛さは現実だわ。確かにビンタしたのは悪かったよ? でも、こんなにつねることないじゃない。私は乙女だよ!頬が伸びてブルドックみたいになったらどうするのさ!



 「あー、楽しかった。そう言えば、自己紹介をしていなかったね。我にとっては今更な気がするけど。もう1000年近く一緒に住んでいるし」


 「はぁ!?」



 頭おかしい系なの!? 残念な美形!?


 訝しげな眼を向ける私のことなどお構いなしに、美形青年は話を続けた。



 「我の名はオリフィエル。創造主とか神とか色々な呼び名があるが……まあ、そんな感じの存在だ。めっちゃ偉いとだけ思ってくれればいい」


 「適当すぎんだろ!」


 「しかも、君のパパさ!」


 「そのネタまだ引っ張るの!?」



 ツッコミを入れる私に、美形青年――オリフィエルは、「ホントなのに~」とか言いながら指をパチンッと鳴らした。すると私の目の前にいきなり大きな姿見が現れる。



 「私だけど、私じゃない……?」



 姿見に映ったのは、白いワンピースを着た10代後半の少女。顔立ちは私と同じ。髪と目の色もだ。だけど、肌の色は白く透き通っている。身長も心なしか前より高い?


 私は全身を隈なく調べる。すると、左肩にあった痣と首筋にあったホクロが消えていた。



 「良くできているだろう? 奏の魂の記憶を頼りに再現したのだ。素体は我の肉体の一部を切り取って使っている。それに悪目立ちしないように、肌の色と身長をクランヴォールに馴染むように調整した。黒髪と黒目は、我が気に入っているからそのままだが。ほら、髪色なんて我とお揃いだし?」



 自身の髪の毛をくるくると指に絡めながら、嬉しそうにオリフィエルは話す。



 「え……私の身体じゃない?」


 

 オリフィエルの言っていることは滅茶苦茶だ。でも、おそらく事実だ。こんなトンデモ状況の中で、私は何故か冷静だった。そして、そっと自分の胸を揉んだ。



 「……どうして、胸を盛ってくれなかったんだよぉぉおおお!」



 姿見には慎ましやかな胸が映っていたが、希望を捨てきれず揉んでしまった。そこには慣れ親しんだ、ギリギリ揉めるぐらいの貧にゅ――美乳が存在していたのだ。



 「そのままが一番じゃないのか?」

 

 「いやいや。キャラメイクできるなら、盛ろうよ! 夢と希望がいっぱいだよ!?」


 「ふふっ。面白いことを言うな。……これ以上の修正は加えない。その方が面白そうだからね」


 「面白いって言った!? 全国の悩める女子を敵に回したよ! そもそも、どうして私はこんな所にいるの? 身体が違うの? 訳が分からないことの連続なの?」



 喚く私に、オリフィエルが宥めるように答える。



 「それは奏が禍津神だからだよ」


 「まがつかみ……?」



 禍津神って確か災厄をもたらす神様のことだよね。それが……私?



 「そうだよ。奏は、訪れるはずだった未来を大きく改変し、力を手に入れた。そして肉体の死に耐えきれなくなり、破壊と呪いの化身となったんだ。思い出さないかい?」





 肉体の死……?



 そうだ……そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだ。




 思い出した。




 私は死んだ。




 すべてが憎い。




 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。








 全部……壊そう。








 「はい、そこまで」



 身の内に渦巻く黒い感情を解き放とうとすると、オリフィエルに額を軽く叩かれた。何か力を使ったのか、私の心がスッと軽くなる。



 「……私、禍津神になったの?」


 「そうだよ。世界を救った奏は、世界を憎み、世界を壊そうとしたんだ」


 「壊そうとした……? 壊したじゃなくて?」


 「凄かったよ? 空間は捻じ曲げるし、呪詛と瘴気はばら撒くし。まあ、我が止めたからねー。被害はそれなりで治まったよ。これでも創造主だしぃ? 地球世界は、絶賛修復中さ」


 「私は……もう、日本には戻れないの?」



 そう質問すると、オリフィエルはふざけた態度から一変し、射抜くような視線を私に向ける。



 「さっきみたいなことになるよ。奏は、また壊したいのかい?」


 「……ううん。私は、壊したくない」



 死の間際のことを思い出しただけで、我を忘れた。私は厄災。人間としては、生きられない。日本に戻ったらきっと、さっきみたいなことになる。何もかも憎んで、壊してしまう。……大切な人たちもすべて。だから、私は帰るべきじゃないんだ。


 私は戻らないと決めた。しかし、心は追いつかない。泣きそうになるのを抑え、無理やり明るく振る舞った。



 「それにしても、禍津神の力を手に入れるほど、改変した未来ってなんだろう!」


 「バタフライ効果って知っているかい?」


 「えっと、些細な小さなことが様々な要因を引き起こして、だんだんと大きな現象へと変化する……だっけ?」


 「そうそう。本当は、あの日、奏は死ぬ運命じゃなかったんだよ」


 「え?」


 「君が助けた男の子が、本来、死ぬはずだった。男の子は死んだ後、母親が宗教にのめり込み、多額の寄付をその宗教団体にするようになる。数十年後、力をつけた宗教団体は日本でテロを起こすが、失敗。主犯格たちは全員逮捕されるが、宗教団体が研究していた薬物に関する資料が他国に流失。更に100年後、その資料が元になった研究が実を結び、未だかつてない生物兵器が誕生する。それを情勢が安定しない国が手に取り――」


 「ああ、もう! 長い! 一言でまとめて」


 「なんやかんやあって、地球の生物が根こそぎ滅びる」


 「なんやかんや怖すぎだよ!」 



 そりゃ、禍津神にもなるわ! 世界救ってるもん!



 「理解いただけたようで嬉しいよ。そんな訳で奏には、我の管理するもう一つの世界。クランヴォールで生きてもらう」


 「くら……? 生きる……?」


 「生きたいと言っていたじゃないか。心残りも消すために、クランヴォールで人生を送ってもらう。……最後には、我の元に帰って来てもらうけどね」



 もう一度人生を送れるのは嬉しい。だけど……。



 「ちょっと、待ってよ。私は禍津神だよ。絶対に野に放っちゃいけないって! 自分で言うのもなんだけど!」


 「大丈夫大丈夫~。適当に力は封印するから」


 「適当ってなんだ! というか……めっちゃ不安なんですけど。クラなんとかっていう世界は、安全なんだよね……?」


 「我を誰だと思っているんだ? もちろんだいじょ――あっ」



 何か思い出したようにオリフィエルは口をポカンと開けた。そして舌をぺろっと出し、コツンッと軽く自分の頭を叩いた。アホ面なのに、崩れない美しさ。しかし、非常にイラつく顔である。



 おい。なんか嫌な予感がビンビンするんですけど!?



 「あと数年でクランヴォールが滅びるの……忘れてた☆」


 「全然、まったく、一切……だいじょばねぇぇぇぇえええええええ!」









奏の死は無駄ではありませんでした。

後編へ続きます。



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