無一文の魔法少女
最初は一生ぼっちを覚悟した学生生活も数年経ち、ルナリア学園3年生になった。今では気の許せる友人たちもでき、学園祭ではしゃいだり、三日月の会の会長になったりと、慌ただしくも充実した日々を送っていた。
……今日という日までは。
お昼休み。私はリストラされたサラリーマンのような顔で、木陰に蹲っていた。口にはグラニュー草という、この世界で砂糖の原料になる草を咥えていた。これは群生はしていないが、割と何所でも見かける植物である。尤も、栽培方法は確立されてはいないが。
何にせよ、お菓子の代わりに道端の草を咥えている私は、さぞ惨めな存在に見えるだろう。
……実際、惨めな存在だ。
何故なら、今の私は無一文だからだ!
伝説の魔法使いである御爺ちゃんの遺産はどうしたかって?
そんなの御爺ちゃんが残した結界魔道具の維持費で消えたわ!
数日前、実家に帰ると人間が森に入れないようにする結界が消えていた。不審に思い、家の中にある結界魔道具を調べると、動力源である魔石の効力が切れていたのだ。
結界は人里に魔物が降りないようにする役割も持っていたため、土地の管理者として私が責任を持って管理しなければならない。前世で電化製品の電池を変えるような気軽な気分で使われていた魔石を見ると、驚きの事実が分かった。
最高級純度の最大サイズ。しかも神属性以外の六属性分が必要だったのである!
自力で魔石を調達することも出来なくはないが、最高級純度で最大サイズとなると難しい。まず、魔石が多く取れる山や泉なんかは、貴重な財源として国ごとに管理している。そこからくすねると、普通に死刑に処される。無理だね。
次に魔物を倒して魔石を得る方法がある。だがしかし、最高級純度で最大サイズの魔石が取れるような魔物は、ほぼいない。偶に現れるらしいが、10年に1回現れるぐらいの確率だそうだ。なので、これも無理。
そして一番確実なのが金で買うことである。だがそれは適正価格であっても、とんでもない金額である。それが6個。国が買えるんじゃないかなレベルである。
複雑な結界魔道具をまだ作れない私は、金で魔石を買うことを選択した。御爺ちゃんの残した遺産は面白いように減って行き、何度、結界魔道具をぶっ壊そうと思ったか分からない。結界魔道具はこの世に一つだけ。結局、家と土地とご近所様を守る魔道具をぶっ壊せなかった……。
人間国のあちこちを飛び回り、どうにか魔石を手に入れ、取り替えたのが今日である。ちなみに途中で御爺ちゃんの遺産が底をついた。家によく分からない貨幣がたくさんあったけど、人間領のどの国でも使えなかったため、物置にあった魔道具やら書物やらを売りまくった。伝説の魔法使い作成&使用済み商品というプレミアがついたものでも魔石の値段には届かず、決して少なくない金額を借金してしまった……。あれ、無一文じゃなくて借金持ちじゃない?というか、9歳児が多額の借金を背負うってどうよ?しかも、前世みたいに法律が整っていないから、利子がヤバイんだぜ。
次に魔石を交換するのは50年後になりそうだが、それでもあの魔道具の燃費は悪いと思う。御爺ちゃん、絶対に結界魔道具のこと忘れていたよね……?死ぬ前に低燃費に改良しておいてよ!!
私は低燃費で高性能の魔道具を開発すると力強く決意した。……尤も、明日をも知れぬ身なんだけどね!
そう、私は人生の岐路に立たされていた。
このままでは、退学することになるかもしれないのである……!
学費に関しては、入学の時に一括で支払った。これだけ聞くと、大丈夫じゃんと思うかもしれない。だがしかし、ルナリア魔法学園は全寮制なのである!
私は一番グレードの低い、貧乏貴族や数少ない平民生徒が所属する寮に住んでいる。しかし、さすがは人間領一の魔法学園。それでも、安くはない金額を毎月支払わなくてはならないのだ。しかも、寮費を2か月滞納すると、強制退学になるのである。……せめて、半年にしてよぉ。
一括払いした学費だって、寮費滞納して強制退学になったら、たぶん返してもらえない。……考えたくなかったけど、これって人生詰んだよね!?マジで9歳にして詰んでるよね!?
ああ、もう……本当に……
「「……お金がない」」
重なった声に驚きつつも後ろを振り向くと、私と同じリストラされたサラリーマンのような顔をした女の子が立っていた。そう、心の友ロアナである。最近ある場所がローブ越しでも分かるぐらいに育ってきていて、妬ましいと思うこともあるけど心の友である。
「どうしたの、カナデ。まるで20年に1度の不作に加えて、隣領地からの嫌がらせで財政破たん寸前、貧乏から洒落にならないド貧乏に成り下がった貴族みたいな顔をして……」
……一発でロアナの状況が分かったよ。うん。
人生詰みかけているところまで一緒なんて、私たちが出会ったのはやっぱり運命だね!嬉しくないけど!
「ふふ……お金がないんです。しかも、借金持ちなんですよ。どうしましょう、ロアナさん」
「あらあら、これは仲良く退学かしらね……」
「「洒落にならない」」
神に祈ったら、空からお金降ってこないかな……。
「いつまで経っても研究室にこないと思って探してみれば……どうした、辛気臭い顔をして。カナデ、助手として手伝いを頼んでいただろう?」
現れたのは、相変らずボサボサ髪に眼鏡のサルバ先輩だった。
「サルバ先輩……八つ当たりでごめん。ハゲろ!」
「無性にサルバドールを殴りたい……! だめよ、まだ悪いことをしていないじゃない。正当な理由がないわ」
理不尽な罵倒をする私と、疼く右腕を押さえつけるロアナ。その異様な光景を見ても、サルバ先輩は一切動揺していない。マイペースだね。
「何だか分からないが、早く研究がしたい。悩みがあるなら言ってみろ。解決できる保証はないが」
サルバ先輩の研究室に来た私とロアナは、切実な感情をこめて現状を吐露した。サルバ先輩は珍しく頼りになる顔で頷いている。もしや援助を……。
「私では力になれないな!」
「さ、サルバドール! 期待させておいて……貴方という人は……!」
「ろろろろロアナさん!? 殺気が尋常じゃないんですけど!? サルバ先輩プチッとやっちまいそうなんですけど!?」
私は必死にロアナを羽交い絞めにする。ちなみに身体強化の魔法がフル稼働である。誰か止めて!
殺気を向けられているサルバ先輩は、特に焦る様子はない。……何という鋼メンタル! 見習いたくないけど。
「カナデとロアナの金を工面できるほどの財力は、私にはない。大体、金がないなら稼げばいいだろう」
「そんな都合よく未成年がお金稼げるはずないじゃん」
この世界では何歳からでも働けるが、それが稼げることには繋がらない。そもそも、金を持つ上流階級は、未成年の内は基本的には働かないのだ。というよりも、家に金があるから働かなくても生活できるのである。借金持ちの私とロアナには縁遠い世界だよ。
「魔法薬は成人前に販売することが禁止されているが、魔道具は違う。しかるべき人物からの推薦さえあれば、魔法ギルドに登録して販売することができるだろう。売れれば多額の資金が入ってくるのが魔道具だ。私は魔法陣にしか興味がないが」
「それじゃあ、わたしが稼げないじゃない!」
魔法薬学科を専攻しているロアナの悲痛な叫びが室内に木霊する。ちなみに私は主に魔道具や魔法陣について学ぶ、魔法技術科を専攻している。理由は……世界征服をするために。
私は絶望するロアナの肩に、安心させるように手を当てる。
「売れればってことは、売り込まなきゃ売れないってことだよ。ましてや、私は何の実績もない9歳児で平民。大人との交渉なんて無理だし、ロアナほどお金に愛を持っていないよ。だからロアナ、分業しよう。二人でアイディアを出しあって、私が魔道具を作る。ロアナは、出来るだけ高い値段で財布のひもが緩そうなヤツをカモにする。完璧な作戦だよ!」
「カナデ……。そうね。高級な脂肪で腹を実らせているゲス共以上にゲスな商売をしてやるわ! 骨の髄までしゃぶりつくしてやるわよ!」
ロアナは闘志を燃やしていた。
私も頑張らなきゃだね。
隣でサルバ先輩が「実験は?」と言っているが、そんなものは知らない。私たちは忙しい。タイムリミットは、寮費の支払いが出来なくなって強制退学になる二か月後。それまでに借金を返済し、寮費まで支払わなくてはならないのだから。
「とりあえず、理事長を締め上げ――じゃなくて、交渉して推薦状を書いて貰ってくるわ。腐っても、王族。これで子供だと嘗められることはないし、面倒な奴らを牽制することもできる。何より、王族推薦の付加価値がついて金額が吊り上げやすくなり、成金共が群がってくるわ。……ぐっふふふふ」
ゲスイ! ゲスイよ、ロアナさん! でも、それが素敵!!
「目指せ、2か月以内に借金返済!」
「出来れば貯金!」
「「金が私たちを待っている!!」」
拳を振り上げて、私たちは固く決意した。
新章『世界征服編』開始です。
マイナスからのスタートになります。当分、ワトソンは出てきません。
カナデの実家がある森は、孫編で書いた通り、昔は死の森と恐れられるほど危険な魔物がわっさわっさ居る場所です。そんな魔物たちを押さえつけ、尚且つ広範囲に展開する結界魔道具なので、動力源も特殊なのです。
カナデが幼い身で多額のお金を借りることができたのは、この世界では借金に関する法律の制定がゆるゆるなことと、金貸しがカナデ自身を狙っていたからが理由です。担保ですよ、担保。
次回は魔法ギルドに乗り込み、ゲス2人が金策に走ります。
では、次回をお待ちください。




