女魔法使いは後宮に入りました 3
「私は暗殺なんてできませんよ!」
そういう事はプロに任せて!!
「粛清に暗殺何て下策は使わないから安心して。法と条約に則り正論で裁くのが楽しいに決まっているからね。カナデには魔法使いとしての仕事をしてもらうから」
この国の王太子は、未来の王としての資質は素晴らしいようだ。
……プライベートでは絶対に関わり合いたくないけどな!!
私は既に王太子と貴族の争いの渦中に飲み込まれていた。
「はぁ……判りました」
「あれ?嫌がると思ったけど……」
「嫌ですが……後宮が関わると言う事は後宮小町――じゃなくて、ユリア姫とカミーユ嬢、オリヴィア嬢が危険に晒されているのでしょう? 王太子殿下の話から察するに3人は大事なようですし、女の私にしか出来ない事もあるかと思います。それに……この国の一部の貴族には思う所がありますから」
実際問題、横暴な貴族っていうのは平民からしたら恐怖の対象である。理不尽な……意味のない理由で殺される事もあるからだ。貴族の癇癪に巻き込まれるのは御免蒙りたい。
私も幼少の頃は、この国の貴族に恐喝に誘拐、はたまた隷属を誓わされかけた事もあった。たぶん王太子が排除しようとしているのは、私にそういった事をして来た貴族だろう……あいつ等手広く悪事に手を染めていそうだし。という訳で、私の個人的な報復も含まれているのだ。
粛清と言うからには、私もある種の覚悟を持たなければならない。私にとっての平和のために、頑張りますか。誰かの為だなんて都合のいい免罪符は用意しない。魔王討伐の時もそうだった。
私は、私の思う平和の為に働くのだ。
「そう、よろしくね。信頼はしていないけど、信用はしているよ、カナデ」
「意味が判りません」
「ふふ、そうだね。ユベール、カナデに仕事の説明を」
「はい。カナデには昼は私の元で雑用をしてもらいます。夜は……ユリア姫の元で護衛の職務についてもらいます」
「ユリア姫って王族なのに私が護衛。それは……ユリア姫を任せられる人材が後宮内にはいないと言う事ですか?」
「その通りです。侍女にはそれなりに信用できるものも居ますが……上の役職の者が厄介な者に通じておりまして、他国の――それもエドガー様が唯一望んで後宮にいれた姫の置くのは危険がはらみます。どんな汚い手段を使われるのか判らないですから。それならば貴女を派遣した方がいいでしょう」
ユリア姫は、かなーり危険な立場なんだね。
常に結界を張っていた方がいいかもしれない。
「了解しました」
「毒殺に暗殺……警戒を怠らないで下さい。それと、後宮内の情報収集もよろしくお願いします。私たちでも容易く情報収集出来る場所ではないので」
「了解しました」
「それでは、早速今夜からユリア姫の所へ行ってください」
「了解し――えっと、今からですか!?聞いてないですよ」
「今言いましたから」
お泊りって……女の子には色々と準備する物があるんだぞ。
心の準備とかな!
「それと後宮に行く際には変装をしてもらいます」
渡されたのは灰色の侍女服。王宮で働く侍女とは色が違う。後宮専用かな?
「髪と瞳の色も変えて下さい。カナデの色は目立ちすぎます」
「私から言えば一番地味なんですけどねぇ……」
王太子は金髪碧眼だし、宰相補佐様なんて緑髪に銀灰色の瞳だよ?そっちのほうが派手じゃん……とか思う私は変なんだろうなー。
「専用の魔道具を貸しますか?」
「自分で作ったのがあるので大丈夫です、宰相補佐様」
私は亜空間から、イヤリング型の変装魔道具を取り出す。それを左耳に着けると、一瞬で私の髪色と瞳が茶色に変わる。やっぱりピンク髪とかにする勇気は私にはない!
ちなみに変装魔法で魔道具無しでも私は外見を変えられる。それをやらないのは単にずっと魔法を使うのが面倒だからだ。魔道具なら自動的に魔力を吸って魔法を展開してくれるしね。
「それと名前も後宮にいる間は変えてくれるかい?」
「名前の指定はありますか、王太子殿下」
「自由に決めていいよ」
「……じゃあ、エマで」
侍女と言えばエマだよね!マリアとかヴィルヘルミナとかロベルタとかシエスタとかミサキとか色々迷ったけどね。執事だったらセバスチャン一択なのに!
「じゃあ、よろしくねカナデ」
「了解しました。それじゃ、エマになってユリア姫の所行ってきます」
「明日の朝食を取ったら此方に直ぐ来てください。エマからカナデに変わる際は誰にも見つからないようにお願いします」
「了解です、宰相補佐様」
私は一旦イヤリングを外し、王太子執務室を出て後宮近くの普段は使われていない部屋に向かった。
「ふふんふ~ん♪」
侍女服に着替えて、髪をきっちりとしたお団子に纏める。そしてイヤリングとメイドキャップを付ければ侍女の出来上がりだ。ふふ、コスプレじゃないんだぜ!
部屋の中にあった古ぼけた姿見には茶色髪に茶色目の侍女がいた。どこからどう見ても侍女、しかし何かが足りない。
「うーん……そうか、眼鏡だ!!」
ただ侍女の服を着れば侍女になれる訳じゃない。限られた条件の中で個性を出すのが真の侍女なのだ、わっはは!!良い事言った気がする。
亜空間からプラチナと水晶を取り出す。
そして理想の侍女眼鏡を思い浮かべ、プラチナと水晶に魔力を込める。
「錬金!!」
白銀の光が部屋に満ちたが、それは直ぐに収まった。
そして光が収まった後に残ったのは、プラチナのフレームで作られた上品な眼鏡。
「装着! これで完全体だぁぁあああ」
姿見には知的眼鏡をかけたドヤ顔の侍女がいた。アホっぽくないアホっぽくない。
「さてユリア姫の所へ行こうか」
♢
「王太子殿下からユリア姫の護衛をするために派遣されました、エマです。よろしくお願いします」
ユリア姫の部屋に来た私は、デキる侍女風に挨拶をした。最初が肝心だからね!
「まぁ、よろしくね。わたくしはユリアですわ」
「姫様、少しは警戒して下さい! 姫様が輿入れをして1週間経っても挨拶にすら来ない王太子殿下の回し者ですよ」
ユリア姫付きの侍女――確かローラさんがすごい怒っている。国を離れて嫁いできたのに挨拶の一つもないのは怒るよね。まぁ、ユリア姫に王太子が構うと色々危険だとも思うけど。
「あらあら、ローラもちゃんと挨拶をしなければダメよ」
「……姫様付の侍女をやっています。ローラ・ベッソンです」
やっぱり王族付きの侍女は貴族出身なんだね。
「ご丁寧にどうも、カナデです――あっ」
うっかり本名を名乗ってしまったでござる。
まいっか、ユリア姫たちにバレる分には大丈夫だろう。
「カナデって確か魔王討伐の英雄の1人の……」
「御飾りの英雄ですけどね。先程言った通り、本名はカナデです。王太子殿下の命により偽名エマと名乗っておりました。申し訳ありません」
「何か理由があるのでしょう? 殿下が側室の誰にも御渡りをしていないのと一緒で」
「まぁ、海よりは深くないですが……割と重大な理由で」
粛清の準備中なんですとは言えないよね。
「判りましたわ。殿下の事はしばし待ちましょう。わたくしの事がどうでもいい訳ではないというのはエマが来た事で理解しましたから。ローラも判ったかしら?」
「はい。先程は失礼いたしました、カナデ様」
ローラさんは、もう怒っていないようだ。
でもカナデ様は止めて下さい。私は平民でございます。
「カナデ様はちょっと……」
「ふふっ、ローラが様付けするのも仕方のない事です」
「それはどういう――」
意味ですかと尋ねようとしたら、ユリア姫が私に対して頭を下げていた。もちろん、ローラさんも。こ、これはどういう事!?
「以前、カナデが姉に贈った魔道具により、我が祖国である水の国は魔王侵攻の被害から国を守る事ができました。水の国を代表いたしまして、深くお礼申し上げます。本当に……ありがとう」
「ああああ、頭を上げて下さい!!」
そう言えば、エリザベート会長とバルミロ先輩の結婚式の時に結界の魔道具をあげたんだっけ……確か魔石じゃなくて魔力充電式の試作品だ。
「我が国の歴史は古く、昔は帝国を名乗るほどの領地を占めていましたが、今では南の小国。王族を含めた水の国に住まう全ての人々が武芸を嗜んでいるとはいえ、魔王軍には到底敵うものではありませんでした。ですが、カナデから頂いた魔道具を使い、どうにか魔王が討ち果たされるまで国を守ることができました。そのことを我が国は絶対に忘れません」
そう言い切ってやっとユリア姫は顔を上げた。
「私はただ、お世話になった先輩たちに贈り物をしただけです。ですが、それで多くの人が救われたのならとても嬉しく思います」
まぁ、素直に嬉しいよね。
「ふふふ。空の国に来たのならカナデに会いなさい。そうすれば退屈しないと姉から聞いていたのですけど、その通りのようですね」
「はぁ……よかったです?」
「強力な味方が出来たので、これで少しは安心ですね。姫様」
「そうねぇ。安心したら眠くなってしまったわ。カナデ――ではなくてエマは、護衛なのよね?」
「はい。一晩中結界を張るつもりです。あっ寝ながら結界を張ることが出来るので、お気遣いは無用です」
「寝ながら……ですか」
「あらあら、それは頼もしいわ。でも万が一と言う事もあるし、一緒に寝ましょうか」
「いや、その辺に布団敷いて貰えれば……」
「大丈夫よ、私の寝ているベッドは元々2人で寝るためのものだから」
そういう問題じゃないよ!!
おかしいでしょ、側室の姫と一緒に寝るなんて。同性だけど!
「夜も遅いですし、湯あみをしてからおやすみになって下さい」
「止めてよ、ローラさん!!」
「姫様の近くにカナ――エマがいる方が安心できます」
「私が安心できないよ!!」
「ふふっ、湯あみも一緒にしましょう?」
「結構です、洗浄魔法使えますぅ」
「魔法じゃ良い香りは付かないわ。だから……よいではないか~、よいではないか~」
私の侍女服を脱がしにかかるユリア姫。
己は悪代官か!!
「ちょ、ユリア姫、止めて下さい!!」
「あらあらおかしいわね。これが女性の服を脱がす時の作法だと婆やに国を出る前に聞いたのだけど?」
「マニアックすぎるわぁ!!」
どうなっているんだよ、水の国の性教育!!
そういう事は王太子とやって下さい!!
あれ、でもその場合悪代官ポジションは……深く考えるのは止めよう。
「お手伝いします、姫様」
両手をワキワキとさせて近づいて来るローラさん。
ちらりとユリア姫を見ると、ローラさんと同じく手をワキワキとさせていた。
心なしか、二人とも鼻息が荒い。
私はジリジリと後退するが、直ぐに壁際に追い詰められてしまった。
「観念しなさい、エマ」
「ふふふ、愛い奴よ……だったかしら?」
水の国の婆やは何教えてんだよ!!ってうわぁ、エプロンの紐が……
「あーーーーーれーーーーー止めて下さいましーーー」
しょうがないからのってあげるよ!!
その後、私はユリア姫とローラさんに隅々までピカピカに磨き上げられた。そしてどこから用意したのか、フリフリでエロエロな下着に着替えさせられ、その上から着る意味あるの?ってぐらいスケスケで服の機能を果たしていないネグリジェを着せられた。
「……ぐすっ、ぐすっ」
ユリア姫の寝室のベッドの上で私は泣いていた。
私は何か大切な物を失った気がする。
「やりすぎたかしら……?」
「でも、こんな磨きが甲斐のある素材が来たら我を忘れます。だから姫様も私も悪くありません」
「そうね。黒髪なんて初めてみたし、お肌も吸い付くようで……それに華奢だから可愛らしい服が似合うし。もう、なんでエロ系のネグリジェしかないのかしら」
「婆様の指示でしたので……」
此の瞬間、水の国の婆やは私に敵認定された。
おのれ……許すまじ、婆や……。
「婆やには誰も逆らえないものね」
「そうですね。エリザベート陛下も逆らえませんし」
婆や何者だよ!!
「そうね。そろそろ寝ましょうか」
「私は隣室に控えているので、何かあればお呼び下さい。エマ、姫様をよろしくお願いします」
「はい……」
ローラさんが退室し、寝室には私とユリア姫の2人だけになった。とりあえず職務を全うするため、ローラさんが控えている部屋を含めた空間に万能結界を施す。これで安心。
「結界を張りました、ユリア姫」
「ありがとう、それでは……」
ベッドに上ったユリア姫は優雅な動作で私の肩を押した。
ポスッっと呆気なくベッドに沈み込む私。
全然安心できねぇぇえええええ。
「げっへっへへ、今夜はワシが可愛がってやろう…………ここは『止めて下さいましっ』か『優しくして下さい』と返すのが閨での礼儀だと婆やに習ったのだけど。カナデは言ってくれないの?」
て、貞操の危機ぃぃいいいいい。
「そんな礼儀ありませんから!! ちょ、服を脱がせるの止めて下さい!!」
「よいではないか~、よいではないか~」
「ユリア姫もしかして確信犯ですか!? 私を弄って楽しんでますか!?」
「うふふ」
こうして、私の初めて後宮で明かす夜は更けて行った。
私の貞操?
必死に守り通したよ!!
予定していた用事が無くなったので、今日も更新です。
あらすじの方に章ごとの時系列を追加しておきましたので、判らなくなったら見て下さい。
R15タグ追加しました(笑)
誤解のないように言っておきますが、ユリア姫はノーマルです。今回はカナデをからかっただけです。名前はユリがつくけどね!
それと本編でさらりと会長とバルミロの結婚が書かれています。そう、あいつ等結婚したんです。ガブリエラは……げっふんげっふん。
では、次回の更新をお待ちください。




