結婚式の終わりは
私だって、この登場が普通じゃないことぐらい分かっているよ!
あんまり先輩を侮辱すると、合法ショタじゃなくて合法ロリにするからね!
「……なんですか、カナデ先輩。息も荒いし、手付きも気持ち悪いし……」
ワトソンが後ずさったところで私は自分がよだれを垂らし、手をわきわきと妖しく動かしていたことに気づいた。
「はっ! いかんいかん。ワトソンにミニチャイナ服を着せる妄想をうっかりしてしまった。……生足が最高」
「奏。そこはメイド服が定番なんじゃないかなー」
「オリフィエル、やはりお前はメイド好きか!」
「もうやだ、この親子……助けてください、ロアナ先輩!」
ワトソンはめそめそと泣きながら、後から現れたロアナを盾にするように隠れた。
「どうして私にふるのかしら? いいじゃない、大金を稼げる手段が見つかって。もしも何かする場合は私に相談しなさい。がっぽり巻き上げてあげるわ」
「カナデ先輩よりゲスいだと……!?」
「ふむ……性別を転換する魔法陣……悪くないな!」
「お黙り、サルバドール!」
「ぐふぅっ!」
不穏なことを口走ったサルバ先輩をロアナがぶん殴った。
こうしてまた、ロアナ様のおかげでこの世界を脅かす危険を未然に回避することができたのだ。
「……本当に学習しませんよね。サルバドール先輩とカナデ先輩は」
「何故そこに私の名前が出てくる!? 不本意だよ!」
ワトソンは私を鼻で笑った。
最近……というかだいぶ前から私はワトソンに嘗められている気がするよ。私の方が先輩なんだからね!
「奏の友人は面白いね」
「そうだね。私の大好きな人たちだよ」
私は自信満々に胸を張り、オリフィエルに言った。
思えば、悪いことも良いこともこの4人でたくさんのことをした。私が人として生きることができたのも、魂が完全に浄化されたのも、ロアナとサルバ先輩とワトソンがいたからだ。普通じゃない私と友人になってくれた。本当に感謝してもしきれない。
「カナデ、結婚おめでとう。何かあればいつでも頼りなさい」
「結婚おめでとう。魔法陣のことなら、私に相談するといい」
「カナデ先輩、結婚おめでとうございます。いい加減少しは落ち着きましょうね」
「ありがとう、ロアナ、サルバ先輩、ワトソン」
……大大大好きだよ。
オリフィエルの腕に手を絡め直すと、私はバージンロードを歩き始める。
そして祭壇の前にいるサヴァリスの元へと向かう。
「綺麗ですよ、カナデ」
「……ありがとう」
サヴァリスは普段よりも装飾が多めの軍服を着ている。金色の細身のチェーンや襟元のバッジがキラキラと陽光を浴びて光り、さらに彼の秀麗な顔立ちを引き立てている。そして何よりも、サヴァリスが本当に幸せそうに笑っているのだ。それなのに、何故か私はぶるりと背筋が冷えた。
しかしサヴァリスは私の震えなどお構いなしに、私の身を引き寄せた。
「こうして空から落ちても無傷でいられるカナデの身体を抱きしめ、国一つ軽く潰せる魔法を繰り出す手を握れるなんて、私は世界一幸せな新郎です」
「……私、結婚する相手間違えた気がするよ」
「引き返すことなどさせませんよ? それに、こんなに大勢の人たちが見守っているのですから」
くるりと振り返れば、人族の平民・貴族・王族だけではない、魔族や巨人族、ダークエルフ族、神獣族、妖精族、竜族と多種多様の種族たちが楽しそうに談笑し、私たちを見守っていた。私の脳裏にはオリフィエルと初めて出会ったと時のことが思い起こされる。
――奏には、世界征服を阻止して、種族の友和をはかる仕事をあげよう。オーケストラが奏でる協奏曲のように、色々な者たちと力を合わせればきっと成せる!だって、我の娘だから。さあ、ワーキングコンチェルト計画の始まりだ!
――話聞けよ!
思えば、カナデとして目覚めたときから、私はオリフィエルには無理難題を押しつけられていた。
まだ完全に仕事を終わらせたとは言えない。だけど、今……この空間だけは身分も種族も関係なく皆が笑っている。……私はこの世界を愛しているのだ。
「ねえ、サヴァリス。私に力を貸してくれる?」
「ええ、もちろん。私の心も命もすべてはカナデのものですから」
「…………おっもい」
私は半目でサヴァリスを見つめた。
「うんうん。我の娘と義息子が働き者で嬉しいよ。ぜひとも、我を立派なニートにしてくれ!」
「お前はいつもいつも……働けこの駄神。私の可愛い妹に迷惑をかけたら……いや、かけなくても一生許さないが」
「うわーん、ターニリアスが冷たいよう」
嘘泣きを始めたオリフィエルを無視して、私はお兄ちゃんに駆け寄った。
「お兄ちゃん!」
「カナデ、とっても綺麗ですよ。子供の成長は早いですね。ああ、でもあんな害虫と……辛くなったり、酷いことをされたらすぐに害虫を捨て去って私の元へ逃げて来て良いんですよ? お菓子をたくさん用意して待っていますからね」
「出戻り歓迎!? でもお菓子……じゅるり」
お菓子に思いをはせていると、サヴァリスが強引に私の腰を抱いた。
「カナデ、お菓子なら私が買ってあげますから」
「失せろ害虫。言っておくが、私は最近お菓子作りを始めた。買うだけしか能のない害虫とは違う」
……知らないうちにお兄ちゃんの女子力が私より上がっていたでござる。
「ぷぷっ、我の娘は面白い! 未来をぶち壊す天才だ」
「……馬鹿にしているの?」
「褒めているんだよ」
そう言ってオリフィエルは内心を悟らせない笑顔を私に向けた。
……娘とかいいつつ、絶対に自分のことは話さないんだから。この馬鹿父は。
「ああ、もう……面倒くさい! サヴァリス!」
私はお兄ちゃんと楽しく会話をしているサヴァリスの襟首を引っ張り、こちらへ顔を向けさせた。そして強引に唇を重ねる。
「はい、誓いのキスは終わり!」
「急すぎて感触を楽しむ暇がありませんでした。カナデ、もう一度しましょうか」
「嫌だよ! サヴァリスはねちっこいから!!」
私は思わず叫んでしまった。
すると会場内でカトラが鼻血を出して気絶し、ティッタお姉ちゃんが「カナデちゃん、もっと詳しく!」と興奮している。
……完全にドジ踏んだよ。
「ええっい! 無礼講だよ、みんな!!」
私は誤魔化すように指を鳴らすと、大量のお菓子を降らせた。以前風の国でキャンディパニックを行っていたので、魔法自体は簡単だった。そして、場を盛り上げるべく大音量の音楽をかける。
「……これは軍曹殿が再び!?」
「ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆」
巨人族たちがどこからか青い布を取り出し振り始めた。それを見た瞬間、私の黒歴史『超魔法シンデレラカナデちゃん』が脳内で再生される。
「おい、そこの巨人族ども……それ以上言ったらゴミクズに降格するぞ! 黙って結婚式を楽しめ!」
私は羞恥で顔を真っ赤にして叫ぶ。
巨人族は本職の軍人も唸る完璧な敬礼をして、私を見下ろす。
「「「イエス、マムッ 軍曹殿!!」」」
「だから軍曹殿はやめろぉぉおお!」
そして、無礼講は続いていく――――
♢
宴は日が沈んだ今もまだ行われている。酒を楽しむ者、お菓子に舌鼓を打つ者、商売や外交を行う者と皆それぞれの価値観で私とサヴァリスの結婚式を楽しんでいた。
サヴァリスなんて、魔の森の荒野でお兄ちゃんとアイルと楽しそうに遊ん――戦っている。本人たちが楽しいのなら私は止めないけど、世界を壊さないようにほどほどにして欲しい。一応、この世界の最強種なんだから。
「ねえ、お爺ちゃん。私ねー、結婚したよ。ドレス綺麗でしょう?」
家の裏手にひっそりと置かれたお爺ちゃんの墓標の前で私はファッションモデルのように華麗なターンをした。
それに満足すると、私は墓標に水をかけて線香代わりの香木に火を付けた。
「私ね、大好きな人たちがいっぱいいて今とっても幸せなんだ。……でも、いつかはみんな死んじゃうんだよね。まあ、オリフィエルとサヴァリスは別だけど」
たくさんの人に愛されて、だけどその分たくさん絶望を味わったお爺ちゃん。今は少しだけ、私も死に際のお爺ちゃんの気持ちが分かる。
「……狂わないかなぁ、私」
ひんやりと冷たい墓標に触れ、私は小さく呟く。夜風が私をふんわりと包み、お爺ちゃんが慰めてくれているような錯覚を起こす。
……そんなことあり得ないのにね。死んだら生物は平等に魔素に戻り世界樹を通して世界に還元される。
しばらくすると、人の足音が聞こえてきた。
「ここにいたの、カナデ。主役が会場から離れちゃ駄目でしょう……って、何をやっているの! 墓標を掃除でもないのに濡らしてるし、変な臭いの香木なんて焚いて……火事になったら大変でしょう!」
「……うおぉぉ、理解されない異世界文化」
「訳の分からないことを言っていないで行くわよ、カナデ! ポルネリウス様への報告は明日!」
ロアナは私の手を無理矢理握るとそのまま強引に私を連れ出した。
「まったくもう……私がいないとダメダメなんだから」
ぶつくさ言いながらも、ロアナは穏やかに笑っていた。
手から伝わるロアナの温もりがじわじわと私の心へと染み渡る。遠くない未来、私はこの温もりを感じることが出来なくなるのだろう。そんなのは嫌だ。
「……やっぱり、ロアナは私の嫁だね!」
「また訳の分からないことを……」
永遠を手に入れるためならば、私はこの世界を――――