真の勇者は遅れてやって来た 前編
「異世界から勇者が召喚されたんですか!?」
仕事中、突然国王陛下に呼び出された私は、開口一番『異世界から勇者が召喚された』と陛下に告げられた。思わず手に持っていたクッキーを落としたのは致し方ないだろう。ああ、でも勿体ない!作ってくれた菓子職人さん、申し訳ない!!
「そうだ、カナデ」
しっかし、異世界から勇者召喚とは何ともテンプレな。だけどさ――――
魔 王 は 一 年 前 に 倒 し た ん で す け ど !
どうするよコレ。主役は遅れて登場するとは言うけれど、遅すぎじゃない!?
「あの……どういった経緯で勇者が召喚されたのでしょうか?」
「月の国の魔法使いがな、酒に酔った勢いで実行したそうだ。その後、特に何も起きなかったのと、魔王軍の侵略で、すっかり召喚のことを忘れていたらしい」
酔った勢いで召喚すんなよ。しかも忘れるな。召喚って言うと魔法陣か……月の国は魔王軍が侵攻した時、抵抗せずに上層部は他国に逃れたらしいけど。国民を見捨てた行いって訳ではないのだろう。現に月の国は上層部が無事なおかげで、侵略された人間の国の中では一番復興が進んでいる。それにしても魔法陣か……嫌な予感がするなー。
「それで陛下、月の国の召喚と私がどう関わるのですか?」
「召喚された異世界人がな……黒髪黒目で解読できない異世界語を喋る少年だそうだ」
「黒髪黒目……」
前世の世界ではありきたりな容姿だが、この世界では違う。黒髪黒目なんて私以外にお目にかかったことなどない。この世界の適当な人間が召喚されたと思ったけど、本当に異世界人か。もしかして日本人?だからと言って私には関係のないことだよねー。
「それで、だな。カナデ、其方には月の国に行ってもらいたい。月の国の国王直々の申し出でな、断れないのだ」
王命キターーーー!!!!毎度毎度思うけどさ、断れないって判っていて何で伺いを立てるのさ。もう嫌だ、厄介事の気配だよぉ。それとオッサンの涙目とか気持ち悪いだけだから!
「ところで……その馬鹿みたいな勇者召喚をやったのは誰ですか?」
「サルバドール・ガラン魔法局副局長だ。確か其方の先輩だろう?」
やっぱりサルバ先輩かよ!!月の国、魔法陣、酔っ払い召喚って聞いてまさかとは思ったけど……あの人変わらないな。あの魔法陣馬鹿!スカポンタン!!
「ええ、ルナリア魔法学園に通っていた頃はお世話に……いえ、一緒にロアナにお世話になっていた気がします」
「そ、そうか。それでカナデ、月の国に行ってくれるな?」
「それが仕事と言うのならば行きます」
「良かった。それでだな……一緒に騎士団総長であるマティアスと外交官を付けることになっておる」
うわぁ、第五王子と一緒かよ!やっと職場が離れたと思ったのに……。
「そうですか。外交官の方は私の知っている方なのですか?」
「き、機嫌悪いな……外交官は外務局のロアナ・キャンベル嬢だ。ガラン副局長とカナデと知己だから適任だろう」
「本当ですか! 正直、第五王子殿下と仕事なんて最あ――じゃなくて恐れ多いと不安だったんです。ロアナがいれば心強いです」
「それは良かった……しかし、カナデはマティアスが嫌いなのか?」
「きら――滅相もありません! 私のようなものが殿下に対して個人の感情を向けるなど恐れ多いです」
「あやつも報われんな……自業自得ではあるが」
「何の話です?」
「何でもないぞ。出立は明後日だ。其方の上司である宰相と王太子には此度の事を伝えておる。後のことは二人に聞くがよい」
「判りました」
異世界から召喚された勇者がどんな奴かは知らないけれど、サクッと仕事を終わらせて月の国の観光でもしたいなぁ。
♢
「はい、到着っと」
転移魔法を使い、私たちは月の国へとやって来た。もうすぐ月の国の王宮から使者が来るはず。いざ、戦場へ――なーんてね。
「やっぱり便利ねー転移魔法は。減るのはカナデの魔力だけで、時間と経費が浮くわ。そして浮いた経費を……ふふふ」
嬉しそうに金勘定をする女性の名はロアナ・キャンベル。私の学生時代からの親友で王宮の外務局で働いている。歳は私より5歳上の21歳。結構可愛い顔をしているが、お金にがめつい。実家が貧乏子爵家のためなのかまだ結婚していない。ちなみにスーツを着ても主張してくる凶悪な2つのメロンの持ち主。非常に妬ましい、メロンよ弾けろ。
「カナデもたまには役に立つな」
上から目線うっざ。まあ王族だから身分上は上なんだけどさ。まあ、気持ち的な問題?しっかし街道前の森の中ってここでいいんだよね?間違っていないよね?
私が不安に思っていると、馬の嘶きと共に大きな馬車が現れた。そして馬車は私たちの前に停止して、中から人が降りてくる。うわぁっ、何あの美形!?第五王子と競えるレベルだよ。近寄りたくない!!
銀の髪を揺らした白軍服の美丈夫が恭しく私たちに礼をとった。
「初めまして空の国の皆さん。私の名はサヴァリス。月の国の将軍を務めております。此の度は私共の要請にお答えいただき感謝します」
サヴァリス将軍はニコリと笑った。
び、美形オーラ!!眩しいっ眩しすぎるがなっ!!
「私は空の国の騎士団総長であり、第五王子マティアスです。まさか噂の王弟殿下直々の御出迎えとは思いませんでした」
第五王子猫かぶりモード発動!何だろう、王族二人の色彩のせいかな火花が散っているように見えるぜ。キラキラな二人が合わさりギラギラしてるよ、目の毒。
「どのような噂でしょう?」
「氷結の貴公子と呼ばれておりますからね、貴方の武勇は有名です。魔王軍侵攻の際は人々を避難させるために、戦ったと聞き及んでおります」
「本当は貴君のように魔王討伐に名乗りを上げたかったのですが、王族として民を守ることは義務ですからね。月の国のために全力を尽くしました」
「貴方が魔王軍討伐パーティーにいたら、もっと早く世界が平和になっていたかもしれませんね」
間違いない……この二人、会って直ぐにお互いを敵だと認識してやがる。
(ねぇロアナ、何この状況?)
(知らないわよ!カナデどうにかしなさい)
(無理っす、近づいたらギラギラオーラで焼死します~)
(ペーペー外交官のわたしも無理ですからね!)
愛想笑いをしつつ、視線だけで会話をする私とロアナ。伊達に親友やってないよ。
その後も幾つか皮肉を言い合って満足したのか、二人がこっちを向いた。
「失礼、お嬢様方のお名前を伺っても?」
「申し遅れました。外交官のロアナ・キャンベルと申しますわ。サヴァリス殿下直々の御出迎え、身に余る光栄です」
「此方の綺麗な女性が外交官だったとは……空の国秘蔵の姫かと思いました」
やべ……自分が言われた訳じゃないのに鳥肌が。
「お上手ですね。サヴァリス殿下」
上品に笑いながらロアナが私の腕をつねってきた。もちろんサヴァリス将軍に見えないように。あーはいはい、挨拶しますよ。
「お初にお目にかかります。私の名はカナデ。空の国の王太子殿下直属の魔法使いを務めております。以後お見知りおきを」
噛まなかった、良かった。礼をして顔を上げるとサヴァリス将軍が、がっつりと私を見ていた。え?何か粗相を!?月の国の礼儀に反した!?カルチャーショック!?
焦っているとサヴァリス将軍が嬉しそうに破顔した。
「貴女が……黒髪黒目なのでもしやと思っておりましたが、こんな可憐な御嬢さんが魔王討伐の英雄の魔法使いだったとは。大変失礼いたしました」
「いえ、英雄と言っても名ばかりですから」
「ご謙遜を。貴女の活躍は我が月の国でも有名ですよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます、サヴァリス将軍――あっサヴァリス殿下とお呼びした方がいいですか?」
確かロアナも第五王子も殿下って呼んでいたはず。
「貴女には将軍と呼んでいただいた方が嬉しいです。カナデとお呼びしてもよろしいですか?」
「ご自由にお呼び下さい」
だからって変な呼び方しないでよね!普通でお願い。
「では、カナデ。これからよろしくおねがいします」
「はい」
そんな美形スマイル見せたら大概の女の子は惚れちゃうよ。えっ私?王族には変態と我が儘しかいないと思っているからね。この王子様も胡散くさくてしょうがないよ。関わりたくない~。
私たちは馬車に乗り込み、月の国の王宮へ馬車で向かった。
その間、第五王子が終始不機嫌だったのが地味にウザかった。
第五王子、仕事しろ。
♢
私たちは王宮に着いた後、謁見の間に通された。王族付の訪問だからね、国王と謁見しない訳にはいかないのだよ。これも仕事仕事。それにしても……国のお偉いさん揃い踏みだねぇ。第五王子を見に来たのかな?コイツ王族・英雄・美形の三拍子だもんなー。性格はアレだけど。
国王とは目を合わせないように歩き、玉座の前で跪く。この姿勢地味に辛いんだよねー。
「面を上げよ」
月の国王も美形さんだなー、サヴァリス将軍とそっくり。サヴァリス将軍を20歳ぐらい歳取らせた感じ?さすが兄弟。これだけ年が離れてるってことは異母兄弟なのかね?後でロアナに聞いてみよーっと。
「マティアス王子、キャンベル外交官、カナデ、此度の急な要請に応じて下さった事、感謝する」
「同じ人間領に住む隣人として当然のことをしたまでです」
第五王子が私たちを代表して答える。
「此度のことは事前に話してある通り、異世界人を召喚してしまってな。そのことで其方の協力を得たい」
「その異世界人を一体どうするおつもりでしょうか?」
「余計な混乱の種は今の月の国には不要だ。故に元の世界に送還したいと思っている」
妙ね……。魔王侵攻からの復興で忙しいから混乱の種を抱えたくないのは判る。でもどうして送還なの?態々空の国に借りを作ること何てせずに、言い方は悪いけど異世界人を始末してしまえばそれで終わりなのに。お偉いさんの考えていることは捻くれているからなー。何が目的か判らないけど、こっちに火の粉がかからないように気を付けよう。
「それで、だ。カナデ、貴君には異世界人を送還してもらいたい。我が国の魔法使いでは無理だったのでな、空の国一の魔法使いである貴君にお願いしたい」
とんだ無茶ぶりだよ!!王様のお願い(強制)なんて拒否できんわ!無理とか言えない雰囲気だよぉ。
「必ずとは若輩故お約束出来ませんが、精一杯頑張ります」
それしか言えないよ!王様は期待の眼差しで見てくるし、お偉いさんたちは獲物を見つけた目をしているし……ひょぇぇええええ、プレッシャーがパネェ。逃げたい!隠れたい!失踪したい!
私の胃に多大な負荷をかけて謁見は終了した。
小市民は辛いよ。
♢
「こちらが魔法局です」
胃の痛くなるような謁見の次の日。私は異世界人に会うために魔法局へ来ていた。ちなみに引率はサヴァリス将軍。私たちのホスト役らしい。あんまり関わりたくないんだけどね。
魔法局の中は意外と綺麗だった。こういう研究職の人間ばかりが集まる場所って汚いことが多いからね。うむ、整理整頓が行き届いているのは良いことだ。
「まずは今回異世界人を召喚したガラン副局長に会ってもらいます」
ニッコリと微笑むサヴァリス将軍。
サヴァリス将軍には悪いけど、サルバ先輩には会いたくない。
一際重厚な扉を開くと、ヨレヨレのローブを着たボサボサ髪の眼鏡をかけた男がいた。
「おおっ、ロアナにカナデ久しぶりだな!元気してたか? カナデ、早速だがお前を解析させてくれ!それか一緒に新しい魔法陣を創りだそう!それにカナデに意見を聞きたい魔法陣が――――うぶぉぉっ」
「お黙りなさい、サルバドール!!何ですかその恰好は!!王族の方に会うのは予定されていたことでしょう?いい歳した大人なのだから、もっとシャンとしなさいな!」
ロアナの鉄拳制裁が行われた。悪い意味で変わらないなサルバ先輩は。サルバドール・ガランは私とロアナと第五王子の一つ上の学年で先輩だった。お世話にはなっていないけどね。前世の知識を元にカッコいいからと魔法を使う前に魔法陣のエフェクトを出していたら、私はサルバ先輩に捕まって、私自身を解析されそうになった。解析方法は……うん、私の名誉の為に黙秘する。サルバ先輩は簡単に言うと、魔法陣マニアの飲んだくれ。しかもコレでも月の国の貴族って言うんだから驚きだよね!上流階級には変人しかいないのかよってね。
この二人を見ているとルナリア魔法学園時代を思い出すなぁ。ふと隣を見るとサヴァリス将軍が固まっていた。まあ、大人しそうなロアナがいきなり豹変すれば、ね。第五王子は平然としている。そりゃそうか、この光景は学園の風物詩だったもんね。あとロアナは別に暴力ヒロインキャラじゃないんだよ?サルバ先輩どうしようもないから、こうなっているだけなんだよ。本当だよ!
ボコボコに殴られているサルバ先輩から目を逸らしつつ、私は問いかけた。
「ひ、久しぶりだね、サルバ先輩。全然変わっていないようで安心――いや、心配になるよ。えっと、月の王から異世界人の送還を頼まれたからさ、暫くよろしくね」
「ああ、早速カナデの解析を――――あぶふぉぉっ」
ロアナの平手が炸裂した。
「いい加減にしなさいっ」
「「「……」」」
えーと、うん。ロアナを連れてきて英断だったよ、陛下。あれ?奥の方にいる研究員の人達が尊敬の眼差しでロアナを見ている……苦労してますね、判ります。サルバ先輩には実力行使ぐらいがちょうどいいのだ。
「イチャつくのは終わりにして、本題に入ろうよ」
「イチャ……イチャついてなんかいないわ!」
この二人は別に恋人同士じゃないんだけどね。こうやってからかわないとロアナが止まらないんだよ。学園では痴話喧嘩(笑)って呼ばれていたからね……別に羨ましくなんてないんだからね!私はモテない訳じゃない……はず。あー、やめやめ。仕事に生きるのよ、カナデ。
「サルバ先輩、召喚の経緯と異世界人について教えて貰えます?」
「了解。まず召喚についてだが、この城の禁書の中に勇者召喚の魔法陣について書かれた物があってだな。それを酔った勢いで真似したんだが特に何も起きなくて、ガセかと思ってそのままにしていたら魔王軍が侵攻して来た。研究資料やらなんやらを運んで避難したら、俺としたことが魔法陣のことすっかり忘れていた。そうしたらつい先日、魔法陣から黒髪黒目の少年が現れたんだ。陛下や将軍にも怒られてしまうし、いや参った参った」
「全然参ってないじゃん。顔がニヤけてんぞ」
「古代の魔法陣を再現出来たんだ。嬉しくない訳ないだろう?」
「少しは反省しろ……それで、異世界人については?」
「これがサッパリ。判っているのは強力な力を秘めていて、言葉が一切通じないってことだな。言語習得の魔法を幾つかかけたが、ダメだった」
「ふーん」
勇者として召喚されるほどだから高い潜在能力を持っているのね。言語習得の魔法が効かなかったのは勇者が異世界語を喋るからかな?憶測だけど。それにしても勇者って言うと、光の国のヘタレと被るな……真勇者もしくは主人公でいいか。
「サルバドール先輩、我々を異世界人の元に連れて行ってくれるだろうか?」
「元よりそのつもりです、マティアス殿下」
いよいよ異世界人とご対面だ!
♢
魔法局の客室のような部屋に真勇者は閉じ込められていた。
<ふむふむ。此方のお姉さんは何て素晴らしいおっぱい様をお持ちなんだ!最高だぜ。それに比べて隣の女の子は貧乳か、格差社会は悲しいな。将来に期待と言いたいが、無理そうだ>
「……」
「こんな感じで何を言っているのか判らんのだ」
「サルバドールの言う通り、確かに聞いたことない言語ね」
「月の国の資料にも当てはまるものはありませんでした」
「光の国にもなさそうだ」
皆、真勇者の言葉が判らない?判らない振りとかしている訳じゃなくて?
<セクハラ発言しても怒られないとか、やっぱりココ異世界だよなー。世界を救うために呼ばれた勇者みたいな?正直言ってやりかけのギャルゲーがあるから早く帰りたいんだよなー。つか、毎日見るボサボサ眼鏡以外の男たちハリウッド俳優かよ、イケメンすぎ>
『セクハラ』『ギャルゲー』『ハリウッド』『イケメン』……間違いない、日本語だよ。
<ねえ、主人公?>
<何か今日本語が聞こえたような……>
<リア充?>
<爆発しろ>
<可愛いは?>
<正義って日本語!?黒髪の君日本人!?>
<さっきは……さっきはよくも貧乳って言ってくれたな!!セクハラで死刑だゴラァァァアア>
<ひぇぇえええ、貧乳って言って悪かったよ、ごめん!!>
<だから貧乳言うなーーー!!>
ギャーギャー真勇者と騒いでいると、サヴァリス将軍が焦ったように問いかけてきた。
「カナデ、貴女は異世界人の言葉が判るのですか!?」
「あ……祖父の残した資料の中に異世界語に関するものがありまして、それで少し……」
御爺ちゃんゴメン!前世とか言ったら面倒な事になるからね、言い訳に使わせて。
「なるほど、流石は伝説の魔法使いの孫ですね」
困った時の御爺ちゃん頼み最強すぎーー!!
「それで、異世界人は何と言っているんだ」
第五王子の問いかけに少し考えてから、私は口を開いた。
「……元の世界に帰りたいそうです」
さすがにギャルゲーうんぬんは言えないよね。ツッコまれて私が説明するの何て絶対に嫌だし。
「元の世界に帰りたいですか……すみませんがカナデ、彼にこちらの事を話してもらえますか?」
「判りました、サヴァリス将軍」
私はアホ面の真勇者と向かい合う。
<おい主人公、名前は?>
<す、鈴木太郎……>
<別にネット小説みたいにマナ縛りとかないから無駄な警戒すんな。本名言わないと、お前がヤラシイ眼でロアナを見ていたことをバラすよ>
<佐藤勇樹だ>
<普通だね……>
<うるせー!!お前はどうなんだよ。歳下だよな?つーか日本人なのか?ここは何所だ?俺は――>
<質問うざい、貴方がおっぱい星人だって城中に言いふらすよ>
<すみませんでした!>
真勇者――勇樹が日本の最上級の謝罪方法であるDOGEZAした。まあ、気にせず説明するか。
<私の名前はカナデ16歳。前世が日本人だったの。それで此処は貴方の予想していた通り異世界。その中の月の国と呼ばれる国よ。そこの魔法陣馬鹿の眼鏡が酔った勢いで貴方を召喚したの……一年前に>
<一年前!?物語りのセオリー的には俺が勇者になって魔王を倒すんじゃねーの!?>
<勇者なら此処とは別の国にヘタレた奴がいるし。魔王は一年前に倒しちゃったよ。被害を受けた国は何所も復興中。ぶっちゃけ、忘れていた魔法陣から貴方がいきなり現れて困っているんだよ、この国は。良かったね、殺されなくて>
<うぉぉおおおマジか。俺、チーレム勇者!とか妄想していたのが馬鹿みたいだ。恥ずかしい>
<現実はセオリー通りにはいかないものだよ。私も魔王討伐の旅の時に思い知ったんだけどね>
<魔王討伐って、カナデも行ったのか!?>
<まあね、私は魔法使いだし、数合わせ的な感じで。あんな仕事もう二度としたくない>
<おう、何か知らねーけどお疲れ>
<ありがと。ところで勇樹は元の世界に帰りたいんだよね?>
<もちろん。誰も歓迎していない勇者なんて居心地悪すぎだろ>
<確かに。まぁ、私がどうにか元の世界に帰してあげるから安心しなさい>
<そんなことできるのか!サンキュー!!>
<ただし、条件がある>
<な、なんだ……>
<あの枝を頂戴>
私が指差したのは窓際に置かれた花瓶だ。そこには桃色の蕾をつけた枝があった。
<ああ、俺が召喚された時にうっかり折っちまった桜の枝か……あんなのでいいのか?>
<あんなのでいいんだよ。それとあと一つは……貴方が帰る時に頼むよ>
<判ったぜ!>
<それと、周りの声が判らないと不便でしょ?>
私は勇樹の前に手をかざし、言語習得の魔法をかける。
「カナデと異世界人の彼は何を話しているのでしょうか」
「馴れ馴れしくしやがって……」
「未知との遭遇!異世界には魔法陣があるのだろうか!」
「少し黙りなさい、サルバドール!」
<やっべぇ、言葉判るぜ。すげぇーな、カナデ!>
<でも喋れないようにしてあるからね>
<何でだ!?>
<貴方に利用価値があるって知ったら、元の世界に帰さないようにしようとするかもしれない。私はこの国の人間じゃないから庇えないし、無知なフリをしているのが得策だよ。勇樹は腹芸とか出来そうなタイプじゃないし。王侯貴族に関わると面倒な事になるよ>
<うわぁ……、異世界怖い>
<もう少しの辛抱だよ、頑張れ>
<何から何までサンキューな、カナデ>
<どういたしまして>
私はサヴァリス将軍の方にに向き直る。
「異世界人の彼――勇樹には月の国が彼に対して敵意がないことと、元の世界に帰すことを伝えました」
「ありがとうございます、カナデ」
「お気になさらず、仕事ですから。それで、召喚魔法陣などは見せてもらえるのでしょうか?」
「もちろんだ、カナデ!さあ、夜まで語り合おうじゃないか!!」
「カナデ、わたしはこの後マティアス殿下の社交のお手伝いがあるから……まっ、頑張りなさい」
「申し訳ありません、カナデ。私も軍の方に顔を出さなくてはならないのです」
「私は此処にのこ――――」
「はいはい、マティアス殿下行きますよー」
「ちょっ、待ってよ……」
バタンと無慈悲に閉められた扉。背後からは何やら不穏なオーラが漂う。
「ふふふふ……カナデ、漸く二人きりになれたな」
両手をワキワキとさせながら徐々に迫ってくるサルバ先輩。やべぇ、変質者にしか見えない!
「ゆ、勇樹もいるしっ」
「それならば二人まとめて解析を――――」
「やるなら勇樹だけにしてよ!私は送還の魔法構築で忙しいから、これ王命だから!!」
<カナデの裏切り者ーー!!!>
私は勇樹を生贄にして、送還の魔法構築に没頭した。何度もサルバ先輩を躱し、勇樹を捧げた甲斐があったのか、次の日の昼に完成した。不眠不休で疲れたわい。
勇樹、貴方の貴い犠牲のおかげで私は仕事を完遂できそうよ、ありがとう。なーんてね、精々勇樹が『俺、御婿に行けない!』て号泣するぐらいで死んではいないよ。心の方はどうか知らないけどね!
<>は日本語です。