死して救われる
※シリアス注意
タナカさん視点です。
人間領にある空の国には、私の友人であるポルネリウスが住んでいる。ポルネリウスは、人族という脆弱な種族であるが、驚異的な魔法技術を持つ天才だ。尤も、それも本人の努力もあるだろうが、加護持ちであるという点が大きいだろう。
加護持ち――世界を救う存在だと言われているが、実際は違う。正確には私も知らないが、神と呼ばれるだろう存在が、気まぐれに与えた祝福を持つ人族のことだ。おそらくだが、神は世界を救う存在など作っていないだろう。
何故、私が神という存在を認知しているかといえば、気の遠くなるほど昔――私という神獣が生まれた頃に遡る。浮遊島と呼ばれる空に浮かぶ島の泉から、この世に産まれ落ちた瞬間、神の言葉を聞いた。それは宣託などという神聖なものではなかった。
『最近、神獣たちが好き勝手暴れているみたいだから、我の代わりにシメといてくれるー? 特別強い身体に生まれさせたから。んじゃ、頑張ってー!!』
生まれて初めて抱いた感情は、怒りだった。「フザケタ役目押し付けてんじゃねーよ!! それでもテメェは神か!!」と怒り爆発して、手近にいた神獣たちをボコボ――ではなく、成敗た結果、神の思惑通り私は神獣を纏める長になった。
私は神の示した道など歩かないと頑なに7000年ほど荒れていたが、次第に落ち着き、私のように神に振り回されて生まれて来ただろう存在を、少しでも助けられたらと思うようになった。
特に脆弱な種族でありながら、神から大きな力を得て、神気を纏う加護持ちたちには苦労させられた。あの神が気まぐれに祝福を与えただけあって、皆、何所か頭のおかしなものたちだった。異種族である神獣の私でも思うのだから、相当である。
幾多の出会いと別れを繰り返し、私はティッタとポルネリウス、アイルに出会った。
誰一人同じ種族ではないのに、私たちはいつの間にか家族のように固い絆を持つようになった。このまま、時が止まればいいのにと思ったことは一度や二度ではない。
しかし、長い長い時を生きて来た私には、分かっていた。変わらない関係などないことを。
だからこそ私は乞い願う。
――――幸いの時間よ。どうか、永遠に。
♢
「なぁ、タナカよ。儂は天才だが、カナデはもっと天才かもしれん」
「やっと気づいたか、馬鹿が」
空の国の端にある死の森――今は別な呼び方が主流らしい――にあるポルネリウスの家で、星空を見ながら茶を啜っていた。
すると、友人であるポルネリウスがおかしなことをのたまう。
カナデは、5年ほど前に突然ポルネリウスが孫にすると言いだした人族だ。初めは戸惑ったが、カナデは危なっかしくて、私が傍にいて守らないとと庇護欲を誘う愛らしい存在だった。子どもは可愛い。
しかし同時に不可思議な存在でもあった。
加護持ちでもない、どこからどう見てもただの人族なのに、加護持ちに匹敵する潜在的能力を持っていてた。さらに外見は黒髪黒目という、長い時を生きて来た私も見たこともない色彩を持っていた。
そして何より、私以外には見破れないであろう強い呪いが、カナデにはかけられていた。
もしやと、ふざけた口調の神を思い出す。
カナデは、あの神の玩具にされているのではないか、そう考えると私が守らなくてはと強く思う。
「タナカよ……何故、儂には乱暴な口調なんじゃ。あれか、喧嘩売っておるのか!」
「お前だけじゃない。ティッタにもこの口調だ。だから、お前たちの前だけ口調を崩したっていいだろう」
カナデとアイルには教育上良くないからと丁寧に話すがと続けて言い、ポルネリウスを見ると、ただでさえ皺くちゃな顔をさらにくしゃくしゃにする。どうやら、呆れているようだ。
ここ10年ほどで、ポルネリウスは老けた。こちらが心配するほどに。
「カナデは、タナカの事を紳士でいけめん?なユニコーンじゃと褒めていた。いっそ、素の姿を見せて幻想を壊して欲しいのう。爺神獣に懸想などしたら、カナデが不幸になるだけじゃ!」
「カナデは庇護すべき存在だ。それに異種族の恋愛は真に叶う事はないと、よく知っているだろう。ポルネリウス」
ティッタとポルネリウスは異種族でありながら恋に落ちた。
しかし、二人の恋が叶うことは無かった。
まず、異種族同士で子は望めない。
たとえ子を望まなくともお互いの気持ちさえあればいいだろうと思うかもしれない。だが異種族の壁は思いのほか高く、価値観や外見などもそうだが、何より――寿命が違うのだ。
それを知っていたからこそ、二人は想い合うだけで、気持ちを伝える事は無かった。
「……そうじゃな。なぁ、タナカよ。お主にとってティッタとカナデ――ついでにアイルは、守るべき存在か?」
妙な真剣さを含む問いかけだった。
「……愚問だな。あの子たちは、まだまだ手がかかる。私が守らねばならないだろう」
「そうか、安心した」
そう言って見せた、ポルネリウスの憑き物が取れたかのような穏やかな顔は、見覚えがあった。
あれは歴代の加護持ちたちが、死の間際に見せたのと同じ表情だ。
「……死ぬのか、ポルネリウス」
「ああ、そうじゃ。儂はもうすぐ死ぬ」
また、別れることになるのか。
そう思うと、私は思わず責める口調になってしまう。
「ティッタには言ったのか……!」
「長いこと話し合ったがのう、ちゃんと言った。ビンタ100発で許してもらったわい」
「カナデはどうするんだ……。まだ6歳だぞ。それにあの子はお前以上の天才。欲望を抱えた者たちには、格好の獲物だろうに。お前が保護者として守らなくてどうする!」
「カナデには2年前から、儂が長くないことは伝えておる。それにな、タナカよ。儂はもう見送るのは嫌なんじゃ。儂は180年以上生きた。その中で、お主たちのような異種族以外の親しい者たちは、皆、儂を置いて逝ってしまった。カナデが幼いのは分かっておる。しかし、カナデは儂以上の天才であり、既に成熟した思考を持っている。儂がいなくとも、お主たちの支えがあれば生きていけるだろう」
「勝手な……残された者はどうするんだ!」
「すまんのう。もう、限界なんじゃ。目の前にある、愛する家族に看取られて死ぬという幸せを、儂は拒むことはできん。カナデを――儂の孫を頼む、タナカ」
人族は儚い。儚すぎる。
たとえポルネリウスのように、強大な魔力で成長を止められる加護持ちだとしても、人族は100年を過ぎると死んでしまう。
肉体的な寿命ではない。精神的な寿命だ。
長い時を生きられるように、人族の精神は出来ていないのだ。
人族とは、脆弱で、欲深く、なんて身勝手な種族だろうか。
大切に思っても、彼らは直ぐに高みへと登ってしまう。
「……分かった」
頭を下げるポルネリウスに、私はそれしか言えなかった。
心の奥底では、私もポルネリウスが死にたがっていた事は知っていた。
数十年前から、強大な魔力により成長が止まったはずのポルネリウスは、急に老け始めた。それはどう考えても、ポルネリウスが魔法を使い、故意に促した事だ。
私は――それに、ティッタもアイルも、分かっていてそれを見て見ぬフリをした。そして、カナデが現れたことで、心の中で「ポルネリウスは、もう大丈夫だ」と勝手に思っていた。
友人の心に抱えたものを、私たちは理解しきれていなかった。
「ありがとう、タナカ。お前たちと出会えて幸せじゃった」
「早いぞ。まだ、死ぬまで時間はあるのだろう?」
「そうさな……死ぬまで一か月も時間がある」
「……そうか」
一か月もか……。 短すぎる。
体感時間の差にまたも種族の違いを感じる。
悔いは残るだろうが、私は友人との残された短い時間を精一杯生きると決意した。
遅れて申し訳ありません。
どうにも筆が進まず、投稿期間がかなり空いてしまいました。
たぶん、次回は明日投稿できるかと思います。
シリアスでありながら、色々な意味で酷い話になりそうですw
ちなみに魔法使いの孫編最終話。
次章は、元のコメディー展開に戻るので安心して下さい。




