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ルナリア学園七不思議

 世界征服計画を終えて数か月経ち、冬の寒さが身に染みる頃。

 研究室で自作のコタツ魔道具でロアナと暖まっていると、基本的には品行方正なロアナが珍しいことを言った。



 「ねえ、カナデ。ルナリアの七不思議に興味ない? 今日の夜、一緒に調べましょうよ」



 七不思議……?


 この世界にもあるんだね。予想外な共通点に驚きつつも、私はロアナに快い返事を返す。だって、面白そうじゃん!



 「いいよー。でも、警備とか色々大丈夫? まあ、掻い潜れない事もないけど」


 「その点は安心していいわ。今は魔法騎士科と魔法師学科の卒業合宿でしょう? だから寮長の4年生もいないし、先生達の多くが引率でいないわ。だから人が足りていないの。雇われた警備兵もいるでしょうけど、人手不足だから寮にかかりっきりね」


 「それなら見つかる確率が低くなるね。でも珍しいね。ロアナが夜遊び推奨するなんてさ」


 「七不思議を調べ上げて、その情報を売るのよ。結構高く売れそうなのよ、コレが……ぐふふ」



 ロアナはゲスモードだった。ある意味納得だね!



 こうして季節感を無視した、ルナリア学園七不思議ツアーが行われることになったのである。















 時刻は夜の11時。街から離れた場所にあるルナリア学園は、当然、街灯もなく、辺りは暗闇に包まれていた。この時点で何か出てきそうな雰囲気である。校舎の前に集合したのは、私とロアナ、そしてワトソンの三名だった。



 「新種の植物を見に行くって言っていたから着いてきたのに……な、んで……夜の学園に連れて来るんですかぁぁあああ」



 ワトソンはガタガタと震えながら、愛らしいウサギのように脅えている。きっとその震えは寒さだよ、ワトソン。



 「何って、これから学園七不思議を解明しに行くんだけど?」


 「聞いてませんよ!」


 「ダメじゃないか、ワトソン。親しいからって、夜に外出を誘われてノコノコ着いてくるなんて。襲われたりするかもしれないし、危ないよ。また一つ勉強になったね!」


 「カナデ先輩を信じた僕が間違いだった……! た、助けて下さい、ロアナ先輩!」



 ワトソンは顔色を悪くさせながら、ロアナに懇願した。ロアナはそれを見て顔色一つ変えない。



 「何故ワトソンを連れて来たの、カナデ」


 「私とロアナじゃ七不思議とか怖がらないじゃん。だから、雰囲気出すために連れて来た。幽霊さんも、反応してくれる人がいないとヤル気出さないかもしれないし」



 『七不思議=金になる情報』となっているロアナが、幽霊に脅えるだなんて考えられないし。私も幽霊とかあんまり怖くない人種だ。そもそも霊感皆無だし。前世でお化け屋敷入っても全然怖くなかったな。ここで何か仕掛けられそうって予想すると大体当たるんだもん。



 「それもそうね。そこまで考えがいかなかったわ。良くやったわ、カナデ」


 「酷いです! お二人は年頃の乙女なのに、なんで怖くないんですか!」


 「「生きてる人間の方が怖いよ(でしょう)」」


 「どんだけ荒んだ人生送ってんですか、あなたたちは!」



 ふふふ。ここには君の味方はいないのだよ、ワトソン。



 「それじゃあ、行きましょうか。最初は異形の姿に変わる鏡よ」



 先導するロアナに、私は生き生きと、ワトソンは半泣きでついて行った。






 「着いたわ」



 そこは校舎の端にある、あまり使われていない階段の踊り場だった。鏡はその踊り場に設置されていて、これといった特色はみられない。高さ2メートルほどの姿見だった。



 「別に、変わったところないけどなー。ほいっ、ほいっ」



 色々なポーズを取ってみるが、ただ単に私の姿が映るだけ。他の鏡となんら変わりない。



 「帰りましょうよぉ……」



 ワトソンが涙交じりに私のローブの袖を引っ張る。

 何気なくワトソンの方向へ振り向く。……ああ、なるほどね。



 「ワトソン、ワトソン。ちょっと後ろを振り向いて?」



 ワトソンは素直に後ろを振り向く。

 そこにいたのは――――



 「――? ってふんぎゃぁぁああああああああ」



 お約束を忠実に守ったワトソンの叫び声が響く。

 

 ワトソンの後ろにあったのは鏡だった。しかしそれは姿見よりも小さく古いもので、くすんでいる。そこに映るワトソンとついでに私は、とても人間とは思えない歪んだ身体や顔を持っていた。まさに異形の姿。


 恐怖に脅えるワトソンに抱きつかれて鏡を確認できない私の代わりに、ロアナが小さな鏡の前へいった。触ったり、自分を移してみたりしてロアナは脅えた様子もなく調べる。


 それを見ながら、私はワトソンに呆れた目を向けた。



 「いつまで抱きついているのさ」


 「離してほしいなら、帰りましょう! 今すぐに!」


 「やだ。お楽しみはこれからだもん」


 「そんなことだろうと思いましたよ!」


 「ていうかさ、なんで私なの? ロアナに抱き着いてもいいじゃん」


 「いや……ロアナ先輩は……その、恥ずかしいといいますか。カナデ先輩なら心配がないと言いますか……」


 「あん? あれか、スタイルがいいロアナに抱きつくのは恥ずかしいけど、私に抱きつくのは恥ずかしくないと。……馬鹿にしているよね? お仕置きするよ?」



 そりゃ、今は子どもだからスタイルとか関係ないけどね。私だってゆくゆくはグラマラスボディになる訳だし。こんな夢も希望もある女の子に失礼すぎると思うの。……万死に値する!



 「ひぃぃっ。すみません、カナデ先輩!」



 殺意が漏れていたのか、ワトソンが平謝りをした。


 あらやだ、私ったらうっかりさん♪



 「大体、ロアナはワトソンに抱きつかれたって子犬が寄って来たぐらいにしか思わないからね! 私だってそう思っているし!」


 「僕は成人してますぅぅううう」


 「何を遊んでいるの、貴方たちは」


 「あれ、ロアナ。確認は終わったの?」


 「ええ。ただ歪んだ鏡に映った姿を異形の者だと勘違いしたんでしょう。ここは人通りも少ないし、気分が盛り上がっていたのかもしれないわ」



 幽霊の正体見たり枯れ尾花って言うぐらいだしね。実際は幽霊なんていないのかもね。



 「きっと幽霊なんていないんですよ。だからもう――」


 「よし、次に行こう!」



 幽霊のいるいないじゃないんだよ。皆で回ることが楽しいのさ!


 


 その後も、夜な夜な聞こえる自殺した女生徒の声――誰かが攻撃魔法で開けた穴から隙間風が吹いていただけ――だったり、異界へ迷い込む廊下――魔法薬学科の生徒たちの劇薬が混ざり合った匂いを吸って前後不覚になった生徒が勘違いしたもの――だったり、突如鳴り響く古時計――ただ壊れていただけ――だったりと、本物の幽霊が出る事態にはならなかった。



 「ワトソンの悲鳴では足りないだと……? なんて我が儘な幽霊たちなんだ」


 「ぐすっ……もう、かえりましょうよぉぉ」


 「どこが怖いのかまったく理解できないわ。……着いたわ。次は中庭で行われる死の儀式よ」



 窓からこっそりと窺うように中庭を見る。するとそこには、いくつもの魔法陣が浮かび上がっていた。確かに儀式めいている。……だけど、魔法陣。嫌な予感がするよぉ。



 淡く光る魔法陣が動きだし、それは中央に佇む術者の顔を照らした。そこには案の定、魔法陣バカのサルバ先輩がいた。



 ガラッと窓が開かれると、ロアナがそこから飛び出し、サルバ先輩へと一直線に走り出す。



 「何しているの、サルバドール!」


 「何って、魔法陣の実践をだな――ぐふぁっ」



 もはやルナリア学園の様式美と化した、ロアナのサルバ先輩へ向けた鉄拳制裁。今日も平和だねぇ。



 「サルバ先輩、卒業間近なのに夜中に抜け出して遊んでいるとか……止めた方がいいと思うな」



 卒業前に停学処分とか、それなんの伝説よ?



 「だが、魔法陣の研究は――がはぁっ」


 「お黙り、サルバドール!」



 ああ、また余計なことを言うから……。

 

 しかしサルバ先輩は、ロアナに殴られても平気な顔をしていた。武闘派じゃないのに相変わらずの打たれ強さ。まあ、治癒魔法が使えるってのも大きいだろうけど。


 サルバ先輩はこんなのでも天才なので、怪我の心配はいらないのである。怒ってもらえるだけ幸せだと思うよ?サルバ先輩の奇行を諌めてくれるのは、もはやロアナだけだからね~。



 「5つ目もダメだったかー。6つ目に期待だね」


 「やっぱり、幽霊なんていませんよ。だから――」


 「全部の情報を集めた方が高く売れるわ」



 ロアナの一言で、続行が決定された。


 憐れ、ワトソン。








 放置しておくと何を仕出かすか分からないということで、新たにサルバ先輩が七不思議ツアーに加わった。



 「ねぇ、ロアナ。さっきからずっと廊下を歩いているけど、まだ着かないの?」


 「6つ目はどこに現れるのか分からないのよ」


 「へぇ……。ちなみになんて怪談?」


 「徘徊する人形よ」


 

 おおう。定番ですなぁ。前世だったら、二宮金次郎や人体模型だよね。俄然楽しみになって来た!



 「もう嫌だ……」


 「七不思議というくらいだ。当然、7つ目もあるのだろう?」


 「そこは、7つ目を知ったら死ぬとかでしょう! ロマンがないな、サルバ先輩は」


 「カナデの理由とは違うけれど、7つ目は聞かなかったわ。わたしたちが初めて7つ目に遭遇するという展開だったらいいわね。更に高く売れそう……ぐふふ」


 「――ちょっと、今……何か聞こえなかった?」



 ロアナのゲスい笑いに隠れて、何かが引きづられるような音がしたような気がしたのだ。



 「ややややや止めて下さいよ、カナデ先輩。う、うそだと言ってぇぇええええ!」


 「ちょっと、静かにしてよ。ワトソン」



 ワトソンの口を手で塞ぎ、強制的に悲鳴を消す。



 

 ――ズリ……ズリ……



 ――ズリ……ズリ…… ズリ……ズリ…… ズリ……ズリ……




 徐々にその音は近づいてくる。




 ――ズリ……ズリ…… ズリ……ズリ…… 



 ――ズリ……ズリ…… ズリ……ズリ…… ズリ……ズリ……


 








 私たちから10メートルほど先の曲がり角の辺りで、その不気味な音は止まった。


 何か言葉を発しようとすると、曲がり角からぴゅっと腕が出てきた。床すれすれに表れたそれは、不規則にカクカクと動いている。まるで関節を意識していない動きだ。黒く煤けた腕の色が、更に不気味さを増している。



 誰もが腕に注目して動けないでいると、手が床に爪を立てた。


 


 ――それを支えにして、一気に人形が姿を現す。



 元は少女の姿だっただろう人形は、人間らしさが何一つ感じられない。


 蜘蛛のように床に這いつくばり、人であればあり得ない方向に曲がった関節で身体を支えている。衣服は黒色のボロ切れが巻きついてあるだけ。乱れ絡まった髪は床へと垂れ、人形の顔を覆い隠していた。




 ズリ……ズリ…… ズリ……ズリ…… ズリ……ズリ……




 人形は再び動き出した。 



 そして私たちに数メートルと迫ったところで、またピタリと動きが止まった。



 『みつ、けた……』



 小さく小さく人形は呟く。


 しかし、私たちにはハッキリとその言葉が届いた。



 「「「「で、でたぁぁぁああああああ」」」」



 合図もせずに、私たちは人形から逃げるために駆け出した。



 「だ、だから嫌だったんですよぉぉぉおおお。死ぬ、僕らはここで死ぬんだぁぁあああああ」


 「はっ、思わず逃げ出してしまったけれど……人形はどこかしら? また探すのは嫌だわ」


 「確かに、それは面倒だね」


 「なんで冷静なんですか、この人たちはーー!!」



 ワトソンの叫びが校舎内で木霊する。ほんと、元気だねぇ。



 「安心するといい。人形なら追いかけてきている」



 後ろを振り向くとサルバ先輩の言った通り、人形が私たちを追いかけて来ていた。


 ただしその姿は気持ち悪いの一言に尽きる。


 指をバラバラに動かしながら、匍匐前進でこちらに向かってくるのだ。しかも、すごいスピードで。



 私たちの視線に気づいたのか、人形は首が360度回転し始める。



 「チャッキーだ! リアルチャッキーだよ!!」



 私のテンションが上がった。



 「ひぇぇええええええ。来ないで、来ないでぇぇえええええ」


 「あの首元に刻まれた魔法陣……止まれ、カナデ! あれは……エミリーだ!」


 「エミリー?」



 慌てて私たちが立ち止まると、人形もまた止まった。

 ちなみにワトソンは一人で逃げようとするので、私が手を掴んでいる。



 『みつ、けた……みつ、けた……』



 サルバ先輩は同じ言葉を繰り返す人形へと近づき、今だ回転し続ける首を押さえつけた。


 強制的に首の動きを止めると、首には小さな魔法陣が刻まれていた。……こんな小さいの、よく見つけたね。

 


 「前に他の研究室の奴らが侍女人形型の魔道具を作るの手伝ってくれと頼みに来ただろう?」


 「あー、うん。来たね。そういうの興味ないし、なんか気持ち悪かったからパーツだけ作るのを手伝った気がする」



 メイド萌えがないから、侍女人形とか興味ないけど、あまりにしつこかったから人形のパーツだけ作ったのだ。そして明らかにイヤラシイ目的で作ろうとしているのが気持ち悪かったから、悪戯しようとすると、人間が一気に引くような行動をし始めるようにこっそり細工したのだ。



 「……もしかして、私のせい? でも、喋る機能とか徘徊機能とかつけていないし……」


 「それは私が付けたぞ。アホ共が煩かったからな。機能に不備が見つかると、自動で修理してくれそうな人の元へ向かうようにした。ちなみにエミリーはアホ共が付けた名だ」


 「つまり、カナデとサルバドールが原因ってことかしら?」


 「違うよ、アホなことを考えた奴らが全部悪いんだよ。ねぇ、ワトソン?」


 「あわわわわわわわわわわわ」



 ワトソンは泡を吹き出し、失神していた。



 「……これで、七不思議ツアーは終わりだね!」


 「帰りましょうか」


 「そうだな」



 エミリーはその場に放置し、ワトソンを抱えて私たちは寮へと帰還するのであった。














 

 寮の前にまで行くと、いつもと違う不自然さを感じ取った。


 何だろう……? 静かすぎるような……。


 

 消灯時刻が過ぎているが、それにしても静かすぎる。不自然に思いつつも、私はそろそろと音を立てないように気を付けながら玄関の扉を開く。しかし中はシンと静まり返っていて、人の気配がしない。

 


 「何だか、おかしくない?」


 「そうね、静かすぎるわ。何か連絡とかあったかしら?」


 「とりあえず、私の寮を確認してこよう。お前たちはここで待っているといい」


 「お願いね、サルバドール」



 王族と高位貴族の住む寮に住んでいるサルバ先輩が、人の有無の確認へと向かった。まあ、あっちは使用人さんとかもいるし、無人ってことはないと思う。












 「遅いですね、サルバドール先輩」


 「そうだね。戻ってくるのが面倒で寝ちゃったとか?」


 「ありそうね。……寮の中を少し見てきましょう。自室を確認してここに必ず戻ってくる。いい?」



 ロアナの提案に私とワトソンは頷いた。



 「はーい。なんか事件みたいだね、ワトソン」



 これは、名探偵カナデちゃんの出番かな?


 見た目は子供で頭脳は大人だからね! 探偵の条件は満たしているよ。



 「物騒なこと言わないで下さいよ。また誰かが魔法に失敗して寮が一時的に使えなくなったんじゃないんですか?」


 「ワトソンが冷たい……」


 「馬鹿なこと言っていないで、一旦別れましょう。書置きとかあるかもしれないわ」


 


 こうしてワトソンは男子寮へ。私とロアナは自室へとそれぞれ向かった。



 


 自室は特に変わったところは見受けられなかった。集合場所へ向かうついでに共用のロビーへ寄ったが、そこに書置きなどは見つからなかった。



 ……攻撃魔法で屋根が吹っ飛んでいる訳でも、劇薬がうっかり撒き散らされた訳でもないよね。皆、どこに行ったんだろう?



 疑問に思いつつも集合場所である玄関についた。そこにはワトソンとロアナの姿はなく、私が一番のりだったようだ。











 「……遅い」



 待てども待てども二人は来ない。サルバ先輩は兎も角、真面目なロアナとワトソンが来ないのはおかしい。


 ふと、頭の中に前世の有名な推理小説のタイトルが浮かぶ。



 「そして誰もいなくなった……なーんて、7つ目の七不思議じゃあるまいし、馬鹿馬鹿しいっ」



 痺れを切らした私は、透視魔法を展開する。




 だがしかし――




 「あれ? どうして……魔法が使えないの……?」




 その後、何度試しても私の魔法は発動せず、ロアナとワトソンも現れることはなかった。






続きます。




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