風の国からの招待状
月の国に召喚された異世界勇者の事件も終わり、私が王太子の部下に就任して、もうすぐ1年になる頃。いつものように宰相補佐様と書類仕事に勤しんでいると、「はい、カナデ個人に送られてきた結婚式の招待状だよ」と王太子が一枚の封筒を差し出してきた。
何故、上司経由で結婚式の招待状が送られてくる?と嫌な予感がしながら、私は一目で高級品と分かる材質の招待状を受け取る。
それは、確かに結婚式の招待状だった。だがしかし、私の予感通りとんでもない代物だった。なんたって、風の国の新王と新王妃の結婚式の招待状だからね!しかも、私個人宛ての!!
「あの……王太子殿下。見間違いでしょうか? 宛名が私個人なんですけど……?」
風の国の新王と関わり何て無いよ!!しいて言えば……魔王討伐パーティーの弓使いぐらい?でも、魔王討伐が終わってから、一度も会っていないし……もはや、他人だよね?
「カナデ個人で間違いないよ。君は新しい王妃になる貴族令嬢と学生時代に仲が良かったと聞いているけれど?」
はあ!? 風の国の貴族令嬢……?
仲のいい人とは、貴族として接していなかったからなぁ。えーと……風の国、風の国……。も、もしかして!!
「新王妃ってガブリエラ先輩ですか!?」
「うん。そう聞いているよ」
マジで!? ガブリエラ先輩が結婚!?
ガブリエラ先輩は現在、26歳。人族基準では、行き遅れと呼ばれる歳である。貴族令嬢でありながら、独身を貫くその姿に、私は未来の自分の姿を重ねると同時に憧れた。心のどこかに、ガブリエラ先輩が居るんだから、私が結婚出来なくても大丈夫という変な思いがあった。それがこんな……。
私だけ出荷されずに売れ残る未来が見えるよ!!
た、確かにこの間、月の国の将軍――サヴァリスに求婚されたけどね。あれは確実に気の迷いだ。私の戦闘能力しか見ていなかったし……そもそも、あれから何の音沙汰もない。と言いますか、私とサヴァリスではつり合いが取れなさすぎる。王弟で美形な将軍と平凡な女魔法使い……身分違いは身を破滅させるよね。私は現実的な女よ。
「風の国の新王って何歳なんですか?」
私が何となく言った疑問に、王太子がニヤリと笑みを深める。
「20歳だよ」
「6歳差!? しかも、新王の方が年下!? 若くて有望な地位のある男捕まえるって、それなんの勝ち組!? 酷いよ、ガブリエラ先輩の裏切り者ぉぉおおおおお」
いや、ガブリエラ先輩と結婚しない同盟とか結んだ事実とかはないんだけどね。理不尽な事を叫ぶぐらいは許してほしい。あの策士なガブリエラ先輩のことだ。きっと、新王はイケメンに違いない。
おめでとうと祝う気持ちと、抜け駆け許すまじ……というドロッとした気持ちが私の中でせめぎ合う。
「驚いた……カナデに結婚願望があるなんてね」
「ほんわか系・きれ可愛い系・凛々しい系のタイプの違う嫁を持つ既婚者としての上から目線ですか、王太子殿下?」
普段なら絶対に言わないが、今の私は気が立っているために思わず王太子に噛みついた。すると今まで沈黙を保っていた宰相補佐様が、呆れたような眼で見て来る。
「エドガー様にあたるのは筋違いですよ、カナデ」
「うわぁぁあああん。未婚の乙女に正論とかデリカシーないです!! 宰相補佐様なんて、大きくなった娘さんに『お父様、顔が怖いですわ。近寄らないでください』とか言われちゃえばいいんですよぉぉおおおお」
「え、縁起でもないことを言うんじゃありません!!」
そう言って珍しく焦る宰相補佐様。ただし強面で。
自分で言っておいてなんだが、宰相補佐様が娘さんと思春期特有の仲違いをすることはないと思う。だって、仕事で何日も城に籠っていると宰相補佐様宛に娘さんと奥さんから手紙と差し入れが届く。手紙を読んだときの宰相補佐様の普段ではあり得ない顔の緩み方から、家族仲が良好なのが窺える。……勝ち組しかいないのか、この職場は。
「もういいですぅ。どうせ私は売れ残り予備軍の負け組候補ですよ……」
「カナデは成人してから一年しか経っていないから、まだ焦る必要はないと思うけど」
王太子よ、下手な慰めはいらん。
世界が違ってもモテないのは、私が一番良く知っている。
「結婚したいのならば、月の国の将軍と結婚すれば良かったのでは? それに、私の調べではカナデが貴族から縁談を持ちかけられたことがあるのは把握済みです」
「それは違うよ、宰相補佐様。サヴァリス将軍は、一時の気の迷いだけど……貴族達は、お遊びで私に縁談持ちかけただけだから。考えても見てよ。私は平民だよ? しかも、特別美人って訳じゃないし。たぶん、私が縁談に本気になる姿でも見て楽しみたかったんじゃないかな」
この世界は娯楽が少ないし?
よくある性質の悪い罰ゲーム『お前アイツに告白してこいよ、ニヤニヤ』の異世界バージョンでしょ、どうせ。そんなん、丁重に物腰低く断ったわ!!私が反応しないのが面白くなかったのか、最近はそういったことはされなくなった。
「はぁ……。もうういいです。貴女には何を言っても無駄です……」
何故か遠い目をする宰相補佐様。
そして王太子は、腹を抱えて笑っていた。解せぬ。
「あっははははは!! ねぇ、カナデ。そんなに結婚したいのなら、マティアスはどうかな。歳も近いし、それなりの優良物件だと思うよ?」
「王太子殿下。優良物件が必ずしも住み心地がいいとは、限らないのですよ? 埃1つなく整えられた屋敷よりも、ちょっと年季の入った下町の家の方が落ち着くということもあるのです。あっ、ちなみに私は下町の家派です」
第五王子の兄である王太子に、直接『それだけは、無理!!』と答える訳にもいかないので、家に例えて遠回しに拒絶した。私には荷が重すぎるでしょ。そもそも、あの第五王子が私なんか選ぶはずないし。道端の雑草程度に思われてそう。
「む、報われない!! あっはっははは、お腹が痛いよ!!」
のた打ち回る王太子。高貴な人の笑いのツボがいまいち分からん。
「……カナデ、話は変わるのですが結婚式に行く際は、エドガー様の護衛をお願いします」
「えっと……ちょっと待ってくださいね……」
宰相補佐様への返答を保留にしつつ、私は招待状に目を通す。
「あ、ごめんなさい、宰相補佐様。結婚式には、ガブリエラ先輩の後輩として出席するので護衛は無理ですね」
招待状には、結婚式に出席したくなければ、しなくてもいい。だけど夫は紹介したいから、会いに来て欲しいと書かれていた。その文面から見ても、この結婚が上流階級特有の政略結婚ではないことが分かる。まあ、多少は政略結婚が絡んでるかもしれないけど、少なくともガブリエラ先輩の気持ちが無視された結婚ではないだろう。ならば、仕事のついで……みたいに祝いに行くのは、後輩として失礼すぎる。
「護衛の件は了解しました。カナデにとっては、大事な先輩のようですし」
「はい。学生時代は沢山お世話になりました」
主にお菓子とか、お菓子とか、お菓子とか!!
ガブリエラ先輩と共にお菓子を研究し、感想や意見を言い合ったあの日々は、忘れられない思い出だ。そうだ、結婚祝いにガブリエラ先輩が使いやすいキッチンアイテムとか贈ろうかな!!
あと、そう言えば――
「上流階級の結婚って、何年も前から日程が決まっているイメージでしたけど、この結婚は急なんですね。一か月後って……平民でもないですよ?」
私の質問に答えたのは、復活した王太子だった。
「ああ、それはね。風の国の前王が、病に伏せって急に王位を譲ったからなんだ。後ろ盾の弱い新王の地盤を早く固めたいってのが、今回の最短結婚の理由だと思うよ」
それは、大変そうだ。……主に政治のあれこれが。
ガブリエラ先輩だから、心配するような事態にはならないとは思うけど、厄介事は少ない方がいいよね。
「あの、王太子殿下。2週間後から結婚式が終わるまで、休暇をいただきたいのですが」
「それは……どうしてだい?」
「どうやら、新王とガブリエラ先輩に私個人がご迷惑をおかけしているようで……」
「カナデ個人が迷惑……?」
「ええ。私の父親とやらが、ガブリエラ先輩に直訴に来て困っているようです」
私は満面の笑みで王太子へ笑いかける。
「カナデの父親って風の国に居たんだ?」
ニヤニヤと笑いながら、王太子が問いかけてきた。答えは分かり切っているだろうに。
「親という存在に会ったことはありませんが……もしかすると、本当に父親かもしれません。ですので、直接確認を取って来ます」
「そう。話を通しやすいように、叔父上に一筆書いてもらうよ」
「ありがとうございます、王太子殿下」
「相手は貴族だろうし……上司として、部下に気を配るのは当然のことだよ。まあ、僕に迷惑をかけないのなら、好きにしていいよ」
「うふふふ。生まれて初めて会う父親に浮かれないように気を付けますね」
「カナデ……ほどほどにしなさい」
にこやかに会話をする私と王太子に、宰相補佐様は胃を抑えつつ苦言を呈し、そして書類仕事に戻っていった。……現実逃避ですか、宰相補佐様。
「えっと……ごめんなさい?」
「先に謝るなど不吉な!!」
「あいたっ!」
怒った宰相補佐様に、私は書類の束で叩かれた。
でもごめんね、宰相補佐様。
昔から、この手の輩には容赦しないって決めているんだよ。
――――だから、覚悟してね。自称お父さん殿?
投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。
別連載の方を集中的に進めていました。別連載の方は、切りのいいところまで進めたので、当分は、こちらをメインに進めていきます。ですので、投稿頻度は高くなると思います。
さて、今回から新章『竜の花嫁編』です。時間軸は真勇者編の後。
久々に時間軸が進みます。
それでは、次回をお待ちくださいませ。




