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眠りの荊姫 前編

サヴァリス視点です。

 「カナデ! 大丈夫ですか、カナデ!」



 突如苦しみだしたカナデに揺すりながら声をかけるが、息苦しそうに呻くだけで、こちらには何も反応を示さない。腕から伝わるカナデの体温は酷く熱い。予断を許さない状況なのは一目瞭然だった。



 意識がないのでしょうか……?



 何故、カナデがいきなり苦しみだしたのか。原因を探るが、やはり一つしか思い当たることはない。



 あのバナナの皮。何も無かったはずの場所に突如現れ、カナデと私を転倒させたもの。軍事訓練を受けていないカナデならば、転倒するのも分かる。しかし私は、軍人だ。自分の歩む場所に障害物がないか、常に意識している。ましてや、迷宮の中だ。最終階層の主は倒したとはいえ、当然警戒は緩めていなかった。



 それなのに私はバナナの皮に気づけなかった。まるで、一瞬にして転移していきたようです。……いや、転移させたのでしょうか? 誰が、どんな意図があって……?



 「はぁっ……うぐっ……」



 カナデは胸を掻き毟るように身を捩る。



 「胸が痛いのですか。……カナデ、申し訳ありません」



 未婚の女性にすることではないが、私はカナデのローブを脱がせ、中に着ているブラウスを肌蹴させる。カナデの中にある力の流れがすべて胸に収束されているのだ。こんな異常な力の流れは見たことがない。



 「これは……(いばら)でしょうか?」



 カナデの胸の中央。その滑らかな白磁の肌に大きな荊が咲いていた。黒と金色の荊で、入れ墨のようだ。しかし、鋭い棘が描かれた蔦が蠢いている。これが入れ墨ではないのは明白。荊は、カナデの精神にまで、深く深く根付いているようだった。禍々しいが、どこか神聖さも感じる不可思議な荊だった。



 「……呪い、でしょうか」



 風の国の建国の竜が、首に黒い呪いの首輪をしていたのは記憶に新しい。カナデにかけられた呪いは、おそらく、建国の竜以上のものだ。カナデが呪いで苦しんでいるのならば、少々厄介だ。呪術師が滅びた現在、解呪の方法など、人族には伝わっていない。



 それでも……私がすることは一つですね。カナデという、私にとって唯一で特別なの存在を失わないために最善を尽くす。ただ、それだけです。



 カナデの衣服を手早く整え、なるべく身体の負担にならないように抱え上げる。そして肖像画に描かれた転移魔法陣へと迷いなく飛び込んだ。



 一瞬にして世界が反転する。



 目の前には、もう何日も見ていない部下たちの驚いた顔があった。カナデの友人であるキャンベル外交官の姿も見える。そして迷宮に入る前と変わらずに、各国の文官たちが権益についての話し合いをしていた。



 ……それほど時間が経過していないのでしょうか?



 「閣下、ご無事ですか!」


 「カナデ!?」



 セレスタンとキャンベル外交官が、焦ったように駆け寄ってきた。その後ろをグェンダルがゆっくりと歩きながら追随する。



 「サヴァリス将軍! カナデは、カナデは……!」


 「……目的はカナデで、どうやら私は、おまけだったようです。迷宮の創造主の強力な力がカナデを蝕んでいます。一刻も早く、カナデを治療せねばなりません」


 「わたしが……わたしが過信していたから!」



 私の腕の中で意識を無くしてグッタリとしているカナデを見て、取り乱すキャンベル外交官に、呪印のことは隠して概要を伝える。今、ここには人間領の各国を代表した者たちが近くにいるのだ。滅びたはずの呪術がまだ存在すると知れば、人間領は混乱する。それに呪術が使えるであろう、カナデに対して良からぬ企みを考える愚か者も出てくるはずだ。



 「グェンダル。私とカナデが迷宮に入ってから、どのぐらい経ちましたか?」


 「……こっち(・・・)は、カナデ様と閣下がいなくなって、まだ30分しか経っていない」



 今まで私が潜った迷宮は、下界と時間経過が同一だった。黒の呪術師とやらの采配だというのだろうか。答えを導き出すことが出来ないのに、考えてもしょうがない。今、第一に考えるべきはカナデのことだ。



 「セレスタンは、こちらに残り文官と今回の件の調整。グェンダルは当初の予定通りに行動を。……私は、月の国に帰還する」



 明るい人柄で、人の懐に入るのが上手いセレスタンは文官の補佐に回し、グェンダルには虹の公国への調査継続を命令する。元々、今回の虹の公国の訪問は、迷宮攻略により恩を売ることと、虹の公国の今後の方針を探ることが目的だった。魔王討伐の混乱後に陽帝国から独立した小国とはいえ、月の国に対して悪感情を持っている可能性もある。虹の公国と友好を結ぶべきか、深入りをせずに達観するか、月の国としてはまだ判断するには情報が足りないのだ。



 「まさか、閣下!」


 「……セレスタン。命令は絶対。閣下は……使うべきだと判断した。それだけ」



 私の言葉から意図を察したセレスタンが抗議の声を上げたが、グェンダルがセレスタンを制した。それによりセレスタンは、グッと我慢するように黙り込む。



 ……貴族家出身だというのに、セレスタンは感情を制御するのが下手ですね。グェンダルは、どんな状況にも冷静な判断が下せる。その分、常に無表情なのが玉に瑕ですが。まあ、よい組み合わせなのには変わりないでしょう。



 私はセレスタンへ鋭い目を向け、再度、言葉をかける。



 「お前がいるから、私は使うことを決心した。意味は分かるな、セレスタン。二人とも、後のことは任せた」


 「「はっ」」



 絶対的な信頼を向けられたのが分かったのか、セレスタンは胸を張り、グエンダルと共に敬礼をした。



 月の国のことは大丈夫でしょう。問題は……。



 私は未だ動揺するキャンベル外交官へ問いかける。



 「私はこれより、カナデを治療するために帰還します。虹の公国はまだ信用できませんし、空の国は遠すぎます。キャンベル外交官、異存はありませんか?」


 「月の国には、カナデを治療する手立てがあるのですか!?」


 「確約はできませんが、最善は尽くします。信用は出来ないのなら、一緒に付いてきますか?」



 空の国の外交官ならば、キャンベル外交官以外もこの場にいる。彼女一人抜けても、空の国の外交に支障はでないだろう。



 私の言葉を聞いたキャンベル外交官は胸の前でギュッと両手を組み、一度深く息を吸ってから、しっかりとこちらを見据える。その瞳にはもう動揺の色は見えない。



 「いいえ、私はここに残りますわ。カナデのことは、すべて王から任せられています。カナデ個人を大切に思ってくれているサヴァリス将軍なら、信用できます。ですので、カナデのことは全面的にお願いしますわ。自分の利益しか目に映らない狸共は、わたしが捻り潰します。……王族も含めて」



 少々、私はキャンベル外交官を侮っていたようですね。さすがは、カナデが親友と公言している人物です。そう言えば、キャンベル家は何百年か前に月の国の王女が降嫁していましたね。身内を大切にする気風は、月の国の王家に通じるものがあります。



 「よろしくお願いします、キャンベル外交官。では、私は失礼します」



 私はカナデを抱えたまま、緻密な魔法を展開した。


 周囲が私の魔力により白銀に光る。その異様な光景に、こちらの様子を窺っていた各国の文官たちが驚きで目を見張った。それもそのはずだ。この魔法は、失われた属性と呼ばれる神属性なのだから。



 私が唯一使える神属性魔法。それは、帰還魔法。


 帰還魔法は、どんな場所からでも月の国の城へと帰還することができるというものだ。カナデの転移魔法とは天地の差がある性能ではあるが、それでも、軍事的には脅威に成りかねない魔法だ。実際に魔王侵攻の際は、帰還魔法が大いに活躍したのだ。



 防衛の要でもあるため、奥の手として、私が帰還魔法が使えることは隠されてきた。他国が知らないというのはそれだけで有利だからだ。だがそれも、この瞬間に消え去る。攻撃魔法ばかりが得意な月の国の王弟が、神属性魔法を使えるということが各国の知る所となったのだ。



 ……それでも、私に使わないという選択肢はありませんでしたね。カナデを失うことに比べれば、この後の事後処理など、大したことはありません。




 役目を終え、金の粒子を霧散させながら消滅する迷宮の塔を見ながら、私は愛しい少女を抱えて月の国へと帰還した。




長くなりそうだったので話を分けます。


・サヴァリスはオネエ竜が呪いをかけられているのが見えていました。見えないふりをしていたけど。


・キャンベル家が昔すごかった時に、国の結びつきを深める関係で月の国の王女が降嫁してきました。現在キャンベル家と交流があるのは王家ではなく、王女母の実家の方。その伝手を使い、ロアナは学生時代に月の国へ魔道具を売りつけて、空の国との政治的混乱を起こしました。



次話に続きます。お待ちくださいませ。

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