結婚式の始まりは
――結婚式。
それは女の子の夢であり、基本的には一生に一度の晴れ舞台。綺麗なドレスを着て、新郎と共に将来を誓い合う。そんな神聖で特別な儀式。
……というのは、嘘っぱちだ!と私は現在身をもって体験している。
「ロアナ、お客様が来るまで、あと何分!?」
「サヴァリス殿下が食い止められる時間は20分じゃないかしら」
私は今日行われる結婚式の主役……のはずなのだが、実家で忙しくなく動き回っていた。
「誰だよ、結婚式を自分の家でやるって言ったヤツ!」
「カナデでしょ。王族用の盛大な結婚式が嫌だとか言ってごねて」
「だって、晒し者にされるみたいで嫌だったし、自前の結婚式がこんなに大変だなんて思わなかったんだもん!」
どうしてこの世界にはウェディングプランナーの仕事がないんじゃ!
誰か異世界転移してきてぇ!
「いいから手を動かす。30分後にはカナデのお兄さんが転移魔法でお客様を連れてくるわよ。まったく、どうして私は親友の結婚式の準備を手伝っているのかしら。招かれる側なのに」
ロアナは溜息をつきながら料理を大皿に盛っている。わたしはそれを庭に並べられたテーブルの上に片っ端から転移させた。
「主様、会場の飾り付けが終了したでござる!」
「ありがとう、カトラ! こっちももうすぐ終わるから、サヴァリスのところに行って、人族の招待客を会場に案内して」
「承知!」
ぱたぱたと駆けていくカトラの背を見届けると、わたしは最後の料理を転移させて、会場を見渡す。
白のテーブルクロスの上には、華やかな赤や黄色の薔薇がセンス良く活けられていて、会場をぐるりと取り囲む生垣は丸いシルエットになるように整えられている。結婚式とはいっても、ガーデンパーティーの豪華版といった感じだ。
「カナデ、あとはサヴァリス殿下がうまくやってくれると思うし、身だしなみを整えましょう」
「分かった!」
私とロアナはエプロンを脱ぐと、小走りで家の中に入っていく。そしてウェディングドレスを置いている部屋に行くと、そこにはワクワク顔のティッタお姉ちゃんがいた。
「待っていたわ、カナデちゃん!」
やばい! 不安しかないよ!
ティッタお姉ちゃんは前世でいうロリータ系ファッションが大好きなのだ。十代前半の美少女に人化しているティッタお姉ちゃんなら似合うかもしれないが、平凡顔でゆるふわ系女子ではない私には、絶望的に似合わない。
幼女時代はどうにか我慢できたが、今の私には到底許容できるものではない。
「じ、時間もないし、ロアナも手伝ってよ!」
「え、もう、わたしは必要ないでしょう?」
「お願いだから行かないでぇ!!」
私が必死に縋り付くと、ロアナは「仕方ないわね」と言って私の髪を梳き始めた。
ロアナはお金が絡まなければ常識人だ。私が痛々しい姿になる前に止めてくれるだろう。
信じているぜ、親友! ほんとお願いします!
「うふふ……カナデちゃん、世界一かぁっわいい女の子にしてあげるわ!」
「ティッタお姉ちゃん。とりあえず、その手に持っているデカリボンから手を離そうか」
……前途多難だよ。
♢
「会心のできよ!」
そう言ってティッタお姉ちゃんは自信万に胸を張った。絶壁だけど。
「とても素敵よ、カナデ」
「……ありがとう」
姿見に映る私は、普段と別人のように見える。
純白のウェディングドレスは、Aラインのスッキリとしたシルエットで、フリルが幾重にも重ねられていて可愛らしい。肩まである黒髪はゆるく巻かれていて、銀のクラウンティアラが頭上に輝いている。
私の平凡顔も化粧が施されていて、絶世の美少女とまではいかなくとも、大勢の前に出ても自信が持てるレベルになっていた。
「……馬子にも衣装。恐ろしいね」
「それを自分で言っちゃうのが、奏の面白いところだよね」
突如聞こえた低い男性の声に驚き振り向くと、ソファーに寛ぎ、お菓子を摘まみながら私を見るオリフィエルがいた。
「なんでこんな所にいるんだよ、ボケ神! 男子禁制だっつーの!」
「ぶふぁるぁっ!」
もはや様式美と化した手加減無しの強烈な一撃を私はオリフィエルの腹にキメた。
オリフィエルは吹っ飛び、壁にめり込む。
「カナデちゃん、家が壊れたらどうするの?」
「着崩れるわよ、カナデ」
「あ、ごめんなさい。ティッタお姉ちゃん、ロアナ」
「いったた。……日に日に威力が増していくね。パパは娘の成長が嬉しいよ」
オリフィエルは脇腹を押さえながら復活する。相変わらず彼の身体は無傷だ。
「……ハジけて中身をぶちまければ良かったのに」
「娘が冷たい!」
「で、何をしに来たの?」
自分で自分を抱きしめるオリフィエルを冷めた目で見ながら私は言った。
「何って、パパだよ? 娘の結婚式には必要不可欠! それなのに、奏はパパに招待状を送ってくれないし!」
「だって住所知らないし」
「そんなの異空間に決まっていじゃないか!」
いや、決まっているとか言われてもマジ困る。
「はいはい。これから会場に行かないといけないんだから、邪魔しないでね」
「ああ、そうだった!」
しっしっと野良猫を追い払うような仕草をするが、オリフィエルは心にダメージを受けることもなく、くるりとその場で一回転した。
オリフィエルが金色の光を纏ったかと思うと、次の瞬間には黒のタキシードに着替えていた。髪型もオールバックがバッチリ決まっている。
「さあ、奏。サヴァリスの元まで手を引いて連れてってあげよう。それがパパの役目さ!」
……ええ-! こんな人智を超越した美形の隣歩くの? 公開処刑じゃん!!
「人生で一番可愛いときに、大輪の薔薇を引き立てるかすみ草になるとか嫌だよ!」
「何を心配しているんだい? 大丈夫、奏は時空一可愛い!」
「どう見たって身内の贔屓目だから。こんなときに親バカ発動すんな、アホ!」
私はオリフィエルに詰め寄って、彼の襟首を掴んで思いっきり揺らした。
「カナデ。せっかくのご厚意なんだから、お父様と会場に行きなさい」
「……ロアナがそう言うのなら」
しぶしぶ私はオリフィエルの手をとった。
「それじゃあ、ロアナちゃん。わたくしと一緒に会場に行きましょう?」
「ええ、分かりました」
「カナデちゃん、少し親子の会話をしてから会場にくるといいわ」
ティッタお姉ちゃん、それ余計な気遣いだから!
「さすが我の娘の姉! 細かい気遣いだ!」
「うっふふ。お褒め戴き光栄ですわ」
ティッタお姉ちゃんは、「ささっ、後は若いふたりで!」とお節介おばちゃんのようにロアナを連れて去って行った。
部屋の中には私とオリフィエルのふたりだけ。
気まずいと思ったのは私だけのようで、オリフィエルはニコニコ笑顔で私を見つめる。
「子どもの成長は早いね。奏を拾って娘にしてから1018年かぁ……」
「長いからね!」
「それは今だけだ。時機に1000年なんてあっという間に感じるようになるよ」
「……ならないよ」
そうは言うけれど、長い時を生きていれば、きっとオリフィエルの言った通り、私は時の流れに鈍感になるんだろう。でも、今はまだそれを認めたくない。
だって……
「……私はまだ人だから」
「人でいたい、の間違えだろう?」
「オリフィエルは意地悪だよ」
私はぷうっと頬を膨らませた。
オリフィエルは宥めるように私の前髪を優しい動作で梳く。
「気が済むまで人生を楽しんでおいで。我はいつまでも待っているから」
「本当に?」
私は様々な意味をこめてオリフィエルに問いかける。
「本当さ。奏が我に隠れてやっていることだって、止めてないだろう?」
「……覗き魔」
私が悔しさで睨み付けると、オリフィエルは腹を抱えて笑い出した。
「何を言っているんだ、奏! 我は魔ではなく神だぞ。ふっはは、やっぱり娘の反抗期は面白い!」
「うざい! 変態! アホ!」
「面白いな。もっと言ってくれ!」
「もうやだぁ……」
私は動揺した心を落ち着かせるため、拳を胸の前で握り深呼吸をした。
繊細なレースの手袋をはめて、パンッと軽く両頬を叩く。
「切り替え、切り替え。なんたって今日は主役だからね! たとえ新郎と父親の方が私よりも美しかったとしても!」
「我の奏が一番可愛いよ」
「その顔で言っても説得力がねぇーんだよ! 美形、滅びろ!!」
「あはっはー、娘が思春期だー!」
オリフィエルは軽く言うと、私の手を取り強制的に転移させた。
そして懐かしい浮遊感が……
「って、空から落ちてるんですけどぉぉおおおお!」
「懐かしいだろう、奏。スカイダイビングだ!」
「お馬鹿さぁぁぁあああああん!!」
初めてこの世界に降り立ったときのように、私は空から落下していた。前と違うのは、オリフィエルと手を繋いでいることだろうか。
「斬新な花嫁入場だろう?」
「斬新じゃねーよ、このボケナス神! ノーパラシュートスカイダイビングはただの自殺だからね!」
「ふむ……ではスタイリッシュスカイダイビング?」
「英和辞典引いてこい、お馬鹿ぁ!」
恐る恐る下を見れば、結婚会場の魔の森へと一直線に落ちているのが分かった。このまま何もしないと私とオリフィエルは地面にめり込む。
そんなには痛くないだろうけど、せっかく汗水垂らして用意した結婚式が台無しになっちゃうし、クレーターができたら穴埋め大変だし、何よりロアナとお兄ちゃんに大目玉くらうよ!
「オリフィエル、なんとかしなよ!」
「こらこら、奏。いつまでもパパに頼っちゃ駄目だぞ」
「自分の胸に手を当てて今の発言をかんが――やばっ! もう地面だよ!」
「仕方ないな」
招待客のあわてふためく顔が見えてきた頃、漸くオリフィエルが指をパチンと鳴らし、神力を使う。
大きな花が突如、虚空に現れ、トランポリンのように弾ませながら私たちを受け止めた。
そして私たちが無傷で地面に降り立つと、大きな花は盛大な花吹雪へと姿を変える。舞うように美しく広がるその様は、まるで私とサヴァリスの晴れ姿を祝福するかのように幻想的だ。
私は目を潤ませ、オリフィエルに腕を絡ませた。
その姿は初々しい花嫁そのものだ。
「始まりよければすべてよしだね」
「いやいや、良くないですからね、カナデ先輩!」
ワトソンの無慈悲なツッコミがやけに大きく響いた。
連載再開。
残り3話とか言いましたが、もう少し続きそうです。