女魔法使いに白羽の矢は立てられた
勇者パーティーが魔王討伐を達成して1年。魔王軍の侵略を受けた国の一つである月の国では、国を挙げて復興事業が進められていた。侵攻の際、上層部が素早く避難したため、魔王討伐後は大きな混乱もなく、復興に注力出来たのだ。
しかし上層部の避難といってもそれは容易い事ではない。国の政治を担う者たちは文官――つまりは非戦闘員である。猛進を続ける魔王軍から逃れることは、ほぼ不可能。実際に月の国と同じように避難しようとして蹂躙された国も多々あった。だが月の国はそれを成し遂げ、今では国民の生活も魔王が現れる以前の水準に戻っている。何故、月の国だけ?そう思うのは当然の事だろう。蹂躙された他国にあって月の国にあったもの。それは月の守護神、氷結の貴公子とも呼ばれる英雄の存在だった。彼は魔王軍が月の国に侵攻した際も自ら先陣を切り、魔王軍を食い止め、国を守ったのだ。
魔王討伐を成し遂げた、新たな7人の英雄がいるが、月の国の英雄は15年前に誕生した一つ前の世代である。人間領一強大な国力を持つ陽帝国との戦争の際に、小国であった月の国を帝国軍の侵略から国を守り、大打撃を与え、逆に領地を奪った救国の英雄。その英雄の名はサヴァリス。現月の王の実弟であり、国軍の将軍だ。人並み外れた強大な魔力と攻撃力、そして何より戦いに対する向上心。彼に並び立つものなど月の国――否、人間領には存在しなかった。
そう、伝説の魔法使いの孫にして、本人も数々の珍妙な偉業を達成している黒の女魔法使いカナデが現れるまで――――
♢
月の国の王宮で一人の文官が会議室へ乗り込んだ。
「大変です、大変なんです陛下~!!」
バンッと勢いよく開かれた扉。扉の奥には深夜だというのに月の国の首脳陣が勢ぞろいしていた。中には陛下や王妃、そしてその息子である成人したばかりの王太子もいる――が王弟の姿はなかった。
「た、大変なんです!!」
滝のように汗を流し、必死な形相の文官。その尋常ならざる様子から緊急事態が起こった事は明白。普段ならば月の王は最優先に文官の話を聞いていただろう。だがしかし、不幸なことに間が悪かった。そう――――
「後にしろ! 今は余の最愛の弟であるサヴァリスの嫁取り会議をしているのだから」
月の国の会議室では王弟サヴァリスの嫁取り会議が行われていたのだ。嫁取り会議何て後にして文官の話聞けよと思われるかもしれない。しかし、この嫁取りは月の国最大の懸案事項なのである!
事の発端はサヴァリスが陽帝国との戦争に勝利した際に要求した褒美である。それは婚姻の自由。元々美形で王族だったサヴァリスは、幼い頃からモテまくっていた。三歩歩けば女性が群がり、目が合えば女はたちまち恋に落ちる。非モテ男子から見れば妬ましいリア充状態。しかしサヴァリスは生まれながらの戦闘狂であった。秘境に修行しに行こうとすれば引き留め、訓練をすれば邪魔をし、挙句戦いの時には足手まといにしかならない女たちは、王族として表立って邪険にはしないが、サヴァリスにとって邪魔にしかならない鬱陶しい存在であった。
それを知っていたブラコンの兄王は、弟の幸せを願い、喜んで婚姻の自由を認めた。臣下たちも英雄の褒美にしては安すぎると思っていた。だが、時が経つにつれてそれは間違いだったと王たちは思い知るのである。
美形で王族だったサヴァリスは、さらに英雄というモテ要素が加わった。女は基本的に顔が良くて社会的地位のある金持ちが大好きなのである。つまりサヴァリスは以前よりもモテるようになった。
しかしサヴァリスは寄ってくる女たちを『結婚は愛する人とすると心に決めているので』と言って振っていた。王によりサヴァリスの婚姻の自由は認められていた為、女たちは仕方なく引き下がっていった……が『わたくしに惚れさせればいいんじゃないの!』という未練がましい女も結構な数いたのである。必死にアピールする女たちとそれを跳ね除けるサヴァリス。その攻防は10年以上続いた……そう、10年以上。
サヴァリスに寄って来た女たちは、女同士の熾烈な争いを勝ちあがって来た猛者たちであった。美貌も重要であったが、何より身分がものを言ったのである。悲しいかな、サヴァリスに言い寄る未練がましい女は高い身分を持つ女ばかりだったのである。それにより月の国の貴族階級は晩婚化が進み、結婚できない女性が増えて行った。そしてサヴァリス自身は強大な魔力のおかげで20歳の頃と外見が変わらない。それでさらにサヴァリスに惚れる女が後を絶たず……の負のスパイラルが構築されていた。
国を支える貴族たちが子孫を残せないなど、国力低下の危機である。事態を重く見た国の重鎮たちは、王にサヴァリスの嫁取りを直談判した。男の二人兄弟で妹が欲しかった王と、弟嫁と女同士でキャッキャウフフしたい王妃は了承し、密かにサヴァリスの嫁取り作戦が行われた。
他国の王女や絶世の美貌を持つ令嬢とサヴァリスをロマンチックな演出作り上げて出会わせ、恋に落ちるように画策した。しかし結果はサヴァリスは惚れず、新たな被害者を作り出しただけだった。
もしや男が好きなのでは……と心配した王がサヴァリスに恐る恐る好みの女を聞いたところ『戦場で自分の背中を任せられる女性でしょうか』という答えが返って来た。これには王と重鎮たちも頭を悩ませた。たった一人で帝国軍を壊滅させる力を持つ男と同等の女がいるものかと。
それからは、どこどこに強い女性がいると聞けば国の重鎮自らが視察に赴き、その御眼鏡に適えばサヴァリスと接触させた。しかし結果はすべて失敗に終わった。
成長した次期国王の王太子はそこそこの美形であったがサヴァリスには到底敵わず、婚約者や幼馴染、好きになった女の子は、例外なくサヴァリスに惚れた。次第に王太子は自信を無くし卑屈になっていった。王太子の口癖は『どうせ、どうせ僕なんか……』だ。その痛ましい姿に重鎮たちは涙し、その息子たちは王太子に生涯の忠誠を誓った。
サヴァリスの嫁取りが終わらない事には、王太子の嫁取りも出来ない。もはや英雄が国を滅ぼす事態に成りかねない。だからこそサヴァリスの嫁取りは国家の存亡をかけた懸案事項なのである。
「陛下!どうか、話を聞いて下さい!!」
文官の悲痛な叫びが会議室に響く。
しかしそれはマルッと無視され、嫁取り会議は続行された。
「雪の国の第二王女、光の国の聖女でも無理だったのだ、一体どうすればよいのだ……」
「陛下、いっそ直接サヴァリス殿下に嫁を娶れと申してみては?」
「馬鹿を言うな、宰相! それでは余がサヴァリスに嫌われてしまうではないか……この間なんて『どうも私は女性と運命的な出会いをしてしまう体質のようです……兄上何か知りませんか』と、笑顔で威圧されたのだぞ!余たちの作戦はバレておるのだ」
「どうせ、どうせ僕なんかは一生結婚出来ないんだ……」
「王太子殿下、部屋にキノコを生やすのは止めて下さい!」
「静粛に!!」
王妃の一喝により、騒がしかった室内は静寂に包まれた。
「この国の頭脳である男たちが情けない……騒ぐ暇があればサヴァリスの嫁候補探して来たらどうです」
「しかし妃殿下、目ぼしい女性は全てダメでした。もうサヴァリス殿下の御心を射止める可能性がある女性は存在しないかと……」
「そうだぞ、妃よ。女と言うよりもそんな存在がいるとは思えん。見ただろう、魔王軍の屍の山を……魔族ですらサヴァリスの前では弱者と成り果てる」
「頼りない男たちですこと。ですから、わたくしが未来の義妹を探してまいりましたわ」
「何!?本当か」
「ええ、彼女の名はカナデ。伝説の魔法使いポルネリウス様の孫で双黒の容姿を持つ空の国の女魔法使いですわ。かの魔王討伐では大活躍だったそうです」
「名は私も知っています。アイテムバックや透明毛布などを発明した天才魔法使いだと……他にも色々な噂を聞いていますが」
「噂とは何だ、宰相」
「はい。学生時代に天国を作り上げた、巨万の富を得て国を造ろうとしている、自身を誘拐しようとした帝国軍を血祭りにあげた、死者を蘇らせた、あの巨人族を服従させた……などです。女魔法使い殿がいる空の国が我が国と地理的に離れている点と、空の国の徹底した情報統制により、信頼できる情報を得ることが出来ません。余程空の王は女魔法使い殿を手放したくないのでしょう」
「とても真実だとは思えんな」
「そうでもありませんわ」
「それは誠か、妃よ。そのようなバイオレンスな益荒男のような女子が存在するというのか!」
「ふふ、信頼できる筋からの情報ですわ……カナデさんと魔王討伐の旅に出た雪の国の第二王女からの情報ですもの」
「あの泣く子も快感で頬を染めるというドS王女がですか!」
「ええ。何でもカナデさんは旅の間、パーティーメンバーをご自分の支配下に置いていたそうですわ。もちろん第二王女も含めて。失われたはずの神属性の魔法を使い、魔王軍の四天王はカナデさんによって駆逐されたそうです。魔王にいたっては一瞬にして瀕死状態に。面倒な功績を押し付けるために、魔王のトドメは勇者にさせたそうですけど」
王妃の言う女魔法使いの情報に全員が驚いた。魔王討伐に関わらなかった月の国には正確な情報は伝わらない。カナデの事は魔王を倒したの勇者おまけぐらいにしか思っていなかったのである。カナデの活躍が魔王軍の被害に遭った国に正しく伝わらなかったのは、空の王が故意に行った情報統制の結果であった。しかしカナデに心酔した王女と槍使いと弓使いの土産話により、徐々に周辺国に知られるようになったのである。
「これほどの実力であればサヴァリス様を満足させる事が出来るかもしれません。後は……女魔法使い殿の人柄が知りたいですね」
「歳は現在16歳で平民だそうですわよ」
「平民か……サヴァリスの嫁になるのには荷が重いのではないか」
月の王の懸念は尤もだった。王族として生きてきたからこそ、煌びやかに見える王侯貴族の社会の闇を知っているのだ。しかし王妃はそんな王を鼻で笑い言った。
「カナデさんは幼い頃から貴族や王族たちに魔法の才を狙われていたそうですわ。実際、魔王討伐のパーティーメンバーは皆、自国の王からカナデさんを引き抜くよう言われていたそうです。もちろんそう言ったことに嫉妬を覚える者もおります。かの聖女もその一人でしたが、カナデさんの逆鱗に触れて調教されたそうです。空の王も何度もカナデさんに爵位を与えようとしたそうですが、すべて拒否されたそうですわ。きっと嫉妬や欲望の渦にカナデさんは何度も呑まれたでしょう。ですがそれもすべて自力で解決し、決して自分の意思を曲げなかったのでしょう。カナデさんは真の意味で強い女ですわ、軍属の王族の嫁にこれほど相応しい方はおりません」
すでに王妃はカナデを認めていた。カナデからすると王侯貴族の勧誘は金持ちの道楽で馬鹿にしているだけだと思っていただけなのだが。しかし王妃の同じ女性という立場から述べた力強い言葉で、月の国の重鎮たちもカナデを認めてしまった。『英雄の嫁はやはり英雄でないと』と。
「そうなるとさらに詳しい情報が欲しいですね。失敗は許されません。サヴァリス殿下の顔を見て恋に落ちる可能性は極めて高いですが、確実ではありません。女魔法使い殿の好みを把握し、ぜひ嫁ぎたいと思わせるような作戦を立てなければなりません」
「問題はサヴァリスとカナデをどう引き合わせるかだ。空の王はカナデを手放す気はないだろう……仕方がない、アレを使うか」
「陛下、まさか……15年前の戦争時の貸しを使う気で!?」
15年前、まだ即位して間もなかった空の王に帝国軍の情報を売り、その対価を『いつか返してもらう貸し』としたのだ。月の王は空の王に対して最強の外交カードを切る決意をした。
「月の国とサヴァリスのためだ……」
「陛下……」
重鎮たちは皆、王の決断に涙を浮かべていた。サヴァリスに惚れた娘を、父親として貴族として窘めた際に『お父様なんて大嫌い!』と言われたのは一人や二人ではないのだ。それほどまでに嫁取り問題は深刻化していた。サヴァリスのせいで泣いた老若男女は数知れず。皆、何かしらの心の傷を負っているのである。
「泣いている暇があったら、仕事をしなさい。宰相、カナデさんの好みが知りたいわ。確かカナデさんはルナリア魔法学園の出だったはず、同じ頃に通っていた者はいるのかしら?」
「でしたら魔法局副局長のサルバドール・ガラン伯爵令息が5年前にルナリア魔法学園を卒業しております」
「すぐに話しを出来るように手配しなさい」
「あ、あのっガラン副局長に関してなのですが!!」
今まで無視をしていた文官の大声に室内は騒然となった。
そういえば、文官のことを放置していたっけと。
「な、なんだ。申してみよ」
月の王は若干の罪悪感を胸に秘めつつ、文官に話の続きを促した。
「研究室にてガラン副局長が一年前に描いた魔法陣が起動、そして黒髪黒目の異世界人を召喚しました。王宮図書館に封印されている禁書をガラン副局長が無断で使用した可能性が高いです。それとガラン副局長が古代の魔法陣を成功させた事による興奮で暴れ回っていて魔法局に甚大な被害が出ています。どうか、ガラン副局長を止めて下さい!!」
「何故それを早く言わないのですか!!」
サルバドール・ガランは優秀な魔法使いだが変人で、王宮内での第一級警戒対象のトラブルメーカーなのである。たとえそうであっても宰相の叱責は、文官からしたら逆ギレもいいところである。
そして慌ただしく事態の収束に向けて動き出す重鎮たち。だがすでにガラン副局長は、騒ぎを聞きつけたサヴァリスにより拘束され、叱られていた。
♢
結局ガラン副局長の召喚した異世界人はカナデを月の国に呼び出すためのダシに使われ、その感謝を込めて手厚くもてなされた。そしてガラン副局長もカナデの個人情報を提供する事で罰則を逃れた……実に運のいい男である。
そして現在、謁見の間には玉座に座り、宰相と共にカナデを待つ月の王がいた。
「大丈夫だろうか……」
「安心して下さい、陛下。計画に不備などございません」
宰相は自信満々に王に進言する。
今日と言う日のために様々な事を準備した。王妃はサヴァリスにさり気無くカナデの武勇伝を聞かせて関心をもつように誘導、王はサヴァリスに空の国一行をもてなす役目を与えた。宰相もサヴァリスとカナデが二人きりで過ごせるようにスケジュールを調整し、他の重鎮たちも空の国の第五王子や外交官との会談を申し込みそれをサポートをした。ガラン副局長から聞いたカナデの好み(主にお菓子)を料理長に伝え、胃袋を掴む手筈も整えている。まさに完璧な作戦だった。名づけるならそう『英雄の嫁取り大作戦~背水の陣~』だ。
「空の国御一行様、到着です」
謁見の間を警備していた兵の声が響く。
王たちは期待と不安入り混じる顔でカナデを迎え入れた――――
♢
結果から言うと作戦は半分成功して、半分失敗した。
国宝級の剣を渡され、カナデと楽しく魔物を狩ったサヴァリスはカナデに惚れた。それはカナデが帰る間際に、空の国の王子の前でプロポーズしてしまうほどにメロメロだった。
「しかしクラーケン2体にセイレーン、そしてその他約20体の魔物を無傷で狩るとは……今更ですが陛下、あの二人は混ぜるな危険なのでは?」
「言うな、宰相」
本来ならば国軍が多大な犠牲を出して倒せるレベルの魔物たちである。それをその場のノリで倒して事後報告。しかもサヴァリスが嬉しそうに国宝級の性能であろう剣を振り回す姿に王たちは卒倒しそうになった。サヴァリスも規格外だとは思っていたが、カナデもまた噂以上の規格外な存在であると。
そして王たちも予想出来なかった事態が起きた。カナデがサヴァリスに惚れなかったのである。美形で王族で英雄のサヴァリスに惚れない女などいないと思っていた者たちは、サヴァリスのプロポーズ(これも事後報告)の結果を聞いて唖然とした。
しかし当のサヴァリスは、『ここまで私の理想の女性は居ません……絶対に手に入れて見せますから』と真っ黒に輝く笑顔で兄王に進言していた。それを見ていた何人かの貴族は恐怖で気絶した。
――――自称平凡な女魔法使いと戦闘狂な将軍の攻防は始まったばかり。ゲロ甘な恋愛劇が繰り広げられるのか、はたまた血みどろの怪獣大決戦が起こるのかは神のみぞ知るところである。
余談だが、月の国の王太子は、サヴァリスのプロポーズを断る女性がいることを知って、自身の側近たちと男泣き。そして月の国の次代を担う者たちの結束がまた強まった。月の国の未来は明るい……のかもしれない。
1日でブクマ1000件超えていました……まじかい。
ノリと勢いで書かれている作品ですが、これからも読んで頂けると嬉しいです。
私のPCがエイプリルフールで浮かれている訳じゃないよね?
今回は『真勇者は遅れてやって来た』の裏話のような前日談です。これを見た後に真勇者を見ると色々発見があるかと思います。また、コメディーの中に隠された権力者たちのドロドロとした思惑なんかも感じ取っていただけると嬉しいです。