眠りの荊姫 中編
帰還魔法では月の国の王城に転移することが出来るが、細かい場所までは操作できない。戦闘系以外の魔法が苦手なことから、この件については諦めている。
「おおうっ、サヴァリスか。帰還魔法を使ったのか……? 何か緊急事態でも――」
今回の帰還場所は、王である兄上の執務室だった。話を最短で通しやすくて助かる。
兄上は、突然現れた私に驚いたようだったが、帰還魔法を使ったことに気づいたことで真剣な顔になった。しかし、私の腕の中にいるカナデを見て、再び驚きの表情を浮かべる。
「さささ、サヴァリス! カナデへの求婚に成功したのか!? 空の国の許可を得ずに無理やり連れて来たとかじゃないだろうな? もしもそうなら――月の国の王として……いや、弟を愛する兄として、ふたりの恋路を全力で支援しようじゃないか! ついに、念願の義妹が!」
「違います、兄上」
暴走する兄上を制止する。兄上は誠実な王だが、身内のことになると暴走する癖があるのだ。
……まあ、愛されている自覚はありますね。この歳になっても弟愛が強いのは考えものですが、そのおかげで、人智を超えた私が人族として生きることが出来たのです。
「兄上。カナデが呪術に侵されていて、大変危険な状態です。効くかは分かりませんが、我が国の治療を受けさせてもよろしいですか?」
「呪術だと!? 色々と聞きたいことはあるが……詳しい話は後で聞こう。医療系の技術ならば、我が国は人族領一だ。存分に使うがいい。ただ、呪術に対してどこまで有効なのかは分からん。あまり期待はするな」
「ありがとうございます、兄上」
「呪術に関しては、こちらで調べよう。……医局の精鋭と、魔法局のサルバドール・ガラン副局長をサヴァリスの元へ向かわせるのだ!」
兄上は、控えていた側近に指示を出した。私は兄上の執務室から一番近い客室へと向かう。
整えられたベッドに、カナデをゆっくりと下ろす。先程までの熱さから一転し、カナデの身体は酷く冷えていた。
「将軍! カナデが倒れたとは本当か!?」
ノックも無しに勢いよく扉が開かれ、サルバドールがかなり切羽詰まった様子で私とカナデの元へ駆け寄る。サルバドールとカナデは学生時代からの親しい友人だ。この焦りようは当然かと思われた。
「ガラン副局長――いえ、サルバドール。内密でお願いしたいのですが、カナデは呪術に侵されています。貴方にはカナデの身体を調べていただきたい」
二人だけしかいないので、普段の役職名呼びではなく、名前でサルバドールを呼ぶ。彼のことは幼い頃から知っているので、こちらの方が呼びやすい。
「呪術か……了解した。医局の医師が来るまでにカナデの容体をできるだけ調べる。まさか、こんな形でカナデを解析することになろうとはな」
サルバドールは魔法陣の描かれた手袋をはめると、カナデの腹に両手をかざし、解析を始めた。普段は勇者を異世界から召喚したり、変な魔物を召喚して魔法局を半壊させたりと面倒事ばかり起こすが、やはり彼は天才だ。今使っている魔法陣を組み込んだ手袋など、彼以外には作り出すことはできないだろう。
「外傷は見られないが……魔力のすべてが胸部に集まっている。その他、体温が下がっている以外には異常は見られない。呪術の影響は……やはり、呪術師でないと解析できないだろう」
「そうですか」
サルバドールであっても呪術は分かりませんか。畑違いのこととはいえ、歯がゆいですね。
内心で悔しく思っていると、サルバドールが興味深げにカナデを見る。
「しかし驚いた。あれだけの魔法を行使するカナデの身体だというのに、普通の人族と変わりがない。魔力過多であると、魔力器官に異常が出ているはずなのに……普通の……むしろ、魔力のほとんどない一般貴族とそう変わらない。ますます謎が深まった」
「いくら気になるからと言って、抵抗できないカナデに無体を働いてはいけませんよ?」
「そんなことをすれば、ロアナに意識が飛ぶほど殴られる」
「どうだか」
私はサルバドールの過去の所業を思い出し、疑惑の目を向ける。
サルバドールの父は、元魔法局局長だ。その関係で幼い頃からサルバドールは城に出入りする事が多かった。そしてそのころから天才の片鱗は見せていたが、同時に変人の片鱗も見せていた。様々な事件を起こし、最終的には禁術書庫に忍び込んで、古の召喚魔法陣を発動させて超級の魔物を召喚したのである。
魔物の気配を察知し、私が召喚から1分も経たずに倒して最小限の被害に止めたが、当然、サルバドールは城を出禁になった。そこで反省をすれば良かったのだが、本人はこの醜聞をこれ幸いにと利用し、月の国と微妙な緊張状態だった空の国にある人間領最高峰の魔法教育機関ルナリア魔法学園に留学したのだ。
いつの間にかサルバドール係となっていた私だが、サルバドールが留学中は煩わされることもなく、士官学校で後進の教育をするなど有意義に過ごしていた。
……まあ、それも留学から帰って来たサルバドールにより終わりを告げましたが。
「何、やるなら決して見つからないように動く。だから安心したまえ。私も成長しているのだ、将軍」
「それは成長とは呼びません、サルバドール」
自信満々に胸を張るサルバドールに呆れながら、私は死んだように眠り続けるカナデの傍に寄り、手を握る。カナデの手は冷たいままだ。
「失礼します。遅れて申し訳ありません、サヴァリス殿下」
医局長が何人かの精鋭を連れて部屋に入室してきた。そして直ぐにカナデの元へ駆け寄り、容体を調べる。サルバドールも医局長に解析の結果を伝えていた。
……医局に出来ることはそうないでしょうね。
サルバドールの解析から分かるように、カナデの身体は呪術に侵されていることと、体温低下以外は異常がないのだ。それでは処置のしようがないだろう。
……どのみち、呪術をどうにかしなければいけませんね。
兄上が禁術書庫を調べてくれているとは思うが、おそらく結果は芳しくないだろう。呪術師は王侯貴族が率先して排斥してきた。多少の資料はあるともうが、呪術の根幹に触れるものは消されているだろう。まして、今回のカナデが侵されている呪術は、あの建国の竜を400年以上縛り付けていたもの以上だ。そう易々と解呪できるものではない。
どうするべきかと悩んでいると、突然、この部屋に強力な魔力の流れを感じた。私は剣を構え、戦闘態勢に入る。
「どうしたのだ、将軍。もしや、その剣にはカナデの編み出した魔法陣が刻まれていて、どんな呪術も跳ね返す素晴らしき能力が!?」
「馬鹿ですか、貴方は。ああ、魔法陣馬鹿でしたね。……誰か来ます。サルバドールはカナデを守って下さい」
呆れた口調でサルバドールに返しつつも、私は警戒を緩めない。サルバドールも魔力の流れを感じ取ったのか、カナデと医局員たちを守るように万能結界を張った。
一際魔力の流れが強くなったかと思うと、虚空から3つの影が現れた。
「あら? ポルネリウス並みに強い力を持っている人族が居るわよ。カナデちゃんと間違えたの、タナカ?」
十代前半に見える女がそう言った。あの落ち着き具合だと、見た目よりも年齢が上なのかもしれない。
「間違えてませんよ。そこのベッドにカナデが寝ています」
女の質問に答えたのは、白銀の毛並みに金色の目をした獣だった。……神獣でしょうか? 初めて見ました。
「うわっ! ヤベェよ、ナッサン。カナデからとてつもなくヤバイ気配がする」
「ヤバイヤバイ使い過ぎよ、アイル。アンタの語彙力はどうしてそんなに残念なの」
「うるせぇババア!!」
「あ゛あ゛ん゛?」
「スミマセンでした、姉貴!」
鮮やかな青い髪の青年が、女に魔族領の謝罪方法である土下座をした。
目の前で繰り広げられる会話に医局員は目が点になっている。サルバドールはキラキラと目を輝かせながら、観察するように彼らを見ていた。
「遊ぶのはそれぐらいにしなさい、二人とも」
「はーい」
「……助かった」
神獣は女と青髪の青年を仲裁すると、未だ剣を構える私の元へ優雅な動作で近づく。そして私の目の前まで来ると、人化の魔法を使った。
現れたのは、神獣のとき同様の色彩を持つ三十代ほどに見える美しい男だった。着ている服は装飾は少ないが、貴族の着ている服に似ている。この姿だけ見れば、高位貴族にしか見えないだろう。
白銀と金色の色彩……確か、カナデの兄も同じだったと建国の竜が言っていたはずです。
「月の国の王族で加護持ちの人族とお見受けする。私の名はタナカ。神獣です。そして、この二人は妖精族のティッタとアクアドラゴンのアイル」
「カナデの兄弟でしょうか……?」
「ほう……私たちのことをカナデから聞いているのですね。それなら話が早い」
神獣は、一瞬とてつもない殺気を放った。それは私個人に向けられたもので、思わず身震いをする。
……こんな感覚は久しぶりです。カナデに会って以来でしょうか? 一戦交えたい!
この3人は間違いなく、世界の強者。心が躍る。身の内で暴れる戦いたいという欲求を必死に押さえつけ、私はじっと神獣を見つめ、次の言葉を待つ。
「私たちの大事な妹を助けに来ました。引き渡していただけますか?」
「カナデの親友に私はすべてを託されました。ですので、彼女を引き渡すことはできません。ただ、呪術に関して手をこまねいていたのは事実。カナデを助けるために私共にどうかご助力を。義兄上殿」
口元を引きつらせ青筋を浮かべた義兄が、先程以上の殺気を私へと向けた。
・月の兄王は安定のブラコン。
・サルバドールはサヴァリスにとって、手の掛かり過ぎる弟みたいな感じです。
・タナカは突如現れた、カナデに纏わりつく虫の存在に怒っています。
思っていたよりも長くなってしまいました。
次こそは迷宮編最終話です。お待ちくださいませ。




