女魔法使いの助手
思っていたよりも簡単に休暇が取れた私は、2週間ほど馬車馬のように働いた。主な仕事は転移魔法による荷物運び。急な結婚式だったからね。王族には、私よりも早くガブリエラ先輩たちの結婚が伝わっていたらしいけど、それでも準備には時間がかかるようだった。……当たり前だけどね。
こんな無理を押し通そうとするからには、風の国は大変なことになっているかもしれない。前王が病に倒れ、今は混乱しているかもしれないが、あのガブリエラ先輩がいる。いい気になっている奴らは、腹黒策士によって息の根を止められるか、限界まで搾り取られるだろうな。……ガブリエラ先輩を敵に回したのが悪いよ。
そんなこんなで当面の仕事を片づけた私は、転移魔法を使い、風の国に来ていた。転移した場所は、風の国の辺境と呼ばれる田舎領地。以前は痩せた土地が広がっていたが、今はグラニュー草と呼ばれる、この世界の砂糖の原料を多く産出していて、そこそこ交易が盛んになっている。そんな場所に何故、私が居るかと言うと、ちゃんと理由がある。この土地を治めている領主が、私の後輩だからだ。
そんな訳で、街の外れにある、一見、お化け屋敷に見える領主の屋敷へやって来た。ここに来るのも久しぶりだね。庭で草むしりしている執事さんに声をかけ、私は玄関ホールへと向かう。
「坊ちゃま~、カナデ様がいらっしゃいましたよ~」
のんびりとした声の執事さんとは対照的に、後輩はドタドタと勢いよく階段を下り、息を切らしながら私の前に現れた。
茶髪の小学生高学年ぐらいに見える少年は、引きつったような顔で私を見上げる。
「ほ、本当に来たんですか……カナデ先輩」
「うん、来たよ。だってこの国で頼れるのガブリエラ先輩以外にここだけだし? という訳で、久しぶりだねワトソン!!」
「僕の名前は、フランツィスクス・フィッツラルドですよ!」
「分かっているよ、分かっているのだよ、ワトソン君!」
「分かっていない、絶対に分かっていないよ……このひと……」
ワトソンは、私のルナリア学園時代の助手であり、三日月の会の後輩でもある。私とは大変仲が良かった。一緒に世界征服計画を立てるほどにね!
頭を抱えるワトソンを見て、私は首を傾げる。
「ここに来るって、事前に連絡したつもりだったんだけど……伝達ミス?」
「連絡は来ましたよ……王家直々に!! ビックリしましたし、腰を抜かしそうになりましたよ!!」
「そんなビビらなくとも……ガブリエラ先輩は、三日月の会の先輩だよ?」
「確かに学園在籍期間は、1年被っていましたけど……僕が三日月の会に入ったのは、2年生のときです。だから、新王妃様とはお話どころか、視界に入ったことすらないんですよぉぉおおおお」
私のローブを掴み、ガクガクと揺らすワトソン。あっはは、可愛い奴め。
「大丈夫。ガブリエラ先輩は、ワトソンのこと知っているから。あの人情報通で腹黒策士だし」
「恐ろしい情報をぶち込むのは止めて下さい!!」
半泣きのワトソンの頭を撫でて慰める。
「よしよし。怖かったねー」
「子ども扱いしないで下さい!! 僕は、22歳ですよぉぉぉおおおおおお」
「順調に合法ショタのいばらの道を歩んでいるようで、安心したよ」
半泣きからマジ泣きに変わるワトソン。
「カナデ先輩には……僕の苦労が分からないんだぁぁああああ」
「まあ、確かに。幼女に告白されたり、若さの秘訣を知りたくてご婦人方に拉致られそうになったり、友人に女装を強要されそうになったり、研究者に人体解剖をされそうになったり……そんなことぐらいしか、知らないね」
「十分、知っているじゃないですか!!」
「あっはは、拗ねないでよ。ワトソンは、魔力が原因の特異体質で身体の成長が遅いだけでしょ? それだったら、時機に私より成長するよ」
「え? カナデ先輩を見下ろして、『ふっ、蟻のようにちまいな』とか言えるようになりますか?」
「張り倒すぞ。……私は、もうすぐ成長止まるらしいし、身長ぐらいは抜くんじゃない? ……まあ、どのくらい時間がかかるかは知らないけどさ」
考え込むワトソン。暫しの沈黙の後、私に探るような眼を向ける。
「それは……カナデ先輩が魔力関連の病気に罹ったということではないですよね?」
「違うよ。なんか、魔力が多いとかで、もうすぐ成長が止まるだろうって経験者から聞いた」
「へえ。経験者って誰なんです?」
「月の国のサヴァリス将軍」
「また、大物と関わって!! 何しているんですか……」
「ぶぅー。仕事で会っただけだしぃ」
「ちょ、機密事項とか話さないでくださいね! カナデ先輩と一蓮托生なんて恐ろしすぎますから」
この後輩、失礼すぎるんですけど。私は地雷女か。
「酷いわ、ワトソン……私のことは遊びだったのね!」
芝居がかった口調で涙目で訴えると、ワトソンはあからさまに狼狽した。
「誤解される言動は慎んでください!」
「安心しなさい。 ショタっ子と私じゃ、誰も誤解しないから!!」
私が高らかに言い放つと、ワトソンは両手両足を床についてプルプルと震えている。
「ぐはっ。僕の心の傷を抉るなんて……まさか、蟻のようにちまいなとか言ったのを怒っている、とかですか?」
「え? 別に怒っていないよ。 私はただ、可愛い後輩を弄り倒したいだけだよ」
「酷い! ブレない! いつものことだけど。 それで……あの、今日はカナデ先輩1人で来たんですか?」
不利を悟ったのか、ワトソンは強引に話題を変えてきた。
私はそれに特に言及することなく、素直に答える。
「そうだよー」
「そんな……ロアナ先輩がいない……だと。カナデ先輩、保護者同伴じゃないと屋敷には入れませんよ」
先程とは一転。ワトソンはジト目で私を見上げる。
ちなみにロアナは、今回の結婚式には出席しない。元々、ロアナは三日月の会の会員じゃないから、私の先輩っていう関わりぐらいしかガブリエラ先輩に対しては無いのだ。
「酷い、私は大人なのに! 保護者は必要ないのに! そんな可愛くないことを言っていると、お土産とか買ってきてあげないんだからね。あぁ~、今度魔族領に行った時には、たくさん土とか水とか持って来てあげようと思ったのになぁ~。残念だなぁ~」
「すみませんでした!!」
ふっふふ。相変わらず単純な後輩だぜ。
ワトソンの趣味は陶芸と野菜作り。魔族領のお土産に血の池の水と魔素たっぷりのどす黒い土をあげたら泣いて喜んでいた。なんてお手軽なやつ。私は、ワトソンのチョロインっぷりが心配だよ。いつか、悪いことを考えた変態に騙されるんじゃないかってね。
「さてと、ガブリエラ先輩の結婚式が終わるまでお世話になりたいんだけど……いいかな。一応、お土産に土属性と水属性の魔石を砕いた粉とか持って来たんだけど」
「本当ですか!? さすがカナデ先輩、そんな高級品を持って来てくれるなんて……僕、感激です!!」
「調子がいいな……。暫くよろしくお願いします、フィッツラルド男爵」
頭を下げると、頭上から呆れた声がかけられる。
「……カナデ先輩、僕の名前言えるんじゃないですか」
「フルネームは無理だよ? 噛むし。だから、私の中ではワトソンはワトソンなのだよ!」
「カナデ先輩がワトソンワトソン呼ぶから、友人が皆、僕のこと名前で呼んでくれないんですよぉぉおおお」
「いや、普通にワトソンの名前が言いにくいのが原因だと思う」
「どうしてこんな名前にしたんですか、天国の母上ぇぇええええ」
たとえ、10人中7人が噛むような名前だったとしても、そんなに落ち込まなくてもいいと思うんだ。愛情がこもった名前だと思うし。
「それにしても……私は、なんで『カナデ』なんだろうね」
「カナデ先輩……?」
訝しげにこちらを見上げるワトソンに、私は曖昧に笑いかける。
「何でもないよ」
私はこの世界に転生した時から既に『カナデ』と呼ばれていた。前世の名前である『相原 奏』とは関係がないとは、とても思えない。
そう言えば御爺ちゃんには、私が赤子のときに家の前に置かれていたとしか聞いていない。
結界が張り巡らされて、許可のない人族が侵入できないようにされていた森深くにある家。それなのに、私は家の前に置かれていた……?今思うと、不自然すぎる。まあ、御爺ちゃんが死んだから確認の取りようがないんだけどね。
「私の本当の親って、一体誰なんだろうねー」
――――私の呟きの答えを知る者はいない。
新キャラです。合法ショタ予備軍です。
ワトソンとカナデの出会いと世界征服計画については、しばらく経ってからの投稿ですね。
次回は、ガブリエラと風の国の新王が登場します。
ではでは、次回をお待ちくださいませ。




