ふたりの鬼才
ロアナは宣言した次の日には、理事長から推薦状をもぎ取って来た。相手は王族だし、いくらなんでも早すぎじゃない?とか推薦状の文字が僅かに小刻みに歪んでいるとか、色々気にはなったがツッコまないでおいた。別にロアナの眼が獰猛な肉食獣のようで怖かったとか、そんな理由じゃないよ。……本当だよ?
魔法ギルドでに行った時は、子供であることと平民であることを馬鹿にされないよう受付嬢に、「この推薦状が目に入らぬかー!」と某世直し副将軍のように推薦状を叩きつけた。すると、「その髪と目の色……伝説の魔法使いのお孫様ですよね? わたくし、御爺様のファンなのです!」と3時間ぐらい捕まった。私の知りたくもない御爺ちゃんトークを聞かされたよ。……これ、なんの拷問?
どうやら魔法使いを仕事にする者たちは、貴族階級でも責任のない立場のオタクが多いらしく、あまり身分差にこだわりがないようだった。実力主義ってやつ?まあ、私はなんの実績もないけれど、御爺ちゃんの孫だから期待されているらしい。私は、祖父の七光りを金儲けに大いに利用する所存である。ふっひひっひ。
そんなこんなで、魔法ギルドに登録した私はロアナと作戦会議をしていた。場所はサルバ先輩の研究室。家主の許可は取っていないが、些細な事だ。
「カナデ、魔法ギルドに登録はちゃんと出来た?」
「うん。ついでに伝説の魔法使いの孫で、ルナリア魔法学園最年少入学だって売り込んできた! 今の私は何でも利用するよ」
「とてもいい心がけだわ。わたしも商人ギルドに登録して来たわ。こちらは12歳以上なら誰でも登録できるから問題なし。色々と宣伝もしてきたし、下準備は完璧よ」
ロアナはうんうんと満足そうに頷く。
ちなみにこの世界には、ゲームなんかでよく見る冒険者ギルドとかはない。業種や専門職ごとにギルドが作られていて、そこに登録することで仲間内の利権を守る組織という意味合いが強い。靴屋や酒屋など様々なギルドがある。
「じゃあ、魔道具についてだけど……あんまり高い素材を使ったものは作れないよ」
「従来の魔道具ではダメね。特定の商人たちが販売を独占しているわ」
従来の魔道具とは、戦闘用魔道具のことである。魔道具と言えば戦いの道具。それがこの世界の認識なのである。
「あのさ、日常で使う魔道具とかって売ってないの?」
「魔力持ちは殆どが上流階級で占められているわ。だから、身の回りの世話はすべて他人がしてくれる。だからこそ、日常が便利になる魔道具を作ろうだなんて考えないのよ。何より貴族や国相手に商売したほうが儲かるし」
「ああ、魔道具は自分の魔法を他人が使えるようにしたものだもんねぇ。まず、製作者がその魔法を使えないといけないから無理か。日常生活の魔法何て、金持ち貴族は使わないよね」
魔道具は製作者の魔法を魔法式に変換し、道具に埋め込むことでできる。魔法式は他人に解析されると、魔法がまるパクリされてしまうので注意が必要だ。私は、ひらがな・カタカナ・漢字・ローマ字・英語・数式を組み合わせた独自の魔法式を使っているため、解析される心配はない。だって、作成者の私でも時々何かいたか分からなくなるほどに難解だからね、アレ。
ちなみに魔法陣は、各属性の魔石の粉を溶かしたインクで魔法陣で描くことによって、自分の使えない属性の魔法を操ることが出来る。
他にも錬金術もあるが、あれは特殊で、特定の素材と大量の魔力のごり押しによって自分の想像した物を作ることが出来るというものだ。ぶっちゃけ、想像力が逞しくないと無理なため使える魔法使いは殆ど居ない。私は前世の映像知識があるから、大丈夫だけど。
「金を持っているのは貴族だけではないわ。商人もよ。特に成金は羽振りがいい」
「それなら商人が使いやすそうなものとか作ってみる?」
「それなら、カナデの使っている亜空間をどうにか魔道具化できないかしら?」
「亜空間? 魔法使いだったら誰でも使えるんじゃないの?」
ロアナは溜息を吐くと、眉間を指先で揉みながら呆れたような声を出す。
「あのね。亜空間は、常に維持するのに大量の魔力が必要なの。カナデみたいに時間停止の魔法を使った亜空間とか想像するだけで寒気がするわ。それに亜空間の魔法を使っているときに魔力切れを起こせば、閉まっていたアイテムすべてが一瞬にして消えるの。維持の大変さとリスクの大きさから、亜空間を使う魔法使いは、ほぼいないわ」
「そうなの? 私の周りには使っている人ばっかりだったけど……」
御爺ちゃん、タナカさん、ティッタお姉ちゃん。ほら、いっぱいだよ。アイルは魔力の使い方が大雑把な馬鹿だから使えないけどね。
「カナデの育った環境が恐ろしすぎるわ……。それで、亜空間の魔法を組み込んだ魔道具は作れそうかしら?」
「うーん。たぶん大丈夫。材料も、攻撃魔法の魔道具みたいに馬鹿みたいに魔石とか使わないし、大丈夫。時代は低燃費だからね。今日はこのまま研究室に籠って、魔道具を作るよ」
「そう? 私は取引ルートの確保のために営業に行ってくるから」
「了解。明日は休日だし、徹夜かな~」
「無理は禁物よ。でもまずは、大金を稼ぐ元でを作らなくちゃね。じゃあ、また明日ね。カナデ」
「はいよー」
ロアナの居なくなった研究室で一人、私は魔道具について考える。
「どうせなら、色々作りたいよね……もちろん、無料で。うっひゃひゃひゃ」
魔道具作りは夜通し行われ、私が寝たのは翌日の昼過ぎだった。
♢
「――ナデ! カナデ! カナデ! 起きなさいよ! この状況を説明しなさいよぉぉぉおおおおおお」
「……るさいな、ロアナ」
ロアナの甲高い叫びによって私の意識は強制的に覚醒した。目を開ければ、半泣きのロアナ。一体どうしたのか。
「これ! カナデの胴体がなくなって……」
ちらりと自分の身体を見れば胴体の部分が消え、頭と手足のみが見えた。どうやら無事に成功したみたいだね。私はバサリとかけていた毛布を退ける。すると、私の身体全体が現れる。
呆然としているロアナを見て、悪戯心が疼く。今度は毛布を頭から被る。すると、私はロアナの視界から消えた。
「え? カナデが消えた……?」
毛布から顔を出し、某人気通販番組のように商品の解説を始める。
「じゃっじゃーん! こちらの商品の名は『透明毛布』。この毛布に包まると姿を消すことが出来ます。しかも、属性関係なしにクズ魔石1個で1時間持つ低燃費! さらに魔力持ちなら、自分の魔力で使うことが出来ます! 今なら、万能結界・気配遮断の効果付き。買うなら今だよ!」
うふふんと毛布で透明になって見えない胸を逸らしながら自慢げにロアナを見る。
「お、驚かせないでよ! 心配したじゃない!!」
「あいたっ」
頭にチョップをいただいた。解せぬ。
「何故、一晩で非常識な代物を作っているの!?」
失敬な。これは前世で有名な魔法使いが所有していたものを元に作った由緒正しいものなんだぞ!
「ええ、非常識じゃないし。それに他にもあるよ」
「まだあるの!?」
「続いての商品は……じゃーん!『アイテムバッグ』だよ」
普通の鞄に見えるそれを取り出し、私は再び説明を始める。
「普通の鞄にしか見えないけど?」
「なんと、こちらの商品はどんなものも吸い込み収納できるのです!」
私は実演するために、絶対に鞄に入らないであろう大きな椅子を持って来た。それを鞄に近づけて「入れ!」と叫ぶと、椅子が吸い込まれていった。
ロアナは唖然とその様子を見つめる。
「鞄に収納できる個数は25個。その数だったら、どんな大きいものでも収納できるよ! そして今なら、この小さな小銭入れもプレゼント! ちなみにコッチは個数じゃなくて、重さ500トンまで収納できるよ。ちなみに属性関係なしにクズ魔石1個で2年持つよ。さあ、買うなら今!」
「なんてもん、作ってんのよぉぉぉおおおお」
「え?何が不満なのさ。ぶーぶー」
ちょっとロアナさん、我が儘過ぎませんかね?
「続いての商品は……」
「まだ、あるのね……」
私はロアナの前に亜空間から取り出した20個ほど時計を置く。
その数にロアナが驚いているが、まだ早い。
「これで最後だよ。こちらの『目覚まし時計』です。指定した時間にセットすると、その時間にアラームが鳴ります」
「普通なのね?」
この世界には時計は存在しているし、アラーム機能もある。だがしかし、こちらはちょっと特別だ。
「なんと、アラーム音を録音したものに切り替えられるのです。フライパンをおたまで叩く音にしても良し、好きなあの子の声でも良しな便利品です。属性関係なしにクズ魔石1個で4年持ちますよ」
「それは便利ね」
「今なら数量限定5個のみ、世界的な歌姫であるアネッサ様の歌声を録音したものもご用意しております!」
私はロアナの前に時計をさらに5個ほど並べる。
「え? アネッサ様ってあの……?」
「ふっ、持つべきものは頼りになる先輩だよね。コネ使って手に入れた」
「コネって……」
「アネッサ様は、サーリヤ先輩たちの母親だし」
ちなみにアネッサ様には、サーリヤ先輩たちの帰省の際に転移魔法で送り届けることを条件に協力してもらった。旅芸人だからね。帰るのも一苦労らしい。
「おっふ……。もう何でもいいわ。カナデだものね。とんでもないものが出来るのは必然だったわ」
「何それ酷い」
「それにしても、こんなにたくさんの時計やら鞄やら毛布やらがよく手に入ったわね?」
「それ、寮母さんに卒業生が置いていった私物を貰って作った。貴族の使用済みだから高級品が多いし、無料だし、寮母さんは捨てる手間が省けるしでいいことづくめ」
「実質材料費0で作り上げたのね……。しかも、属性関係なしにクズ魔石1個で使える魔道具なんて聞いたことないわ」
「ゆくゆくは超低燃費の結界魔道具が作りたいからね。その練習に頑張ってみた」
「まあ、カナデが頑張ってくれたし。私も頑張ってくるわ! 3日ぐらい留守にするから」
「はいよー。授業単位にだけは気を付けてねぇ」
「心得ているわ!」
ロアナは小銭入れに私が作った魔道具全てをぶち込み、意気揚々と研究室を後にした。
「売れるといいなぁ」
疲れが溜まっていたのか、後にやって来たサルバ先輩が私を解剖しようとするまで眠り続けた。
♢
そして3日後。
ロアナは意気消沈した顔で帰って来た。
「ロアナ! 一つも売れなかったの!?」
「か、カナデ……どうしましょう……わたし……」
くそうっやっぱり原価0の商品は売れなかったか!
見通しが甘すぎた!!
「まだ時間があるよ。大丈夫……」
「違うのよ……実は……」
ロアナは私の耳に手を当てて、小さな声で呟く。
「何だって……それ、本当?」
「……本当よ!! どうしましょう!? わたし、こんな大金持ったの初めてだわ! いけない、キャンベル家のお金の縁のなさは折り紙つきだっていうのに。早くわたしからこの金を取り上げなければ、きっと人間領大恐慌が起こって経済が破綻するわ!」
「キャンベル家、貧乏神過ぎんだろ!!」
ツッコミをいれる私だったが、その手は震えていた。
何故なら、ロアナが持ち帰って来た金額は、結界魔道具に使った魔石4個分の金額。普通に国家予算越えだし、ロアナの実家と私の借金が余裕で返せるレベルである。
「これで実家が立て直せるわ……身売りしなくて済む……」
「え? そんなことになっていたの?」
初耳だよ!
「色々あったのよ。今回は下らない貴族の策略のせいで追い詰められたの。まあ、20年に一度の不作は本当だけだけど」
「じゃあ、早いとこお金を分けようか。そして私はマッハでお金を返しに行くね」
サラ金もびっくりな利子率だからね。さっさと返すに限るよ。
「わたしも借金を返しに行くわ」
漸く落ち着き始めたロアナに、私は疑問を投げかける。
「それにしても、どうやってこんな大金を奪い取って来たの? いくらなんでも、多すぎだよね?」
ロアナは一瞬だけ躊躇したが、ポツポツと語り始める。
「キャンベル家は、今は落ちぶれているけれど、昔は凄かったのよ。その関係で、遠縁に他国の王族やら貴族やらが居てね。その人達相手にだけ、まずは透明毛布をそれなりの値段で売ったの。そしてその情報を敵対国に流して、こちらの商品を値段を大幅に吊り上げて販売したの。他にはない商品だったから、馬鹿みたいな金額で売れたわ。商品の解析もしたかったでしょうしね。そして目覚まし時計は、選び抜いたアネッサ様のファンに高額で売りつけたわ。アイテムバッグは貴族と有力商人に売りつけた。商人には余計な事をしないよに牽制も込めて、貴族にはぼったくりの意味合いが強かったわね」
「口では簡単に言っているけどさ、それってかなりすごいよね……?」
軽く政治の駆け引きしているし、客の選び方もすごいし。ロアナさんマジすげぇぇえええ。やってることはゲスいけど。
「でも、カナデの商品があってこそよ。だから分け前は、2:8でいいわ」
「え? いいの!?」
「キャンベル家の者が大金を持つと碌なことにならないのよ。それはキャンベル家の歴史が証明しているわ」
「キャンベル家、貧乏神過ぎんだろ!!」
「あら、悪運だけは強いのよ? それに時勢と人を見る目もね」
そう言ってロアナは、私にウィンクをした。悔しいが、可愛いぞ。
「これで借金返済も出来るし、所持金はガッポガッポだし、魔法ギルドに登録したし。……ふっふふ、やっとこの時がやって来た。私の野望を成就する時が!!」
「どうしたのよ、いきなり。それで、カナデの野望って何?」
私は右手を開いたまま突出し、悪の総司令官のような顔とポーズで宣言する。
「よくぞ聞いてくれた! それはもちろん、世界征服だよ!!」
「はぁぁああああ!? 何考えているのよ、カナデ!」
私の肩を掴むロアナを無視し、私は覚悟を決める。
「我が覇道は誰にも止められん!! 邪魔するものは蹂躙してくれる!」
今この瞬間から、私の世界征服は始まるのだ!
今回は繋ぎ回ですね。
魔道具関連の説明と、ロアナの隠れた才能についてです。
次回はいよいよ世界征服へと動き出します。
ワトソンも出ますよ。
ちなみにカナデの世界征服は物騒なことにはなりませんのでご安心を。
ではでは、次回をお待ちください。




