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女魔法使いの軌跡

 ロアナが死に、私も人生を終えて200年の月日が経った。

 今の私は世界神として、日夜、お菓子とお菓子とお菓子とたぶん平和のために、世界を管理・運営している。



「いやはや、懐かしいねぇ、サヴァリス。巨人島に来るのも200年ぶりぐらいかなー」


「前に来たときよりも派手になっていますね。人族の観光客も多いですし」



 巨人島の港で、わたしとサヴァリスは感嘆の声を上げた。


 巨人島は綺麗な海、珍しい生き物、雄大な自然、独自の文化と、魅力たっぷりの場所で、種族間の垣根が取り払われつつある現在では、人族も魔族も遊び、羽を伸ばせる一大観光地となっている。


 私は南風になびく長い黒髪を押さえつけるように、大きな麦わら帽子を目深に被った。



「やっぱり、私の容姿をとやかく言う人はいないね。いい時代になった。ビバ平凡!」



 周りを見れば、黒髪をもつ人族もたくさんいる。昨今の技術の進歩から、髪や瞳の色を変える魔道具が、平民でも手軽手に入るようになったのだ。それからというもの、黒髪黒目は決して珍しいものではなくなった。



「久しぶりの休暇ですからね。楽しみましょう、カナデ」


「と言いつつ、視察も含めているけどね! さて、リゾートを満喫しよ――」



 私が大きく一歩踏み出すと、ぐにゅんと土でも砂浜でもない柔らかな感触が足から伝わった。



「うひゃぁぁあああ! なんか変なの踏んだ!」


「ああ、行き倒れですね」



 飛び上がって取り乱す私と違い、サヴァリスは微笑みながら冷静に行き倒れ――10代前半の少年を仰向けにした。

 少年の服は薄汚れているが上等なものだ。それにこの銀色の髪と整った顔。この特徴は見覚えがある。



「……もしかして、今代の月の国の王族かな?」


「そうでしょうね。名前までは知りませんが、以前、月の国を覗きに行ったときに、この少年を見ました」



 サヴァリスはもう月の国の王族ではないが、母国の行く末が気になるのか、家族や部下がいなくなった今でも定期的に月の国を訪問している。もちろん、そのとき自分がかつての英雄だとは名乗らない。サヴァリスもまた、私と同じで人族ではないから。



「う……うぐ……み、みず……」


「ほら、エルフの隠れ里の湧き水。魔素たっぷり、元気モリモリチャージだよ!」



 私は亜空間から水筒を取り出し、少年の口へ突っ込んだ。



「ふぅぐうう!?」



 最初は驚いた少年だが、美味しいのか、水を泣きながら飲んでいる。

 思う存分水を飲み干した後、少年は毒気のない爽やかな笑顔を見せた。



「ぷっふぁっ、生き返った! ありがとうございます! あ、俺はシルヴァンって言います。月の国から来ました」


「私の名前はカナデだよ」


「私はサヴァリス。カナデの夫です」



 サヴァリスは微妙に殺気を飛ばしながら、少年――シルヴァンに名乗った。しかし、当のシルヴァンは殺気に気づくこともなく、目を輝かせて私たちに迫る。



「すっげ! 伝説の英雄夫婦と同じ名前じゃないですか! 名前自体は2つとも珍しくないですけど……夫婦でなんて……髪と瞳の色も英雄夫婦と合わせていますし、もしかして俺と一緒で創造の女魔法使いカナデの謎を追い求めてきたとか!?」


「ぶっふぁっ! ごほっ……ごぼっ……」



 私はシルヴァンからの突然の精神攻撃に、大きく咳き込んだ。

 サヴァリスは私の背を優しくさすりながら、シルヴァンに微笑んだ。



「シルヴァン、詳しく教えてください」


「実家が英雄夫婦に縁があったこともあって、創造の女魔法使いカナデが大好きなんです! ものすんげぇー偉業を成し遂げながら、意味のよく分からない珍妙な伝説を打ち立て、燃えるような熱い恋愛をした女魔法使いですよ! みんなの憧れです!」


「止めてぇ……違うんだ……それは呪いと戦闘狂のせいで……私の中身は平凡……だよね?」



 頭を抱えて私は踞るが、シルヴァンは止まらない。



「最近では、存在自体が人族の国々が作り出した虚像なんじゃないかと、歴史学者の中で言われていたりもしますが、俺は絶対にカナデは存在していたと思います! 人族は寿命が短いからカナデを知りませんが、魔族の銀狼女将軍のルルシェイラ様はカナデと親交があったようですし!」


「シルヴァンは歴史が好きなんですか?」


「ええ、サヴァリスさん! 親には反対されていますけど、歴史学者になるのが夢なんです!」



 シルヴァンは純粋無垢な瞳で熱く語った。



 ……どうしよう。私とサヴァリスがその英雄夫婦だって絶対に言えないよ! 歴史とか、絶対に大げさに伝わっているよね!?



「シルヴァン。よろしければ、一緒に巨人島を回りませんか? 妻の名前が創造の魔法使いと同じこともあって、私も『創造の魔法使いカナデ』に興味があるんですよ」


「お邪魔じゃなければ是非!」



 何言ってるのナチュラルドS旦那!!



 サヴァリスは平然とした顔で私に当たり前のように手を差しだしてくる。私はサヴァリスの手を握ると、思いっきりつねった。



「……後で覚えていてねぇ?」


「ええ、もちろん。今夜……とは言わず、一か月でも戦い続けましょう」


「そうだった……こいつ、戦闘狂だった……」



 明らかに対応をミスしてしまい、戦闘狂を喜ばす結果になってしまった。私は悔しさで顔を歪ませる。すると、シルヴァンが笑い出した。



「熱々ですね!」


「お前の目は節穴かぁぁあああ!」



 私の叫びは惚気の一環だと勘違いされ、シルヴァンに軽く流された。










 シルヴァンに最初に連れられてきたのは、巨人島の市場だった。人族領では実らない、特大サイズの果物などが売られている、とても活気のある場所だ。



「いやー、最初にこんな賑やかなところに連れてきてしまって申し訳ないのですが、自分用にお土産を買いたくて。夕方には売り切れてしまうらしんですよ」



 そう言ってシルヴァンは人だかりの前で立ち止まった。

 なんの店かは分からないが、ポップな音楽が流れているあたり、若者向けの雑貨屋さんとかかもしれない。



 恋が叶う人形とかも地球世界にあったもんねー。シルヴァンも年頃だし、そういうのが気になるのかも。



 私は人垣の隙間から店の様子を覗いた。



「へえー、超魔法少女カナデちゃんの限定フィギュ……ぁぁぁあああああ!?」


「おじさん、俺に一つちょうだい!」



 驚愕する私を置いて、シルヴァンは人垣へと特攻した。



「ちょ、サヴァリス! 何コレ? 私、何も許可していないけど!? 著作権は没後50年まで、私まだ死んでない!」


「落ち着いてください、カナデ。流れている曲も、カナデの歌声ではありませんよ」



 私は荒ぶる心を押さえつけ、耳をそばだてる。

 


「……うん。私の声じゃないね。そして私の数万倍歌が上手いね」



 く、悔しくなんてないんだからね!



「私はカナデの声が世界で一番好きですよ。特に敵を倒すときのゾクゾクするような冷たい声が……」


「それで口説いているつもりなの!?」


「ええ、もちろん」


「変態だ……本物の危ない変態がいる……!」



 私がもう何度目か分からない後悔をしていると、シルヴァンがほくほくした顔で紙袋を掲げた。



「いやー、買った買った。人族サイズはすべて買いですよ! 本当は巨人族サイズの等身大超魔法少女カナデちゃんの限定フィギュアが欲しかったですが、それはまたの機会ですね」


「……見せてもらってもいい?」


「いいですよー」



 私はシルヴァンからフィギュアを受け取り、じっくりと見聞する。もちろん、パンツの色の確認も忘れない。



「……なんだこの清楚系黒髪美少女は! ありえない美脚! そしてなんで貧乳だけは忠実に再現してんだよ、馬鹿やろぉぉおおお!」



 私がフィギュアを地面に叩きつけようとすると、サヴァリスが私を羽交い締めにした。



「離して、サヴァリス! 私はこのフィギュアを……島ごと壊す権利がある!」


「落ち着きましょう、カナデ。悪戯をすると、義兄殿に叱られてしまいますよ?」


「それは嫌!」



 私はお兄ちゃんの説教が怖くて、暴れるのを止めた。

 身体の力を抜いたことで、フィギュアが私の手から離れ、落下する。



「超魔法少女カナデちゃん!」



 シルヴァンがスライディングし、見事フィギュアをキャッチした。



「……そんなにこのフィギュアが大事なんだ」


「創造の魔法使いカナデは、とんでもない美少女で有名なんですよ! 男たちの永遠の憧れです!」


「うう……そうだ……そうやって、歴史は勝者が作っていくんだ。大人は汚いよぉ……」


「なんで泣いているんですか、カナデさん……?」


 

 シルヴァンとサヴァリスに慰められつつ、私は次の場所へと向かう。



「次はここ! 巨人島独自の宗教である、カナデ教の聖地です!」


「ぐぅっ……力が増していくなと思ったら……正体はこれか!」



 私は巨大な祭壇を見上げて唸った。



「ここのご神体はですね、あのカナデが愛用していたと伝えられている深紅の槌です!」


「……ただの巨大なピコピコハンマーなんだけどね」


「カナデはこの槌を使って凶悪な魔物をバッタバッタと斬り殺し、巨人族を救ったと言われています。それ以来、巨人族の信仰の対象とされています。人族の中でも、武神として崇めている軍人も多いですね。身近な神様です」


「確かにカナデは親しみやすいですよね。その分、隠れた毒が艶やかに輝くのですが」



 サヴァリスは嬉しそうにピコピコハンマーを見ている。あの顔は、珍しい武器で強い相手と戦いたいと思っている顔だ。戦闘狂パネェ。



「さすが、サヴァリスさん。巨人島では崇められていますが、魔族領でカナデは死神として畏怖されているんです! 本当にカナデは何をやらかしたんでしょうね? 気になりますよ。カナデと同じ時代に生まれたかった!」


「もう……次の場所に行こうよ……」



 私はげんなりしながら提案した。











 最後にシルヴァンに連れられて来たのは、私が初めて巨人族の村長と出会った場所だった。

 懐かしさで胸がいっぱいになりながら、私はサンダルを脱いで浜辺を歩き始める。



 ……あのときはチョコレートで頭がいっぱいだったんだよねぇ。それに、浜辺では自警団のみんなを鍛えたんだっけ。



「……懐かしいなぁ」



 巨人族の寿命は200年ほどだ。私が親しかった巨人族のみんなはもう亡くなってしまった。

 しんみりとした気分で歩いていると、巨人族の女性と人族の女性たちの集団を見つけた。何故か彼女たちは南の島には不釣り合いな暑苦しい軍服を着込んでいる。



「巨人島には軍施設はないはずですが……」


「そうだよね、サヴァリス」



 私とサヴァリスは警戒した目で彼女たちを観察する。



「おい、豚ども! この程度のことで根を上げるなんて、お前たちはゴミクズ以下だ!」


「「「イエス、マム!」」」


「腹筋100回だ!」


「「「イエス、マム!」」」



 人族の女性たちは、巨人族の女性の支持に従い腹筋を始めた。



「…………なんぞ、これ?」



 私が遠い目で呟くと、シルヴァンが自分の胸を誇らしげにドンッと叩いた。



「創造の魔法使いカナデが伝えたとされている、軍隊式健康法です! 旅行誌によると、女性に大人気で予約が半年先まで埋まっているそうです」


「うぉぉおおおお! 事実がねじ切れて伝わってるよ!」



 確かに自警団を鍛えたことはあったけれども!

 ダイエットの伝道師になった覚えはないからね!



「カナデと出会ってから随分と経ちますが、知らないこともあるんですね。後で巨人島でのことを全部教えてくださいね?」


「嫌だよ!」


「私はカナデの夫なのに……」


「それ以前に戦闘狂だからだよ!」



 私は叫ぶとしゃがんで頭を抱えた。

 


「本当にカナデさんとサヴァリスさんは仲良し夫婦ですね。年齢から考えて新婚なんでしょう? 羨ましい!」


「……ふふっ、そう思われますか?」


「ああー、俺も彼女が欲しいなぁ。創造の魔法使いカナデみたいな女の子……とまでは言わないけど、優しい子がいい。俺の幼馴染みなんて――――」



 口を尖らせて、ふて腐れながらシルヴァンが呟いた。

 すると突然、シルヴァンと同じぐらいの歳であろう少女が怒りに満ちた顔をしながら、ズカズカと歩いてくる。



「やっと見つけたわ、馬鹿シルヴァン! あなた、勝手に家を飛び出して!」


「げぇええ……ローズ、なんでこんなところに……」


「あなたが置き手紙一つ残して失踪するから、わたしが貴重な夏休みを使って連れ戻しに来たんじゃない! ちょっとは自分の身分を自覚しなさいよ!」



 少女――ローズはシルヴァンの耳を引っ張り叫んだ。中々に気の強い女の子のようだ。



「……カナデ、彼女は……」


「分かっているよ、サヴァリス」



 私は小声で言うと、ローズを真っ直ぐに見つめる。


 髪も瞳の色も、性格だって違う。だけどローズは……ロアナでもある。



「転生システムの稼働は成功のようですね」


「……うん。お兄ちゃんたちと協力したかいがあったね」



 私は人だったころから転生システムを創り出すために動いていた。


 この世界では、死んだ生物は等しく魔素へと還元される。その中で私は世界の理を壊し、魂だけを浄化して転生させることを提案したのだ。


 転生した魂は、前とはまったく違う存在として生きることになる。だけど、お爺ちゃんの死を経験したお兄ちゃんたちは、私の提案に賛成し、協力してくれた。


 世界の理を壊すことは大変な労力を使うためオリフィエルは乗り気ではなかったが、最終的には自分は一切働かないことを条件に納得させた。



 ……間に合わないかもしれないと思ったけど、こうしてロアナの魂に出会えた。



 ロアナが死ぬ直前にやっと転生システムの一部が完成した。そのため、ロアナの魂は回収できたが、生物として転生させるのは時間がかかってしまったのだ。


 漸く転生システムが完成したのは十数年前。ロアナの魂は転生第一号で、今回巨人島に来たのも彼女を直接目で見て転生システムの稼働が可能か確かめるためだった。



「あら? シルヴァン、一人じゃなかったのね」


「一緒に創造の魔法使いカナデゆかりの地を観光していたんだ!」


「また人様に迷惑をかけて! 馬鹿シルヴァン!」



 ローズは私たちの元へ駆け寄ると、深く頭を下げた。



「ごめんなさい! シルヴァンがご迷惑を……この馬鹿は創造の魔法使いのことになると、周りが見えなくなるんです」


「かまわないですよ。私も楽しかったですから」


「旅は道連れ世は情けっていうし。シルヴァンはいいこだったよ」



 私とサヴァリスが笑うと、ローズはホッと胸をなで下ろした。



「ありがとうございます」


「いえいえ。保護者は大変だね」



 そう言うと、ローズは私をじっと見つめた。



「……あの、もしかして……以前、わたしたちはどこかで会ったことがありますか?」



 ロアナの魂は浄化したはずだけど、それでも私にだって消せない場所に、思い出は刻まれているのかもしれない。


 私はローズの言葉が嬉しくて嬉しくて泣きそうになった。



「あるよ。あなたの生まれるずっとずっと前にね」


「それって……」


「なーんてね! 嫁にしたいぐらい可愛い子だから、ついつい口説いちゃった。えへへ」



 私は悪戯っぽく笑うと、くるりと周りながらサヴァリスの手を取る。



「さてさて、シルヴァンは保護者と出会えたわけだし、私たちもそろそろ行こうか」


「カナデさん、サヴァリスさん! 今日はありがとうございました!」


「本当に馬鹿がご迷惑をおかけしました」



 シルヴァンは私たちに元気よく手を振り、ローズはまた深々とお辞儀をしている。私とサヴァリスは小さく手を振ると、彼らに背を向けて歩き出す。



「……またいつか、どこかでね」



 私が呟くと、サヴァリスが私の手を慈しむように握った。



「帰りましょうか。義兄殿も首を長くして待っているでしょう」


「そうだね。これから転生システムの本格稼働が始まるし、忙しくなるよ」


「義父上から与えられた仕事も達成の目処すら立っていないですから、当分は働きづめですね」


「ああ、ワーキングコンチェルト計画ね。種族の友和とか今は達成できる気がしないけれど……まあ、時間はたっぷりあるし、お菓子で世界をいっぱい計画と一緒にのんびり進めていくよ」



 悲しいことも、辛いこともたくさんあったけれど、私はやっぱり生きることを選択し続ける。愛する人たちと創ったこの世界が大好きだから。きっと、飽きることなく見守り育てていける。絶望と恐怖に支配された禍津神の少女が随分と出世したものだ。



「サヴァリス、ずっと傍にいてね」


「もちろん、それが私の望みですから」



 私は繋いだ手にぎゅっと力を入れる。

 そして転移魔法を使い、私は再び世界の表舞台から霧のように姿を消した――――




 ―FIN―





※大事なお知らせ※

今作、ワーキングコンチェルト!が書籍化することになりました。

出版社や発売時期などは追々ご報告いたします。


以上で本編は一旦終了となります。

1年以上の間、ありがとうございました。


まだまだ書き足りない部分もありますので、今後は番外編などをゆっくり執筆していきます。

もう少しだけお付き合いしてくださると嬉しいです。

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