女魔法使いは後宮に入りました 4
「ん……」
何時もよりフカフカでいい匂い……気持ちのいい朝だなぁ……。
私は幸せな気分で目を開けた。
「あら、おはよう」
目を開けたら目と鼻の先にユリア姫がいた。
そうだ、昨日はユリア姫と寝たんだった……寝たって文字通りの意味だからね!
上司の側室と朝チュンとか……最悪の目覚めだよ!
「おはようございます、ユリア姫」
もう取り乱したりしないんだからね!
「昨夜はお楽しみだったわね」
「楽しんでないですよ、ユリア姫やっぱり私をからかって楽しんでいるでしょう!?」
「うふふ、どうかしら?」
絶対にそうだよ!
私はプリプリと怒りながら、ベッドから下りた。するとタイミングを見計らっていたかのように、ローラさんが寝室の扉を開けた。
「姫様、朝ですよ」
「おはよう、ローラ」
「おはようございます、ローラさん」
「おはようございます、姫様、エマ」
簡単に挨拶をすると、ローラさんがユリア姫の身支度を整え始めた。
私も顔洗って着替えよう。
寝室から出た私は、顔を洗って侍女服に着替えた。
そして眼鏡を装着!知的侍女の完成だ。
――コンコン
「失礼いたします。朝食をお持ちしました」
ノック音と共に現れたのは見知らぬ侍女だった。
「お疲れ様です」
「見かけない顔ですね」
「ユリア姫付きの侍女になりました、エマです。よろしくお願いします」
にっこりと営業スマイルを浮かべると、侍女さんは乱暴に朝食の膳を押し付けて、私の事を無視して去って行った。随分と感じが悪い御嬢さんなことで。貴族出身の侍女さんだったのかな?まっ、どうでもいいや。
ユリア姫の食事は豪華だった。さすが後宮。
「あら、朝食が来たの?」
「いつもは此方が取りに行かないと寄越さないくせに……どういう風の吹き回しでしょうか」
寝室からユリア姫とローラさんが出てきた。
今日のユリア姫は、黄色の生地に銀糸の刺繍をしたドレスを着ている……めっちゃ高そう。
しかし二人の口ぶりから言うと、嫌がらせされていたみたいだね……。
「折角だからいただきましょう」
「では毒見をいたしますのでお待ち下さい」
「えっローラさんが毒見するの!?」
「毒見だけではありません。掃除洗濯、姫様のお供などなど、すべて私1人でやっています」
何でそんな事に……そう言えば王太子が後宮の上の方が面倒な輩と繋がりがあるって言っていたっけ。いくらローラさんが優秀な侍女だったとしても、過剰な負担になっているよね。
「掃除と洗濯は私がやります」
「ですが、エマには他にお仕事があるのでは?」
「大丈夫です。とっておきの魔法がありますから!」
借家暮らしで身に着けた新魔法……その名も洗濯魔法だ!!
円型の結界を作り、その中に洗濯物と洗剤を入れる。そして結界内を水魔法で満たし、更に結界内で風魔法を展開し、前世の洗濯機のように洗濯物を洗うのだ。しかも洗い終わったら水を魔法で消せば洗濯物を干さなくて済む。なんと素晴らしい魔法だろうか!!
掃除に関しては風魔法がお役立ちだ。
ぐっふふ、なんて有能な知的侍女……。
「そうですか。それでは……任せますね」
「はい。あとついでに解毒魔法をかけておきますので、毒見は不要です」
ユリア姫の朝食に手をかざし、解毒魔法をかける。もちろんカッコよさを出すために魔法とは一切関係のない紫のエフェクト付きだ。
「まあまあ、これで熱々のまま食べられるわね」
ふふんふん、一家に一人欲しい有能侍女エマちゃんだよ!
「別に疑っている訳ではないけど、一応エマが一口食べてくれます?」
「了解しました」
冷静を装いつつも内心はウハウハだ。だって、お姫様が食べる料理を食べれるんだよ!
ローラさんが少量ずつ朝食をよそった小皿を受け取り、とりあえずメインのムニエルを食べる事にした。
「いただきます…………うごふぉらぁっ」
ななななんだ、これは……。
ふわふわとした食感の魚の身に爽やかなレモンの香りが朝食に最適……かと思えば、強烈な苦さが口の中に広がった。この魚は身に見えるのに実は腸なのか!?それとも大人の味ってやつなのか!?
15歳の私は此の国では成人していることになっている。つまりは私にも大人プライドがある。
「わぁぁ、この苦さが素晴らしく……オイシイナ」
「あらあら、泣くほど美味しいのね」
「姫様、そんな訳ありませんから……これは即効性の毒が入っていたようです。エマの魔法により毒の効果は消えていますが」
ローラさんも少量の朝食を食べたことにより、朝食が毒入りだったことが判明した。
くそぉぉぉ、今度は毒の味も消せる魔法を作り上げてやる!!
「今まで毒は入っていなかったのに急に物騒になったわね」
「そうですね……食事はこれからいかがなさいますか。後宮勤めの侍女が持ってくる食材は信用なりません」
ユリア姫たちが真面目な話をしている中、私は口の中の苦さを排除するのに苦しんでいた。
「――と言う訳でダメ元で後宮侍女長に抗議をしに行きましょう」
「ふふふ、宣戦布告ね」
いつの間にか物事は物騒な方向へ進んでいた。
「すみません。お口の中がゴミ箱状態なので聞いていませんでした」
「あらあら、ちゃんと聞いていなければダメよ?」
「今までは地味な嫌がらせで中々反撃する機会がありませんでしたが、今回は直接的な攻撃です。此方が泣き寝入りするような弱者ではない事を知らしめなければなりません」
「成るほど。でも王太子殿下に報告してからじゃダメなんですか?」
「王太子殿下に訴えようと思っても、侍女長を経由しなければなりません。ですから揉み消されるのがオチです。それに姫様は、この程度の事で王太子殿下に縋るほど弱く愚かな姫ではありませんから」
「そうよ。ご飯は不味い物より美味しい物のほうがいいわ。殿下をお待ちしていたら、昼食も毒入りで食べられないでしょう?」
「確かに……ローラさんの言う通り、ユリア姫は強いですね……色々な意味で」
「そうでしょう……」
一瞬だけローラさんが遠い目をした。嫁入りに付いてくるくらいだ、ローラさんとユリア姫の付き合いは長いんだと思う。それまでに一体何があったのか……ローラさんが頭を抱えて、ユリア姫が微笑んでいる絵図しか浮かんでこない。
「さて、侍女長室はこっちよ」
部屋を出てすぐ、ユリア姫は自信満々に進行方向を指差さした。
「姫様、反対方向です」
ユリア姫が指した方向は間違いだったようだ。方向音痴?
「あらあら、ごめんなさい。ローラ」
「まだ口の中が苦い……」
こうして侍女長の元へ殴り込――抗議へ向かった。
♢
ローラさんに導かれ、もうすぐ侍女長室ですよーって所で令嬢トリオに捕まった。一人は昨日、ユリア姫を睨んでいたジゼル公爵令嬢だった。
ジゼル嬢の隣には気の弱そうな令嬢と、勝気そうな令嬢が居た。所謂取り巻きと言うやつだ。
「こんな朝早くにどうしたのかしら、ユリア様」
ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべる公爵令嬢と勝気そうな令嬢。
しかし我らがユリア姫は、そんな事は眼中にないのか、平常運転だ!
「おはようございます、ジゼル様。こんな朝早くから起きていらっしゃるなんて、凄いですわね。わたくしも見習わせてもらいますわ」
たぶんユリア姫は、心からそう思っているのだろう。
しかし、ジゼル嬢にはこう聞こえただろう。
『こんな朝早くに活動している何て、随分と暇人ね。お年寄りのようだわ、オーッホホ』
お年寄りとか、高笑いとかは過剰解釈かもしれないが、意訳すると大体こんな感じだと思う。とりあえず、遠回しな表現をする事が大好きな貴族からしたら、ユリア姫の本心は嫌味に聞こえるのだろう。
案の定、ジゼル嬢は口元をヒクつかせている。
「ところで、そちらのお二人にもご挨拶をしてよろしいかしら?」
ユリア姫が微笑みながら取り巻きに尋ねた。
「ふ、フロリーヌ・カナート。家は伯爵家ですわ」
「……ルイーズ・ベルモンドです。家は侯爵位を賜っています」
勝気な令嬢、気弱そうな令嬢の順で自己紹介をした。
「水の国第2王女、ユリアです。同じ側室同士、仲良くいたしましょう?」
フロリーヌ嬢はユリア姫の独特な雰囲気に若干気圧されていた。そしてルイーズ嬢はどうもこの場に好き好んでいる訳ではなさそうだ。
それにしてもユリア姫は表情一つ崩さない。これが王族の姫……。エリザベート会長は出会った時から女帝オーラが凄かったからね。ユリア姫の場合は姫オーラかな。
「ユリア様はどうしてこんな所にいるのでしょう。この先にあるのは侍女長の部屋ぐらいですわ」
ジゼル嬢の言葉に『おいおい、お前らこそどうして朝っぱらからこんな所にいるんだよ!』とツッコミを入れたくなった。大体予想は付くけどさ。
「朝食に毒物が入っていたので、それを侍女長に報告するために来たのですわ」
「まぁ、それはそれは……恐ろしいわ」
「本当ですわ、ジゼル様」
口では恐ろしいと言いながらも、ジゼル嬢とフロリーヌ嬢の口元は醜く歪んでいた。
そしてまるでタイミングを見計らっていたかのように後宮侍女長が出てきた。後宮侍女長は襟元に身分を証明するピンブローチを付けているので直ぐに判った。
「どうかされましたか?」
「あら、侍女長。先程ユリア様が言っていたのだけど、朝食に毒が入っていたのですって。怖いわ……でも、わたくしたちの朝食には毒なんて入っていないのに変よね」
そんな邪悪な顔してたら、ジゼル嬢が毒殺に関わっているって丸判りだよね。
「朝食に毒が入るなんてありえません」
侍女長が言い切る。
あり得ないってことはないと思うよ、実際に毒が入っていたんだし。
「ジゼル様。もしかしてユリア姫はエドガー殿下に構って欲しいのではないですか?」
「そうね、フロリーヌ。気持ちは判らないでもないですけど。狂言はいけませんわ」
「この事は王太子殿下にご報告いたします」
茶番のようなジゼル嬢とフロリーヌ嬢、そして侍女長の会話。
こちらこそ王太子に報告するよーって言ってやりたい。
侍女は許可なく会話に入ることは許されないから言わないけどね。
ローラさんは平静を保っている……だけどユリア姫を、構ってちゃんで虚言癖の姫だって遠回しに言われて怒っていない訳がない。
そして言いたい放題言われているユリア姫はにこやかなままだ。
横目でユリア姫の様子を窺っていると、ユリア姫のドレスに挟んでいた扇子がするりと床に落ちた。
――ガンッ
「「「……」」」
とても扇子が落ちた音には聞こえなかった。
そう、まるで鈍器のような……。
一瞬にして空気は凍りついた……当のユリア姫は気にした様子もない。
「あらあら、お話し中に申し訳ありません。扇子を落とすなんて……側室にあるまじき失態ですわ」
ユリア姫に拾わせる訳にもいかないので、私が扇子を拾う。
何これ、ダンベルかよ!!
滅茶苦茶重かった。どうやら扇子は金属製らしい。ゲームとかで偶に見る鉄扇というヤツなのかもしれない。そう言えば……水の国では国民は全員武芸を嗜むって言っていたっけ。
重たそうに渡したら優雅じゃないなと思い、こっそり身体強化の魔法を腕にかけて扇子を拾い、ユリア姫に手渡した。
「ユリア姫、どうぞ」
「ありがとう、エマ」
ユリア姫はそれを普通に片手で受け取った。
ちなみに魔力の気配はしなかった……。
ユリア姫、マジ最強!!
もう、護衛なんていらないんじゃないかな。
「それで、わたくしの朝食には毒が入っていたのは気のせいだと……ジゼル様たちは思うのですね。そうですね……侍女たちの味覚がおかしいと言うことなのかしら?」
「そ、そうですわ!!」
ビビったのか、ジゼル嬢が私とローラさんに矛先を変えた。
「そうですか、ローラに関してはわたくしの方できつく言い聞かせます。それでエマは……王太子殿下に判断を仰ぎなさい」
「畏まりました。嘘偽りなく報告し、主の判断を仰ぎます」
「なっどうしてエドガー殿下の名前が……」
「そう言えば貴女、誰です!? 後宮の侍女はすべて私の管理下にいるはずです。部外者は出て行きなさい!!」
「私は王太子殿下からユリア姫の侍女になるよう命令を受けております。後宮の侍女は後宮侍女長の管理下にあったとしても、後宮の主は王太子殿下です。私を排斥すると言う事は王太子殿下に逆らうという事です。それをお忘れなきよう」
「なんで、なんでユリア様の元にだけエドガー殿下の侍女が来るのよ!」
「それはジゼル様、ユリア姫の侍女がおひとりだけだったからです。後宮はどうやら深刻な人手不足のようで、ユリア姫には我が国の侍女をつける余裕がない御様子。そのため我が主が後宮侍女長の助けになればと私を送り込んだのです。何分、急な事だったので後宮侍女長への連絡が遅れているのかもしれませんね」
ふふふ、嫌味皮肉のオンパレードだよ!
だって、この人達のせいでクソ苦い物食べさせられたんだから。
エマが王太子から送られて来た侍女って教えて良かったかな……まっ状況的にしょうがないか。これで王太子が御渡りはしなくとも側室に気を配っていて、尚且つ正確に後宮の現状を知る手段があるってジゼル嬢たちに知らしめる事ができて良かったかな。これで嫌がらせや暗殺がなくなればいいけど。
「そう……エドガー殿下にこの件に関して、わたくしは無関係だと伝えて頂戴」
「はい。有りのままを報告します」
焦るジゼル嬢に対して営業スマイルで私は対応した。
「朝から騒ぎ立ててごめんなさいね。それでは、わたくしたちはこれで失礼します」
ジゼル嬢は怒りの表情を隠そうとはしていないし、侍女長とフロリーヌ嬢は顔面蒼白だ。ずっと黙っていたルイーズ嬢は申し訳なさそうな顔でユリア姫を見ている。
この喧嘩は……ユリア姫の圧勝だね。
優雅な動作で私たちはその場を後にした。
♢
「酷い目に遭いました……えっちい格好させられるし、貞操を狙われるし、毒を食べるハメになるし、朝から修羅場だし」
「……色々言いたいことがありますが、ユリア姫を毒殺から守った事は良くやったと思います」
執務室に来た私は宰相補佐様に報告と愚痴を言った。
ブスは3日で慣れると言うが、強面は2日で慣れた。宰相補佐様は私を見下したりしないし、真面目に仕事をやるし、王太子に苦労させられてるしで……つまりは良い人っぽい。
ちなみに王太子は公務でここにはいない。直ぐに戻ってくるらしいけど。
「心配なのでユリア姫の食事はすべて解毒魔法をかけようと思います」
「その解毒魔法とは……毒物にはすべて有効ですか?」
「有効です。でも、薬の効果も消してしまうので……万能ではないですね。味も残るし……」
思い出したら口の中が苦くなって来たよ。
「宰相補佐様、この部屋にはお菓子とかないんですか?」
「ありませんね。ついでに言うと機密保持や暗殺対策のため侍女も置きません」
と言う事は、茶菓子は出ないのか……。
「あの、ちょっとお茶飲んでもいいですか? もちろん、宰相補佐様にも出します!」
「先程の会話聞いていましたか……?」
「目の前で用意しますし、私が毒見をするので大丈夫ですよ。それに効率よく仕事をするのには適度な休憩が必要です」
一人だけお茶を飲むのは気が引けるしね。
宰相補佐様を巻き込もう!
「はぁ……判りました」
「やったぁ!!」
私は亜空間から茶器セットを取り出す。
貰い物の高級茶葉をティーポットに入れて、水魔法と火魔法で作りだした熱湯を注ぐ。そして少しの時間蒸らす!
なんか宰相補佐様がじっとこっちを見て来るんだけど……そんなにお茶飲みたいの?
出来上がった紅茶をカップに注ぎ入れ、宰相補佐様に渡した。
おおっと、お茶菓子お茶菓子。これがメインだからね!
亜空間からとっておきの焼き菓子類を取り出した。
宰相補佐様と向き合う形のお茶会である。
もう強面なんか怖くない!
相変わらず此方を宰相補佐様がじっと見て来るので、私は熱々の紅茶に口を付けた。
王族もだけど、やっぱり貴族も口にするものには細心の注意を払うんだね……平民で良かった。
私が紅茶を飲んだのに安心したのか、宰相補佐様も紅茶を飲み始めた。
「カナデは此の国の王子について知っていますか?」
「たぶん……知らないですね」
第五王子と王太子の事は知っているが、その他の王子については知らない。二人についても深く知っているかと問われれば答えはNOだ。
「5年前まで此の国は王太子位を巡る争いが行われていました。ルナリアに入学した第五王子と、早々に王位継承権を放棄した第四王子を除いた、第一王子と第二王子、それと第三王子の3人によってそれは行われました」
「第四王子は賢明だと思います。王太子殿下と争うなんて時間を浪費するだけですよ。まぁ、ご実家の柵とか色々あるでしょうけど」
「第四王子は変わり者でして……後ろ盾であるご実家も第四王子を制御することは不可能で、それ故に早々に王位は諦めて他の王子たちを見極める方に方針を変えていました」
「それはそれは……身内に王子が居るのに直ぐに方針を変えられるなんて凄いです」
「ええ。この国を支える貴族家の一つですから。今では王太子派の有力貴族です」
「でも他の王子はそうはいかなかったのですよね?」
「第三王子は騎士団の信頼が厚い人物でしたが、エドガー様に騎士団の有力貴族を味方に取られた事をきっかけに王太子位争いを下りました。第三王子は元々自分がどこまで出来るのか試してみたいという性格だったので、その後も後腐れなく、王太子にはなれなかったが国のために王子の責務を果たすと宣言されていました」
「問題は第二王子ですか?」
「そうです。第二王子は諦めも悪く、自分が不利になったと知るとエドガー様に大量の暗殺者を送り込んできました。毒殺されかかるのも日常茶飯事。結局は裏で行っていた不正をエドガー様に告発され、さらにそれが国王の怒りに触れて幽閉されることになりました」
王族だから処刑は免れたって訳か。
しっかし、ギャルゲヒロインな国王を怒らすって何やらかしたんだよ、第二王子……。
取りあえず焼き菓子食べよ!
食べなきゃやっられないよ~うまうま。
「生き生きと告発する王太子殿下が目に浮かびます」
「あの時のエドガー様は晴れ晴れとしていましたね。どこに居ても暗殺者が現れるので内心うんざりしていましたから。そうして王太子にエドガー様がなった訳ですが、エドガー様を王太子とするのを良しとしない反王太子派というものたちが居ます。そしてさらにそれらは第五王子擁立派、王権弱体化派など複数の派閥に分類されます。そしてその中には通称過激派と呼ばれる元第二王子擁立派がエドガー様を煩わさせている最たるものです」
「確か蝿でしたっけ……」
「今朝ユリア姫ともめたフロリーヌ嬢とジゼル嬢の実家は過激派です。何より、ジゼル嬢の実家は第二王子の母親の実家です」
「ふーん。ルイーズ嬢のご実家は?」
「王権弱体化派です」
とりあえず、今朝会った令嬢たちは全員反王太子派だと。
それにしてはジゼル嬢の王太子への執着は中々のものだったけど……第二王子の母親の実家だから、これからの権力弱体化を恐れて?いや、王太子が美形だからって言うのが最有力かもね。
「カミーユ嬢とオリヴィア嬢のご実家はどうなんです?」
「カミーユ嬢の家は第四王子の母親のご実家である侯爵家、オリヴィア嬢の家は当初からエドガー様側に付いている武勇で有名な伯爵家ですね。どちらも王太子派有力貴族です」
「ふむふむ。何となくですけど、令嬢を見ればその家の質が判りますね」
「そうですね。後宮内の側室たちの実家事情を含めた資料を後で渡します」
「よろしくお願いします、宰相補佐様」
まったく、宮廷内はドロドロだぜ。
「…………この焼き菓子は甘さ控えめで美味しいですね」
「あっ判ります? 宰相補佐様は甘いの苦手かもと思って、この甘さ控えめのマフィンを出したんです!これはアナレス地方の老舗のお菓子屋で売っていて……ちなみに期間限定ですよ、限定!!買うのに2時間も並んだんですから!このしっとり加減……絶妙過ぎます」
「お、落ち着きなさい、カナデ……」
「おや、二人とも仲良くなったんだね」
気づいたら後ろに王太子がいた。
私の背後を取るとは……お主中々やるな!!
「僕にもお菓子と紅茶をくれるかい? ちなみに甘い物のほうが好みだよ」
「判りました!」
お菓子は皆で食べた方が美味しいからね!
「毒見はよろしいのですか?」
「カナデは毒を入れたりしないよ、勘だけど」
「簡単に信用しないで下さい」
「私は毒なんて入れませんよ!」
「カナデもそう言っているし……何よりカナデのお茶を飲んでいる時点で説得力がないけどね、ユベール」
「うっ……それはそうですが」
「僕の人を見る目は確かだと思うよ? だからこそ今僕は生きているんだから」
中々に重い話だな……。
でも、この人が王太子になって良かったのかもね。
腹黒とは言え、基本的に正攻法を好む性質みたいだし。
後宮小町を妃にと思っているあたり、本当に人を見る目があるんだと思う。
「これからも頑張って下さい、王太子殿下」
私は蜂蜜味のパウンドケーキを王太子に差し出した。
「ありがとう、カナデ。……これ美味しいね」
「それは良かったです」
「これからも僕にお菓子をくれる?」
「経費を頂けるのなら!」
「あっはは、判ったよ。ちゃんとお金はだすから」
腹を抱えて笑う王太子と、額に手を当てて溜息を吐く宰相補佐様。
な、何だよ……お菓子は必要経費だよ!!
♢
「という訳で、今日は王太子殿下と宰相補佐様とお茶会をしました。そしてこれが側室の資料です」
ユリア姫の護衛に戻った私は、ローラさんに宰相補佐様から貰った資料を見せた。
もちろん今日も後宮に泊まり。
「私に見せていいのですか?」
「大丈夫です。私に渡す資料は大した事は書いていないでしょうし」
「助かります」
「いえいえ」
「あらあら、カナデにはご褒美をあげないとね」
ユリア姫は私に四角い箱を渡してきた。
「これは何ですか?」
「お菓子よ。昼間、お詫びの印にって侍女が持って来たの。さすがに今朝の事もあるし毒は入っていないと思うわ」
「ありがとうございます。後宮のお菓子♪」
箱を開くと、花の形をした砂糖菓子など可愛いお菓子が並んでいた。
食べていい?と目で訴えると、ユリア姫どうぞと言ってくれた。
「いただきまーす………おいし――ぐふろぉぁっ」
砂糖菓子を口にして直ぐ美味しいと思ったら突然、気持ち悪い匂いがした。
この感じ……覚えがあるよ。
私は即座に解毒魔法を自分にかけた。
「大丈夫ですか、エマ!」
「あらあら……これは笑えないわね」
心配するローラさんと笑顔で怒っているユリア姫。
しかし私は解毒魔法を手に持っている砂糖菓子にかけて、完食する。
「ふっふふ……あははははははははははははははははははははは」
奴らはやってはいけない事をした!!
これはお菓子への冒涜……私の逆鱗に触れて無事に済むなんて思うなよ?
「姫様どうしましょう、エマが壊れました!」
「笑い薬でも入っていたのかしら?」
「姫様!!」
これからの展開を考えて、ジャンルをコメディー→ファンタジーに変更しました。
次回は檄オコなカナデです。
魔王討伐時のキレ方を見るに、恐ろしい事になりそう。
では次回を気長にお待ちくださいませ。




