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新王と新王妃、そして将軍

 白磁の皿に置かれた三角形の至高の一品。

 それが艶々と深紅に光る様は美しく、まるで最高級の紅玉のよう。

 私は思わず恍惚とした笑みを浮かべる。


 形を崩すことに躊躇しながらも意を決し、磨き抜かれた曇り1つないシルバーで、それに切りこみを入れる。

 ほろりと崩れながらも輝きを失わない小さな紅玉を、私は舌の上で転がす。


 初めに感じたのは、朝摘みの新鮮なベリーの爽やかで甘酸っぱい香りだった。

 次にそれを引き立てる、バターがほのかに香るザクザクとした食感のタルト生地。

 そしてその二つを繋ぐ、濃厚でありながら主張し過ぎない甘さ控えめのカスタードクリーム。

 味・香り・食感。そのすべてが計算されつくされた見事な調和性に、私は感嘆する。


 恋する乙女のように目を潤ませ、頬を朱に染めながら、私はガブリエラ先輩の作り上げた至高の一品――ベリータルトに骨抜きになる。


 ああ、この時がずっと続けばいいのに……。


 

 しかし、終わりの時はやってくる。

 最後の一口を食べ終えると、私はその余韻に浸りながらベリータルトが引き立つように入れたであろう紅茶を口に含む。


 そして、そっとティーカップを置くと、この素晴らしい時間と一品を作ってくれたガブリエラ先輩に最大の感謝を告げる。



 「美味しゅうございました。さすがはガブリエラ先輩です。また、腕を上げたのですね」


 「ふふ。日々の研究と鍛錬の結果です。カナデさんに食べてもらうのです、今わたしの出来る最高のお菓子でおもてなしをしたかったのですよ」


 「これ以上ない、最高の気分です」



 それはまるで時間が巻き戻ったようで、三日月の会の茶会を思い出す。もうあの頃には戻れないし、お互いに気軽に会える身分ではないけれど、お菓子を通じて私とガブリエラ先輩は固い絆で繋がっている。


 気持ちが通じ合ったのか、私とガブリエラ先輩は笑い合う。



 「あばばばば」


 「……ワトソン、緊張しすぎ。ベリータルトに手を付けていないじゃん。こんな完成された一品、一生食べられないかもしれないよ?」


 「緊張しすぎて喉を通らないと言いますか……味が分からなくなっていると言いますか……」



 私の隣で、プルプルと震えるワトソンに、ガブリエラ先輩は清楚で美しい微笑みを向ける。



 「では、後でゆっくりと食べられるように、お土産として包みましょう」


 「は、はひぃ! ありがとうございまっす!!」


 

 ワトソンは、ガブリエラ先輩の清純オーラ(偽物)に圧倒されたのか、顔を真っ赤にしている。


 ……騙されてはいけない。それはガブリエラ先輩の常套手段だ!



 それはルナリア学園在籍時によくみた風景だ。当時のガブリエラ先輩はまさに深窓の令嬢。御淑やかで気品があって皆の憧れの的だった。……尤も、それはガブリエラ先輩にとっては、相手を油断させて情報を引き出すためのフェイク。実際はお腹は真っ黒で、知らず知らずのうちに皆、ガブリエラ先輩の手のひらでコロコロと転がされていた。御気の毒に。


 ……私からすれば、あのエリザベート先輩と親友をやっている時点で、察しろって感じだったけどね。



 懐かしく思いながらも、私は目の前の状況を分析する。

 忙しいであろう新王妃と、他国の女魔法使いと辺境男爵の御茶会。どう見てもおかしいよね。


 

 ワトソンの家に到着した次の日、私はガブリエラ先輩に呼び出された。私が風の国に来たことは、一切報告していなかったんだけど……何で分かったんだろうね?さすが腹黒策士と言う風に思っておこう。


 呼び出しには何故かワトソンも含まれていて、王宮からの使者の前で気絶したワトソンを抱きかかえながら、風の国の王宮へ転移。そして、新王妃であるガブリエラ先輩直々のおもてなしを受けることになったのである。


 久しぶりに会ったガブリエラ先輩は相変らず美しく、洗練されていた。


 ……美しく気品と教養があって腹黒策士。社交界の華ってこういう人のことを言うんだろうね。


 うんうんと1人で頷いていると、ガブリエラ先輩は申し訳なさそうな顔をした。



 「こちらから呼び出したのに、クラウ――王が来るのが遅れてごめんなさいね」


 「いいえ。お忙しいのにガブリエラ先輩と新王様にご迷惑をおかけしたのは私の方ですから」


 「ああ、そのことね……あまり、気にしなくていいのよ。カナデさんは被害者だもの。むしろ、面倒な貴族を潰すきっかけが出来て上々です。まあ、こちらで勝手に処理する訳にいかないから、カナデさんに来てもらったけれどね」



 どうやら私の自称お父さんは、愚かにもガブリエラ先輩を敵に回したらしい。


 

 「面会した際に嬉しさのあまりはしゃいでしまうかもしれないですが……大丈夫でしょうか」


 「かまわないわ。生き別れの父親との再会だもの。喜びが溢れてしまうのは、仕方のないことでしょう?」



 小首を傾げ、クスクスと笑うガブリエラ先輩。自分で言っておいて何だけど、怖いよ!まあ、自称お父さんを節度を守って、メッタメッタにできる許可を取ることが出来たのは嬉しいけどね。ありがたくそうさせてもらうし。



 ちょっとだけ不穏な空気が漂う中、それをぶち壊す明るい声が私たちにかけられた。



 「遅くなって申し訳ない! 僕がこのたび風の国の新王になったクラウディウスです。以後よろしく」



 新王は水色の髪に濃茶色の瞳のまだあどけなさの残る元気そうな青年だった。なんか、運動部の好青年って感じ。私が感じた第一印象は、親しみやすそうだった。


 親しみやすそうであっても、彼はこの国のトップ。私とワトソンは立ち上がり、礼を取る。



 「フランツィスクス・フィッツラルドです。このたびの妃殿下との婚姻、一臣下としてお祝い申し上げます」


 「フィッツラルド男爵だよね。優秀で領民に慕われていると聞いているよ。これからもこの国のためによろしく頼む」


 「はい。この身は、陛下と風の国の未来のために」



 きっちりと男爵として挨拶をこなすワトソンに、私は弟の成長を見守る姉のように感動していた。


 ワトソン……成長したね!! 私も負けていられないよ。


 

 「お初にお目にかかります、風の国の新王陛下。私の名はカナデ。空の国の魔法使いです。平民の身ではありますが、ガブリエラ新王妃殿下の後輩として、学生時代とてもお世話になりました。この度のご成婚、お祝い申し上げます」


 「ああ、リエラから聞いているよ。自慢の後輩だって」


 「勿体ないお言葉、ありがとうございます」


 「そう固くならないで、リエラに接するように、僕に接してくれて構わないから。出来れば王としてではなく、リエラの夫として接して欲しい。クラウと呼んでくれると嬉しいな」



 屈託なく笑う新王に、平民である私を見下すような気配は感じられない。ある意味王らしくはないけれど、国民や気のいい貴族には好かれそうだなと思った。



 「分かりました。クラウ陛下」


 「フィッツラルド男爵もね」


 「は、はい。クラウディウス陛下」



 驚きながらも私とワトソンが了承する。するとそれを見て、ガブリエラ先輩が満足そうに微笑む。



 「人を見極め、態度を変えることは王として難しくも必要な事です。カナデとその後輩であるフィッツラルド男爵に対する対応は正解ですよ、クラウ」


 「本当、リエラ! 僕カッコいい!?」


 「ええ、とっても」



 クラウ陛下の頭を「良くできました」と優しく撫でるガブリエラ先輩。クラウ陛下は、それはそれは嬉しそうで……まるで、ご主人様に褒められて喜びのあまりブンブンと尻尾を振る犬のよう。いや、マジで。正直、ドン引きである。



 「ねえ、ワトソン。あれって……」



 小声で隣に立つワトソンに問いかけようとすると、ワトソンは人差し指を口に当て、どこか悲しそうだが必死の形相で私を睨みつける。



 「シィッ! カナデ先輩、言いたいことは分かっているから。お願いだから静かにして下さい……」



 私とワトソンの心の声は同じだったとおもう。



 ク ラ ウ 陛 下 、 調 教 済 み じ ゃ ん !



 おそらくクラウ殿下は、ガブリエラ先輩の逆光源氏計画により教育されたワンコである。一体いつからガブリエラ先輩は計画していたんだ……か、考えるのは止めよう。恐ろしすぎるし!



 ワトソンの方を見ると、必死に取り繕ってはいるが、ショックは大きいようだった。それはそうだよね。自国の新王が、新王妃に忠実なワンコ……。泣けるわ。 



 「そろそろ、私の紹介もして欲しいのですが……」



 どこかで聞いたことのある、低く凛々しい声が私たちにかけられる。



 「すみません、教官!」


 「いえ。貴方の新王妃殿下への愛は十分知っていますから」



 クラウ陛下に教官と呼ばれ現れたのは、白の軍服を着た銀髪の美丈夫。彼は私の姿を見つけると、その美しい顔を破顔させた。嫌な予感がビンビンするよ。



 「お久しぶりですね、カナデ」


 「さ、サヴァリス……将軍」



 私は思わず、上ずった声を上げて後ずさる。


 そんな私をお構いなしにサヴァリスは距離を詰め、底知れない笑顔で私を威圧する。



 「 サ ヴ ァ リ ス 」


 「ごめんなさい、サヴァリス!」



 私は後ろに飛びのきながら、サヴァリスに謝罪した。



 「よろしい。 約束通り、私から貴女へ会いに来ました」


 「うへぇ!? そんな……」


 「おやおや、私のプロポーズをお忘れで? もう一度ここで跪き、愛を囁いた方がいいでしょうか」



 おぃぃいいい。愛の囁きって確か、『貴女に貰ったこの剣は大切にします』とか『貴女と背中を合わせて戦った快感が忘れられません』とかだったよね? 愛っていうか、戦闘関連のことを褒められているようにしか感じなかったんだけど……。


 とりあえず、他国の王族の前で公開プロポーズとか引っこみつかなくなりそうなので、全力回避だよ!



 「早まらないで、サヴァリス! 貴方が私のことを(戦友として)好きなのは分かったから!!」


 「何やら勘違いしているような気もしますが……いいでしょう。カナデは、恥ずかしがり屋ですからね。無暗やたらに口説くのは止めます」


 「うん、止めてね」



 できれば一生ね!



 「これだけは言わせて貰いますけど、カナデは私の理想なんです。諦めるなんて選択肢はありませんよ」


 「え!? いや、だって……あれから音沙汰なしだったでしょ。一時の気の迷いじゃなかったの?」


 「気の迷いなどではありませんよ。連絡を取らなかったのは、私に対する警戒を強めた空の国王を刺激しない為、それと……情報収集ですかね」


 「情報収集!?」


 「ええ。絶対に諦めるつもりはありませんから、情報収集をしてカナデの攻略をするための戦略を練っていました」


 「私は敵国の砦かよ!!」


 「むしろ、敵国の王城でしょうか」



 もう、やだよこの人。頭を抱えながら、周囲を見ると、クラウ陛下とガブリエラ先輩が驚愕の眼で私とサヴァリスを交互に見る。……一番驚いているのは私の方だよ!!


 ワトソンの方は、サヴァリスの登場には意外にも冷静だった。そして「また、変な権力者に好かれて……」と呆れたように呟かれた。



 というか、またって何だよ。またって。説明してよワトソン君!!












皆様覚えていらっしゃるでしょうか。お久しぶりなサヴァリス登場です。そして犬陛下も登場。


次回は、サヴァリスとカナデの血の雨が降るゲロ甘の攻防戦……ではなく、章タイトルの『竜の花嫁』についてのお話になります(笑)

ではでは、次回をお待ちくださいませ。

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