結成。私たちは仲良しです
自称平凡な魔法使いのおしごと事情(旧ワーキングコンチェルト!)
アリアンローズ様から発売中です。
澄んだガラス張りの天上。世界各国の色とりどりの草花。手入れされた芝生に洗練されたテーブルセット。そして、心地よい小川のせせらぎが聞こえる。
争いとは無縁なこの場所は、私の所属しているクラブ『三日月の会』の所有する温室だ。
「さて、ここならば簡単に邪魔は入らないでしょう。作戦会議を始めましょうか。カナデさん、お茶の準備を」
「かしこまりました!」
私はガブリエラ先輩に敬礼をすると、レンガ造りの倉庫の中からミントグリーンのテーブルクロスを引っ張り出した。それをテーブルにかけると、手際よく食器を並べていく。
ガブリエラ先輩は細身の花瓶にパステルカラーの花を生けると、魔法を使って熱湯を作り出してお茶を淹れ始めた。
(もう、お昼の時間だし……軽食も用意しないとだよね)
私は亜空間から非常食のサンドウィッチを取り出し、皿の上に盛り付ける。具はツナ・ハム・タマゴ、そして三時間並んで買ったフルーツサンドだ。その他にはババロアやチョコレートを並べる。テーブルが一気に華やいだ。
「こちらは準備完了しました!」
「お茶も淹れましたよ。さあ、食べましょうか」
ガブリエラ先輩は慣れた手つきでティーカップにお茶を注いで、それぞれの席の前に置いた。
私は早速サンドウィッチに手を伸ばす。
「さてさて、まずはフルーツサンドかな。……ロアナ、どうしたの?」
先ほどまでの金の亡者ぶりはなりを潜め、ロアナは私の隣の席で青ざめていた。
「どうしたのって……三日月の会の温室と言えば生徒たちの憧れよ! 将来のエリートたちが議論を交わし、お互いを高め合っている場所なの。緊張しない方がおかしいのよ」
「おかしいって言われても、いつも来ているし……」
まあ、ロアナが取り乱すのは分からないでもない。
一般生徒の私はともかく、他の先輩たちは成績優秀者ばかりだ。学園内では、様々な実績を作り出したエリート集団で通っている。……実際は、それぞれが『御茶会』に並々ならぬ執着を持ち、日々技術や鑑識眼を高めるために部費を食い尽くし、その過程で実績がおまけで付いてくるだけなのだが。
(でも、三日月の会が御茶会大好き集団なのは、他の生徒には秘密なんだよねー)
さすがに部費で御茶会を楽しむなんて知られたら、色々な人に怒られる。
私は余計なことを言わないように、ひっそりと口を噤んだ。
「ふふっ、ロアナさん。そんなに緊張しなくてもいいんですよ。三日月の会は、そんなに高尚なクラブではございません。身分や学年関係なく、短い学生時代を謳歌して一生の友を作る。そんなありふれた場所です。温室だって、この学園の生徒ならば自由に出入りして良いんですよ」
物は言い様である。
私はガブリエラ先輩の言葉に、できるだけ賢そうな顔で頷いた。
「それで、ロアナや他の生徒が講堂で豹変したのってどうして? 立って眠る魔法を開発していたから、理事長の話って途中から聞いていないんだよね」
「あくびもせず、珍しく真面目に聞いていると思っていたら、そんなことをしていたのね。呆れた」
「いいから教えてよ、ロナエモン~」
「変な呼び方をするの止めて!」
私が縋り付くと、ロアナは眉間に皺を寄せて振り払った。そして、ゴホンと大袈裟に咳払いをすると、真剣な顔で説明を始める。
「理事長はね、とっても金になる話をしたのよ。三週間後に学園祭が開催されるのを知っているでしょう?」
「うん。確か四年に一回の開催だよね。でも魔法や魔道具の研究発表や各国の権力者たちの交流が主で、魔武会ほど盛り上がらないって聞いていたけど?」
つまり、一般生徒たちからは不評の祭りなのである。
魔武会のように単位がかかっていたら私もやる気になったのだが、直接的な恩恵はない。だから学園祭期間はのんびりしているつもりだった。
「そうね。魔道具や研究発表が好きな生徒は全体から考えると少ないから、毎回盛り上がりに欠けていたわ。だから理事長はテコ入れをすることにしたそうよ」
「テコ入れ?」
「学園祭を開催している期間内に限り、学園内での生徒たちの商売を許可。さらに売上を自分たちのものにしていいって」
「お、お金を稼げる学園祭!?」
前世ならば絶対にありえなかった行事だ。
私は目を見開き、素直に驚きを表した。
「そうよ。涎が出るほどに盛り上がるわ!」
そう言ってロアナは垂れそうになった涎をナプキンで拭う。
「でもでも、生徒は上流階級のお金に苦労しないような子が多いし、私はそこまで盛り上がらないと思うけど……」
私が疑問を投げかけると、ガブリエラ先輩が微笑んだ。
「カナデさん、それは違います。確かにこの学園は上流階級が多いですが、金銭的に苦労している生徒は意外に多いのです。見栄を張っている子も少なくないですね」
「侯爵家以上の嫡男なら苦労はしないだろうけど、ルナリア魔法学園を受験するのは、貴族の次男以下が多いのよ。嫡男よりお金をかけては貰えないし、将来は身を立てて稼いで生きていかなくてはいけない。そうなると自分が自由に使うことのできる財産っていうのは、貴重なものになるの」
貧乏苦労性の子爵令嬢ロアナが言うと、言葉に深みが出る気がする。
私は神妙な顔でフルーツサンドを頬張った。
「皆、苦労しているんだね」
「そうですね。王族や貴族の嫡男、令嬢たちもそれぞれ金銭とは別に様々な悩みがあります。今回の学園祭は、生徒全員にとってメリットとなるものでしょう」
「ガブリエラ先輩、それはどうしてなんですか?」
「この学園には大きく分けて三種類の人族がいます。一つ目は継ぐべき爵位や王位や役職、それに嫁ぎ先があり、箔を付けるために入学した者。二つ目は学園で培った技術や人脈を使い、王宮勤めなど将来の就職に活かしたいと考える者。三つ目は純粋に魔法を学び、研究したいと思っている者ですね」
「ロアナは二つ目だよね? 将来は魔法使いじゃなくて、商人とか、お金を扱う仕事をしたいって言っていたよね」
私が問いかけると、ロアナは深く頷いた。
「カナデは三つ目ね。ガブリエラ様は一つ目ですよね?」
「ええ。今回の学園祭でのわたしのメリットは、金銭ではありません。侯爵令嬢というのは、自国を出れば知名度も権力も微々たるものとなります。学園祭で良い結果を残すことで、他国に名前を売ることができます。ちょうど、各国の要人が学園祭を視察しに来ますから」
「学園祭の出し物は、会場の設営や物品の購入、人員集めまですべて生徒の手で行わなくてはいけないの。魔法だけじゃない、生徒たちの経営力や企画力が試されるわ。お金稼ぎだけじゃないのよ」
「でも、ロアナ。それがどうして私を血走った目で確保しようとすることに繋がるの?」
「ここは魔法学園よ。メインの出し物は魔法技術になるわ。各国の要人たちもその情報を集めるためにやって来るの。将来有望な技術者を捕まえるためにね」
首を傾げる私に、ガブリエラ先輩が苦笑した。
「意外に学園の卒業生は、魔法を研究開発する方が少ないのです。先人たちの残した技術を習得するのは簡単ですが、自らが道筋を立てて生み出すのは難しい。簡単な話、物を売ったり宣伝したりすることは誰でもできます。ですが、売れる物を生み出すのは誰にでもできることではありません。だから皆、我先に技術者の確保に乗り出したのです」
「自分が快適に過ごせる魔法や、格好いい武器を作る錬金術を行って遊んでいたカナデは、いい金づるになるっていう訳よ」
だから他の生徒は私を狙ったのだ。取るにも足らない魔法でも、金を稼ぐ役に立つかもしれないと思ったから。
どんな小さな利益でも見逃さない。さすがは人族領最高峰の魔法学園の生徒たちだ。
「今、温室の外に出れば拉致監禁されるかもしれませんね。一方的に不利な契約書でもサインすれば、解放して貰えそうですけど」
「それ解放じゃなくて、隷属だよ! 日々、欲望のままに生きていただけなのに……どうしてこんなことに……」
「大丈夫です、カナデさん。一緒に学園祭を頑張りましょう? そうすれば、わたしが煩い人たちを一掃して守ってあげられます。……まあ、わたしの話を断れば一気に敵となるつもりですが」
ガブリエラ先輩は脅しをかけながらも、決して微笑みを崩さない。
それがとても不気味で、ゾクリと全身の肌が粟立った。
「よろしくお願いいたします、ガブリエラCEO!」
そして気が付いたら九十度のお辞儀をしていた。
人の本能とは恐ろしいものである。
「わたしも異存ないです、ガブリエラ様」
子爵令嬢のロアナや平民の私がトップに立つより、学園内での地位も実績も持つ腹黒策士のガブリエラ先輩が中心で動いた方が、色々とやりやすくお金が稼げるに違いない。
だからロアナも納得した顔でキッパリと同意した。
「大丈夫かなぁ」
だが、私には一抹の不安があった。
それはガブリエラ先輩ではなく……ロアナにだ。
「……どうしたのよ、カナデ。その反抗的な目は」
「いや、だって……ロアナは呪われているって思うぐらい貧乏じゃん。だから、学園祭商売が失敗そうな気がして……」
ロアナの有能さは親友の私が一番良く知っている。だが同時に彼女の呪われた貧乏さも知っているため、いまいち信用できずにいた。
「確かにわたしは貧乏よ! 苦労して大金を稼げば、すぐに借金を負う……そんなお金が大好きなのに、お金に裏切られるづける人生を十三年間送ってきたわ」
「愛されているね、貧乏神に」
「だからこそ思ったのよ。恵まれた地位に生まれた人や、才能のある人、借金のない平和で平凡な人生を送っている人……そんな幸運な人たちの中にいれば、わたしの貧乏は緩和される。いいえ、殺せるんじゃないかって!」
「おやおや、ロアナさんはやる気に満ちあふれていますね」
ガブリエラ先輩はロアナの暴走に動揺することもなく、ゆっくりとお茶を飲んだ。
「見てなさいよ、キャンベル家に取り憑いた貧乏神め! 世の勝ち組の幸運を絞り尽くしてでも、わたしは大金持ちになってやるわ!」
力一杯叫ぶと、ロアナは乱暴な手つきでタマゴサンドを手に取るとそのまま齧り付く。
「……過激な思想だなぁ」
私はそっとロアナから目を逸らした。
友人関係を長持ちさせるコツは、時には友人の欠点を見ない振りすることである。
「はい。では、この三人が中心となって学園祭で出し物をするということで」
ガブリエラ先輩が雑にまとめたところで、詳しい出し物を決めることとなった。