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帰国


宰相補佐ユベール視点です。




 「失礼します。 カナデ、帰りましました!」



 何時も通りに宰相補佐の政務に明け暮れ、今日も家に帰れないなと溜息を吐いていると、長期休暇を取っていた部下が執務室に乗り込んできた。


 黒髪黒目の唯一無二の容姿を持つ、天才魔法使いカナデだ。

 ……この忙しさの諸悪の根源とも言う。



 「やあ、おかえり。カナデ。休暇は楽しかったかい?」



 隣の机で仕事をしている、私の主であるエドガー様がカナデに問いかける。



 「はい! 魔族領の料理とお菓子は最高でした。それに観光も! 血の池に針山、あとは鉄釜温泉とか、たくさん楽しんできました!」


 「そう。後で詳しく聞かせてね」


 「はい!」



 無邪気に笑う、カナデ。


 カナデは判っていませんね、自分がどれ程貴重な情報を持ち帰って来たのかを。

 

 魔族領とは、気軽に人間が立ち入れる場所ではない。ごく一部、力の強い人間しか入れないのだ。国境に張り巡らされた結界を破り、自力で魔族領に入れるのは、おそらく二人だけだろう。


 今回、有り得ないほど汎用性の高い魔法を使い、無意識に結界を通過したであろうカナデと、後は月の国の英雄だけだろう。


 かの月の国の英雄は、15年前の陽帝国との戦争の際に、100人以上の魔法使いで展開された大規模魔法を一人で切り伏せたと聞く。魔族領の結界も彼ならば、破壊できるかもしれない。



 カナデが汎用性に特化しているのならば、月の国の英雄は攻撃に特化していると言えるだろう。


 

 人族という種族は弱い。知力や狡猾さなども持ち得ているが、やはり身体的に弱いのだ。魔族などの力の強い種族が本気になれば簡単に滅んでしまう。


 魔王討伐についてもそうだ。7人の英雄などと言われているが、実質的に魔王を倒したのはカナデの功績。また、魔王軍の数を大幅に減らし、カナデが最短で魔王まで辿りつけたのは、月の国の英雄が自国で魔族と戦っていたからだ。


 月の国の英雄は、侵攻して来た魔族から自国を守るため、多くの魔族を葬った。それに魔王軍参謀が焦り、多くの魔族を月の国に差し向け、そのすべてが倒されたのだ。


 魔王討伐とは結局の所、ふたりの異常な力を持つ人間によって成された事だったのだ。この事実を知るのは、人間領でも限られた者だけだ。


 まさに人智を超えた存在。

 そしてその存在が私の部下というは、どういう事なんだか……。


 私は魔族領について話をするエドガー様とカナデに目を向ける。



 「カナデ、後で報告書を書いて貰いますからね」


 「ええっ!? 休暇に行っていたのに報告書ですか」


 「当たり前です。貴女が突然送って来た『魔族領に人間が侵略を狙って来ていました。たぶん光の国の連中です。素晴らしいお菓子の宝庫である魔族領を失わないために、城を建てて、魔族統括組織を作っておきました。万事上手くいきました♪』というふざけた文章のくせに、ありえないほど重要な情報が書かれた手紙のおかげで、今とても忙しいんです!」



 私は目頭を押さえつつ捲し立てる。


 城って何だ、統括組織とは何だ、もっと詳細な報告書を書きなさい!!



 「あ……休暇中なので、報告書じゃなくて手紙を書いたつもりだったんですけど……大変です?」


 「あたりまえでしょう!!」



 カナデは、勤務態度は真面目で仕事も出来る。

 文章作成なども、女性ならではの彩色豊かで見やすい文書作りは、他の部署で絶賛されていた。

 もちろん、魔法使いとしての腕は並び立つ者がいないほどの最強の位置に君臨している。



 ……だが、何故無自覚にやらかすんだ!!



 「怒らないであげてよ、ユベール。強面なんだから」


 「強面は関係ありません!」


 「カナデのおかげで有効なカードを得る事が出来た訳だし。それとカナデ、魔族領へ行った使者だけど……光の国の第一王子派閥の連中らしい。あの国も一枚岩じゃないからね。王も高齢の今、次期王を巡って争っている。そして功を焦った者たちの独断だったらしい。光の国の意思じゃないそうだ」


 「そうなんですか。 下らないちょっかいをかけないなら、別にどうでもいいですよ」



 そう言ったカナデの目は冷たい。


 時折、この少女は年相応ではない目をする。

 後宮でジゼル公爵令嬢を相手にした時もそうだった。

 

 この少女は一体何を考えているのか。


 元々、カナデについては判っていない事が多い。彼女が表舞台に立ったのは、保護者である伝説の魔法使いが死んでからだ。それ以前に何をしていたのかは判らない。

 

 不確定な情報だが、カナデと伝説の魔法使い――ポルネリウス様は血が繋がっていないらしい。魔力や属性などの資質は遺伝による影響が高い。カナデがポルネリウス様の実の孫であるのならば、あのでたらめな魔法も説明がつく。実際、ポルネリウス様は高名な魔法使い家系の庶子だったらしい。


 伝説の魔法使いが育てた血の繋がらい子ども。しかもその容姿は、今まで存在しなかった黒髪黒目の容貌と、高い魔法資質を持っていた。一体、カナデは何者なのだろうか?カナデの両親は誰なのだろうかか?疑問は尽きない。


 加護持ちだからという一言で片づけられなくもないが……。



 「後日、仕事に復帰したら報告書を必ず提出して下さい」


 「はーい。宰相補佐様」


 「カナデ、お土産は?」


 「あっ、お菓子買ってきました。ドラヤキです。宰相補佐様と食べて下さい、王太子殿下」


 「うん、ありがとう。いただくよ」



 エドガー様は笑顔でカナデが渡してきた箱を受け取る。


 カナデがいない間、甘い物が食べられなくてエドガー様はイライラしていた。茶菓子関係は毒が盛られる事が多く、エドガー様は警戒して普段は甘い物を一切食べない。しかし、カナデから渡される茶菓子は信用しているようで、毒見もせずに食べるのだ。



 「あと、カンザシっていう宝飾品です。側室の皆様に渡してもらえますか?」


 「それなら直接渡しに行ったらどうかな? ユリアがカナデが帰ってきたら、カミーユとオリヴィアと個人的な御茶会がしたいって言っていたよ」


 「えっ、平民の私が行っていいんですか?」



 何故かカナデは、自分が平民だと言う事に固執している。

 爵位も一切受け取らず、ひたすら平民――というか、『普通』という事にこだわりがあるようだった。


 ……カナデに普通な所など無いような気もしますが。



 エドガー様は苦笑しつつ、カナデに答える。



 「彼女たちも魔族領の話を聞きたいと思うから、僕の方からもカナデが彼女たちと御茶会をしてくれると嬉しい」


 「判りました! 喜んでその申し出をお受けします。あまり長居してもお邪魔でしょうし、お土産を配る用事があるので、私はこれで失礼します」


 「うん。また明日からよろしくね」



 スキップしながら出て行くカナデを見送り、私は再び溜息を吐いた。



 「はぁ……」


 「お疲れだね、ユベール」


 

 エドガー様は早速、ドラヤキなるものを口にしていた。

 表情から察するに、中々美味らしい。



 「ねえ、ユベール。カナデはやっぱり加護持ちなのかな?」


 「そう、ではないかと思います」



 加護持ち。それは人間領に昔から伝わる伝承だ。



 『世界崩壊する前兆が起る時、加護持ちの人族が二人現れて世界を救う』



 お伽噺のような話だが、ごく一部ではそれが真実だと知られている。

 実際に、人族の歴史の転換期には二人の偉大な人族が現れるのだ。

 その者たちの人智を超えた力は、まるで神から力を与えられているようだと言う事から、加護持ちと呼ばれるようになった。



 「だけど、加護持ちは同時期に二人しか生まれない。前兆――つまりは、魔王軍参謀だった男が野望を抱いていた頃には、伝説の魔法使いと月の国の英雄、そしてカナデの3人の人智を超えた力を持つ人間が存在していた。伝承とは違う」


 「しかし、ポルネリウス様は魔王が現れる前に死にました。それを考えると加護持ちは、月の国の英雄とカナデのふたりになるのでは?」


 「そうなんだけど……違うような気もするんだよ」


 「……勘ですか?」


 「勘だよ。僕の勘が良く当たるのはユベールも知っているだろう?」


 「そうですが……」


 「考えても判らないし、カナデを傍に置いておけばその内、判るかもしれないね」


 「ですね」



 しかし、そうなると……これからも私は、無自覚暴走娘のカナデとエドガー様の尻拭いをしなくていけないのですね……。


 

 「あっ、カナデにマティアスが騎士団総長になって王宮にいるって伝えるのを忘れたよ」


 「それは……荒れますね。カナデが」


 

 第五王子の一方通行の恋心にカナデは一切気づいていない。

 それどころか、嫌っているだろう。


 カナデが国外逃亡の一歩手前までいったのも記憶に新しい。



 「まあ、マティアスとカナデがなるべく出会わないように配慮しろって命令しているから大丈夫だと思うけど」


 「前に第五王子殿下に告白しろとか言っていませんでした?」


 「恋に障害はつきものだよ、ユベール」


 「はぁ……ものは言いようですね」



 弟の恋路を弄るのを楽しんでいるであろうエドガー様を尻目に、私は黙々と政務に励む。

 エドガー様は、まだドラヤキを食べていた。



 「……エドガー様。私にもドラヤキを」


 「やっぱり食べたかったんだね」




 私はエドガー様からドラヤキを受け取り、暫し休憩を取ることにした。




 


マ「カナデが帰国したと聞いたが……一体どこにいるんだ!!」


~~その時カナデは~~



カ「やっほー、ロアナ。あっ仕事中?」


ロ「……今、終わったわ」


カ「そう? 今日はロアナのごはんが食べたい!あっちゃんとお土産買って来たよ」


ロ「わかった、ご飯作るわ。カナデ、このまま直接寮に帰ってもいいかしら?」


カ「あっ、魔族領の珍しい食材を料理人さんたちに渡してもいいかな? あと下級侍女さんたちに血の池泥パック買って来たの!」


ロ「そう。それじゃあ、一緒に行きましょうか」


外務局職員「「「コードブラック発令!繰り返す――」」」


カ「えーと、何かあったの?」


ロ「何もないわ。カナデの気にする事は何もないのよ。それよりも、夕食は何を食べたいの?」


カ「ええっとね――」




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いつもより投稿が遅れて申し訳ないです。

主人公以外の視点になると、どうしても遅筆になってしまう……ぐぬぬ。


今回の後日談で魔旅編は終了になります。

次回からは新章になりまして、時間軸が大きく戻ります。

伝説の魔法使いこと、御爺ちゃんとカナデが一緒に暮らしいていた頃のお話。人外兄弟も出るよ!


ではでは、次回を気長にお待ちくださいませ。


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