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一つ屋根の下で 前編

 ミノタウロスは瞬殺だった。


 そりゃもう、語ることがないほどの一瞬。サヴァリスに真っ二つにされて、ボトリと血しぶきをあげながら地面に転がったミノタウロスの顔は、恐怖一色……だったような気がする。流石に牛の表情は見分けられないし。そして殺った側のサヴァリスは、ミノタウロスの予想以上の弱さに、少しだけ落ち込んでいた。……さすが戦闘狂パネェ。


 ミノタウロスは私とサヴァリスで手分けして解体し、適当に自分たちの亜空間へとぶん投げた。迷宮で倒した魔物の素材って単純に討伐者のものになる訳じゃないらしい。大抵、迷宮へ来るのは国の機関に所属する人だから、魔物の素材は面倒くさい外交材料なんだってさ。まあ、現地調達の食料として肉は別だけどね。



 ミノタウロスを倒すと、私たちの目の前に『↑2』と書かれた扉が現れた。次の階層へと続く扉だ。サヴァリスの様子から察するに、これが迷宮の通常仕様らしい。……もう何もツッコまないよ!



 そんな感じで2・3・4・5階層を突破した。サヴァリスの言っていた通り、雪原や地下牢など階層ごとにモチーフというか、風景が大きく変わった。5階層を越えたところで、やっと階層ボス以外の魔物もちらほら襲ってくるようになった。……全部、返り討ちだけどね! だって、ぶっちゃけ実家の森にいる魔物の方が強いし。


 しかし油断は出来ない。階層が上がるごとに確実に魔物は強くなっているのだから。それに、黒の呪術師が用意したトラップもね。


 トラップに関しては、あの妙なピアノ以外にもでっかい球体が追いかけてきたり、底の見えない落とし穴があったりと、前世を彷彿とさせるものばかりだった。ホント、何物だよ黒の呪術師!



 そんな感じで6階層まで進んだ私たちに、新たなトラップが待ち受けていた。



 「……家ですね」


 「家だね。森のど真ん中に」



 6階層は森だ。森育ちの私と従軍に慣れているサヴァリスは、かなりのスピードで森の中を進んでいった。そんな中現れたのは、こじんまりとした……だけど、頑丈そうでしっかりとした木造の家だった。所謂、ログハウスってやつだ。



 「……罠ですかね」


 「うん。そうとしか思えないよ」



 この妖しさ満点のログハウスに、サヴァリスと私は困惑していた。サヴァリスは軍服の胸ポケットから時計を取り出す。そして溜息を吐いた。



 「はぁ……。やはり、時計は止まったままですね」


 「やっぱり迷宮に入ったのと同時に止まったんだね。小まめに回復魔法かけて、さらに携帯食を食べているし、私たちの体内時計は狂っているよね。迷宮に入ってから、どのくらいの時間が経っているんだろ」


 「一日、三日……何にせよ、そろそろ長い休憩を取りたいところです。カナデの回復魔法でも、精神の疲れまでは取れませんし」



 ここまでノンストップだもんねぇ。いくら魔物がほとんど出てこなくて、魔法で疲れが取れるといっても、さすがにそろそろ休みたい。



 「そうだね。でも、休憩したいと思ったら家だもんね……」


 「家の前で野宿するのは、精神的に辛いですね。……一応、調べてみましょう」


 「はーい」



 ログハウスに入ろうと扉の前に立つと、ドアプレートがかかっていた。そこには、またも謎の『K・K・D』の文字。だから、K・K・Dってなんやねん! 栗きんとん・かりんとう・大福の略か!?


 若干イラッとしながらも、私は家の中へ入る。内装は外観と同じで、木の温もりが感じられるオシャレなペンションみたいな感じだ。



 「一階はキッチンとダイニングかな? サヴァリスー、そっちの部屋はー?」



 私は大きな声で他の一階の部屋を調べに行ったサヴァリスへ声をかける。



 「こちらはバスルームですね、カナデ。ご丁寧に石鹸まであります」


 「何その、至れり尽くせりな感じ!?」



 どうぞ泊まっていってねみたいな接待ぶりは!? 黒の呪術師って意外といい人!? いや、こんな傍迷惑な迷宮を創りだす時点で頭がおかしいのは分かっているんだけど!



 「あっ、二階も確認しに行こう」


 

 ダイニングにある階段を上り、二階へ上がる。二階の部屋は一つしかないので確認は楽だ。警戒しつつも、扉を開ける。そこはどうやら寝室のようで、薄闇の中に桃色の光を放つ間接照明があり、他の家具はクイーンサイズのベッドがぽつんと真ん中に一つあるだけだった。



 「 …… 」



 私はそっと扉を閉めた。



 「カナデ、部屋の中はどうでした?」


 「ひゃい! ふ、普通の部屋ダッタヨ?」



 突如、背後からサヴァリスに声をかけられた私は、思わず変な声を出してしまった。だってあの部屋、どう見ても二人でここに寝て下さいって仕様だったじゃん!?ダイニングにはソファーなんてないし!


 私の内心での荒れようなど知りもせず、サヴァリスも部屋の中を確認した。



 「……魔物が襲ってくるとも限りませんし、交代で寝ましょうか」


 「了解であります、サヴァリス将軍!」



 私はビシッと敬礼をした。……もう一人だけ意識してるみたいじゃん! 恥ずかしい! 私みたいな平凡で貧乳な女なんて興味ないですよね、自意識過剰でスミマセン!


 

 「攻略に油断と焦りは禁物ですから」


 「そうだね。いきなり大量の魔物が襲ってくるかもしれないもんね」


 「……そういうことにして置きましょう」



 サヴァリスの妙に含みのある微笑みが引っかかったが、気にしない方向でいく。なんか怖いし。


 私たちは、食事を取るためにキッチンへと向かった。バスルームにあった石鹸みたいに、何かあると良いんだけど……。


 調理台の下にある収納を開けると、フライパンや鍋などの一般的なキッチン用品が置いてあった。調理台の脇にある棚には、玉ねぎとニンジン、じゃがいも、米、調理油があった。そして……



 「ぬぅあっ! カレールー!? そんな……どうしてこんな所に! それよりもこれ、300円越えのプレミアムなヤツじゃん!!」



 それは前世でも食した事のない、リッチなカレールーだった。人間領では何故か前世と同じ洋食が発達していて、魔族領では和食が発達している。しかし、そのどちらにもカレーは存在しなかった。一度、色々な地方からスパイスを集めてロアナにカレーを作ってもらった。しかし出来上がったのは、なんか香辛料効きまくりのスープ。あの茶色でドロリとした、日本人の魂に刻まれている偉大なカレーライス様は、前世の知識を持っている小娘程度では再現不可能だったのだ。



 それが今まさに、目の前にある! たとえこのカレールーに毒が入っていたとしても、私はカレーを作り、そして食すよ! それが元日本人の生き様じゃぁぁあああああ!



 「厚紙の箱に、色鮮やかな色彩……相当発達した技術力ですね。これは、カナデの前世にあったものなのですか?」


 「そうだよ! ああ、カレー様。貴方に会うことは、もう一生ないと思っていました……」



 愛しげにすりすりとカレールーの箱に頬をすり寄せる。

 サヴァリスはそんな私を見ても引いたりせず、興味深げに私とカレールーの箱を眺める。



 「もしや、カナデの言う、かれーを私も食べることができるのですか?」


 「うん。市販のルーさえあれば、カレーは簡単だからね。料理があまり上手じゃない私でも作れるよ」


 「私もサバイバル料理ぐらいしか作れませんね。カナデと一緒に料理するのも楽しそうです」


 「よっし、じゃあ二人で作ろうか!」



 レッツクッキング!



 「じゃあ、サヴァリス。食べやすい大きさに野菜を切ってくれる?」


 「分かりました」

 

 

 野菜はサヴァリスに任せ、私は米を炊く準備を始めた。料理が得意ではない私だが、飯ごう炊飯や調理実習での土鍋炊飯の経験がある。だから米を炊くのはお手の物だ。


 そうして準備を終え、米を炊き始めた頃。サヴァリスが「出来ました」とカットした野菜を差し出してきた。私は姑のような顔でそれらを確認する。野菜はすべて同じ大きさで文句の付けどころがない。完璧だ。美形はなんでも出来るのか。



 「サヴァリス、実は料理上手なんじゃない?」


 「いいえ。刃物を扱うのが得意なだけですよ」


 「……そっか」



 野菜を切るのも完璧とか、戦闘狂パネェ!!

 私は深く考えることは放棄した。



 「気を取り直して。たぶん高級食材、ミノタウロスの肉の登場だよ!」



 亜空間から一階層のボス、ミノタウロスから得た肉を取り出した。一般的に出回っていない伝説級の肉で美味しいか分からないけれど、たぶん牛だからいけるはず!


 私は風魔法の刃でミノタウロスの肉を食べやすい大きさにカットし、熱して油を引いた鍋へとぶち込む。ミノタウロスの肉に焼き色がついたら、火の通り難い順に野菜を入れて、油が全体に回るように炒める。そしてカレールゥの箱に表示された量の水を投入して煮込む。



 「まだかな、まだかな~」



 灰汁を取りつつ、私はウキウキ気分で具材が煮えるのを待った。





これは鬼畜迷宮なのか……?

ぼちぼち伏線を回収するつもりが、謎が深まっている気がします。


次回はいよいよミノタウロスちゃんの肉INのカレーを実食です。

お待ちくださいませ。

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