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接客。マニュアル通りにはいきません


(思い出せ、前世のファミレスバイトで培った接客技術を……!)



 私は恐怖を押さえつけ、必死に営業スマイルを浮かべる。



「えっとえっとバッシング行ってきてま――じゃなくて……ご用件をもう一度伺ってもよろしいですか?」


「迷子になってしまったのです」



 銀髪の青年はそう言って、申し訳なさそうに眉を下げた。

 すると不思議と先ほどまで感じていた未知の恐怖は感じなくなり、私はホッと安堵の息を漏らす。きっと、あの恐怖は気のせいだったのだ。



「お連れの方がですか?」


「いいえ、私がです。いい歳をして恥ずかしいのですが」


「何故そんなことに?」



 私は困惑を隠しきれず、目を見開いた。


 彼の見た目は二十代前半で、迷子になるような歳には見えない。絶対変な人だと訝しむ私のことなど気にせず、銀髪の青年は和やかに語り出す。



「実は思いかけず、私好みの人を見つけて。しかも、三人もですよ。それでつい追いかけてしまって。そうしたら連れとはぐれてしまったのです。結局、人混みのせいであの人たちを見失ってしまうし……せめて一人でも良かったので、お相手をして欲しかったです」


「へ、へぇ。そうなんですねぇ」



 私好みの人……しかも一人では飽き足らずに三人。つまりこの人は超ド級の女好きなのだろう。



「まあでも、貴女のような将来有望そうな学生に出会えたことは、私にとって僥倖と言えますが」



 そう言って彼はキラリと歯を輝かせて笑った。



(この人はスタイルも良くてイケメンだし、自分に自信があるんだろうな。まさに入れ食い状態。前世で言うパリピって奴かなー)



 彼の言葉には深い意味はない。子どもに優しくしてやっている、ぐらいの感情だろう。



(まったく。本物の幼気な女の子だったら恋に落ちていたよ。あーやだやだ。イケメンは大罪人だね)



 私は仕事モードに頭を切り換えると、懐からメモを取り出した。



「お連れ様をちゃっちゃか探しましょう! 貴方のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「秘密です」


「出身地は?」


「秘密です」


「では、貴方の身体的特徴をアナウンスしても良いですか?」


「不可です」


「……私がお連れ様の名前を叫ぶのは?」


「困ります」


「迷子の自覚はありますか?」



 思わず、私は苛ついた声で言ってしまう。

 しまったと思ったが、しかしこれは仕方がないだろう。三歳児の迷子の方がもっと協力的だ。



「申し訳ありません。ですが、私という存在がここに居ることが見つかるのは不味いのです。軽く国際問題になりますね」


「国際問題!?」



 思いも寄らない言葉に私は恐れおののいた。

 たかが文化祭で国際問題? ……あり得ない。社会に出ていない学生の思い出作りのためのイベントだ。首脳会談とかじゃないんだぞ。



(でもちょっと待って……この人……)



 彼が着ているのは、装飾がなく地味な色合いだがかなり良い生地を使った貴族服だ。そして上品なセンスの靴は磨き抜かれ、目をこらして見れば魔道具が埋め込まれている。


 立ち姿も凜としていて、見るからに貧相な平民の私にも柔らかな物腰。そしてかなりの美形で輝かしいオーラを放っている。理事長やガブリエラ先輩などを彷彿とさせる。



(もしかしなくても、かなり高位身分の方なんじゃ……)



 国際問題というのもあながち嘘ではないのかもしれない。

 私はジットリとした冷や汗をかく。



「戦争にはならない……とも限りませんねぇ」


「スケールが……スケールがぁぁああ!」



 私は髪を振り乱しながら嘆く。

 今の現状は前世のバイトに例えるとそう……ファミレスに石油王がうっかり来てしまったようなものだ。こんなのマニュアルに載っている訳がない。



「どうしてこの学園祭に来たんですか! 空の国からの正式な招待ではないんですよね?」


「弟のように世話をしていた子がここの学生なんです。それで様子を見に行って欲しいと、その子の両親に頼まれまして」


「その子には会えました?」


「ええ。魔法陣の実験に失敗して学園を爆破させたり、校舎をドロドロのスライムに変えたり、超級の魔物を大量召喚したり、気になった学生を解剖しようとして絶対に退学になると思っていたのですが、意外と上手く学生生活を送れているようで安心しました」


「ソウナンデスカー」



 私は目を泳がせながら何度も頷いた。



(学園爆破未遂、研究室スライムドロドロ事件、魔物大量発生からのバーベキュー、そして私の誘拐未遂事件とかあったけど、それはこの人と関係ないよね。全部にサルバ先輩が関わっているけれど、絶対に関係ないよね!)



 銀髪の青年がルナリア魔法学園一の問題児――サルバドール・ガランの知り合いだなんてある訳がない。……ある訳がないのだ!



 面倒なことになりそうだから、絶対にこの人の名前は聞かないようにしよう。そう私は心に誓うと、態とらしく咳をする。



「大体の事情は分かりました。では、見晴らしの良い空からお連れ様を探しましょう」



 とにかく早くこの訳あり迷子から離れるため、私は魔法を展開する。

 私たちの身体はフワリと浮き、あっという間に五十メートルほどの高さまで登る。するとパーク内が一望できる絶景が眼下に広がった。



「飛行魔法ですか」



 やはり高位の身分で魔法に慣れているのか、銀髪の青年は驚くこともなく淡々としている。



「あまり目立ちたくないとのことだったので、不可視の魔法をかけています。地上の誰も私たちのことは見えませんよ」


「その年齢で複数の魔法を同時に展開できるなんて、貴女は優秀なのですね」


「やだなぁ。このぐらい普通ですよ」


「面白いことを言いますね」



 彼は一瞬目を細め、すぐに元の穏やかな微笑みに戻る。 



「私が探して欲しいのは、二十代前半の褐色髪の青年です。服の色は……確か、臙脂色だったような」


「ああ、貴方と同じぐらいの年齢の人なんですね」


「……ええ、そうですね」



 友人と来たのだろうか。お連れ様が女性ではないことに少し驚いた。

 詳しいことを聞いても薮蛇になりそうだったので、私は目をこらしながらパーク内にいるであろうお連れ様を探す。



「褐色褐色褐色……あ、あの人じゃないですか!? 臙脂色の服を着ていますよ」


「ああ、彼です」



 銀髪の青年は私の指差した方向を見て頷いた。


 私たちはそのまま風に乗るように移動する。そしてお連れ様の元へ着くと、不可視の魔法を解いた。

 


「閣下!?」



 いきなり現れた私たちを見てお連れ様は飛び退いた。



「やあ、セレスタン。迷惑をかけたね」


「本当ですよ! 閣下もクラウディウス様も勝手に消えるし……護衛の俺の気持ちを少しは考えてくださいよ!」


「いい訓練になっただろう?」


「そんな訳――って、この女の子は誰です?」



 お連れ様は今更ながら、銀髪の青年の隣にいる小さい私に気が付いた。



「迷子の私を連れてきた恩人だ」


「閣下が御迷惑をおかけしました!」


「そんな大したものではありません。仕事ですから」



 腰を痛めそうな勢いで何度も頭を下げるお連れ様に、身分の低い私はたじろいだ。物凄く居心地が悪い。今すぐここから立ち去りたい。


 そんな私の心情などつゆ知らず、銀髪の青年は女性が腰砕けになるような蕩ける笑みを私に向けた。



「大したことです。私ではこんなに早くセレスタンと合流できなかった。本当にありがとうございます」



 イケメン怖いよ。早くお家に帰りたい!

 



「いえ……お連れ様は見つかりましたし、私はこれで失礼します。これからもどうぞルナリアワールドパークをお楽しみください」



 最後の力を振り絞って営業スマイルを浮かべ、くるりと彼らに背を向けて私はその場を立ち去ろうとした。



「待ってください!」



 銀髪の青年が私の腕を軽く引っ張る。そして自分と向き合わせるよに、私を一八〇度くるりと回転させた。彼の顔はどこか好奇心に満ちあふれ、握られている腕から伝わる体温は熱い。



「貴女はまだまだ弱い。だから、もっと成長して私と遊べるぐらいに強くなってください。そしていつか再会できるといいですね、可愛いウサギさん」



 艶めいた声でそっと耳打ちすると、銀髪の青年は私の前から立ち去った。

 私は数分棒立ちになり、彼らの姿が見えなくなってからボソリと呟く。




「……イケメンのくせに守備範囲バリ広だな。博愛主義かよ、マジパネェ」



 私みたいな八歳女児に唾を付けるぐらいだ。きっと女の子なら誰でも良いぐらいの女好きだったのだろう。さすがサルバ先輩の知り合いだ。残念すぎるイケメンである。



「面倒なことは早いとこ忘れよう。よーし、最後まで気を抜かずに頑張るぞー!」



 自分を鼓舞するように両頬を叩くと、私は急ぎコロシアムへと向かうのであった。



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