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女魔法使いは後宮に入りました 7

黒幕→カナデ視点です。






 ああ、何てこと!


 あの男……忌まわしい第一王子を殺せないなんて……。

 せめて側室や側近を殺せれば、また違ったでしょうに……。



 役立たずの者ばかり!



 夏の茶会の後、わたしたち側室は何事もなかったかのように後宮の部屋に戻された。その顔色は様々。皆、自分のこれからについて考えていた。



 与えられた後宮の部屋で、わたしは今一人きり。

 反王太子派である我が家が、これからどうなるのでしょうか?


 そもそも、あの身分だけが取り柄の馬鹿ジゼルが暴走しなければ……後釜にと思っていたフロリーヌは、思いのほか小心者で拍子抜け。馬鹿は馬鹿らしく、わたしの駒になればいいのに……!


 でも今回、私の計画を邪魔したのは……あの化け物。魔王討伐の英雄カナデ。国王ですら完全に取り込む事の出来ていない、稀代の女魔法使い。


 およそ人間が行使できるとは思えない魔法を、平然とした顔で複数行使していた。その姿に危険である事を忘れて見惚れる者が現れる始末。わたしから見れば……人智を超えた恐ろしい化け物にしか見えなかった。


 よりによって第一王子に組するなんて!!



 あの女が刺客共を生け捕りにしたせいで、わたしが彼らを雇った事が露見するのも時間の問題。



 わたしは、隠し棚から小瓶を取り出す。

 第一王子に寵姫が出来た際、その女を殺すために取り寄せた即効性の毒。


 もちろん、わたしは直接手を下すつもりはなかった。だから仲介人を通して、ジゼルの侍女にこの毒を売った。その仲介人も殺させたし、ジゼル側からわたしの情報が漏れる事は無かった。


 

 せめて引き際は美しく散りましょう。

 ああ、殿下……わたしは、貴方をずっとお慕いしておりました。

 貴方の望みを叶えられずに先立つわたしをどうか……お許しください。




 小瓶の蓋を開け、毒を自ら煽ろうと目を瞑り覚悟を決めると、突然部屋にノック音が響く。



 ――コンコン



 こんな夜中にいったい誰かしら?


 突然の訪問者に訝しみながらも、毒の入った小瓶を握りしめる。

 

 騎士団がわたしを捕まえに来た……?

 捕まる前に毒を飲んでやりますわ。

 でも……せめて訪問者を嘲りながら逝ってやりましょう。



 だが訪問者は、わたしの予想に反した人物だった。



 「こんばんは。ルイーズ・ベルモンド侯爵令嬢」


 「……黒の女魔法使いカナデ」



 現れたのは黒髪黒目の化け物。茶会の時とは違い、魔法使いらしいローブを着ている。



 わたしの脳裏には、夏の茶会で捕縛された刺客たちが思い浮かんだ。


 一体、どうして?

 これでは、毒を飲むことも……死ぬことすら叶わないじゃない!


 

 「私の事、知っているんだ? 意外だなぁ」


 「貴女の事を知らない者など、此の国にはいません」 



 この化け物は幼い頃から貴族社会で有名だった。元々は伝説の魔法使いの忘れ形見として社交界に情報が駆け巡った。しかし、その内本人の功績が社交界に飛び交う事になる。幾人もの貴族が取り込もうと必死になったが、すべて失敗している。そして魔王討伐の英雄として国内外にその名が轟く事になったのだ。別の方面でも有名らしいが、その情報をわたしはよく知らない。



 「ねぇ、ルイーズ嬢。ジゼル嬢を(そそのか)したのは貴女だよね」


 「何の事を言っているのです?」


 「ジゼル嬢と貴女は幼馴染。だけど、ジゼル嬢は貴女を体のいい取り巻きとして扱った。そして、アラマン公爵家に逆らえないが故にジゼル嬢に従う……フリをした」



 何故? 何故この女はジゼルですら認識していなかった事を知っている!!



 「ジゼル嬢を言葉巧みに誘導して、邪魔者を排除していった。もちろん取り巻きである自分に被害が及ばないように、ジゼル嬢がやり過ぎないよう操作した。そのおかげでジゼル嬢は、ちょっと我儘で夢見がちな公爵令嬢と周囲には評価されていたみたいだね。アラマン公爵からも、我儘娘を諌めてくれる令嬢として重宝されていたみたいだね……そのせいでジゼル嬢と一緒に後宮に入れられちゃったみたいだけど」



 ゆっくりと歩を進めながら、化け物がわたしに近づいて来る。

 思わずわたしは後ずさったが、すぐに壁際に追い詰められてしまった。


 

 「何故……知っている! ジゼルすら理解していなかったのに!!」


 「ふふふ。ジゼル嬢が教えてくれたんだよ。第三者目線で見れば、貴女がジゼル嬢を誘導して自分の望む結果を残していたのは簡単に判った。ジゼル嬢にユリア姫を殺すよう誘導したのは……ルイーズ嬢だよね?」


 「誘導? 知らないわ。だってユリア姫を殺そうとしたのはジゼルです。わたしは……関係ない」


 「確かに実行したのはジゼル嬢。だけど……自分の手は一切汚さず、高みの見物をしていた貴女が私は何より気に入らない。自分が何をしようとしていたか判っている? 私がいなければローラさんは毒見で死んでいただろうし、ユリア姫も恐らく簡単に殺されていた。そして私も魔法が使えなければ、大好きなお菓子を食べて死んでいたよ」


 「自分の行動を決め、実行したのはジゼルです! わたしは関係ない!!」


 

 自身が貴族令嬢だという事を忘れ、わたしは叫ぶ。

 わたしの心が丸裸にされる……それは未知の恐怖だった。



 「私、貴女みたいな人が大嫌いなの。実行したのはジゼルだから、誘導をしただけの自分は関係ない? はっ、笑わせないでよ。貴女だって殺している(・・・・・)。今までジゼル嬢を使って消した人達を貴女は殺しているの」


 「あ……」



 やめて。違う違う。わたしは誰も殺していない。汚れなどない、あの方の隣に立つに相応しい侯爵令嬢よ……。



 「この世界は死が近い。魔物はいっぱいいるし、人間同士の戦争も異種族との戦争もある。病気で簡単に死ぬことだってあるし、盗賊や山賊なんかも決して珍しくない。何かを……自分や大切な人を守るために戦わなくちゃいけない時もある。それが、この世界の普通。私だって、今まで数えきれない魔物を殺したし、魔王討伐の時は魔族を殺した。人間も……王太子の粛清に関わった時点で殺しているね」



 嫌よ、聞きたくない。



 「ルイーズ嬢は、死が何なのか考えた事がある? 死が美しいものだって勘違いしていない?」



 わたしが握る小瓶を見ながら化け物は言った。

 カタカタと奥歯を鳴らし、わたしは化け物の言葉をただ聞く。



 「私が知っているのは、辛くて痛くて悲しい死だけ。あんな思いをするのは、もう嫌。何時から心に決めたのかは忘れたけど、私は私を殺そうとする者を絶対に許さない。殺されるぐらいなら、私は戦うよ。その結果、誰かの命を奪う事になったとしても。私に勝ち目がなくて殺されるとしても、私は戦う。ねえ、ルイーズ嬢。貴女は自分が殺される覚悟を持ってる?」


 「ひぃぃいいい」



 化け物がわたしの頬を撫でた。

 すると化け物は目を細め、わたしを汚物を見るかのような目をした。



 「……想像以上。と言うか、今日の刺客たちは貴女の仕業だったんだ。お金だけじゃなくて、領民を定期的に奴隷として渡すのを報酬にしたんだ。これだけの事をして自分が綺麗だと思っているなんて……面の皮が厚いね。いつもは絶対に自分では動かないのに、どういう風の吹き回し? ああ、ジゼル嬢という駒がいなくなった事と第二王子が消される事に焦って自分から動いたんだ。第二王子毒を飲まされるんだ……上流階級ってやっぱり怖いね」



 どうして……まるで、わたしの心を読んでいるかのような。



 「愛する第二王子のために……それを言い訳にして行動していたんだね。でも残念だね。ジゼル嬢の記憶を見た限り、貴女は第二王子にとって都合のいい女の1人だったみたいだよ?」


 「嘘よ!!」


 「本当だよ。ジゼル嬢と第二王子は従兄妹だから、気兼ねなく話していたみたい」



 嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ!!

 あの方がわたしを裏切るなんてありえない!!

 わたしを正妃にしてくれるって……ううん、正妃じゃなくたって構わない。ただ、あの方の隣にわたしが立つことが出来れば。だから元凶の第一王子も国王も殺させようとしたのに……!!



 「さて、ルイーズ嬢。私は、私を殺そうとした黒幕である貴女に報復するために来たの」


 「何が、報復よ……わたしを殺すの……?」



 化け物は一瞬微笑み、わたしの胸を指軽くなぞった。



 「――かはっ」



 胸が焼き鏝を押し付けられたかのように熱い。

 それなのに指先と足先から徐々に氷のように冷えて行く。

 

 わたしは立つ事もままならず、後ろ向きに倒れた。



 「あ……は……たす……け……」



 穴が開けられた酒樽のように、血液がドバドバと流れてわたしを濡らす。


 朦朧とした意識の中で駆け巡るのは、わたしの生きて来た記憶。

 脳が焼き切れるのではないかというほどに熱くなる。



 痛い苦しい怖い辛い冷たい痛い苦しい怖い辛い冷たい痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛い痛い苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛いい苦しい怖い辛い




 それは迫りくる死の恐怖と生への渇望。





 嫌よ、このまま死にたくない!!





 わたしは、生きたい!!






 ――パチン



 指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、先程までの濃密な死の気配は消えていた。



 「……いき、てる……?」



 熱さも寒さも痛みも恐怖も感じない。先程までわたしを濡らしていたかと思っていた血は存在せず、ドレスが床に倒れた事で皺になっているだけで、身体は無傷だった。しかし起き上がる気力は、わたしにはない。


 『生きている』それだけの事で、今まで味わったことのない幸福がわたしを包み込む。



 「今のは私が経験した死だよ」



 ――死。

 その言葉を聞いた瞬間、先程までの幸福感が嘘のように恐怖という感情がわたしに襲い掛かる。



 「ああ、騎士が来たみたいだね。ルイーズ嬢、私の事は忘れてね?」



 額に温かい温度を一瞬感じた。

 そして、わたしのぼやけた視界に黒い瞳と黒髪が映り、突然消えた。



 「……死神」



 そう、あの女は化け物なんて生易しい存在じゃない。

 わたしの命を狩りに来た死神だ。





 そして……わたしの中から死神の存在は消えた。












 

 「――――痛い」



 頬に強い痛みが奔る。

 目を開けると、わたしを屈強な騎士たちが見下ろしている。


 わたしは何故か床に倒れていた。



 手には毒の小瓶が……



 「きゃぁぁああああああ」



 わたしは毒の小瓶を放り投げる。

 毒液は床に零れ、小瓶はカラだったが、あんな恐ろしい物が入っていた小瓶を触っていたなんて……考えたくもない。


 

 騎士たちは困惑した様子で此方を見ている。

 剣を振るうしか能のない馬鹿な男たちのくせに……。

 訳が判らないのは、わたしの方だ。



 老齢の騎士が、わたしを見下ろしながら一枚の紙を突きつけた。



 「ルイーズ・ベルモンド。貴様には国家反逆罪、以下複数の罪状がかけられている。刺客たちが拷問で吐いた証言から、貴様の関与は疑いようがない。故に処刑は免れないと思え!」



 処刑……?それって……死ぬってこと?



 「嫌、嫌、嫌よ! 死ぬなんて嫌!! 何でも、何でもします。だから処刑だけは、処刑だけは止めて……お願いよ……」



 老齢の騎士の足にしがみ付き、貴族令嬢の矜持など捨てて懇願する。


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない



 「国を動かす者たちを殺す凶行を実行しておきながら懇願するとは……浅ましい女だ。まして守るべき領民を取引に使うなど、貴族とは思えん。儂は貴様のような悪魔を初めて見たぞ」



 「嫌……死ぬのだけは……いやぁぁああああああ」



 わたしを拘束しようとする騎士たちに、必死に抵抗する。ドレスが破れ、髪が乱れて抜けても気にしなかった。そんなことよりも、死ぬかもしれないという事の方が重要だった。



 「気絶させろ」



 老齢の騎士が端的に若い騎士に命令した。




 気絶……良かった、それなら死なない……。




 わたしは穏やかな気持ちで意識を手放した。






















 「粛清は終わったよ」



 夏の茶会から二週間後、王太子が私に言った。

 処刑やら事後処理が終わったってことか。



 「そうですか」



 それ以外に私が言う事はない。


 夏の茶会の次の日、多くの貴族家に王太子が今まで調べ上げた罪状を携えた騎士団が派遣された。もちろん、粛清対象の貴族を拘束するためだ。その中には王太子派の貴族もいた。逆に反王太子派有力貴族でも、騎士団が派遣されなかった家もある。ようは王太子の宣言通り、やましい事をやっている貴族を粛清したらしい。


 粛清と内容も全員が処刑という訳じゃない。財産没収や爵位剥奪など処刑以外の刑も執行された。過度な粛清は恐怖政治になるし、やり過ぎは良くないね。


 後宮は多くの側室が消えた。

 消えた理由は……もちろん、粛清の影響だ。


 そして残った側室も後宮小町以外は下賜されることになった。



 「カナデ、君はよく働いてくれたよ。約束通り、一か月の休暇をあげよう」


 「本当ですか!」



 やったぁぁあああ。幻のリフレッシュ休暇だ!!

 どうしよっかな、何しようかな!!



 「そう言えば知っているかい? カナデが死者を蘇らせたって噂が流れているんだよ」


 「いやいや。死霊魔法や蘇生魔法なんて使えないし、使いたくないですよ」


 「刺客を生け捕りにしたことが噂の元だと思うけど……結構面白おかしく広まっているみたいだよ?」



 か、勘弁してよネクロマンサー!!!!



 どうしよう?

 もしかして、最近廊下ですれ違う人が私を脅えた表情で見るのって……。


 人の噂も七十五日って言うし……一か月じゃ足りないけど旅に出よう。



 「王太子殿下、早速明日から休暇に入っていいでしょうか?」


 「うん、いいよ。休暇が終わる頃には、正式に僕付きの魔法使いとしての地位を用意しておくから」


 「了解しました! 今日はもう私の仕事は終わりですよね。では、失礼します」



 王太子の執務室を出て、廊下を歩く。

 すれ違う人がやはり脅えた表情で私を見る……やっぱり気のせいじゃない!


 空の国をいっそ出た方が噂は消えるかな……?

 こうなったら、人間領にいない方がいいかもしれない。


 そうだ、魔族領に行こう。行ったことないし、人もいない。



 「魔族領にお菓子ってあるのかな……」



 王宮の中庭に出ると、亜空間から空飛ぶ絨毯の魔道具を取り出す。

 


 「いざ行かん、魔族領へ!!」



 私は未知なる大地である魔族領へと向かうのであった。








 前回カナデの言っていた黒幕は、お菓子に毒を入れて自分を殺そうとした黒幕と言う意味でした。襲撃の黒幕でもありましたが。後宮5でカナデがジゼルの記憶を見た後に『胸糞悪い』と言ったのは、ルイーズ嬢の事を知ったからです。


それにしても、後宮編ではカナデが随分と不気味な存在に……。コメディージャンルから変えて正解でした。なんか、カナデがラスボスでも不思議じゃないですね(笑)


あとエドガー王太子視点の後日談1話で後宮編は終了となります。第五王子マティアスもでます。


では、次回をお待ちください。

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