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敗走

隊長視点です。




 私は人間領最大の領土を誇る陽帝国で、栄えある帝国軍で中将を務める軍人である。次期最高司令官とも呼び声の高い私だが、今は任務に失敗し、敗走を余儀なくされていた。


 追手を避けるため、暗闇に紛れながら騎獣で森を最速で駆け抜ける。額にうっすらと汗を浮かべながら、化物の攻撃から生き残った部下に声をかけた。



 「生き残ったのは何人だ!」


 「6人です、隊ちょ――いいえ、中将」



 既に空の国の魔法学園からは遠ざかっているため、部下は私のことを任務用の仮の立場ではなく、本来の階級で呼んだ。……中将か、もう呼ばれるのは最後かもしれんな。任務を失敗し、国宝の巨大な魔消石を失わせた男に軍人としての居場所ないことぐらい分かっている。だがしかし、ハイゼンベルク卿に今回のことを報告しなくてはならない。……私だけではない。ハイゼンベルク卿の野望も断たれるやもしれん。それだけは避けなければ。



 「うわぁっ、雷雨だ!」



 まだ軍に入隊して間もない部下が喚く。


 先程までの方角を示し導く星空は消え去り、前触れもなく我らを雷雨が襲う。幾度も戦争に参加し、進軍慣れした私でも気づかぬ天候の乱れ。何もかもが思い通りにいかない。



 「糞っ。すべてはあの化物――忌々しい魔法使いの餓鬼のせいだ!」



 今回の我らの任務は、ある平民の餓鬼と、魔力に優れた各国の有力貴族や王族の誘拐や殺害だった。この任務の最優先事項は平民の餓鬼である。


 この餓鬼は伝説の魔法使いの孫で、とてつもない魔法の才能を持つと専らの噂だった。最近では今までに類を見ない発想と品質の魔道具を作りだし、それらは商人を経由して空の国と国交を断絶している我が国にも流れてきた。魔道具の中に戦闘用の物は無かったが、魔道具の基本たる戦闘用魔道具が作れない訳がない。しかもこれを作った魔法技師は、若干9歳の子ども。我が陽帝国の実質的支配者で宰相でもあるハイゼンベルグ卿が目を付けるのは当然のことだった。


 餓鬼について調べると、各国の要人が集まる武芸大会で失われた属性である神属性魔法を行使し、凄まじい戦闘能力を発揮していたことが分かった。魔法技師としてだけではなく、戦闘にも強い魔法使い。ハイゼンベルグ卿は、8年前の侵略戦争で苦汁を飲まされた月の国の王弟将軍を倒すため、この餓鬼を誘拐することにしたのだ。



 ハイゼンベルグ卿の野望――陽帝国による世界征服に賛同する私は、自らその任務に名乗り出た。餓鬼の居る魔法学園で一番警備の薄くなる日を内通者を使って調べ、更にハイゼンベルグ卿の権力を使い、国宝の魔消石を持ち出して30人ほどの部隊で空の国へ潜入した。


 闇夜に紛れて警備の兵を殺し、教師と生徒をそれぞれ別々の場所に集めた。その中に件の餓鬼はおらず少々焦りはしたが、暫くすると部下の1人が餓鬼を担いで現れた。魔消石で魔力を行使できなくなった学生など、恐れるに足りない。最初が肝心だとばかりに生意気な餓鬼を踏みつけて教育してやっていると、別の生意気で生きのいい餓鬼が現れた。そいつを見せしめに殺そうとすると、餓鬼が狂ったように叫びを上げた。


 その瞬間。俺は宙を舞っていた。比喩ではない、事実だ。


 餓鬼はとんでもない化物だった。化物は「嫌だ、もう死にたくない」と何度も叫びながら、手始めに講堂を見えない力で吹き飛ばした。魔力は使えないはずだが、化物に我らの常識は通用しない。まるで卵を割るような気軽さで、化物は巨大な魔消石を粉々に破壊した。


 私はすぐさま退却命令を下した。だがしかし、部下の多くは血も出さずに化物の創りだした白銀の剣に貫かれて消えて行った。そして生き残った数少ない部下たちと命からがら化物から逃げ出し、現在に至るのだ。



 「……く、帝国領はまだか!」



 行く手を阻む雷雨のせいで、敗走は思うようにはいかなかった。焦りと苛立ちばかりが込みあげてくる。


 ――その時だった。



 「ぐはぁっ」



 私の右隣を並走していた部下が騎獣から転げ落ちた。慌てて部下たちに止まるように指示をだし、転げ落ちた部下の状態を確認する。部下は既に絶命しており、胸には光の矢が突き刺さり血を噴き出していた。



 「敵襲だ!!」



 私の言葉で、全員が臨戦態勢になる。……もう空の国の追手が来たのか?それにしては早すぎる。暗い森の中で神経を尖らせる。


 どれだけの時間が経っただろうか。シンと静まる森の中に突如、少女の笑い声がした。



 「……ふふっ。脆弱で愚かな人族のくせに、わたくしたちの可愛い妹を泣かせるなんて、許しがたいことだわ」



 淡い若草色の髪に橙色の瞳の華奢で美しい少女だった。しかし少女の纏っている殺気は凄まじく、部下たちの武器を構える手は震えていた。

 


 「あんなに泣き叫んだカナデは初めてですね。一体、どれほどのことを私たちの愛すべき妹に仕出かしたんでしょうね?」


 「だけど空間を歪めて、地脈を乱れさせる人族なんて聞いた事ないぜ。本当にカナデは人族なのか?」


 「……カナデが人族であろうとなかろうと、私たちの妹には違いありません」


 「確かにナッサンの言う通りだな。まったく、世話の焼ける妹だぜ」



 少女に続いて、白銀の体毛に金色の瞳の神獣と青髪に紺色の瞳の男が現れた。彼らの殺気も凄まじく、部下の中には気絶したものもいた。私も立っているのがやっとだ。……コイツらも餓鬼と同じ、化物か!



 「ちょっと、タナカにアイル! 無駄話はそれぐらいにして、さっさとゴミを片づけてしまいましょう?」



 ゴミというのが我らを指しているのは理解出来た。しかし化物たちの恐ろしさから反論することも出来ず、屈辱に耐えることしか出来なかった。



 「そうですね。……アイル! いい加減、雷雨を止めなさい。結界を張るのが面倒です」


 「そうよ、馬鹿竜」


 「なっ! この天気に関して俺は関係ねーよ!!」


 「それは……ヤツが関わっていなければいいですが……」


 「どうしたの、タナカ」


 「何でもありませんよ、ティッタ」



 そう穏やかな声色で神獣は言うと、化物が使ったのと同じ白銀の剣を頭上に出現させた。そしてそれらを戸惑いもなく我らに放った。気絶していた部下たち4人は呆気なく消え去った。



 「う、うがぁぁあああああ」



 恐慌状態に陥った最後の部下が、青髪の男へと切りかかる。



 「そんな(なまく)らで竜の俺が傷つくはずがねーだろう?」


 「なっ……化も――がはぁっ」



 青髪の男は逃げ出そうとした部下の腹を左手で突き刺した。部下の腹を貫通し、血濡れになった左手が見えた。



 「あ……あ、ああああ、あ」



 部下たちはもういない。次は私の番だ。

 死の恐怖に身体が支配され、ガクガクと滑稽に震えだす。



 「コイツがボスみたいだが、殺すのか?」


 「いいえ。自国へ送り返しましょう。そうすればカナデを害そうとした大本も勝手に駆逐されます」


 「いつでも殺せるものね。……そうだわ! 折角の晴れ舞台ですもの。着飾らなければね」



 外見に似合わない妖艶な笑みを浮かべると、少女は私の前に歩み寄る。



 「えいっ♪」



 人差し指をクルクルと回し、ふざけた声が聞こえたと思ったら、私の衣服の締め付けが変わった。……やけに股がスウスウするような?


 下を向くと若い女性が好みそうな桃色のスカートが見えた。



 「な、なんだ、これは!!」



 握りしめていた剣を放り投げ、スカートを脱ごうとする。だが、いくら必死に脱ごうとしたり破こうとしたりしても、スカートはビクともしない。


 なんだ、この状況は!



 「……ティッタ。なんてものを生み出しているんですか!」


 「いいじゃない! 屈辱的で素敵でしょう?」


 「相変わらず、恐ろしいことを考えるババアだぜ……」


 「同じ目に遭いたいようね、アイル?」


 「ひぃっ」


 「はぁ……。程々にしておくんですよ、二人とも。……さて、転移魔法で飛ばしますね」


 

 転移魔法だと!?

 この状態のまま陽帝国に私を飛ばすのか!



 「お願いだ。待ってくれ。どうか――」



 私の懇願は最後まで聞かれる事もなく、強制的に陽帝国へと帰還した。



 その後、私は真実を話すが、精神がおかしくなった女装癖のある男として扱われ、ハイゼンベルグ卿と共に失脚。そして、ほぼ死刑と同一の島流しの刑を言い渡されたのだった――――





 







騎獣=調教された、人を運ぶための魔物。主に軍事用。



先日は10分少々の間ですが、別連載の話を投稿してしまい、申し訳ありませんでした。今後はうっかりをやらかさないように気を付けます。



今回は隊長さん視点でお送りしました。

陽帝国による世界征服が、この章の二つ目の意味になります。


次回はマティアス視点の学園側の後日談です。

それでは次回をお待ちくださいませ。

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