卒業式とお別れの舞踏会
慣れ親しんだ制服とローブ。そして入学式以来被っていなかった正方形の角帽を頭に乗せる。入学した7歳の頃はブカブカだったそれも、11歳の今ではピッタリと頭にフィットする。
……成長したんだね。私もさ。
「よしっ、行くか!」
私物がほとんど片づけられ、すっかり物寂しくなった寮室から出る。今日は校舎には入らず、去年、起こった謎の爆破事件の影響で立て直された新しい講堂へと向かう。
今日、私はルナリア魔法学園を卒業する――――
卒業式は前世とそれほど変わりは無かった。卒業生の入場、校歌斉唱、そしてお偉いさんのお話。理事長の話は起承転結があってスッキリまとめられていたけれど、他の来賓のお偉いさんは話にまとまりがなく、危うく寝そうになった。卒業式あるあるだねぇ。
途中に行われた来賓紹介で、なんと空の国の王がいた。金髪碧眼で、第五王子がそのまま中年になったような顔をしていた。あれが私を宮廷魔術師に押し込めた奴かとこっそり頭髪に心の中から呪詛を送っておいた。禿げろ……禿げ散らかせ!
卒業式は泣けるかなと思ったけれど、前世では泣ける定番の在校生の送辞と卒業生の答辞がなかったので、特に泣けるポイントは無かった。特に卒業の実感も湧かずに、卒業式は終わった。
そして卒業生と在校生のお別れのための舞踏会が始まった。
私は白と黄色の年相応の可愛らしいドレスを着こんだ。パートナーのロアナは成人したこともあり、大人っぽいワインレッドのドレスを着ている。私たちは前代未聞の女子同士ペアとして、手を繋ぎながら会場入りした。念のために言っておくが、私たちにあっち系の趣味はない。友情だよ、友情!
私だって、男子のパートナーを得ようと頑張ったさ。でもね、一番仲のいいワトソンに「嫉妬はごめんです!」って身に覚えのない理由で全力拒否されたんだよ。酷すぎるよね!
パートナーがいないなら保護者となるけれど、さすがにタナカさんたちを人間の催しに参加させる訳にもいかず、断念。そこにロアナからの申し出があって、物凄く助かったよ。
「タルトにシフォンにクリーム♪ ババロア、ムースにプリン♪ すべては、私のもぉ~のぉ~♪」
「カナデ、その不気味な歌を止めなさい」
ああ、はやる気持ちが抑えられない! パーティーと言えば、スィーツでしょ!!
しかも他国の賓客もいるから、スィーツはかなり気合が入っているはず。
ひゃっはー! すべて食べつくしてやるぅぅううう!!
私が心の中でスィーツコンプ祭りを行っていると、何やら入場口が騒がしくなった。ロアナと一緒に振り返ると、今日の一番の主役とも言える第五王子が会場入りしたところだった。
第五王子は仏頂面で、隣にパートナーはいなかった。……選り取り見取りのはずなのに、おひとり様ってどういうこと?多少疑問に思ったが、私には一切関係がないないので放っておくことにした。私と第五王子って大して仲良くないしね。アイツ、いじめっ子だし。
「あっ見てみてロアナ! 巨大チョコレートタワーがあるよ! 後で一緒にフォンデュしに行こうよ!絶対に楽しくて美味しいよ!! うはははっ」
立食スペースのスィーツコーナーにシャンパンタワーならぬ、チョコレートタワーがそびえ立っていた。早く、マシュマロや果物を浸けたい!
「はいはい。カナデの鈍感力は神様の領域ね」
「……え、私は鈍感じゃないし。空気を読める子だし」
伊達に元日本人じゃないよ。空気が読めて協調性もある女。それが私だよ!
「御集りの皆様。これより、舞踏会を開催いたします。まずは国王陛下から開幕のお言葉を」
司会の人から音声拡張の魔法具――所謂、マイク――を受け取り、国王が挨拶を始めた。
「伝統あるルナリア魔法学園を巣立つ卒業生に、改めて祝いの言葉を――」
ああ、また長い挨拶が始まったよ。適当に聞き流しておこう。
そんなふうに自分には関係ないと聞き流していたからだろうか。国王が私に不利益をもたらす、爆弾発言をした。
「――あのポルネリウス殿の数少ない教え子であり、有能な魔法使いであるティベリ男爵の推薦により、平民出身で今回の卒業生であるカナデを我が国の魔法使いのトップ組織である、宮廷魔術師に迎えることになった。これは空の国建国以来、初めての平民出身の宮廷魔術師が生まれたことになる。これにより、我が国は新たな時代を迎えるだろう――」
おいおい、ちょっと待て。待たんかい!!
各国のお偉いさんが居る前で、大々的に私のコネ就職をバラしやがったぁぁあああ!!なんてことしてくれとんじゃ、国王! 折角、隠していたのにぃぃいいい!ハートマークで毛根死滅しろぉぉおおおお!
「ロアナ、どうしよう。私の人生、お先真っ暗だよぉ」
「早速、牽制して来た訳ね。流石は、あの理事長の兄だわ」
「牽制?」
「カナデは、そのままでいてちょうだい。貴女の野生の回避能力は目を見張るものがあるわ。きっと大丈夫よ」
「全然、大丈夫な気がしない……」
ロアナと会話をしていると、長々とした国王の挨拶が終わった。
そして音楽が流れ、舞踏会が始まる。
「よしっ、ロアナ。私はスィーツへ突撃してく――」
「俺と踊れ、カナデ」
聞き覚えのある声にガシッと腕を掴まれた。嫌々振り返ると、そこには案の定、第五王子がいた。
「私は今からスィーツパラダイスへ行くの! 邪魔しないで」
「なっ……俺が頼んでいるのに!」
いや、頼むってなんだよ。思いっきり、命令口調じゃん。
「お願いするなら、それ相応のやり方があるでしょう?」
フンッと小鼻を鳴らしながら、腰に手を当てて第五王子を見上げる。すると第五王子は、百面相した後、何か覚悟を決めたかのように私へと跪いた。
「貴女とファーストダンスを踊る栄誉を私に下さい。カナデ嬢」
「なっ……」
いつもと違い、王子様のような仕草と口調で私に左手を差し出す第五王子。様になっている。いや、本物の王子様なんだけどね。周りの注目が痛いよ!
混乱と羞恥で顔を赤くさせながら、私は振るえる右手を第五王子の左手に乗せた。ここまでやった男にツンケンするほど、私は鬼じゃない。
ええっと、確かこういう時に言う言葉は……。
私はルナリアの必須科目であるダンスとマナーの授業を思い出しながら、第五王子へ微笑む。
「よ、喜んで……」
ダンスホールへと向かう私たちに、容赦のない視線と陰口が叩かれる。そりゃ、王族が平民とファーストダンスを踊る事になればね。嫌味の一つも言いたくなるよね!不本意だけどさ!
音楽に合わせ、私と第五王子は踊り始める。曲は比較的簡単なものだったので、安心した。ダンスは苦手ではないけれど、緊張でミスしそうだったからありがたい。今の私は平民代表のようなものだ。失敗は許されないよね!
「意外に上手いな」
「意外って何よ。失礼しちゃう」
ターンをしてドレスを翻らせる。第五王子のリードは完璧で、流石は王族って感じだ。
「カナデは俺に対して、いつも無礼な口調だな。まあ、そんなところも可愛いんだが……」
「えっなに? 後半聞き取れなかったんだけど」
「な、何でもない!」
いきなり怒ってどうしたんだよ。でも……こんな無礼な口調で話せるのも、今日までなんだよね。魔武会で第五王子に取り付けた、『学園内では身分を行使しない』という命令も、明日からは通用しない。そうなると、今までの口調を改めて、丁寧な口調を心がけなければ。……うわぁ、面倒くさい。まあ、どうせ卒業したら切れる縁だよね。
「どうしたんだ、カナデ」
考え込んだ私に疑問を持ったのか、第五王子が珍しく心配そうに私の顔を覗き込む。
「今日で第五王子と会うのも最後だと思ってね」
「さ、最後になどならないだろう! カナデは宮廷魔術師として王宮で働くのだから!」
「いや、アンタ王族なんだから、私と就業場所は被らないでしょ」
「それはっ……でも、関係性が変われば……」
曲も終盤。さすがに婚約者でもないのに2曲連続で踊るのは嫌だし、適当に誰か捕まえて踊りながらスィーツコーナーを目指そう。
チラチラと周りを見渡すと、ワトソンが見えた。なんか知らんけど、筋肉モリモリの肉食系男子に囲まれている。
私はワトソンを救出に向かうため、第五王子から離れた。
最後だし……ついでに言っておこうかな。もう、一生機会ないだろうし。今言っとかないと、私は一生失礼な奴だって敵視されるかもだからね。それは御免蒙りたい。
「じゃあね、マティアス。元気でね!」
初めて第五王子の名を呼び、ポカンとしている第五王子に背を向けて、ワトソンの元へ走り出した。
「ワットソーン! 一緒に踊ろう!!」
「うわぁっ、カナデ先輩! 助かっ――てない!?」
何故か私の背後を見て、顔を青くさせるワトソン。もしや、新たな肉食系男子が!?ここは大切な後輩を守るため、私がリードしなくては!
ワトソンの手を強引に掴み、ダンスホールへと誘う。そして曲に合わせて、踊り始める。
「ふう……これでもう大丈夫だよ、ワトソン」
折角、肉食系男子から救ってあげたというのに、ワトソンの顔は晴れない。
「ああ、更に恨みを買ってしまった。――といいますか、なんで僕が女役なんですか!」
ワトソンの言った通り、私が男役でワトソンが女役で踊っている。身長差的に、こっちの方が踊りやすいし、ワトソンは女役の方が似合うんだもん。
「え? ワトソンは私がエスコートするべきじゃない?」
「非常識すぎる……!」
「男同士で踊るよりマシじゃない? あの人達、モロ下心ありだったし」
「うぐっ……」
こんなことで、私の後輩はあと一年を平穏無事に過ごせるのだろうか?心配だよ。
「強く生きるんだよ、ワトソン。痴漢撃退用の魔道具を後で作ってあげるから」
「カナデ先輩の心遣いが痛い……」
早速、前世での知識をフル稼働して、いくつか魔道具の候補をリストアップする。
……研究室に3日籠れば、完成するかな――って、私はもう卒業したんだった。
私はもう、このルナリアの生徒じゃない。エリザベート先輩やサルバ先輩たちのように、ルナリアから巣立ち、バラバラの国で新たな生活を始めるのだ。一か所に集まり、皆で騒ぐことは出来ない。
……変わらない時間なんてない。時を自由自在に動かせるのは、神様ぐらいだよね。
「カナデ先輩」
私の暗い気持ちを察したのか、ワトソンが気遣うような視線で私を見上げる。
「なぁに、ワトソン」
「ありがとうございました。カナデ先輩と過ごした日々は、ハチャメチャで何度も何度も泣きたくなりましたが……とっても、楽しかったです。卒業おめでとうございます」
「……泣かせる気かい、ワトソン。言っておくけど、卒業しても、私とワトソンは他人にはならないからね。ずっと、私の助手で大事な後輩で……友達だからね!」
「お……お手柔らかにお願いします……」
歯切れの悪いワトソンだったけど、まあいつも通りだから、よし!
私は視界を涙でぼやけさせながらも、ワトソンから離れた。
もう、肉食系男子から離れたし、大丈夫でしょう。私はスィーツコーナーへと突撃した。
「で、出遅れた……」
スィーツコーナーには沢山のお菓子が並べられていた。しかしそれは、最初の頃とは別の種類の物が陳列されている。くそうっ、悔しいよぉ!
「カナデ、ダンスは楽しめた? はい。カナデが欲しがるんじゃないかと思って、取り置きしておいたわ」
絶望の縁に立っていた私に、ロアナが無くなったはずのスィーツを盛りあわせた皿を渡してきた。私は思わず号泣する。
「ひくっ……ロアナ、マジ天使。さすが私の嫁」
「はぁ? 何をおかしなこと言っているのよ、カナデ」
皿を受け取り、スイーツを一口一口、大事に口に入れて味わう。
やっぱり、高級スィーツうまぁぁああ!
「わたしたち、卒業するのよね」
「うん。明日からは学生じゃなくて、大人だよ」
「カナデはまだ成人していないじゃない」
「でも、働くようになったら大人なんだよ! ぶうー」
リスのように頬を膨らませ、ロアナに抗議する。
ロアナは少し苦笑した後、少しだけ寂しそうな顔をした。
「まあ、そうね。甘えてなんていられないものね」
「そうそう。世界は優しくない。自分から動いていかないと」
「ねえ、カナデ。……ありがとう」
ロアナが遠くを見ながら呟く。それが何に対してのお礼なのかは分からない。だから私も、ロアナに簡潔で最大限の感謝を伝える。
「私の方こそ、ありがとう。ロアナ」
――私と……出会ってくれて、ありがとう。
きっと私が自覚している以上に、ロアナと出会いは特別で大切な奇跡みたいなもの。
何故だか知らないけれど、そう強く思うんだ。
舞踏会は卒業の寂しさを紛らわすかのように、朝方まで続いた。
そして私は慣れ親しんだルナリア魔法学園を出て、宮廷魔術師として新たな人生を歩み始める――――
マティアスをさらに誑し込み、カナデはルナリアを卒業しました。
世界征服編、カナデ視点は終わりです。
次回の他視点で世界征服編は終了となります。お待ちくださいませ。




