表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/120

パンドラの箱

 この魔法が使えない感覚には覚えがあった。まだルナリアに入学する前、とある高位貴族に誘拐されたことがあった。その時に腕に嵌められた手枷。それには魔消石と呼ばれる、魔力を消す特殊で貴重な石がついていた。魔法が使えなくなった私は暴力を振るわれて泣き叫び、タナカさんたちが助けに来るまで恐怖に震えていた嫌な思い出がある。



 魔消石は魔法使いにとって、一番恐ろしい物質だろう。



 幸いな事に魔消石は小粒なものでも大変希少で、特定の産出地域もないレア中のレア。しかも各国の王族が管理をしていて、貴族が手にすることは禁止されている。私のことを誘拐した例の貴族も、タナカさんたちに死なない程度に報復された後に捕まっている。



 ……でも今回は、桁が違うね。



 以前、魔消石の影響を受けた時は、手枷を嵌められている間だけだった。だから手枷が外された瞬間に私は魔法を行使することが出来た。でも今回は違う。魔消石に触れていない状態で、私は魔法が使えなくなっている。



 消えた生徒に魔法が行使できないこの状況。……何か大変なことが起こっている。それだけは確かだ。



 「……急いで誰か外の人に知らせなきゃ」


 「こんな夜遅くに起きているなんて、悪い子だ」



 走り出そうとした私の後ろに、屈強な男がいた。思わず飛び出しそうになった悲鳴を必死に呑み込み、私はジリジリと男から距離を取る。


 魔法の使えない今の私はただの子どもだ。男は愉快そうに笑い、一歩一歩ゆっくりとした動作で私の開けた距離を詰める。



 「おじさん、誰?」


 「俺はまだ29だ。子どもにしては判断力があるな」


 「褒めてくれてありがとう。私を見逃してくれないかな?」



 冷や汗を掻きながら、私は男に背を向けて走り出す。


 しかし私の行動は予測されていたようで、10秒も経たずに捕まえられてしまった。



 「見逃すはずないだろう、お前が目的なんだからな……カナデちゃん?」



 耳元で囁かれたその言葉に答える隙も抵抗する隙も与えられず、私は荷物のように肩に担がれどこかへ運ばれた。






 連れてこられたのは、校舎から離れたところにある講堂だった。その中には生徒たちが集められていて、それを私を抱え上げている男と同じ服を着た男たちが監視している。まるで人質だ。人質の中にはロアナとサルバ先輩とワトソンの姿も見える。とりあえず、無事でよかった。


 生徒が実家から連れて来ている使用人や雇われている警備兵、そして先生は、人質の中にはいなかった。ここにいない彼らが生きているのかは分からない。使用人には護衛スキルのある人も多いだろうし、警備兵にいたってはこの男たちを学園に入れないことが役目だ。武力を持つ先生たちは今日はいない。だから今の状態では非戦闘員であることに違いない。男たちの目的にもよるが、死んでいる確率の方が高いだろう。


 学生たちはやはり魔法が使えないのか、苦々しい顔をしている。今のルナリアには、最大戦力である魔法騎士科と魔法師学科の4年生と戦闘スキルの高い先生達がいない。魔法に依存している私たちでは、おそらく戦闘慣れしているだろう男たちには叶わない。


 唯一対抗できそうな第五王子も、沢山の人質が居た状態でたった一人で立ち向かうことは出来ない。今は大人しく人質として拘束されていた。



 「隊長、見つけましたよ」



 私を抱え上げていた男はそう言った後、隊長と呼ばれた赤い髪の男の前に私をドサリと乱暴に置いた。赤い髪の男は私を舐めまわすように見た後、馬鹿にするように鼻を鳴らした。



 「なんだ、本当に餓鬼ではないか」


 「情報通りでしょう、隊長。それに子どものほうが洗脳しやすいですよ」


 「それもそうだな」



 私の目の前で繰り広げられる恐ろしい会話。しかし何度も経験のある私は、今のところ冷静だった。



 周囲を見渡すと、赤い髪の男の後ろに1メートルほどの高さがある赤黒い石が置かれていた。……魔消石だね。それにしても巨大すぎない?あんな大きさのものが取れるなんて聞いた事ないよ。なんにしても、あれが魔法の使えない原因か。


 個人があんなデカい魔消石を手に入れるなんてほぼ不可能。だとすると……国が関わっている?それならルナリアの警備が破られたのにも納得できる。でも、ルナリアにはたくさんの国から学生が留学に来ている。そこから分かるように、空の国は表立って敵対している国はほとんどない。友好国も多い。そんな国に攻撃をしかける国……と考えると1つしかないね。



 『 陽帝国 』



 人間領最大の国にして侵略国家。過去に空の国へ侵攻したこともあり、現在も敵対関係にある。だから、ルナリア学園には陽帝国の生徒はいない。


 もしもこの男たちが陽帝国からの刺客なのだとしたら?


 ルナリアに通う生徒は、ほとんどが将来有望の上流階級の者。つまりは利用価値満載だ。



 ……絶賛、ヤバイ状況だね。



 「おい、餓鬼。貴様を望む高貴な方がおられる。大人しく服従するのならば、良い待遇で迎えてやろう」


 「そんなの願い下げ――――がぁっ、かはっ……は、はっ」



 赤い髪の男は容赦なく私の腹を蹴り上げ、さらにその衝撃で蹲る私の頭を踏みつける。



 「傷をつくっていいんですか、隊長」


 「こいつの用途は性奴隷ではなく、戦闘奴隷だ。生意気な態度を改めさせる方が大事だろう?」



 部下の男の質問に答えながら、赤い髪の男は更に私の頭を踏みつける力を強くした。



 「う……あ、ああああ」



 痛みに耐えきれず、私は呻き声を上げた。

 

 そんな私の状態に耐えきれなくなったのか、人質の中から立ち上がる者が現れた。そう、ロアナだ。



 「魔法の使えない状態のカナデはただの子どもです。碌な対抗手段を持ちえない子どもに対して、その振る舞いはいかがなものかと思いますわ!」


 「ろ、あな……ダメ……」



 男に頭を踏みつけられた状態では大きな声を出せず、私の言葉はロアナには届かない。


 赤い髪の男はニヤリと笑うと、部下に指示を出した。



 「生きのいいお嬢ちゃんを連れてこい」



 ロアナは赤い髪の男の部下に取り押さえられて、私の前に引きずられてきた。ロアナの首には剣が添えられていて、身動ぎを一つでもすれば、その首には深紅に染まるだろう。しかしロアナは、恐怖で震えながらも、気丈に赤い髪の男を睨みつける。



 ……何だか、既視感を覚える。確か、昔も似たような状況に遭ったような?



 胸の奥がジワリジワリと疼き始める。



 「随分、反抗的な態度だな」


 「わたしたちに何かあれば、国が黙っていないわ」


 「だがその国がなくなれば、黙っているしかないだろう?」


 「なっ、それは……」



 意味深なことを言った赤い髪の男はロアナから背を向け、部下へ命令を下す。



 「その勇敢なお嬢ちゃんを殺せ。どうやら、餓鬼の友人みたいだからな。友人が目の前で死ぬ姿を見れば、餓鬼も従順になるだろう。心が折れれば、洗脳もしやすくなる」



 ……ロアナを、ころ、す?



 「ロアナ、カナデ!」


 「カナデ先輩! ロアナ先輩!」


 「カナデ!」


 サルバ先輩とワトソン、そして第五王子が叫び声を上げた。それを良く思わなかった赤い髪の男は、三人にも殺害の命令を下す。



 「あ……あ、あ、あああああ、ああああああああああ」



 死ぬ、みんな死んじゃう!




 瞬間――――ガチリッと胸の奥に仕舞われた箱の鍵が開けられた。


 仕舞われていたのは、生々しい記憶たち。


 今までは知識としては感じていても実感のなかった前世の記憶たちが、確かにカナデ()が経験した出来事として肉体に染み渡る。


 その箱は決して開けてはならない、カナデ()のパンドラの箱。





 それは(かなで)の最期の日の記憶。


 たくさんの人質。閉鎖された空間。銃を持った男たち。


 『チッ。警察が突入しやがった!』


 『早く逃げようぜ』


 『人質はどうする!』


 『こうなったら、見せしめに何人か殺して警察を引かせろ!』


 銃を突きつけられたのは、人質の中でも一番幼い男の子だった。


 私の方がお姉さんなのだから、守らなくては、助けなくては。


 愚かな正義感と自覚の足りない恐怖がせめぎ合う。

 

 そして(わたし)は――――







 「あああ、い、や、いや、いや、いやぁぁぁああああああ!! 私を、私をもう、殺さないでぇぇえええええ!!」



 刹那。私の中から、封じられていた力が溢れだす。


 その力は赤い髪の男を無様に吹き飛ばした。


 目に付いたのは、気に入らない赤黒い物体。


 私が手を翳すと、それはパリンッと音を立てて砕け散る。


 周りを見渡すと、気に入らない動く物体が幾つかあった。


 『            』


 『    』


 何か物体が叫んでいる。ウルサイ。


 私はそれらにも手を翳し、消した。


 いくつかは逃がしてしまったが、まあいい。


 だって、全部全部消えるから。


 私を殺そうとするセカイなんていらない。


 だから、このセカイも私が壊してあげる。


 空間を、世界の法則を、すべてを捻じ曲げる。


 コワシテ マゲテ コワシテ ケシテ コワシテ ノロッテ クルワセル


 コンナセカイ、コワレレバイイ




 「――ナデ! カナデ! 正気に戻って、お願い……カナデ!」



 何かに包まれたと思い見上げると、そこには紫の髪の少女がいた。力が放出される中、傷だらけになりながらも少女は私を抱きしめ、繰り返し私の名を呼んだ。



 「カナデ、カナデ! お願いよ!」


 「……ろ、あな……ロアナ!」



 正気に戻った私は、内に乱れ狂う力どうにか押さえつけ、私のせいで傷ついたロアナを抱きしめ返す。



 「良かった。カナデ、もう貴女を殺そうとする者はいないわ……。だから、安心して……?」



 ロアナの弱弱しい姿に、自分の愚かさを感じて涙が溢れた。



 「ごめ、ん。ごめんロアナ。私が……私のせいで……!」


 「違うわよ。カナデのおかげで、わたしたちは助かったの。間違えないで……」



 そう言って意識を手放したロアナを支えようと身体に力を入れるがそれも出来ず、私はロアナと一緒に倒れ込んだ。



 「大丈夫ですか、カナデ先輩!」



 駆け寄ったワトソンの小さな腕で私は支えられた。ロアナはサルバ先輩が横に寝かせ、治癒魔法をかける。ロアナの怪我はすぐに治ったが身体は休息を求めていたらしく、起きることは無かった。



 「ロアナは大丈夫だ、カナデ。しかしお前は予想外過ぎるな。ますます解析したくなった」



 いつも通りのサルバ先輩に虚を突かれる。気を使っているのか本気なのかは分からない。でも少しだけ、気が楽になった。


 サルバ先輩は私の額に触れると、眠りを誘う闇魔法を展開した。



 「今は休め、カナデ。後のことは……マティアス殿下がどうにかして下さるだろう。だから安心しろ」



 「何それ安心できない」という私の言葉は呟かれることなく、私の身体は眠りへと向かう。







 微睡む意識の中、パンドラの箱から始まりの記憶が僅かに漏れ出す。


 その記憶の中では、黒髪に金色の瞳の同じ人間とは思えないほど美しい男が私の魂に触れていた。





 『君に呪いをかけてあげよう、(かなで)


 


 優しい手つきとは逆に紡がれた不穏な言葉。私は詳細を懸命に思い出そうとするが、彼に関する記憶は箱の中でも最奥にしまわれているらしく、何もわからない。



 ――――ねえ、貴方は一体誰なの……?


 

 思考が終わらない内に、サルバ先輩の魔法が私の意識を刈り取る。次に起きた時には、きっと今日の出来事を私は忘れているだろう。そういう呪いがかけられているのだから。


 やがて私の意識が黒く塗りつぶされ、また(・・)忘れさせられた。




 こうして一度開け放たれたパンドラの箱に再び鍵がかけられたのだ――――









残酷な表現が多々あり、申し訳ありませんでした。


今回で一旦、カナデ視点は終わります。

それにしてもロアナの嫁力がやばいですね。

マティアス、お前のライバルはワトソンじゃなくて、ロアナだ(笑)


次回は隊長さん視点のお話。

別視点になると遅筆になるので、少し遅れるかもしれません。

では次回をお待ちください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ