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運命を変えた日 後編


本日二話目。

※残酷な描写があります。苦手な人はご注意を。




 シャッターを完全に閉め、銀行内は閉鎖的な空間と化していた。


 人質は窓口前に纏めて集められ、全員、携帯やスマホ、パソコンなど、外部への連絡手段となるものが全て没収……というよりも、破壊された。私のスマホも床に叩きつけられ、水を張ったバケツに放り込まれた。悲しくて悔しくて、怒鳴り散らしたかったけれど、恐怖で私の身体は動かなかった。写真も大切な人達の連絡先もすべて……消えていくのを見ていることしか出来なかった。


 ただの平凡な女子校生である私はもちろんのこと、人質は抵抗することを諦めていた。圧倒的な力を振りかざす男たちに立ち向かうなど、無謀すぎる。



 「さて、そろそろ人質から役者を選ぼうか」



 まるで商品を見るような目で、男たちは人質である私たちを見つめる。襲撃者の中の男の1人が、銀行員の制服を着た、20代の綺麗な女性を人質の中から引っ張り上げる。



 「嫌! 嫌ぁぁああああ!」


 「静かにしねーか!」



 バシンッと容赦なく女性に男は平手打ちをする。女性の白い頬はみるみる赤く腫上がった。虚ろな目をしながら、女性は男に引き摺られ、リーダー格らしき男の前へ連行される。


 それを見た人質たちは、誰もが息を顰め、顔を俯かせた。もちろん、私もその一人だ。


 しかし、そんな抵抗も虚しく、私は人質の中で唯一、制服を着ている女子校生というだけで『役者』とやらに選ばれた。



 「ママッ! やだよ、ママッ!!」


 「お願いです! わたしがこの子の代わりをします!だから――」



 キラキラ星の楽譜を持っていた男の子も選ばれてしまった。大人しく従った私とは違い、男の子と母親は必死に抵抗する。しかし――



 「うるせーぞ」


 「ママッ!」



 母親は男に殴られ、衝撃で意識を飛ばしてしまった。恐怖は伝染する。その後、選ばれた役者たちは、絶望した顔をしながら粛々と男たちの命令に従った。



 

 

 役者は全部で5人だった。銀行員の女性と、たぶんこの銀行で一番偉い中年男性、5歳ほどの男の子、すごく体格のいい若い男性、そして私。


 私たちは一列に並ばされた。男の子は唯一の知り合いである私に縋るようにギュッと抱き着いている。その温もりに、私は少しだけ救われた。



 「それじゃー撮るぞー。良い顔見せてくれよ? ネット配信するんだからさ」



 下卑た男の声と共にビデオカメラが回された。私と男の子が支え合っている姿や、銀行員の女性が震えている様子はお気に召したらしく、男たちはニヤニヤと笑っている。



 「こんな――こんなことが、許されると思っているのか! 外道が!」



 役者の1人の若い男性が叫びを上げる。しかし、待ってましたとばかりに覆面をした男が数人取り囲み、暴行を加え始めた。



 ドカッバキッメキッと普段聞きなれない鈍い音がした。若い男性の顔と身体が血塗れになり、歯が数本飛び散ったところで、暴行を加えていた男の1人が問いかける。



 「で? なんか言ったか?」


 「じゅび……まへ、ん」



 若い男性が屈服したところで、暴行は終わった。おそらく、この状況を作り出すために、若い男性は役者に選ばれたのだろう。私はただ、男の子の視界を塞ぐことしか出来なかった。



 襲撃して来た人達は、頭がおかしいの?馬鹿なの?……まあ、馬鹿でなければ銀行に立てこもったり、ネットに動画を投稿したりしないよね。



 内心では馬鹿にしつつも、恐怖は増す。この癇癪持ちの子どもみたいな奴らに、私たちの命は握られているのだ。大きな力で、何を仕出かすか分からない。恐怖以外の何物でもないだろう。



 動画を取り終えたカメラマンの男は、どこかへ消えた。外への交渉条件やらを編集し、動画をネットにアップするのだろう。



 私たちは銃を突きつけられたままで、緊張状態は休みなく12時間続いた。





 12時間も経てば、状況も変わる。


 いつの間にか、銃を突きつけられるのも慣れた。最初はトイレに行くことも許されなかったが、1人が漏らしてからは、異臭に耐えきれなくなった男たちが監視付きではあるが、トイレへ行くことを許してもらえるようになった。食事についてはどうしようもなかったが、極度のストレスからか、空腹にはならなかった。……いや、食欲が湧かないという方が正解かもしれない。


 ただ、外との交渉はうまく行っていないようだった。大方、無理があり過ぎる要求を突きつけているのだろう。



 「おねえちゃん……」


 「どうしたの。寒い?」



 煩くされたら困ると言って、男の子は母親と離されたままだった。母親の方は意識が戻ったが、頭部の怪我の影響で、ぐったりとしている。そんな状況でも泣かないこの子は、本当にすごい。この子が泣かないから、私も自分を奮い立たせているのだ。


 震える男の子に寄り添う。


 早く、この非日常が終わりますように。ただそれだけを願う。



 しかし運命は残酷だ。




 ――バリンッ ガシャンッ




 遠くでガラスの割れる音がした。その音と共に、襲撃者の男たちが全員、人質の私たちの前に集まる。皆、焦った様子で、軽いパニック状態のようだった。



 こっちのほうがパニックになりたいっつーの!



 「チッ。警察が突入しやがった!」



 男が一人そう言った。私たち人質は、何でもない顔をしながら、心は歓喜で満ち溢れる。



 助かる……私たちは助かるんだ……!



 「早く逃げようぜ」


 「人質はどうする!」


 「こうなったら、見せしめに何人か殺して警察を引かせろ!」



 半狂乱になった男の1人が、一番幼い男の子に銃を突きつけた。


 名前も知らない。今日会ったばかりの男の子。だけど私は、この子が一生懸命な努力家でピアノが大好きなことを知っている。この子の人生は、始まったばかり。ここで死なせちゃいけない。



 守らなくちゃ……私の方がお姉さんなんだから!



 使命感に身をゆだね、私は男の子を突き飛ばし、盾になる。男の子は床に転がったが、軽く擦りむいただけだろう。



 ホッと胸を撫で下ろした瞬間。

 私の中を冷たい固まりが通り過ぎて行った。



 かと思えば、胸が焼け(ただ)れるように熱い。



 「かっは……」



 口から反射的に熱いものがせり上がり、吐き出された。手に付着した、粘り気のある唾液とは違う液体は、鮮やかな(くれない)だった。



 血なの……? 私から、こんなに、いっぱい……!



 ガクンと足が私の意思とは無関係に傾き、後ろ向きに倒れる。



 「おねえちゃん!」


 「わた……そん、な……じゃな、た……」



 ドバドバと蓋を開けたペットボトルのように私から流れ出す血液。それらは最初は生温く、徐々に冷え、私を濡らしていく。激痛に身体が麻痺したかのように痺れる。



 視界はボヤけ、次第に黒く塗りつぶされる。耳も今ではゴーという音しか聞こえない。



 本当に……これが私の身体なの……?



 徐々に五感は失われていき、頭ばかりが冴えわたる。


 焼き切れるような感覚と共に、脳内に映像が流れた。それは、私、相原奏の人生だった。忘れかけていた幼少期の出来事や、つい最近の出来事まで全部。辛いことや悲しいこと、嬉しかったことや楽しかったこと、どうでもいいことから、一生の思い出まで、すべて映し出された。



 走馬灯ってやつなの? こんな……こんな、酷いことってないよ!!



 来週はりっちゃんと優子と一緒に映画を見に行く予定だった。カズくんにはゲームを返してもらっていない。弟には、今朝プリンを勝手に食べたことを謝っていない。バイトをたくさんして新しい洋服が買いたかったし、今回の期末試験の結果も知らない。高校だってまだ半分の残っているし、大学生になって充実したキャンパスライフをおくることも、公務員と結婚する夢も叶っていない。成人式では、お母さんの振袖を着る予定だった。お父さんとは最近、会話らしい会話をしていなかった。親孝行だって、まだしていない。



 私は、やり残したことが沢山あるのに……死んでしまうというの?



 迫りくる死の恐怖と生への渇望。後悔と、理不尽な世界への怒りが溢れる。



 痛い苦しい怖い辛い冷たい痛い苦しい怖い辛い冷たい痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛い



 もはや思考も乱れ、負の感情に完全に支配された。



 何故、私は男の子を庇ったのだろう?


 こんな痛くて辛い死が待っているのならば、私は助けたりしなかった!


 私の人生は、まだまだ続くはずだったのに……!


 どうして……! なんで……!


 私は死ぬの? そんなの嫌だよ!


 死ぬのだとしたら、こんな……こんな理不尽な世界なんて、全部全部無くなってしまえばいい!


 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 


 消えてしまえ!!

 













 どうして、誰も私を助けてくれないの……?










 その思考を最後に、私の脳内は靄に包まれた。五感を失った身体はピクリとも動かず、血液も出し尽くしたのか、最初の頃のような吹出す感覚はない。


 この拙い思考も、いつまで続けられるか分からない。



 ただ、憎しみが増すだけ。



 どれだけの時間が経っただろうか。一分、一時間? 一秒かもしれない。


 突如、五感を失っていたはずの私が声を拾った。




 ――随分と、派手にやったね。




 心地よい若い男性の声だった。しかし、その男が生きているというだけで、どうしようもない嫉妬と憎悪が湧きあがる。




 ――まあ、いいや。君の望みは何? 世界を滅ぼすこと? 生きるもの全て、憎悪の心に従って駆逐すること?



 この声がなんなのか分からない。死にゆく私の幻聴かもしれない。だが私は、欲望を言葉に乗せ、心に念じる。

 


 望み……? そんなの決まっているよ。私は……。




 『もっと……生きたかった……!』







襲撃者については御想像にお任せします。

宗教、テロ、ヤクザの弾き者などなど……。


次回は、声の主視点です。

更新の方は私用があるため、遅くなります。お待ちくださいませ。

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