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眠りの荊姫 後編

 この鋭い殺気はなんでしょう? 何か失礼になることを仕出かしたのでしょうか……?



 義兄殿から向けられる殺気にゾクゾクしつつ、自分の対応の不備について思考する。



 「ああ、剣を向けて話すものではありませんね。それに自己紹介もまだでした。月の国の王弟で、将軍の地位におります。サヴァリスと申します。以後お見知りおきを」



 剣を鞘に納め、カナデの兄弟たちに簡単な挨拶をする。



 「まあ! カナデちゃんに初ロマンスが……。こんな状況でないのなら、根掘り葉掘り聞くのに!」


 「ティッタ。馬鹿なことを言っていないで、カナデの呪いを確認します。尤も、カナデを命を蝕む類ではないのは把握しているので、深刻な事態にはなっていないと思いますが」



 義兄殿は私を睨みつけながらカナデの元へ向かう。その後ろを妖精とアクアドラゴンが続く。



 「でも油断は出来ないわ。タナカですら、解呪できない代物だったのですもの。……サヴァリスちゃん、わたくしのことは、ティッタお姉ちゃんと呼んでね! アイルのことは呼び捨てでいいわ!」


 「勝手に決めんな!」


 「分かりました。ティッタ姉上、アイル殿」


 「ナッサンはキレてるし、ババアは妙に興奮しているし、この人族は色々な意味でヤベェし……。カナデ、早く起きてくれ!」


 「煩いですよ、アイル」



 義兄殿はアイル殿を嗜めた後、カナデの呪いを調べ始めた。額や首を触診した後、予めブラウスが肌蹴られた、呪印が浮かぶ胸部に目をやる。呪印を見て、忌まわしそうな顔をした。



 「命を奪うものではない。だが……随分と趣味の悪いですね。やはり、ヤツの仕業。しかし気になるのは……。月の国の王弟殿。呪印が見えているでしょう?」


 「……ええ。よく分かりましたね」



 神獣である義兄殿相手に隠しても仕方ないと、私は素直に答えた。



 「歴代の加護持ちは皆、呪印を視認できていましたから。カナデは、どういった経緯で倒れたのですか?」



 加護持ちについて深く聞きたかったが、私はグッと堪え、黒の呪術師が創りだした迷宮をカナデと共に攻略したこと、最終階層で突然カナデが倒れたことを説明した。義兄殿は終始、眉間に皺を寄せていた。そして全てを聞き終わると、拳を握りながら、怒りに身を震わせていた。



 「黒の呪術師だと……まだ、そんなふざけた名を使っているのか……! あのクソ野郎……私の大事な妹にも手を出しやがって……」


 「ナッサンが壊れた!?」


 「あら。これがタナカの本性よ?」


 「タナカとやら。カナデは死ぬ事態は避けられる、ということだろうか」



 混乱と恐怖で縮こまる医局員たちを押しのけ、サルバドールが質問した。義兄殿は、怒りから余裕のある表情に一瞬で切り替え、サルバドールの質問に答えた。



 「カナデが死ぬことはありませんよ。この呪いは精神支配系の強力なもののようですが、死を強制させるものではありません。それに呪いが活性化しているというよりも、解呪に向かっているようです。おそらく、中途半端に解呪されたことによって呪いが暴走し、カナデの身体が本能的に呪いを押さえつけて、今は解呪に専念しているのでしょう。死んだように寝ているのは、その影響です。時間はかかりますが、カナデは目覚めます。ただ……」


 

 義兄殿は、心配そうに眠るカナデの頭を撫でる。



 「カナデに呪いをかけたのは、一人ではないようです。一人は私も知る者でしたが、もう一人は……術者の痕跡すら見つからない。恐ろしいことです。あの男以上の力を持つものがいるなど、考えたくもない。……カナデが目を覚ませば、色々と分かることがあるでしょう」


 「カナデちゃんが無事で良かったわ」


 「まっ、カナデは簡単に死ぬようなタマじゃないだろ」



 色々と懸念事項があるが、カナデが死ぬような事態を避けられたことに、皆が安堵した。私もすっと心が軽くなる。



 「良かったです……カナデが生き続けることが出来て……」



 私がカナデの元へ近づこうとすると、義兄殿が立ちふさがった。



 「……月の国の王弟殿。カナデに近づかないでください」


 「もう、タナカったら! 女の子は恋をして成長するのよ。浮いた話一つ無かったカナデちゃんにロマンス到来。こんなにカナデちゃんを想ってくれているんだもの、応援するべきでしょう?」


 「カナデにはまだ早いです、ティッタ!」


 「女の子は、いつか旅立つものよ。これだから兄は……」


 「神獣に妖精に竜……魔法陣の発展が見える! お願いだ、解析させてくれぇぇええええええ!」


 「カナデの知り合いの人族は、変なヤツしかいねーのかよ!」



 言い合いする義兄殿とティッタ姉上。そしてアイル殿の足に巻きつくサルバドール。その光景を見て、私は忍び笑う。



 ……この中にいると、私も普通の存在に見えるかもしれませんね。




 刃も通らぬ強靭な肉体。人族の許容量を超えた魔力。永遠に生きようとすれば生きられる長い長い寿命。そして、戦いへの執着心。肉体的にも精神的にも人智を超えた化物である私は孤独だった。家族に愛され、排斥されない恵まれた環境に生まれる幸運に恵まれたが、それでも私は……『異物』なのだ。


 そう遠くない内に、私は愛する月の国から消えなければならない。寿命の長すぎる英雄の王族など、いくら身内を大切にするこの国でも、争いの種になるからだ。


 

 家族が死んだ後、私は孤独に耐えられるだろうか? 


 

 そう考える内に、私は『時間』が恐ろしくなった。だから失うものが増えるのが嫌で、結婚を避けるために、婚姻の自由を戦争で活躍した褒美として兄上から貰ったのだ。兄上や義姉上たちが私を結婚させようと色々と仕掛けてきたが、悪いと思いつつ私はそのすべてを断った。



 しかし、孤独だと思っていた世界に1人の侵入者が現れる。



 義姉上に無理やり押し付けられた、空の国の大使を迎える役割。その時、私はカナデと出会う。カナデから溢れる、私以上の魔力。超級の魔物を簡単にあしらう戦闘能力と汎用性の高い魔法技術。私と同じ長い長い寿命。



 そして何よりも、それだけの力を持ちながら、しっかりと自分を持ち、生きることを楽しんでいる姿。



 その生命力溢れる様に、私は心惹かれた。あの時ほど、自分が掴み取った婚姻の自由と性別を感謝したことはない。男女であれば、本当の家族になれる。共に終わりない人生を歩める。カナデは、私にとって奇跡のような存在。だから、私がカナデを諦めるという選択肢はない。



 ……必ず、カナデの心を手に入れてみせますよ。  



 皆の目を盗み、カナデの傍に寄る。その時、カナデの胸に咲く、薔薇の呪印の花弁が一枚消えた。おそらく、この花弁が全て散った時にカナデが目覚めるのだろう。カナデの服を整え、手を握る。そしてカナデの白く華奢な手の甲にそっと口づける。



 「早く笑顔を見せて下さいね。私の荊姫」




 

あれ?おかしい。

爽やかな話にする予定が、ねっとりヤバイ話になった……。


加護持ちの二人がカナデに求めていたことは正反対。ポルネリウスは自分を看取ってくれる存在を、サヴァリスは共に生きてくれる存在を求めていました。


今回で迷宮編は終了です。

次話からは新章『真相編』に入ります。

相原奏の過去まで遡り、作中のほぼ全ての謎が解かれる!……と思います。


ではでは、次回をお待ちくださいませ。

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