魔法少女は魔法武芸大会に出場しました 2
なんだか身体が怠い……。
重い瞼を開けると、見慣れない天井が現れた。軽く身動ぎすると、いつもと違うシーツの匂いがした。こ、これは昼ドラとか少女漫画でお馴染みの『お持ち帰りされちゃった☆』展開なのでは!?私の意識は一気に覚醒した。
ぐわっと目を見開き隣を見るが、広いベッドに横たわるのは私1人。そして一切乱れのない自分の着衣を見て、思い出す。わ、私、今は7歳の幼女だったぁぁあああ。何が昼ドラや少女漫画だよ。誘拐、幼女監禁!!2時間刑事ドラマ展開だよ!!たぶん私の役割は序盤で痛ましく殺される被害者少女A役だよ!!
はぁ……、拘束・監視なしなだけマシか。
私は解毒魔法をかけて身体の怠さを取り除く。解毒魔法は私のオリジナル魔法だ。前世の医療知識から編み出した、身体に害をなす異物を取り除く魔法。薬の効果なんかも消してしまうが、基本健康体の私には特に不便はない。
「さて、これからどうするかなー」
私は焦りも恐怖も無かった。誘拐の類には、ここ1年で慣れてしまった。御爺ちゃんが死んでからというもの、私を誘拐しようとした輩は数えるのが面倒なほど湧いて出た。まるでGのようにね。ある者は遺産目当て、またある者は私の黒髪黒目目当て……共通するのは奴らが貴族、またはその息がかかった奴らだった。殴られたことも、毒を盛られたこともある。そのおかげで治癒魔法が上達し、解毒魔法を開発することができたんだけどね。
そんな事もあってウンザリした私は、早々に結界を森に張って奴らと接触しないようにした。だけど、転移魔法を使い買い物に行った時に厄介な貴族に捕まり、魔力を封印する枷を付けられた事があった。流石にあの時は怖くて怖くて泣き叫んでしまったけれど、タナカさんたちが助けてくれたため大事にならなかった。
魔力を封印する類の魔具は王家しか持ってはならない事になっている……建前上はね。どんな手を使って手に入れたのか知らないが、侯爵でしかない男が持っていていい物ではなかっただろう。尤も、タナカさんたちに制裁を加えられて、その後王家に別件で処罰された男の事なんてどうでもいいけど。それに魔力を封印する魔具を破壊する術式は作ってあるから、もう怖くないし。これが世間にバレるとかなり危険だからタナカさんたちしか知らないけどね。
そんな訳で、私は基本的に上流階級……特に貴族を信用していないのである。貴族は王族よりも堪え性がないというか、欲しいモノは必ず手に入れようとする人が多い気がするんだよね。あっロアナは別だけどね、誇り高い貧乏貴族だし。何より友達だからね。
「余計な事を考えている暇はないか……」
私は誰に誘拐されたのかね?確か蛇腹剣を素振りして怪我をして、魔法で治療して、その後……。そ、そうだ、ボサボサ眼鏡の先輩に変な液体を嗅がされたんだっけ。
――ガチャリ
ノックもなしに扉が開いた。誘拐犯のボサボサ眼鏡の先輩だ。私は脅えた表情を見せつつ、何時でも攻撃魔法を放てるように準備する。
すると、ボサボサ眼鏡の先輩は両手をワキワキさせながら息をハアハアと荒くして近づいて来る。もしやロから始まってンで終わる幼女愛好者なのでは!?先輩は10代前半みたいだけど!!
「か、解析させてくれぇ……」
「何の淫語だよ、この幼女趣味の変態がーーー!!!」
私は魔法で身体強化した手で、渾身の右ストレートを放った。
♢
結果から言おう、先輩は幼女愛好者では無かった。服を無理やり脱がされたりする心配はなくて良かったよ……今日、クマパンツだったし。べ、別にクマパンツが好きなあざとい転生幼女って訳じゃないんだからね!!お姉ちゃんに貰ったもので異常に肌触りがいいから仕方なく穿いているの!
「つまり、私が魔法を使う時に見せた魔法陣を解析したくて誘拐したと……馬鹿ですか――いや、馬鹿だろお前」
もはや相手が貴族子息だろうが先輩だろうが関係ない。誘拐犯に気を使う必要なんてないのさ!ボサボサ眼鏡の先輩は正座状態で拘束魔法の鎖でグルグル巻きにしている。右頬が腫れているのは見ないようにした。正当防衛だもーん、私は悪くないもーん。
「解析だけではない。魔法陣談義もしたくて……」
「それで誘拐しているから馬鹿だって言ってるんだよ!!」
他にも色々手段があるでしょうが!誘拐された私が言うのもなんだけど!
「先輩は貴族子息だよね?」
「そうだな。伯爵家の長男だ」
「その身分を使って私を脅せば良かったんじゃない?」
実際にそういう輩は多い。私が受け継いだ御爺ちゃんの魔法が欲しいのか、権力を盾に服従を迫るのだ。学園に入ってからは不思議とそういう事はないんだけど……第五王子を除いてね。尤も権力を振りかざされたら、その権力の及ばない場所に逃げるだけだけどね。逃げるが勝ちさ!
「何故そんなに面倒な事をしなくてはいけないんだ。謀を考える暇があるなら、魔法陣について研究したほうが効率的だろう!!それに目の前には未知の魔法陣を使う者がいる。ならば解せ――共に魔法陣について熱く語るべきじゃないか、さぁ語ろう!!魔法陣の未来のために!!」
変態だーー!!
そして救いようのない魔法陣馬鹿。さらに性質が悪いことに、どちらかと言えば善寄りだ。権力とか使っての脅しとかしないし、私を見下してもいない……だからって誘拐犯には変わりないけど。興奮して再びハアハアと息を荒くする先輩にゴミを見るような視線を向けてしまう……私は悪くねぇ!!
――バンッ
「カナデ!!」
「ロアナ!!」
「ぐふぉああああ」
ロアナが魔法で拘束された先輩を容赦なく蹴り飛ばし、私を抱きしめた。ちょっと怖いが、余程心配していたのだろう、ロアナは少し震えていた。
「怪我は!?」
「ないよ。だから安心して」
ホッとロアナが安心した顔を見せると、次の瞬間には般若の顔で先輩を見下ろしていた。
「そこのゴミ、名前は?」
「2年のサルバドール・ガラン、歳は12だ」
蹴られて床に這いつくばっている先輩は何事もなかったかのように自己紹介した。この人――いや、この二人本当に貴族か!?ふ、普通じゃないぜ。
「同い年で先輩……くっ」
ロアナは一瞬悔しそうに顔を歪ませた。12歳で入学のロアナもすごいが、11歳で入学した先輩はもっとすごいのだ。私?私は裏口入学だからね、ほんとすんません!!
しっかし、頭のいい先輩が誘拐だなんて……
「馬鹿と天才は紙一重……」
思わずボソッと私は呟いた。
「それはいい表現ね」
「適格だな!あはっははは~」
「揶揄された本人にまで褒められるとは思わなかったよ!!」
何この誘拐犯!少しは自覚しようよ!!
――バンッ
私が内心で頭を抱えていると、再び扉が勢いよく開かれた。
現れたのは理事長だった。
「遅いじゃないですか、理事長」
「キャンベルさん……カナデさんの場所を特定したのは私ですよ……」
「カナデを保護したのは私が先です。仕事は最後まで全うするべきでは?」
「貴女の将来が色々不安です……」
「期待の間違いでは?」
しれっと理事長に言いかえすロアナ。どうも彼女は第五王子との件から色々吹っ切れたらしい。今では王族にも物怖じしない貧乏貴族令嬢へと変貌した……吹っ切れロアナさんマジ最強!!
「はぁ……サルバドール・ガランくん、君には誘拐罪の罰が下る……未来ある魔法使いを危険に晒したのだから」
「ちょっと待って下さい、理事長」
私は不穏な空気をぶった切った。
「罰って退学ですか?」
「それは勿論だが、その他に誘拐罪の罰則を受けて貰う」
この世界には少年法はない。故に先輩に誘拐罪の罰則が与えられるのはしょうがないだろう。だけど……
「別に誘拐罪で先輩を罰しなくてもいいですよ」
「しかし……」
「そもそも、一平民を貴族子息が誘拐して罰せられる何ておかしくないですか?私を誘拐したこの国の貴族は他にもいます。中には暴力を振るって来たり、毒を盛ってくるようなヤツもいました……でも、その人たちは罰せられませんでしたよ?その人達が罰せられなくて、成人前の学生が罰せられるのはおかしいと思います」
私は別に先輩を庇った訳じゃない。悪意ある誘拐犯は野放しなのが気に食わないのだ。それに先輩は馬鹿でも貴族子息。罰則を与えられると言っても、私の見えないところ。つまりは権力でどうにかして罰則を受けない可能性が高い。まして被害者は平民だ。
「……それは、すみませんでした」
「理事長の謝る事じゃないですよ。本当に酷いことをしてきた奴らには兄たちと制裁を下しましたし」
「兄……?」
「何でもないです。とにかく先輩には誘拐犯としての罰則はなしで。代わりに学生としての罰則を与えて下さいな。トイレ掃除3カ月とかどうでしょう?」
「温いわね。加えて高級食材の提供はどう?節約料理じゃなくてパーティー料理をたまには作りたいわ」
「いいね! 人のお金で気兼ねなく食べられる物ほど美味しい物はないよね」
「それは私も賛成だな。食堂の料理には飽きたと思っていた」
「アンタも食うんかい!!」
先輩はきっと誘拐犯の自覚がない。罪の意識持ちましょうか!
「反省していないわね……」
「そうだね、ロアナ。トイレ掃除と食材の提供、さらに貸し1つでどう?」
一度言ってみたかったんだよね『これは貸しだからな!』って。きゃー、なんか王道展開!!でも相手が誘拐犯!全然、心が燃えてこないね。
「それでかまわない。貸しと言う事は、そこの幼女との繋がりが持てると言う事だ。解析……」
「反省しろ、馬鹿者が!!」
「どびゅしゅぅぅうう」
ロアナの鉄拳制裁が先輩を襲った。もしかしてロアナは暴力ヒロインの素質があるんじゃないだろうか?ロアナとの恋愛フラグはへし折るようにしよう……私は幼女だけどね。万が一があるかもしれないし。自意識過剰?自己防衛は過剰なぐらいがいいんだよ!!
「……カナデさんがいいのならそれで。ガランくん、君は2年の学年主席なんだから少しは落ち着きを持ちなさい」
「「学年主席!?」」
理事長の爆弾発言に私とロアナは慄いた。
ま、マジで馬鹿と天才は紙一重の体現者だとは……。
「以後気を付ける、理事長。私は興味がある事柄に関しては暴走してしまう性質だが幸いにも止めてくれる者が現れたようだからな、大丈夫だ」
「それ、わたしが貴方の御守りをしろって事!?ふざけないでよ!!御守りはカナデひとりで十分よ」
「御守りって失礼な!そんな…………ちょっとだけお世話になっているだけだよ!」
確かに朝起こしてもらったり、ノート見せてもらったり、ご飯作ってもらっているけれど……御守りって程じゃないはず。
「それはちょうどいい。私もお世話になろう。よろしくな、カナデ、ロアナ」
「私と先輩を同列に語らないでよ!!」
「サルバでいいぞ、親しい者はそう呼ぶ」
「もう訳が判らないよ。なんで誘拐犯が会話の主導権握ってんの!?」
「そう落ち込むな。今回の事は色々すまなかった、カナデ」
「ここで謝罪!?」
「それはそれとして、魔法陣について語ろうじゃないか!あの青と白の魔法陣は何だ。洗浄と治癒の魔法陣では見たこともないものだった!刻まれた文様も私が知る文字のどれとも違う。どんな意味があるんだ!?他にどんな魔法陣を知っている!?ああ、聞きたいことが溢れてくる!未知の知識、魔法陣の無限の可能性!!カナデ、やはりお前のすべてを解析させ――」
「いい加減にしなさい、サルバドール!!」
「へぶしぃぃいいいい」
サルバ先輩に殴りかかるロアナを無視しつつ、私と理事長は目線で会話して居心地の悪さを共有した。
あの魔法陣が何の意味もないって知ったらサルバ先輩どう思うんだろう?どっちにしろ面倒な事になるだろうから全部無視でいいか。
その後、サルバ先輩は私が止めるまでロアナに殴られ続けていた。しかしサルバ先輩自体は殴られたことに対して何も思っていないようだった。サルバ先輩は精神だけではなく、肉体も打たれ強かった……どうしてだろう、全然羨ましくない。それとロアナの名誉のために言っておくが、普段のロアナは決して暴力的ではない。むしろ仲裁する方だ。でもサルバ先輩だけは特別なようだ……恋愛的な意味じゃなくて、サルバ先輩がどうしようもないからだと思う。
今回の誘拐事件で改めて私は悟った。
ロアナにだけは、逆らわないようにしよう。
♢
誘拐事件から3日後。のほほんとロアナと一緒に外で昼食を取っていると、突然第五王子が現れた。仁王立ちで。いつも思うけど何でこんなに偉そうなの?まあ、実際偉い立場なんだろうけどね……貫禄の問題かな?
「おいお前、この間言った通り俺と勝負しろ」
その言葉と共に投げられたのは木刀だった。私は投げられた木刀を華麗に弾き飛ばす。カランと虚しい音を出しながら木刀は地面に投げ出された。何かよく判らないけど、受け取ったら面倒な事になりそうだと私の本能が警告している。この判断は恐らく正解だ!
「何で受け取らないんだ!!」
「むしろ何で受け取らないといけないのよ」
私、第五王子に何かしたっけ?身に覚えがないんだけど。
活動報告に書きましたが、リアルが忙しいため更新速度が暫く遅くなります。申し訳ありません。
カナデの言う『兄たち』……タナカさんとカナデにクマパンツをあげた姉ともう一人です。その内本編に出てきます。
誘拐に関しては色々思うところがあると思いますが、カナデは慣れてしまっているので、サルバドールに関しては咎めるほどではないと思っています。要は慣れてしまっているのです。実際に身分的には本来罰せられませんし。それにカナデは権力を振りかざさず、自分を対等に見てくれているサルバドールを好意的に思っています……誘拐犯だけど。真勇者でもそうでしたが、サルバドールはなんだかんだで運がいい。
ちなみに今後サルバドールとカナデはロアナにお世話になりっぱなしです。
次回は第五王子との直接対決……ではないです(笑)
本題の魔法武芸大会について触れられます。