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女魔法使いは後宮に入りました 6

 「今日は絶好の茶会日和ですわね」


 「とても気持ちのいい日です」


 「この紅茶の香り……悪くはないわね」



 ユリア姫、オリヴィア嬢、カミーユ嬢の順に和やかな会話を繰り広げている。


 現在、後宮の庭で後宮小町がお茶会をしている。桃源郷はここにあったんや……。



 私は侍女エマとして少し離れた場所で、後宮小町を見守っている。ユリア姫はニコニコと微笑んでいて、いつも通りだ。カミーユ嬢は紅茶が余程気に入ったのか、口では素直に褒めないが、顔を緩ませながら紅茶を飲んでいる。オリヴィア嬢は、私がわざわざ用意したクマさん型クッキーを冷静なふりをしながらチラチラと見ている。


 私の心のにこの光景を刻もう。いや、むしろ時よ止まれ!



 「さて、そろそろ夏の茶会について話し合いましょう。ユリア様、オリヴィア様」


 「そうだな、カミーユ嬢」


 「そうですわね」



 先日、後宮の夏の茶会が開かれると正式に関係者に通達された。空の国では、後宮で年4回茶会が行われるらしい。国王の後宮は随分前に閉鎖したらしいので、後宮の茶会は随分と久しぶりらしい。


 そして後宮の茶会では、開催時に後宮内で一番権力のある側室なり妃なりが準備の指揮をするらしい。今回は後宮小町3人が主催者という訳で、前代未聞なんだとさ。



 「それぞれ役割分担をして準備を行うのが効率的かしら?」


 「それなら私は会場の設営や警備方面を担当しよう。身内に騎士団関係者がいるから、私が担当した方が話を通しやすい」


 「では、社交関係はわたくしが引き受けましょう。侯爵家の伝手があるので、わたくしが適任かと」


 「あらあら。でしたらわたくしは……茶会での飲食や装飾を担当いたしましょう。我が水の国の物を取り寄せれば、他の茶会とは違った特別なものになるでしょうし。それに、空の国の菓子ならば専門家がおりますので」



 ユリア姫はちらりと私の方へ視線を送る。それに釣られてカミーユ嬢とオリヴィア嬢も私の方へ目を向けた。ちょっ、侍女は空気!空気だから!!そんなに見つめられると……照れちゃうよ。



 「なるほど。彼女が件のエドガー殿下の侍女か」


 

 なるほどって何ですか、オリヴィア嬢!?


 ……一応、挨拶した方がいいよね?



 「王太子殿下の侍女、エマでございます。夏の茶会では、御三方と王太子殿下の橋渡しをする役を仰せつかっております。何なりとご命令ください」



 先日の第一次粛清の後、後宮侍女長と一部侍女が新しくなり、後宮内のあからさまな贔屓も無くなった。それにより、ユリア姫にも王太子が信頼できる侍女たちが配属され、なんちゃって侍女の私はお役御免となった。だがしかし、次は後宮と王太子を繋ぐパイプ役の仕事を任される事になったのだ。


 まだカナデ()が王太子と一緒にいるのが周囲に知られるのは良くないらしく、私は未だエマの姿のままで生活している。


 ちなみに寝床は後宮内の侍女部屋(個室)を使っています。身分が高く後宮でブイブイ言わせていたジゼル嬢が居なくなったとはいえ、危険がない訳じゃないということで護衛は続行中。今度はユリア姫だけじゃなくて、後宮小町全員なんだけどね。夜はこっそり3人の部屋に結界を張っている。今の所、ジゼル嬢の元取り巻きとかも大人しいので大事は起っていない。このまま平和に終わるといいんだけど……無理か。



 「よろしく、可愛い侍女さん」



  可愛い侍女さん……こんな王子様みたいな事言っているのに、オリヴィア嬢は自室ではクマさん抱きしめているんだぜ。



 「しっかりと仕事をしていただければ、わたくしはそれで良いですわ」



 そんなツンとした態度取ったら周りに誤解されちゃうよ、カミーユ嬢。私はツンデレだって判っているからいいけどさ……良いツンデレごっつあんです!



 「精一杯勤めさせていただきます」



 後宮小町と関われるなんて最高な仕事だね!羨ましいだろう、皆の衆!!



 「あとは侍女長と各自相談しましょうか。あとは……連絡の場として3日ごとに茶会を開きたいのだけど、よろしいかしら? ついでに茶菓子や軽食の意見も聞きたいですし」


 「判りましたわ、ユリア様」


 「必ず夏の茶会を成功させよう」


 「ええ、そうですわね」


 「当たり前ですわ」



 変な側室同士の諍いもなく、夏の茶会の準備は後宮小町の元で滞りなく行われそうです。












 夏の茶会の準備は後宮小町の元で滞りなく行われる……そんな上手い話はありませんでした。



 王太子側では側室たちを一目見たいがために、当日の警備を希望する騎士が大勢で王太子執務室に押しかけて来たり、招待状を受け取っていない貴族が文句を言って来たりと忙しかった。後宮側も暇な側室が妨害行為を仕掛けて来たり、エリザベート会長が空の国へ行くと駄々をこねた手紙を送って来たりと通常業務以外も忙しかった。


 この3週間は、あっちこっち奔走したよ……疲れた。

 でもそんな日々とも今日でおさらばさ!


 だって今日は夏の茶会当日だからね!

 場所は後宮の薔薇園で、天気は快晴。絶好の茶会日和だ。




 夏の茶会には、空の国のお偉いさんと側室とその家族が来ている。ただしエリザベート会長は来ていない。そうホイホイ気軽に女帝は他国に来れないのだ。代わりにユリア姫の従兄が来ているらしい。空の国の王族は王太子のみだ。いくら変装して髪と瞳の色を変えているとはいえ、第五王子が居たら私だってバレそうだったし、良かったよ。


 そう言えば奴は私が居なくなってからどうしているんだろう?まあ、王太子が上手くやっているか。私が気にする事じゃないね、あはは。



ちなみに私は、後宮小町と王太子と宰相補佐様と数人の護衛騎士と共に檀上にいる。今日の私の仕事は王太子の護衛だ。王太子の後ろで、招待客が美味しそうな菓子を食べるのを指を咥えて見ている役とも言える。美味しそう美味しそう美味しそう……じゅるり。



 「後でね」



 私にだけ聞こえる声で王太子は苦笑しながら呟いた。お前はエスパーか。でも絶対だからね、絶対だよと視線で訴えておいた。これでエスパー王太子は、私の望みを叶えてくれるだろう。隣に立っている宰相補佐様が溜息を吐いた気がしたが、きっと気のせい。



 「静粛に!」



 宰相補佐様の怜悧な声が薔薇園に響く。


 そして薔薇園は直ぐに静寂に包まれた。



 王太子が微笑みを携えながら主催者としての挨拶を行う。



 「本日は久方ぶりの夏の茶会へ来てくれたこと感謝する。本当は長く挨拶を述べるべきなのだろうが、側室たちが用意してくれた料理が冷めるのは忍びない。私から言うのは一つだけにしよう。それは――」



 この気配……攻撃魔法!?しかも範囲は大きい。



 私が魔力源の方角を見ると、数百はあるだろう炎の矢が此方へ向かっているのが見えた。


 ――襲撃か。


 しかし攻撃範囲は檀上の私たちと、檀上近くにいる貴族……王太子個人じゃなくて、王太子に後宮小町、それと王太子派全員を狙った襲撃か!



 魔力障壁で防ぐと火が飛び散って火事になるかもしれない。

 それが目的だと厄介だねっ!



 でも……防げないなら消せばいい!!



 一瞬で状況判断した私は神属性魔法を展開し、白銀色小刀型を数百作り出す。この刃に触れたものは、何であろうと問答無用に消滅する。魔王軍四天王ドラちゃんにトドメを刺した魔法だ。



 「――消えて!!」



 数百の火の矢は轟音と共に降り注ごうとしていた。

 私は上空に浮遊し、火の矢に狙いを定め、それらに白銀の刃をぶつける。


 会場内は魔法攻撃に気づいた客が悲鳴を上げている。

 ちらりと王太子を見ると、後宮小町たちと一緒に騎士に守られていた。さっすがエリート騎士様たち、頼りになる!



 火の矢は音もなく白銀の刃によって消滅した。



 しかし、それと同時に黒装束の刺客たちが現れ、王太子へ襲い掛かる。



 やっぱり魔法は陽動か!



 壇上へ万能結界を張ろうとすると、矢が多方向から私に向けて放たれたのが見えた。

 魔法ではない、通常の矢による物理攻撃だ……矢じりに毒が塗ってあるかもだけどね!



 「お生憎様! 結界を張るのは得意なんだよ」



 自分と檀上と招待客の三方向へ万能結界を展開した。

 私に放たれた矢はすべて弾いた。


 これで、王太子たちと招待客の安全は確保した!



 檀上の結界に阻まれた刺客は、体勢を立て直した騎士たちに任せるか。



 「捕まえろ!!」



 闇魔法を展開し、騎士に任せた刺客以外を拘束する。

 結界と拘束魔法の複数同時展開か……まだまだ行けるね!



 透視と遠視の魔法を目にかけ、最初に火の矢の魔法を行使した術者たちを見つける。



 「ひい、ふう、みい……四人か。逃げられる……なんて甘々な事思わないでね?」



 お返しとばかりに氷の槍を4本作り、四方八方へ逃走する術者たちに投擲する。



 

 私は槍が術者全員に突き刺さったのを確認し、王太子の方へ目を向ける。


 王太子とユリア姫は襲撃前と同じく微笑んだままだった。オリヴィア嬢とカミーユ嬢も何とか平静を保っているようだった。宰相補佐様は騎士に指示を出している……もう仕事してるんだ、文官なのにすごいね。



 壇上に張った結界に阻まれた刺客たちは、既に騎士たちに処理されていた。

 

 取りあえず全員無事……良かった。



 「何故だ!何故死ねない!!」



 私が拘束している刺客たちが騒いでいる。


 だが私は気にせず王太子の元へ向かった。



 「ご無事ですか?」


 「うん。君たちのおかげでね」


 

 そう言って騎士たちと私を王太子は労った。



 「仕事ですから、お気になさらず」


 「そうだね。ところでカナデ(・・・)、刺客たちはどうして騒いでいるのかな?」



 執務室以外では私の名前を呼ばなかった王太子が、カナデと言った。


 つまりは、侍女エマは終了と言う事ですな。


 王太子が私に近づき、耳に触れる。一瞬ビクッと身体が反応したが、変装用魔道具のイヤリングを外すのだと理解し、そのまま王太子に身を任せる。


 イヤリングが外され、私の瞳と髪の色が戻る。

 すると拘束されていた刺客と招待客が騒ぎ出す。



 「まさか、黒の女魔法使いが……」


 「遠方に左遷されたはず」



 左遷された名ばかりの英雄が何故ここにって事かね?

 職場が移動になったんですよ。まだ、仮だけど。


 ざわつく周囲を無視して私は王太子の質問に答える。



 「解毒魔法と治癒魔法を刺客に対して展開しております。もしかしてと思って展開しておいたのです。まさか本当に奥歯に毒を仕込んでいたり、舌を噛んで自決しようとするなんて……お約束を守る人達ですね。黒装束ですし……ぷぷっ」



 黒装束で顔は見えないが、刺客たちは怒っているみたいだ。

 だって、今時……そんな目立つ服装を……夜なら判るけど、昼間だし。



 「ふふ。カナデ、刺客を眠らせてくれるかい? 騎士たちに渡して取り調べをしたい」


 「了解しました」



 私はジゼル嬢付きの侍女にやったように、拘束している鎖から刺客たちに眠りを促す魔法を送り込む。刺客たちは、自決する事も抵抗する事も出来ずに呆気なく眠りについた。それらを騎士たちが何処かへ運んで行った。



 「さて、無粋な輩に邪魔をされてしまったが、挨拶の続きをしよう」


 

 招待客や側室たちは、必死に表情を取り繕いながら王太子を見た。



 「誠に残念ながら、此の国にはアラマン公爵家のように国に反意を示す者たちがいるようだ。故に私は王太子として国を守るため、反逆者たちを粛清する事をこの場を借りて宣言する!」


 「我らの忠節を疑うのですか、王太子殿下!」



 ざわつく会場の中で、招待客の1人が一際大きな声で発言する。



 「おやおや、カナート伯爵はやましい事があると見える。そう言えば今は亡きアラマン公爵家と貴殿の家は懇意でしたな」



 王太子派の有力貴族であろうおじ様に、カナート伯爵は遊ばれている。



 「言いがかりは止していただきたい!」



 黙っていればいいのにね。



 「カナート伯爵、私は国に忠節を尽くしてくれる家を潰したりしないと約束しよう。だから、やましい事のない者たちはどうか安心して欲しい。私と一緒に善き国を造ろうではないか!」



 王太子がキラッキラの笑顔で正論を吐いた。実に楽しそうなことで……。



 「さすが、王太子殿下。何所までもついて行きます」


 「粛清と聞いて驚きましたけど、エドガー様の言う事ならば信頼できますわ」



 王太子派とやましい事のない中立派貴族は、晴れやかな表情をしている。


 それに反して、カナート伯爵を含めた反王太子派の人たちは顔色が悪い人が多い。そりゃ……やましい事のない貴族の方が少ないんじゃないかな。やっぱり。



 「少々派手な余興があったが、夏の茶会を始めたいと思う」



 王太子が言うと、使用人たちがドリンクを振る舞ったりと動きだした。

 私は仕事中なので、王太子の後に戻る。


 これからは上流階級の者たちによる腹の探り合いと言う名の社交が始まる。これもある意味戦いなんだろうなぁ。私には関係ないけど。


 それにしても襲撃があったのに茶会を続行するんだね。王太子の考えているのは判んないや。



 ああ、早く茶会終わらないかな。お菓子食べたい……。










 










 夏の茶会は平穏無事――とはいかなかったけれど、王太子の計画は成功したと思う。茶会の後で、王太子が夏の茶会にでたのと同じお菓子を振る舞ってくれた。私は満足じゃ。





 さてさて、仕事はひと段落したし……私もあの人(・・・)に会いに行こうかね。



 そう、黒幕にね――――






ワーキングコンチェルト!SS集を投稿しました。目次の上にある『女魔法使いカナデ』シリーズから飛べますので、こちらもどうぞ。






今回は一応、前半はほんわかでした。そしてカナデの無双回です。


後宮編は、後日談も含めて残り2話で終わる予定です。

次回は黒幕との対決。後宮編ではカナデの精神面での異常さが伝わればなぁ……と思っています。


ではでは、次回をお待ちくださいませ。

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