女魔法使いは魔族領へ旅行に行きました 1
大地は干からび、水は枯れ、道を歩けば屍の山。
奴らが飲むのは人の生血のみ。
常に闇の広がる、光の恩恵を受けないこの世の地獄。
それが魔族領――――
♢
「さすがゴシップ雑誌だねー。嘘ばっかり」
私は人間領で買ったゴシップ雑誌に目を通しながら、周りの風景を見る。
人間領では見かけない黒色の土、道の端々に置かれた白い像たち。そしてさんさんと輝く太陽。
はい、ここは魔族領でーす。
王太子から一か月の休暇を貰った私は、無事に魔族領に到着した。魔法の絨毯に乗ったまま魔族領の街に行っても良かったけれど、折角だしと森の中を歩いていたら、親切な魔族のおじさんが街まで連れて行ってくれると言ってくれた。なのでそのご厚意に甘え、麦をたくさん載せた馬車の荷台に乗せて貰ったのである。
荷台に乗るのとか憧れだったんだよねー!!
これで林檎もあれば、尚良し!
おじさんは、インキュバスらしい。歳を取ると植物の生気の方が趣向に会うから、農家やっているんだってさ。若い頃は肉ばっかり食べていたけど、年取ってから野菜の美味しさに気づいた……みたいな?
まあ、旅行の最初に気のいい地元民に会えたのは幸運だね。
「ねえ、おじさん。道の脇にある白い像って何?」
「それは近所の子どもたちが授業で作ったものじゃ。毎年、この道に飾るんじゃよ」
「へえー」
なるほど、屍の山の正体は子どもの制作物だと。
「お嬢ちゃん。喉が乾かないかのう。これ、魔族領名水百選に選ばれた水じゃ。うまいぞぉ、ふぉふぉっ」
渡された水筒に入っていたのは、赤い液体。飲んでみると、仄かに甘い軟水の味がした。さすが名水ってだけあるね……めっちゃうまいよ。
つまり、生血の正体は赤色の水か。
黒色の土にも秘密があるのかな?
水と一緒にワトソンに土産としてあげようかな。喜びそう。
「おじさん、この水とっても美味しいね」
「そうじゃろう。人族の旅行客は珍しいからのう。お嬢ちゃんもめんこいし、思わずサービスしてしまったのう」
「やだ、おじさん。口がウマいんだから! さすが百戦錬磨のインキュバスだね」
「ふぉふぉっ、お嬢ちゃんこそ褒め上手じゃな~。おおっと、街に着いたようじゃ」
「あれが魔族の街かー」
レンガ造りの丈夫そうな家が立ち並び、技術力は人間領と大差ないように感じた。しかし暮らしているだろう住民は、様々な姿をしている。異形の者、人型の者、角が生えた者……魔族たちだ。
街は活気に溢れている。お祭りでも開催しているのだろうか?
「今日は50年に一回開催される御前試合の日でな。この賑いなのじゃ。おかげで農家も稼ぎ時じゃ」
「へえ。私は良い時に旅行に来たんだね」
「そうじゃな。じゃが、魔族の中には人食を好む者もおる。十分、気を付けるのじゃぞ」
マジか、気を付けよう。
「うん。ありがとう、おじさん」
手を振り、おじさんと別れる。
「よっし、観光観光~」
実家に何故か大量にあった魔族貨幣を持って来たので、私の懐は温かい。今なら何でも買えるぜ……これって旅行地で騙される日本人の心境かもしれない。気を付けよう。私はフードを目深にかぶり、目立たないように行動する事にした。
50年に一回のお祭りと言う事もあって、沢山の屋台が出ているね。
この食欲そそる焦がし醤油の匂い……
「って焦がし醤油!?」
ちょっと待って!この世界で醤油というか、日本食関連の物はお目にかかった事がないよ!
「くんかくんか……そこだぁぁああああ」
私は匂いの元へ突撃した。周りの魔族たちが変な目で見ているが気にしない。だって日本食だよ、ソウルフードだよ!!
匂いの元では、焼きトウモロコシを売っていた。
なんて懐かしい……。
「おおおおお、おっちゃん。それ一つちょうだい!」
「ヤキモロコシ1つ、300リンね」
「ありがと」
早速、焼きトウモロコシに齧り付く。
甘いトウモロコシに焦がし醤油の塩気と香りが絶妙にマッチしている。
これは日本で食べたのと同じ……本物だ。
辺りを見回すと、他にも沢山の日本食が売っていた。
「あっちは魚の塩焼きにクラーケン焼き、それにグルーミーラビットのから揚げだと!?しかもあっちには、チョコバナナにりんご飴、おしるこ……だと? ここは天国か!!」
屋台で日本食があるっていう事は、普段から魔族領では日本食を食べているって事なの?
日本食が魔族領に?って言う問題は脇に置いておこう。何故なら、やる事は決まったからだ!
「ここに家を建てよう!」
世のお父さんたちは、こうやって人生の決断をするんだね。
25年ローンを組んで、お母さんに文句を言われながら必死に返済する前世のお父さんを思い出した。
私が感傷に浸っていると、ローブの裾がクイクイと引っ張られた。
引っ張られた方へ顔を向けると誰もいなかった。気のせいかな?
そう思っていると、また裾を引っ張られる。
下を向くとそこには……けもみみ幼女がいた。
「……ママ、どこぉ?」
「け、けもみみ幼女きたぁぁぁああああああああああ」
人間年齢5歳ぐらいで銀髪。そして銀髪と同じ毛色の三角の耳にフサフサの尻尾。そして、うるうるの瞳。これだよ、私が異世界に求めていた物はこれだよぉぉおおおお。
「はっ」
興奮状態から戻ると、けもみみ幼女が脅えた目で此方を見ながら、私のローブの裾をまだ握っていた。そんな……私の事が怖いのに縋ってくるなんて、煽っているの?煽っているんだよね!
亜空間からキャラメル味の棒付きキャンディーを取り出し、けもみみ幼女に差し出した。
「げへへへ、可愛いお嬢ちゃん。この飴ちゃんあげるから、お姉ちゃんと一緒に良い所に行こう」
「うん!」
何の疑いも無く、嬉しそうにキャンディーを受け取る、けもみみ幼女。
「…………知らない人から飴を貰っちゃダメでしょう!! そして着いて行くなんてもっての外だよ。そういう人達は、親切なフリをした貴女の事を食べようと怖ーい大人なんだから」
「ひうっ」
耳をヘタらせる、けもみみ幼女。くそっ……可愛すぎる!!でも私は怒るからね。変態なんて何所に潜んでいるか判らないんだから!
「知らない人から物を貰わない。ついて行かない。判ったら復唱!」
「ふくしょう?」
「同じことをもう一回言うって事」
「しらないひとから、もらわない。いかない!」
「ああ……可愛すぎるよう……」
胸がきゅんきゅんする。
カメラさえあれば、けもみみ幼女の成長を記録できるのに!!今度作ろうかな。
「でも、おねえちゃんもしらないひとなのに、あめくれたよ。おねえちゃん、こわいひと?」
「お姉ちゃんは違うよ、善良で清らかな心を持ったお姉ちゃんだよ。ほれ、飴ちゃんお食べ」
キャンディーの包装紙を外してあげると、けもみみ幼女は満面の笑みでキャンディーに齧りついた。
けもみみ幼女よ、私の理性を試しているのかい?
「ベッコウアメよりおいしい!」
なぬ!? べっこう飴もあるんだ……あとで買占めなきゃだね。
「私の名前はカナデ。貴女の名前は?」
「ルル!」
「歳は!!」
「5さい!」
「これが一番重要な事だけど……ルルの耳は狐耳? いや、イヌ耳なのかな? それともネコ耳? まさかの……フェネック耳!?」
「ママが、わたしたちは、じんろうだっていってた」
「人狼、つまりはオオカミ耳……だと……? こんな庇護欲そそる人狼が居てたまるか! むしろ幼女だからアリか!!」
「ひうっ」
おおっとまた怖がらせてしまった。いかんいかん。
「それで、ルルは私に何かようがあったのかな?」
そう問いかけるとルルは再び目を潤ませた。
私に脅えてるんじゃないからね、本当だよ!!
「ママ、いないの……」
ルルを落ち着かせるため、オオカミ耳の感触を楽しみながら、ルルの頭を優しく撫でた。
「お姉ちゃんがルルのママを探してあげよう。だから安心して?」
「うん!」
「ママとは、何所ではぐれたの?」
「おみせ。ままがおみせで、おきゃくさんとはなしているとき、ルルがおみせでちゃったの。そしたら、ままのばしょわかんなくなっちゃたの……」
ふむふむ。ルルママはおそらく屋台をやっていて、ルルがお祭りが珍しくて勝手に外へ出たと。そう言う事かな?
お店をやっているなら、ルルママさんがルルを探すのは難しいかな。迷子センターがあるとも思えないし、こちらから探すしかないか。
「ルルのママの特徴は?」
「ママはルルとおんなじ、かみとめなの!」
ふむふむ、つまり美女人狼だと。それなら探しやすいかな。魔族ってゴツイ種族が多いみたいだから、結構人狼って目立つもんね。
私はルルに邪な視線を送る者たちに魔力の波動をぶつけた。
魔法に変換していない魔力は、何の現象も起こす事は出来ない。しかし、魔力を持つものがそれを感じれば、強い魔力の波動であればあるほど恐怖を感じる。殺気のようなものだ。
魔力の波動をぶつけた者たちは、足早に姿を消した。牽制は成功したみたいで良かった。魔族領でも子どもを攫おうとする、不届きものがいるんだね。何所にでもそういう輩は湧くのか、嫌な世の中だ。
「よしっ、それじゃルルのママを探そうか」
ルルと手を繋ぎ、出店の通りを歩きだす。するとルルが私に密着し、鼻をヒクつかせていた。
「おねえちゃん、いいにおいがする……」
あれ? 確か前世での人狼の食べ物は……人間を含めた肉。
ルルの様子を見ると、私の腕に顔をすりすりしていて、ほんのり顔を赤らめている。
やべええ、私の方が喰われるぅぅうううう。
「る、ルル。飴ちゃん食べ終わったなら、新しいのをあげるよ」
「やった!!」
この秘蔵のいちごミルク味のキャンディーをあげるから、私の事を食べないでね!
絶対に美味しくないよ、ほら……私は貧乳だしさ!!
暫く歩くと、銀髪人狼美女のいる串焼き屋台が見えた。
「ママっ!!」
ルルが走り出し、串焼き屋台の中に入って行った。
「ルルッ! どこにいっていたの!! 勝手に外に出て行っちゃダメだって言ったでしょう」
「ごめんなさい、ママ」
抱きしめ合う人狼親子……目の保養だわ。
ルルママが私に気づいたのか、驚いたように私に目を向けた。
「人族がなんでこんな所に……」
「おねえちゃんがね、ここまでつれてきてくれたの!」
「そう。本当にありがとうございました」
「いえいえ。無事に再会出来たようで良かったです」
「何かお礼を……」
「そんなお構いなく」
「そう言う訳には――」
「おいステラ、ルルはいなかったぞ」
突如、ルルママとの会話に割り込んできたのは、人狼の男だった。
「あなた!! ルルは帰って来ましたよ」
「パパ! おねえちゃんがつれてきてくれたの」
「お姉ちゃん? うわぁっ、むちゃくちゃ美味そうな人間だな!」
「恩人に失礼でしょ、あなた!!」
「すまんすまん!」
「……チッ、男のけもみみは萌えないんだよ。滅びろ、勝ち組が」
「今、ひでぇ事言わなかったか!?」
「ええっ? 何の事ですぅ? 気のせいですよ、ルルのパパさーん」
「あなた、この方――ええっと」
「カナデと申します」
「カナデさんに何かお礼をしなくてはいけないわ」
「ん? どっかで聞いた事のある名前だな。まっいいか。何か俺たちに出来る事はあるか?」
「それなら……魔族領で土地を買うにはどうすればいいんでしょうか?」
魔族領に不動産屋的な場所があれば、ぜひ教えて欲しい。
この場所を第二の故郷にするための第一歩さ!
「それは難しいわね」
「そうなんですか?」
「魔族領の規定では、魔族の土地は魔族の物となっているの。つまり異種族が魔族領の土地を手に入れる事は出来ないのよ」
「そうなんですか……まあ、土地を所有してジワジワ侵略とか人間が考えそうですもんね」
「がっはは。そう落ち込むな、カナデ」
「馴れ馴れしい、暑苦しい、滅びろ」
「俺にだけ酷くないか!?」
「何の事ですぅ?」
「そんな態度だと、土地を手に入れる方法を教えてやらねえぞ」
「なっ」
この腐れ人狼!! 勝ち組だからって調子に乗りやがって!!
「パパ、おねえちゃんイジメちゃ、めっなの!!」
ルルがルルパパを指差して怒る――がどう見ても可愛い。萌えるよ、胸がきゅんきゅんするよぉ。
「イジメなんてしてないぞ! だからパパを嫌わないでおくれ、ルル~」
「いじわるなパパなんてしらない!」
そう言ってルルは私の後に隠れた。私の匂いを嗅いでいるのはこの際気にしない。だって可愛いは正義だから!!
「こうやって男親は娘に嫌われていくんだね。パパと一緒のお風呂は嫌!って言われる日も近いね」
「やめろ、ルルは将来はパパと結婚するって言ってくれたんだぞ!」
「ルル、そんなこといっていないよ」
「そっかそっか、ルルは言っていないのか。ルルは正直者で偉い子だなぁ~」
私はルルパパに見せつけるようにルルを撫でまわした。
するとルルは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
ふっふふ、前世では近所の犬たちを屈服させた、もふリストととして名を馳せていた私に死角はない!
「くっ……この敗北感はなんだ……」
「あなた。いい加減カナデさんに土地を手に入れる方法を教えなさい!!」
スコーンと鉄のお盆でルルパパの頭をルルママが殴った。ちなみにお盆は原形をとどめていない……恐るべし、人狼の腕力。
「すまん、ステラ。ちゃんと話すぞ」
「はぁ……ちゃんとして下さい」
呆れた目でルルパパを見るルルママ。
その目に殴られた事よりも動揺するルルパパ。これは完全に尻に敷かれているな。
「おっほん。カナデが土地を手に入れる方法……それは御前試合で優勝することだ!!」
「御前試合って、あなた……選手登録はおろか、試合ももう終わる頃でしょう?」
「簡単だ。優勝者が決まった瞬間に、優勝者に挑んで勝ち、褒賞を奪えばいい!!」
それってアリなの?
優勝者からしたら迷惑な話だよね。
「でも、カナデさんは人族よ」
「それしか方法がないんだ。出来なければ諦めるしかないな」
「褒賞とはなんでしょう?」
「宝玉や武器や賞金だな。だが、それらを全て拒否する事で、金では叶えられない願いを1つだけ叶える事が出来る。尤も、褒賞を得るやつが殆どだけどな」
「それで、どうするんだ」
「もちろん、優勝者から褒賞を奪い取るに決まっています」
優勝者さんには申し訳ないけど、私にだって叶えたい願いがあるんだよ。
自己中上等、褒賞を奪い取ってやる!!
「そうと決まったら、急いで会場へ行かなくちゃいけねーな」
そう言って、ルルパパは私を俵担ぎした。ちなみにルルも一緒だ。
「えっちょっ、何この体勢!?」
「ステラ、ちょっくら会場へ行ってくる」
「気を付けてね。カナデさん、御武運を」
「んじゃ、行くぜ」
そうルルパパが言うと、いつの間にか私は空を舞っていた。
そして急速に落下し、空を舞う繰り返し。
「人狼の跳躍力恐るべしぃぃいいいいいい」
「あっはは、舌噛むなよ!」
「たかいたかい~!!」
「おっ楽しいか、ルル」
漸く跳躍が収まったかと思い、辺りを見回すと会場にいた。十中八九、御前試合の会場だろう。観客席には魔族たちが歓声を上げている。
「過去3回優勝経験のある人狼族が戦士ロイド、今大会優勝者に挑戦か?」
審判らしい魔族がルルパパに問いかけた。
ルルパパは御前試合優勝経験者なのか、しかも3回も。
「いや、俺じゃねーよ。挑戦するのはコイツだ」
「どうも……」
私はとりあえず挨拶をした。
すると審判は一瞬だけ困惑した表情を見せたかと思うと、直ぐにニヤリと笑った。
「なんと、人族の女が挑戦者だーーー!!!」
「「「うぉぉおおおおおお」」」
「生贄か? 馬鹿なのか?」
「おいおい、賭けの番狂わせがあるのか?」
「賭け金を追加するヤツはこっちだよ~」
「あんまり、スタイルのいい人族じゃねーな。食指が伸びないぜ」
聞こえる声は皆、私を馬鹿にした声だった。
ふつふつと怒りが湧いてきた。
誰がスタイルが悪いだって? 貧乳だって?
「あの、審判さん。私が挑戦者です、早く試合を進めてくれませんか?」
「後悔するなよ、人間」
審判は私の身体を見て鼻で笑った。
鼻フックで張りつけにしてやろうか……?
「挑戦者を迎え撃つのは、今大会優勝者、吸血鬼族期待のルーキー、フリードだぁぁああああ」
「うぉぉおおおおおお」
「フリード、やっちまえええええ」
そして私の前に現れた吸血鬼フリード。吸血鬼というだけあってイケメンだ。しかし運が悪かったな。たとえイケメンでも容赦のない女、それが私だよ!!
「近くで見ると、とっても美味しそうですね。コレクションに加えたい……」
「きもい……」
「なっ! 貴様の血を吸い尽くして老婆のように干からびさせてやるからな!!」
私はフリードを無視して、後ろを振り返った。
「ルルのパパさん、会場に連れてきてくれてありがとうございました」
「いいってことよ! それじゃ、頑張れよ」
「はい」
「おねえちゃん、がんばって!」
「うん、がんばるよぉ~。お姉ちゃん超がんばる~」
ルルの応援で百人力だよ!!
ああ、けもみみ幼女はやっぱり可愛いなぁ~。
ルルはルルパパに連れられて会場の隅へと移動した。
そして私はフリードと向き合う。
「くそ……人間のくせに、コケにして……」
「審判さん、始めてくださーい」
「魔法、武術、何でも有り。先に死ぬか参ったと言った方が敗者となる。それでは、始め!!」
開始の合図と共に、フリードが真正面から襲い掛かる。
人間ではあり得ないスピード。
「だけど、幻影だね……」
これでも魔法使いの端くれ。魔法で出来た幻影を見抜けぬほど馬鹿ではない。
私は幻影を迎え撃つフリをして、本体の場所を探る。
幻影の構築、気配遮断、透過……魔法使いじゃないのに魔法を同時複数展開、さすが魔族だね。飛行は、種族能力なのかな?
幻影で見た通り、身体能力もすごいんだね。
しかも太陽が輝いているのに普通に過ごしているし……私が前世の知識で持っている吸血鬼の弱点はあてにならないかな。
幻影の攻撃を結界で防ぐフリをして、私の背後にいる本体へ数十本の氷の矢を放つ。
「ぐぁっ」
素早い吸血鬼らしく、フリードは矢を回避したが、全部は防ぎきれずに左腕に矢が刺さっていた。
相手の動きは鈍った!!
フリードは私の攻撃を食らったのに動揺したのか、まだ次の行動に移れていない。
広範囲に水魔法を展開し、人工的な津波をおこし、フリードを荒れ狂う波の中に閉じ込める。
水に閉じ込められたのは初めてなのか、フリードは必死に波に逆らおうと暴れていた。
その隙に私は上空に転移をし、雷魔法を展開した。
「10万ボルト――なんつって」
そのまま波に飲まれているフリードに雷を落とす。
「ぐががががっがぁぁあああああああああ」
感電したのか、フリードが叫び声を上げた。
更に数度、雷を落とす。
そしてフリードが完全に動かなくなってから、私は魔法をすべて消した。
フリードに近づくと身体は痺れて動けないが、意識はあるのか血走った目を私に向けてきた。
「このクソあ―――んんん」
長年の経験から碌でもない事を言うのは判ったので、闇魔法の鎖で拘束してついでに口も塞いだ。
それでも私を睨みつけるフリード。
「はぁ……これじゃあ参ったって言えそうにないね」
「んぐぅ……」
フリードを足蹴にしながら右手を掲げ、上空に直径5メートルほどの雷の塊を作る。バチバチと火花を散らし、輝くそれは当たったら……とっても焦げそうだ。
「参ったって言えないなら……死ぬしかないよね? 確か『血を吸い尽くして老婆のように干からびさせてやる』だったけ。それなら私はジワジワとゆっくり燻して黒炭にしてあげる。吸血鬼の黒炭なんて珍しくてマニアに高く売れそうじゃない?」
私がにこやかに言うとフリードは顔を真っ青にして泣き始めた。
男泣きって……フリードがやるとキモいね。
「参った以外の口をきいたら、黒炭直行だから」
私がそう言うとフリードはコクコクと力強く頷いた。
口元の拘束だけ外し、フリードが話せるようにする。
「ま、参り、ましたぁぁあああ。ごめんなさい、もうしません、許して下さっぐぅえ」
私は足に力を籠め、さらにフリードをグリグリと踏みつけにする。
「参った以外の口をきいたら黒炭って言ったよね?」
「ひいいいい」
さて、優勝者にここまですれば、人間だかって褒賞はなしとか言われないよね?
うん、すべては計画通りさ!
「審判、結果は?」
「は、はいいい。挑戦者の勝ちです!!」
「「「うぉぉおおおおお」」」
「番狂わせだ!!」
「俺の金がぁぁああああああ」
会場が歓声に湧く。
一部野次も含まれていたけど、まっご愛嬌だね。
「おねえちゃん、おめでとう!」
抱きついてきたルルを受け止め、抱っこする。本当に可愛いなぁ。
「本当に優勝者を倒すとは思わなかったぞ。もしもの時は俺が乱入するつもりだったが、いらん気遣いだったみたいだな」
「勝てて良かったです」
勝利に喜ぶ私たちの元に、審判が恐る恐るといった風に近づいてきた。
「あの、褒賞は……?」
「褒賞の代わりに願いを叶えてもらっても良いですか?」
「はひぃ、どうぞ! それと……出来たらお名前と願いを言ってもらってもいいですか? 声の方はこちらで音量を上げるので……」
「判りました」
すうっと深呼吸をし、私は宣言をする。
「私の名前はカナデ。褒賞の代わりに、魔族領の土地を所望する!!」
大音量で会場に私の声が響く。そしてそれと同時に音量に驚いたルルが、私のフードを取ってしまう。
そして現れる、私の長い黒髪と黒い瞳。
「し、死神の孫が魔族領を征服にきたぁぁあぁあああああああ」
「おい、カナデって獅子族のアホ坊主たちを倒した……」
「どうすんだ、魔族領の土地全部をご所望だぞ!!」
「殺されるぅぅぅうううううう」
「死神の災厄再来か……」
一瞬の静寂の後、会場が阿鼻叫喚に包まれた。
「ちょっ、何これ!? 死神の孫って何!? 魔族領の土地全部なんていらないから! 征服もしないから! 一軒家立てられるぐらいの土地が欲しいんだってばぁぁあああああああ」
結局、私の叫びは届かなかった。
魔族領旅行編、略して魔旅編開始です。
けもみみ幼女が出せて、作者はもう満足です(笑)
次回はたぶんDOGEZAスタートですww
ではでは、次回を気長にお待ちくださいませ!




