知らない方がいいこともある
ワトソンの実家であるフィッツラルド領に着いてから、特に問題もなく魔道具作りは進んでいった。荒れた土地だからか、領民の皆様はタダで魔道具が貰えると大喜びで、協力的だったのである。おかげで、数日で魔道具は完成した。これが広がれば、酪農はより効率的になるだろう。
今回は冬支度の期間――貴族や学生からすれば秋休みである――を利用して来たので、まだまだ時間が余っている。このまま転移魔法を使って帰ってもいいけれど、まだロアナ様がお怒りかもしれない。怖い、帰りたくない。
「ワトソン、暇だよぉ。お菓子屋さん行きたい」
ワトソンの実家――通称、幽霊屋敷でゴロゴロしながらお茶を飲む。もはや、自分の家感覚である。この程よいボロさが落ち着くのだ。
ちなみに現在、ワトソン父は遠くで悠々自適な隠居を送っているらしく不在。ワトソン母は既に故人らしい。兄弟は既に嫁いだ姉が2名。家にいるのは屋敷の管理をしている年配の執事さんだけだった。
驚いたことに、ワトソンは既に爵位を継いでいた。辺境男爵らしい。辺境伯じゃないの?と聞いたら、「色々大人の事情があるんですよ」と誤魔化された。ワトソンに子ども扱いされると、ムカつくのは何故だろう?
「そんな高級品買う余裕のある領民なんて、ほとんどいないですよ。だからフィッツラルド領にお菓子屋はありません。精々、グラニュー草が取れるぐらいですよ」
お金がない時にグラニュー草を咥えて飢えを凌いだけれど、あれはお菓子の代わりになんてならなかったよ。虚しさが強くなっただけだった。
「グラニュー草ねぇ……あれって、砂糖の原料なんだよね」
「そうですね。栽培方法は確立されていませんが、基本的にどこでも取れますね。群生はしていないので、量は取れませんけど」
「ふーん。ちなみにハチミツと砂糖だと、どちらが高いの?」
「砂糖ですね。ハチミツを作る魔物は弱いので、飼育方法も確立していますから。ハチミツ農家と呼ばれる人達もいるので、一定の供給があります」
「よし、分かった! グラニュー草の育て方を研究しよう。そして、砂糖を大量生産できるようにするのだ! 世界征服は新たなステージへと進む!」
「絶対に今思いついたでしょう!?」
「まあ、よいのだよ。行くぞ、ワトソン!」
「行くってどこへ……?」
「グラニュー草が取れる場所にだよ!」
「もう……どうにでもなってください……」
嫌がるワトソンを連れて来てもらったのは、フィッツラルド領の端――隣国との境界線に位置する岩山である。ここには強い魔物が多く出るらしく、そのおかげで隣国が侵攻してくる心配はほぼないらしい。
「そんな脅えなくても周囲に魔物はいないからね、ワトソン」
「分かっていても怖いものは怖いんですよ! カナデ先輩、絶対に離れないで下さいね……絶対ですよ」
ワトソン、それフラグや……。
「しっかし、こんな荒れた岩山に植物が生えるのかね?」
「基本的には植物は生えないのですが、グラニュー草だけは別なんですよ……ってありましたよ、カナデ先輩!」
ワトソンの指を指す方向に、ひっそりとグラニュー草が生えているのが見えた。
近づきグラニュー草を観察すると、白色の蕾が付いていた。それをツンッと突っつくと、突然、蕾が開き、白い粉(怪しいものではない)を撒き散らした。これが恐らく砂糖なのだろう。
「どうりで葉っぱを咥えても、あんまり甘くなかった訳だ……」
「カナデ先輩はグラニュー草の育て方を研究したいと言っていましたが、栽培方法については研究されつくされていますよ」
「そうなの?」
「はい。おそらく種だと言われている白い粉を蒔いても、発芽したことはありません。肥料である魔石を砕いた粉の属性や配分を変えても無理だったと、過去の研究者たちが結論付けています」
前世だと肥料は化学肥料だったり、家畜の糞尿だったりと色々あるが、この世界では違う。この世界での肥料とは、魔石を砕いた粉だ。そもそも、前世とこの世界では同じ土という名称ではあるが、まったく別のものなのである。この世界の土に生ごみを混ぜたって分解なんてされない。魔素という、自然界の魔力のようなものが土に含まれている。水と土属性の魔素が混じった土が作物の育ちやすい良い土と言われていて、肥料として水と土の魔石の粉が良く使われるのだ。
世界が違えば、物質も違う。今吸っている空気だって、前世と同じ酸素とは限らない。だから、前世での農業知識を持っていても意味がなかったりするのだ。
何故、私がこんなに詳しいのかというと、小さな頃に魔の森にある畑でやらかして、御爺ちゃんに迷惑をかけたからである。……一日で汚臭のする畑に変えたりね。
知識チートは中々難しいね。
「そもそも荒地に生える時点で普通の植物とは違うし……別の要素が絡んでいるんじゃない? ちょっと頑張って観察してみる」
私は目に魔力を込める。
目には見えないものを見るようなイメージを強く思い浮かべる。なんかこう……特別な物が見えるようになりたい。
そう念じていると、私の意思を無視してありったけの魔力が目に収束するのを感じた。驚いて目を開くとそこには七色の世界が広がっていた。
赤・青・緑・茶・白・黒・金。虹のように綺麗な色ばかりではないけれど、それぞれの色の毛玉のような球体がふわふわと浮いていた。
毛玉たちは意思を持ったかのように、それぞれが別の動きをしている。
そして……一斉に喋り出した。
『もえ! もえ! もやすでぇ』
『ウフフ シトシト ウフフ ジメジメ』
『クスクス ぴゅーぴゅー』
『……にょっきにょき』
『ぴかぴか らんらん♪』
『……うつうつ……ふひひっ』
『フハッフハハハハハ』
……なんやねん、これ。
世にも奇妙な光景に、私は呆然とする。じっと見てみると、この毛玉たちは純粋な魔力の塊だった。
もしかして……精霊とか?
精霊族という種族がいるということは、人族の中で長年噂されていた伝説である。精霊の存在を立証しようと、様々な研究が行われたが、結局、精霊は見つからなかった。そのため、精霊の姿を想像した絵や本などがこの世界にはたくさんある。共通するのは、威厳のある姿で書かれていること。
だけど、精霊と思われる不思議生物は威厳もクソもない毛玉だ。……世の中には知らない方がいいことがあるよね。こんな身近なところに……まるで雑菌のように精霊がうじゃうじゃしているなんて誰も知りたくないよ。この事実をそっと心の中にしまうことに決めた。
「……百面相をして、どうしたんですがカナデ先輩。いつも変ですけど、今は一際変ですよ」
「一度、私への認識について話し合った方がいいみたいだね、ワトソン君」
軽口を叩きながらも、私はグラニュー草の観察に戻る。思っていたよりも魔力の消費が激しい。時間は有効に使いたいのだ。
グラニュー草自体は、精霊の見える眼でも変わった様子は見受けられない。しかし、グラニュー草が生えている土は違った。白く輝く細い川のような線の上にグラニュー草が生えていたのだ。
その線を辿って行くと、別のグラニュー草を新たに発見した。つまりは、グラニュー草は白い線の上に生えていることになる。
……白い毛玉の属性は光。つまりは光属性の土――というか、光属性の魔素でグラニュー草は育つってこと?
そうこうしている内に維持できるほどの魔力が無くなったのか、七色の世界は消え、元の視界に戻る。
「うーん。たぶん、グラニュー草の育て方は分かった」
「え!? 本当ですか!」
グラニュー草を一本だけ引っこ抜いてみると、とても長く太い根が現れる。……光属性の魔素をたっぷり吸っていたみたいだね。
「よし、いくつかグラニュー草を持ち帰ろうか。私の予想が正しいか実験だよ!」
「はい!」
私とワトソンの実験が始まった。
♢
実験を始めて3日が経過した。
「カナデ先輩、終わりましたよ」
「結果は……?」
「人が実験しているのに、手伝いもしないで……」
「だって、手伝ったらワトソン邪魔するなって怒ったじゃん」
「そうでしたっけ……?」
覚えていないのか……。
屋敷に帰った後に実験をしようとしたら、ワトソンに追い出されたのである。ワトソンの趣味は野菜の品種改良。つまりは自分の領分に素人である私が介入することが許せなかったのである。私、先輩だよ?……実験奉行って呼んでやる。
「まあ、それは脇に置いておいて。結果から言いますと、カナデ先輩の仮説通り、土の変わりに光属性の魔石を砕いた粉を利用したところ、グラニュー草の発芽と成長が確認されました。ただ、他の属性があると成長しません。そして魔石の粉も高濃度でないといけません。ですので、高品質の光属性の魔石の粉が大量に必要です。量産は難しいですね。普通に野生のグラニュー草を採取したほうが安く済みます」
「そっかぁ……うーん、でも何とかなるよ」
あの白い線を使えば、どうにかできるかもしれない。
♢
半信半疑のワトソンを連れて、フィッツラルド領の荒地を歩く。探すのは白い線。出来れば太いのだ。
この間と同じように目に大量の魔力を流して見つけたのは、複数の白い線が繋がる分岐点だった。
「よっしゃ、見つけた!」
「「「おおっ」」」
そう言って振り向くと、いつの間にかフィッツラルド領の領民さんたちがいた。どうやら何かのイベントだと思ったらしい。まあ、領主様であるワトソンを連れているしね。ワトソンは盛り上がる領民たちを必死に宥めている。
……ふむふむ。こりゃ、期待に応えないとね!
私は分岐点に向けて、氷魔法で作りだしたドリルを突き刺す。そして甲高い回転音が響き、確実に土を削り取る。白い線に到達したことを確認し、穴が塞がらないように魔法で凍らせる。
すると穴からコポリコポリと白く輝く光属性の魔素が広がって行く。なんか温泉を掘り当てたみたいだ。
魔素が広がり過ぎないように、半径50メートルの柵を土魔法で作りだす。魔素は数分も立たずに円の中を満たした。これで準備は完璧だ。
「ワトソン、粉!」
「はいはい」
ワトソンからグラニュー草の粉――つまりは砂糖――の入った壺を貰う。
「イッツ・ショータイムッ! 荒地に草を生やしましょう!」
パサーと光属性の魔素が満ちた場所へ粉を蒔くと、一気にそこからグラニュー草が生えた。
ちょっと待って、成長が速すぎやしませんかね?
私の予定では粉を蒔いた後、成長を促進させる魔法を使う予定だった。それがどうだ、この成長具合。既に白い蕾をつけている。もしかして私は、やばいことをしてしまったのではないだろうか?
今更後悔しても遅い。ってことで、私は粉を蒔き続ける。
「「「うぉぉぉおおおおお」」」
「すげぇ、作物が殆ど生えないはずなのに!」
「この子は、豊穣の神じゃないのか!」
なんか盛り上がっているし、結果オーライ? まあ、普通は魔素の線なんて見えない訳だし……私が黙っていれば大丈夫さ!
「カナデ先輩……あなたって人はすごいのか……すごくないのか……いや、変な人には変わりないんですけど」
「ワトソン、後でゆっくり話し合おうか」
こうしてフィッツラルド領は砂糖が特産となり、それはやがて風の国の代表的な輸出品になった。グラニュー草の栽培方法は、ワトソンとの連名で適当な学会で発表した。もちろん、毛玉精霊のことも魔素の線も公表していない。ただ光属性の魔石の粉を使うことによりグラニュー草は成長するということだけだ。
フィッツラルド領の前例があるので、その秘密を知りたがる貴族や王族は大勢いた。裏でどのようなやり取りが行われたのかは知らないが、それも直ぐに収まった。
まあ何にせよ、これで世界征服の下準備は終了した。酪農品の量産。砂糖の安定的供給。アイテムバックによる流通の拡大。これらの供給から、お菓子を作り始める人が増えるのは明白である。時間が経てばおのずと成果は出てくるはずだ。
ぐっひひひ、世界は既に私の手のひらの上よ!
気が付いた時には、お菓子中毒患者ばかりになっていることだろう。
お菓子が世界を完全に征服する日も、そう遠い未来ではないはずである――――
今回は、普通の転生ものっぽい展開だったかも?
魔素の線は、竜の花嫁編に出てきたオネェ竜が言っていた魔素が流れる地脈のことです。この世界では精霊が魔素を作り、それを竜が循環させています。そうして世界は成り立っています。
世界征服編も半分くらいでしょうか。
ほのぼのなお話もそろそろ終わりそうです。
次回をお待ちくださいませ。




