貧乏令嬢と魔法少女は友達になりました
ロアナ視点です
わたしは3回の受験の末にルナリア魔法学園に入学した。2度落ちているけれど、12歳での入学はこの学園の中ではとても早い方。大体、14~20歳ぐらいで入学する人が多いのよ。自分の父親と同じぐらいの歳の同級生だっているぐらい。でもそうなると、わたしはまるで天才みたいに思うかもしれない。実際にわたしは兄弟の中で一番魔力が多くて学業も優秀だし、小さな領地の中では天才だと言われてきた。しかし決して、わたしは天才ではない。魔力量だって学園の中では中の上ぐらいだし、入学試験の筆記だって3位だった。中々凄いと思うでしょ?でもね、上には上がいるのよ。
その子を初めて見たのは入学試験の時だった。明らかに低すぎる年齢と見たこともない黒髪黒目の女の子……すごい目立っていたわ。だけど、当の本人はずっと具合が悪そうだったわ。彼女が何者なのか気になる人は沢山いたけれど、尋常じゃなく憔悴した顔に警戒して誰も声がかけられなかった。わたしは他人を気にしていられるほど余裕がなかったから、特に彼女と関わろうとはしなかったわ。
筆記試験の後には魔力測定が行われた。これは潜在魔力量を調べるだけでなく、魔力属性の適正を調べるものでもある。魔力測定は身体検査のようなもので、低すぎる魔力量の人だったり、適性属性が1つしかない人は筆記試験が出来ていても落とされるわ……ここは人間領最高峰の魔法学園だもの、ある程度の資質を持っていなければ入学できないのは当然。尤もこれは形式的なもので、王侯貴族の子どもは例外なく7歳になったら調べることになっている。だから皆自分の魔力量も適性も知っているから、魔力測定で落とされる人は、ほぼいないわ。
魔力測定は特殊な水晶に手をかざすことで測られる。魔力量は水晶に表示される数値で計測され、適性属性は水晶の中に発生する色で判る。わたしも手をかざし、それなりの魔力量と、3つの属性を試験官に見せたわ。そしてわたしが他の受験者が終わるのを待っている時に、それは起った。
彼女が水晶に手で触れると、水晶の中に6つの色が現れた。6つの属性を持つなんて、人間領でも数人しか存在しない。その光景に辺りはざわめいた。でも彼女はそれだけで終わらなかった。6つの色が溶け合ったかと思うと、突然金色に輝き出し、彼女の魔力に耐えられなくなった水晶が砕け散った。
「 ―――――――――――――― 」
彼女がわたしの聞いたことない言語を話したかと思ったら、彼女の右手が金色に光りだした。そして今まさに砕け散った水晶が、まるで時間が巻き戻ったかのように元通りになる。
コトリと床に落ちる水晶。それと時間差で意識を失い、倒れる黒髪黒目の少女。そしてその小さな体を慌てた試験官の1人が抱え、どこかへ運んで行った。
「……神属性」
誰が呟いたのかは判らない。気の遠くなるような昔に神様が愚かな人間から奪い取ったとされる、この世の理から外れた現象を創造する属性。昨年死んだ伝説の魔法使いが使えたらしいが、定かではない。しかし、わたしの目の前で小さな少女はそれを行使した。この時わたしは思ったわ。神から至高の才を授かり生まれてきた少女――彼女こそが『本物の天才』なのだと。
♢
わたしが入学して1カ月。毎日が慌ただしく過ぎていく。想像以上の課題の量にわたしは四苦八苦していたわ。黒髪黒目の少女とは同じクラスになったけれど、特に交流がなかった。
彼女はいつも一人だった。伝説の魔法使いの孫である彼女は幼い平民だが、魔法使いとしては自分たちより上……故に生徒たちは彼女との距離を測りかねていた。彼女は見た目は幼いが言動などから察するにとても七歳とは思えない知性を持っていた。これも更に彼女と接することを躊躇させた。
しかし水面下で彼女を巡る争いは激化していた。国や有力貴族の思惑が絡んだ派閥争いが起っていた。自分の家または国が後見人になりたいと養子縁組を狙う者までいる始末。また、研究馬鹿の先生も彼女を色々な意味で狙っていた。まるで金の鵞鳥ね。
この状況に理事長が奔走しているらしいが、わたしには知った事ではないわ。貧乏貴族のわたしを派閥に入れようとする人なんていないから、完全な蚊帳の外。クラスでポツンと座る彼女が、ただ寂しそうだと思うだけ……普通に話しかけてあげればいいじゃないと思ってしまうわたしは、やはり貧乏貴族の令嬢なのだと思ったわ。
そうやって高みの見物気分だったことに罰が当たったのか、わたしはとんでもない事を仕出かしてしまった。水魔法の自主練中に第五王子の顔面に魔法がクリティカルヒットしてしまったのである。
「俺に水をかけるとはいい度胸だな、ロアナ・キャンベル子爵令嬢?」
「子爵令嬢ごときがマティアス殿下に……極刑ものですな」
「身の程を弁えられない者など、同じ空の国貴族とは思いたくないですね」
「も、も、申し訳ありません! ワザとではないのです!!」
『学園内において生徒の身分の上下はないものとする』という決まりがあるが、そんなことはない。学園内の範囲に自分たちの家は含まれない。だからいくらでも脅すことは出来るのだ。つまりわたしは人生最大の窮地に陥っていた。
どうして実技試験の練習をしていたら王子に水魔法がぶち当たって取り巻きと王子に囲まれているのよー!!ああ、潰される!実家が取り潰されるわ!!必死に勉強して入学したのに!入学から1カ月で退学とか笑えないわ。何年もかけて貯めた入学金と授業料は支払い済みなのよ?気軽に退学なんて出来やしないのよ、誰か、誰かわたしを助けて!!
わたしを救ってくれる王子様がいないものかと周りを見るが、人っ子一人見当たらない。そりゃそうですわよね!本物の王子様は目の前にいますし、誰も王子ともめている末端貴族なんて助けようなんて思わないですわよね!わたしもそんな場面を見たら関わらないように身を隠します!自分で言ってて悲しくなってきたわ。
「聞いているのか!」
「うきゃっ」
取り巻きの1人に突き飛ばされ、尻餅をつく。お尻が痛い……貴族とあろうものが、普通レディを突き飛ばす?王子も薄ら笑っていらっしゃるし……。
諦めかけたその時、視界の端に小さな黒い物体を捉えた。黒い物体の正体は女の子だった。本来存在しないはずの神秘的な黒髪黒目の容姿を持つ幼い少女は、何やら忙しそうに走っていた。少女の名はカナデ。そう、あの天才少女。しかし天才とは言え、7歳の少女に王子たちを蹴散らして下さいなんて頼めません。だからお願い!誰か先生を呼んできて。
わたしの思いが届いたのか、少女がこちらに気づいた。そして露骨に嫌な顔をすると、そのまま走り出した。
「えっ、助けを呼んできてくれるのですよね!?放置とかしませんよね!?」
あっ、思わず心の声を口に出してしまった……。すると王子たちの目の色が変わる。どうやらターゲットをわたしから少女に変えたらしい。ああ、ごめんなさい!そんなつもりはなかったの。自分より年下の女の子を生贄にするなんて、わたしの最低女ー!!
その後紆余曲折あったけど、わたしは恩人で年下で天才の女の子――カナデと友達になった。
♢
「お話は何でしょうか、理事長」
カナデと友達になって3日経った頃、わたしは内密に理事長に呼び出された。何を言われるかは判っている。大方カナデのことでしょうね。
空の国の第五王子がカナデ(ついでにわたし)と問題を起こした事で派閥争いの様子が変わった。第五王子の手前、空の国の幾つかの派閥が身動きが取り辛くなり、他国の派閥が勢いづいているのだ。そしてカナデと友達になったわたしは、各派閥からカナデとの間を取り持ってほしいと頼まれた……けれど、わたしが家の利害関係を持たずに作った初めての友達を売るような真似をすると思う?貧乏貴族令嬢の交渉力をなめないでほしいわ。弱いからこそ力の強い者の躱し方は心得ている。
そして理事長もカナデを利用しようとする一人でしょうね……他の者たちとは幾分かマシみたいだけど。
「先日はマティアスがすみませんでしたね、キャンベルさん」
「いいえ。元はわたしの不注意が原因ですわ」
「しかしマティアスが仕出かした事は男として許されない事です。キャンベルさんやカナデさんのフォローは此方でいたしましょう」
つまりはキャンベル家の風評についてもフォローしてやるから、これから言う事に協力しろっていう事かしら?わたしを……いいえ、キャンベル家を馬鹿にしているわね。貧乏貴族の覚悟をなめているわ、とっくの昔にキャンベル家は貴族でなくなる覚悟をしているし、たとえ王族直々に潰されたとしても、生きていける道は準備してあるわ。だから――――
「お気遣いありがとうございます。いち生徒として理事長に頼る事があった時はよろしくお願いしますわ」
暗に王族としてではなく、理事長としてならばフォローを受け付けると示す。
「……そうですか。そうそう、学内での派閥争いについては知っていますね?」
「……詳しくは存じません」
「多少知っていればよいです。先日陛下にお会いした時に、学園の内情を報告したのです。7歳の少女に危険が迫るのは好ましくない。学業に専念して欲しいとのお言葉を頂きまして、カナデさんを見守ってもらう事にしたのです。それをロアナ・キャンベルさん、貴女にお願いしたいのです」
何が見守るよ、監視役じゃない。しかも背後に国王をチラつかせる……趣味の悪い。
この空の国が人間領の中で一番の魔法技術を誇るのは伝説の魔法使いポルネリウスがいたからだ。彼の魔法技術により、人間の魔法は著しく成長した。しかし、彼が突然隠居した30年前を境に魔法技術の成長は止まった。そして昨年、かの魔法使いが死んだことも合わせて、この国は焦っているのだろう。だからカナデを絶対に手放したくないのだ。
理事長には悪いけれど、カナデは此の国に縛り付けておけるような子じゃない。一瞬で他国に飛んでお菓子を買ってくるような子で、自分の才能に無頓着、そして王侯貴族に憧れはなくむしろ関わりたくないと思っている……そんな子が王族の思う通りに動く駒になってくれるかしら?絶対に無理よ、普通の王族の価値観じゃカナデを怒らせるだけだわ。
だとしても、カナデに近しい監視役にわたし以外なるのは避けたいわね……。
「わたしもカナデが心配ですし……」
「そうか、ではコレを常に持っていて下さい」
渡されたのは小さな笛だった。
「音無し笛と言って、音はならないけれど特定の相手には笛を鳴らした事が伝わるようになっています」
「この笛を吹くと誰に連絡が行くのですか?」
「私に直接連絡が行くようになっています。カナデが強引な生徒に絡まれていたり、学園から逃走しそうになった時に吹いて下さい」
「つまりはカナデがトラブルに見舞われたら吹けと言う事ですか?」
「そういうことです」
「判りましたわ。それでは理事長、交渉といきましょうか……食券ひと月60枚でどうでしょう?」
「は!?」
「わたしは引き受けるだなんて一言も言ってませんわ」
大人しそうなわたしが交渉なんて言ってビックリしたのかしら?貧乏子爵令嬢のわたしがタダで動く訳がないじゃない。王族だろうが何だろうが知った事ではないわ。
「理事長、見守る側も見守られる側も一種の労働だと思いますわ。これは理事長の好意なのでしょうけど、学業に専念する学生にとってはあまり良いことではありませんわ。陛下の言う学生の本分が全う出来ないのです、それを補う対価は必要なのではないでしょうか」
「……判った」
「まぁ、冗談でしたのに理事長は気前がいいのですね。さすがはルナリアの長ですわ、憧れます!」
「……ロアナ・キャンベルさん、貴女は外交官に向いていると思いますよ」
「外交官何てわたしには恐れ多いですわ。それに……わたしには色々やりたいことがあるのです。今は確定した将来像は考え付きませんわ」
お金を扱う仕事がしたい。それが商人になることで叶うのかは判らないけれど、学園で学ぶ間に色々考えたいわね。
「それでは理事長、授業があるので失礼しますわ」
音無し笛を受け取り、わたしは理事長室を出た。
これ毎月の昼食代が浮いたわーー!!
♢
「ロアナ、何所行っていたの?」
教室に行くとカナデが不思議そうに聞いてきた。ただ純粋に気になっているだけで、特に策略的な意味はないことが判る。この子はお気楽でいいわね……でも7歳なら当然か。
「ちょっと先生に呼び出されていてね。そうだ、今度から月に食券60枚貰える事になってね……半分カナデにあげるわ」
「え、ロアナが何かくれるとか怖い」
「わたしだって人にあげたくはないわ。だけど食券は期限付きなのよ、学園の食堂は昼しか開いていないし、一人じゃ使いきれないわ」
「そういうことなら遠慮なく貰う!」
「ええ、感謝しなさい」
「ありがとう!ああ、でも毎日食堂はキツイかもなぁ……」
「どうして?」
「食堂のメニューが高級すぎて……たまに庶民料理が恋しくなる。味気ないスープとか、手づかみで食べられるお肉とかさ」
「それ判るわ~」
「貴族令嬢が判っちゃイカンでしょ」
「私が貧乏だって言いたいの!?そうだけど!! そんなに食べたいのなら、わたしが作ってあげましょうか?」
「ロアナ料理出来るの!?」
「前に家事も裁縫も自分でやっていたって言ったじゃない。家事の中にはもちろん料理も入るわ」
「じゃあ、夕食に毎日作ってロアナ!!」
「毎日って……まあいいわ。その代わりに材料費はいただきますからね」
「やったー!!材料費は庶民料理のためならいくらでも出すよ!!」
これで食費が大幅に浮いたわ!!ああ、自分の手練手管が恐ろしいっ。
「決まりね。早速放課後に買い物に行きましょう」
「了解!そういばロアナ、なんで食券60枚も貰えるようになったの?」
「私が優秀だからよ」
「……さすがハイスペック貧乏令嬢」
「今何ていったのかしら……?」
「ひぇぇえええ」
この小さな友人とずっと一緒にいれるように、わたしの出来る範囲で助けていくわ。それはわたしがしたくてする事。
だから見返りなんていらないわ。