第一王子とその側近は魔法武芸大会を観戦しました
第一王子(のちのエドガー王太子)視点です。
勝利を喜び仲間に駆け寄る学生たちを微笑ましく思いつつ、僕は自身の側近――ユベールに問いかける。
「黒の学生たちの素性は?」
「双子の学生は人間領で有名な歌姫アネッサの実子で、カラックス公爵のご落胤です。カラックス公爵は正妻の息子たちよりも魔法の才を持つ双子を引き取りたいそうですが……歌姫アネッサが了承しないため公爵の思い通りにはなっていないようです」
「お遊びで手籠めにした歌姫が思いのほか役に立つ子どもを生んだが利用できなくて歯噛みしていると……あの高圧的な公爵が地団駄を踏んでいるなんて爽快だね」
「今の歌姫アネッサはあらゆる国にコネクションを持っていますから、若い時は公爵に逆らえなくとも今は公爵など軽くあしらえるでしょう」
「あっはっははは。それであの眼鏡の男子生徒は?」
「月の国のガラン伯爵家の嫡男です。魔法陣研究に没頭する変わり者だそうですが、2学年主席です。間違いなく次代の月の国を担う人材でしょう」
「月の国は人間領一の結束と軍事力を誇るから王も警戒している。そして何より……英雄がいるからね」
「おかげで外交でも強気に出れません。最近、月の国の上層部は水面下で何やら動いているらしいですが」
「ガラン伯爵家の嫡男は謀を考えるようには見えないけれど……警戒するにしたことはないだろうね。そのあたりは理事長である叔父上の管轄だから私には関係のない話だけど」
「そうですね。介入してもメリットなどありませんし。それと紫髪の少女ですが……彼女はキャンベル子爵家の令嬢です」
「キャンベル子爵家……五代前に王家の姫を娶る事を拒否して侯爵家から子爵家に落とされたんだっけ。王都には滅多に出てこないね」
「はい。拒否した王家の姫は降嫁した公爵家を自身の強欲で最終的には取り潰しにしましたからね。ある意味で先の見通せる貴族でしょう。どこの派閥にも属さず、小さい領地ながらも領民に慕われている……そして自らを守るためならば王家にも逆らうほどの豪胆さ……やっかいですね。本来ならばもう貴族位を抹消されてもおかしくないのに、子爵家として存在しているところを見るに有能な者が多いのでしょうね」
「あの毛色の違う女の子の友人になっているものね」
胴上げされている黒髪の少女に目をやる。噂には聞いていたが本当に神属性の魔法を――更に無詠唱で使うとは。しかも魔法の複数同時使用もやってのける……伝説の魔法使いの再来と呼ばれ持て囃されているのも分かるというものだ。
「ポルネリウス様の孫ですか。本当に、あんな人間が存在するなど思いませんでした。何より今だ平民というのが信じられません」
「貴族・王族から逃れる手腕を是非教えて欲しいね。それにユベール、彼女は様々な思惑が絡む学園であんなに信頼できる友人を作っているんだ。それが魔法の才よりも凄いことだと僕は思うよ」
信頼できる者を得るのは身分や才能があるだけ難しい。それは第一王子である僕は良く知っている。
「……それが続くと良いですが。今回の事で各国の上層部に彼女の事が知れ渡るでしょう。そうすれば彼女だけじゃない、その友人たちにも火の粉が降り注ぎます」
「たぶん大丈夫じゃないかな」
「また適当なことを……」
「勘だよ。だけど僕の勘は当たるんだ」
「しかし第二王子も第三王子も彼女に目を付けたようですが?」
現在この会場には各国の重鎮と正式に来訪している空の国の国王、お忍びで来ている僕を含めた3人の王子がいる。マティアスを見に来たついでに噂の少女を見極めようとしていたのだ。そしてそのついでだと思った少女が思わぬ金の卵だった。王は彼女を他国へ渡さないだろうし、第二・第三王子は己の陣営へと引っ張り込もうと内心で策を練っているに違いない。
現在、空の国には正妃がいない。だが王には5人の王子がいる。その王子たちは全員歳も近く、母親も違う。そのため次期王をめぐる権力闘争が行われているのだ。
かつては空の国に5人の側妃がいた。此の国での側妃とは後宮に召し上げられて、子を産んだ女性に授けられる。そして正妃は側妃の中で一番力の持つものがなるのだ。
側妃たちは全員王子を産み落とした。しかし王は正妃を決めなかった。それは側妃の中で一番身分が低かった第五王子の母である側妃を王がこの上なく愛していたからだ。男爵令嬢が王に見初められ、後宮に召し上げられた。そして王子を産み側妃になった――それはプライドの高かった他の側妃たちには許せない事だった。
そして結果的に寵愛を受けた側妃は毒殺され、他の側妃たちもお互いの刺客に殺された……実に間抜けな話だ。父も父だ。真に愛しているのなら後宮に召し上げるなど愚かな事せず秘密裏に囲えばいいものを。
寵愛された側妃が死んでからは、王は権力闘争には一切手出しをしなくなった。そのため、芸術にしか興味のなく早々に継承権を放棄した第四王子と母の身分が低く王位の望めない第五王子以外は王位を争っているのだ。僕は第一王子のため、必然的に王位争いに巻き込まれた。まあ、あいつ等に従うのは御免だから気にしていないけどね。
ちなみにマティアスは権力闘争に巻き込まれないように、ルナリア学園に放り込まれた。もちろん試験はちゃんと通過した。マティアス自身は自分が役に立たないから放り込まれたと思っているが、すべては父上の愛だろう。それに気づくのは、いつになる事やら。
「弟たちが彼女に夢中な内に他の優秀な人材を手に入れようか」
「よろしいのですか、エドガー様」
「貴族・王族が手をこまねいていると言う事は、彼女には僕たちが行う懐柔策は通じない。それならば彼女に敵が群がっている内に他の駒を手に入れた方が有意義だよ。今、舌なめずりしている者たちは気付いていないんだろうね。彼女の才は魔法だけではないと言う事を」
「そうは言っても他の者が彼女を手に入れるかもしれません」
「そうなったらそうなっただよ、ユベール。それに政治はたった一人の魔法使いだけで回るものじゃない。それにもしも彼女と縁があるならば、いずれ話をする機会が巡ってくるだろうし……王太子になるのは僕だからね」
「どこからその自信がくるのでしょうか……」
「だって僕には君がいるからね。信頼しているよ、ユベール」
「仰せのままに、我が主」
今だ興奮鳴り止まぬ会場から目立たぬように僕たちは去る。
最後に黒の少女に目をやり、笑みを深める。
さて、少女は一体何者なのか。
伝説の魔法使いの孫と呼ばれているが、彼女はきっとそれだけではない。
そう、本能が警告する。
少女を己の手中に収められると思っている者たちは哀れだ。
少女は、その程度の器ではないだろうに。
情報収集を怠る事はしないようにしなくてはね。
「……また会おうね、黒の女魔法使い殿」




