提案。悔いのない思い出作りを
「出し物って、今までは研究発表が主だったんだよね?」
私が問いかけると、ロアナは小さく溜息を吐く。
「そうね。でも研究発表だけじゃ客は呼べないわ。入場料ぐらいしか稼げないでしょうし、来る人も限定的よ」
「各国の要人を招くことも大事ですが、生徒とその家族や友人も楽しめるものでないと、学園祭で天下は取れませんね」
「て、天下ってガブリエラ先輩……いつの間にそんな話に……」
思わず引きつった笑みを浮かべると、ロアナはキッと私を睨み付けた。
「何を甘えたことを言っているの、カナデ。金を稼ぐからには、世界一の大富豪を目指すに決まっているでしょう! もっと努力しなさい」
「……意識高い系マジ怖いよぉ……」
「目立つのが苦手なカナデさんには悪いですけど、一番は目指させてもらいます。将来のためというのもありますが、何より……学園祭を見に来る弟と子犬に良いところを見せたいですから」
「え、もしかして学園祭は家族や友人を招待してもいいんですか!?」
「三人までならいいのですよ」
「やったー!」
私は手を振り上げて喜んだ。
ガブリエラ先輩の話だと、招待客には特に年齢制限はないらしい。しかも、ペットも可。それはつまり、合法ロリのティッタお姉ちゃんも、ユニコーンのタナカさんも、デカトカゲのアイルも入場ができるということ。
これで喜ばない方がおかしい。
「ロアナも家族を招待するの?」
彼女の家族にも会ってみたいなと思って問いかけると、ロアナは不思議そうな顔で首を横に振った。
「いいえ。チケットを市場の裏オークションに賭けてお金を得るつもりよ。家族に渡したって、わたしと同じようにするでしょうし、だったら自分のお小遣いにするわ」
「……家族揃ってぶれないね」
さすが貧乏神に取り憑かれたキャンベル家である。
私はなんとも言えないモヤモヤした気持ちを振り払うように、両手を大きく広げる。
「うーん! 俄然、やる気が湧いてきたよ。出し物はどうする?」
「お金博覧会なんてどう!?」
ロアナは真顔で提案した。そして私も真顔で答える。
「却下。どう考えても一般受けしない」
「どうしてよ! みんなお金が大好きでしょう!?」
「……たぶん、大好きのベクトルが違う」
本気で理解できないと嘆くロアナから視線を外し、私は腹黒才女のガブリエラ先輩へ問いかける。
「気を取り直して、ガブリエラ先輩は何かアイディアありませんか?」
「そうですね。やはりお祭り時は、飲食店が盛り上がると思います。ですが、一番になるのは難しいですね」
確かに飲食店はどんな祭りの中でも盛り上がる。だが、一番目立てるかと言えばそうではない。
「うーん。お菓子の屋台で埋め尽くされたら最高なんですけど……」
「卓越した菓子職人がたくさんいれば、お菓子の家を作れたりするかもしれないですね……」
「ガブリエラ先輩、それ最高です!」
名案だと私とガブリエラ先輩が目をキラキラと輝かせていると、焦った様子のロアナが間に入り込む。
「待ってください! それこそ、一般受けしません。何より、魔法学園関係ないじゃないですか……」
「ロアナさんの言う通りですね。今はまだ冷蔵設備や保存技術も未熟ですし、この野望を叶える時ではないのでしょうね……」
「そうですね、ガブリエラ先輩。子どものお遊びじゃないですから」
今はまだ、家を作るほど大きなお菓子を作る技術も完成されえいない。設計図すら、まだ作成できないレベルだ。
(でもいつか絶対にお菓子の家を……いいや、世界征服をしたらお菓子の城を作ってみせる!)
私の熱い同一の思いを抱いているのか、ガブリエラ先輩は獲物を狙う狩人のように舌舐めずりをする。
「……なんでこの二人は世界を征服するような悪い顔をしているのかしら」
ロアナは本気でドン引いた顔で後ずさると、態とらしく咳払いをする。
「話を戻すわ。わたしとガブリエラ様の提案では天下は取れないわ。カナデ、何かいい提案はない?」
「提案って言っても、私は平凡な生徒だしなぁ……」
だが、もしかすると……平凡だからこそ、一般受けをするアイディアが浮かぶかも知れない。私は神妙な顔をすると、思考を今までにないぐらいフル回転させる。
(学園祭っていうと、前世の高校の文化祭が参考になるかな。でも確か……私は文化祭を経験する前に死んじゃっているんだよね)
相原奏が死んだのは、高校の文化祭が始まる前。まだクラスの出し物も決めてなかったはずだ。
(りっちゃんはお化け屋敷を、優子はたこ焼き屋さんをしてみたいって言っていたなぁ。カズくんは男子校だから、女装メイド喫茶をやったって言っていたっけ)
久しぶりに前世の友人たちの顔を私は思いだした。
(……どうせなら、前世でできなかったことを全部やりたいな。模擬店に、お化け屋敷に、軽音部のバンド演奏、可愛いコスチュームを着て接客して……最後はキャンプファイヤーで余韻に浸る。そんな一生の思い出になるような楽しい学園祭をやりたい)
懐かしくも少し寂しい気持ちになりながら、ロアナとガブリエラ先輩に視線を向ける。
「どうしたの、カナデ?」
「何か妙案がありましたか?」
「テーマパークなんてどうだろう!」
私のやりたいことを全部まとめると、テーマパークに行き着いた。ウキウキ顔で提案するが、ロアナとガブリエラ先輩になじみのないものだったため、二人は首を傾げた。
「「テーマパーク?」」
「えっと、複合娯楽施設かな。建物とか、非日常的な世界観を演出した場所の中で、食べ物やグッズを売ったり、遊戯施設を運営したり、パレードをして盛り上げたりするの」
そう説明すると、ロアナがゲスいしたり顔で顎に手を当てた。
「非日常的な世界観っていうのがいいわね。財布の紐がゆるゆるになりそうだわ。まずは手頃な入場料をとって、その後は遊戯施設の大半をタダにして思考を麻痺させつつ飲食やグッズをメインに稼ぐのが良いわね」
ガブリエラ先輩も清楚な笑みを浮かべて頷いた。
「遊戯施設に魔法技術を活かせば、他とは違うアピールができそうです。各国の注目度もぐんと上がりますね。魔法知識のない方も理解しやすいです」
「じゃあ、テーマパークに決まりだね!」
「そうと決まれば、人員を集めなくてはなりませんね」
「かなり大規模な出し物になると思うし、従業員も必要だわ。とりあえず、私のクラブの先輩たちと、商才がないと諦めている一般生徒に声をかけてみます。わたしたちと連名で起案書を出すと言えば、多少ぞんざいな契約でも喜んで力を貸すと思います」
ロアナは真剣な顔でゲスいことを言った。
「ああ、ロアナさん。箱入りのご令嬢も狙い目ですよ。彼女たちは意外と働くことに憧れていたりするので、快く引き受けてくださると思います」
ガブリエラ先輩は、虫も殺さなそうな優しい顔で腹黒いことを言った。
「さすが。ガブリエラ様は目の付け所が違いますね!」
「それほどでも」
ロアナとガブリエラ先輩は心底嬉しそうに握手をした。
ここに守銭奴と腹黒の固い友好が結ばれてしまったのである。
(……このふたりがタッグを組んだら、最凶じゃないかな。敵じゃなくて良かったよ)
私はそっと二人から目を逸らす。
「とは言っても、今日は皆殺気立っているので落ち着いた頃に勧誘は始めましょう。まずしなくてはならないのは、技術者の確保です。『拘束せよ』」
「「うわぁぁっ」」
ガブリエラ先輩の短い詠唱と共に、闇魔法が放たれた。そして近くの生垣から、聞き慣れた声が上がる。
「あ、サーリヤ先輩にサーニャ先輩」
闇魔法の鎖でグルグル巻きになって出てきたのは、三日月の会のお騒がせ双子こと、サーリヤ先輩とサーニャ先輩だった。
「「見つかっちゃった」」
「先輩方、どうしてここに?」
呆れた口調で問いかけると、双子はお互いの顔を見合わせる。
「カナちゃんとリエラ先輩とロアナちゃんの組み合わせだよ? 絶対に面白いと思って。ねえ、サーニャ」
「そうだね、サーリヤ。講堂で盗み聞きしていて良かった。すぐに見つけられたから」
盗み聞きを反省することもなく、双子は楽しそうに談笑している。ガブリエラ先輩はそんな双子の拘束を緩めることなく、微笑みながら彼らの前に立った。
「はいはい。二人とも、わたしたちの出し物に協力してくださいね」
「えー、だってリエラ先輩。ボクたち、魔道具なんて作れないよ?」
「そうそう。アタシらは魔法をぶっ放すだけだし。接客とかも面倒くさーい」
やる気のない双子だったが、ガブリエラ先輩は気にした様子もない。むしろ、予想通りの答えだと笑みを深めた。
「魔法方面ではなく、芸術系の技術に期待しているのです。音楽やデザインは貴方たちの得意分野でしょう?」
「あ、それなら楽しいかもー! ねえ、サーニャ」
「そうだね、サーリヤ。カナちゃんと一緒なら、色々なことが試せそうだね」
「了承したと見なしますね」
そう言ってガブリエラ先輩はどこからともなく、びっしりと文字が書かれた一枚の紙を取り出すと、双子の指にインクを付けて押しつける。
ちらりと見えた紙には『契約書』と書かれていた。
「何をしたの、リエラ先輩?」
「そのインクいいなぁー! 悪戯に使えそう!」
お気楽な双子に笑みを向けながら、ガブリエラ先輩はそっと契約書を懐にしまった。
そして口に人差し指を当てて、私へ黙っているようにジェスチャーをする。
(……この人、味方でも怖いんですけど!?)
私は顔を真っ青にさせながら、ブンブンと頭を縦に振る。
「はい。これで技術者を確保しました。他にカナデさんとロアナさんの知り合いで、使えそうな人材はいますか?」
「そうですね。技術者としてだけなら信用できる相手は居ますが……少々頭のネジが外れているので、既に悪徳契約書を結ばされて他の方の仲間になっているかもしれません」
「それって、サルバ先輩? まあ、一応魔法技術科三年主席だし。みんな真っ先に確保しようとするよね」
「そうね。まあ、連絡だけは取ってみましょう」
ロアナはポケットから、複雑な魔法陣が描かれている手のひらサイズの木製の板を取り出す。
「あ、それ。魔武会で使った通信魔道具?」
「そうよ。魔法陣がどの程度持続するのか、サルバドールの実験に付き合っているの」
「ええー、私にはそんな話持って来てくれなかったのにぃ」
「「ボクらにもだよー」」
「カナデじゃ魔道具を壊しそうだし、サーリヤ先輩とサーニャ先輩は悪戯に使うでしょう。だからわたしが仕方なく付き合ってあげてるの。……商品化したら、売れそうだし」
「それが本音か」
そうこうしているうちに、板の魔法陣が淡く光り出した。
「無事に繋がったわ。サルバドール、今どこにいるの? 学園祭の出し物は何にするか決めた?」
ロアナが問いかけるが、サルバ先輩からの返事はない。代わりに何かを乱暴に叩く音と、怒号がひしめき合っている。
「おら、サルバドール! この扉をあけろ!」
「ガラン様、質の良い魔石を手に入れましたの。魔法陣の素材に良いのではなくて? お話をしたいから、ここを開けてくださいまし!」
「じ、持病の腰痛が……お願いだ、助けてくれ! ここを開けてくれ!」
こ、これは確実に飢えた生徒たちから襲撃されているよね!?
私は講堂でのゾンビたちの形相を思い出し身震いする。
「サルバドール! サルバドール! 聞こえたら返事をしなさい!」
「ロアナか? 少し前から扉の外が煩くて、声が聞き取りづらい。大きな声で話してくれ。というか、助けてくれ!」
怒号に紛れて、珍しく切羽詰まったサルバ先輩の声が聞こえる。
「何故か生徒たちの襲撃に遭っている。研究室の扉もいつまで持つか……せっかく全校集会を欠席して魔法陣の実験をしていたというのに、これでは集中できん!」
「……よし、サルバ先輩は見捨てよう!」
私は高らかに提案した。