秋貴丸ってこんなヒト
私の友人である一瀬紗綾の様子が、今日はどこかおかしい。もとから少しおかしい子であるのは間違いないが、とにかくおかしいのだ。
眠そうな目でおにぎりを食べる姿は、端から見れば普段と何も変わらないだろう。常時無表情な紗綾の些細な変化を感じ取れるのは、幼稚園からの幼なじみである私、高丸亜希くらいだ。
「ねぇ、紗綾」
「なぁに、丸亜希」
「名前を変なところで区切るの止めて!? 高丸、亜希だから! 勘違いしちゃう人出てくるから!」
「外国みたいに名字と名前を逆にすると力士風になる不思議」
「誰が秋貴丸か! 十年以上付き合っててなんで今更名前いじりすんの!?」
こんな感じのやりとりはいつも通りだが、やはり今日の紗綾は何かおかしい。だけど、それが何なのか分からないからモヤモヤだけが溜まっていく。
「紗綾、最近、何か変わったことない?」
「変わったこと?」
すぐには思い付かないのか、紗綾は斜め上を見上げて小首を傾げる。自覚がない? 本人すら気付かない変化に気付くなんて、流石は私。幼なじみ。
「あ。そういえば七星に」
「七星ちゃんが?」
ここで妹の名前が出てくるということは、家庭の事情だろうか。小動物系妹七星ちゃんのことは私もよく知っている。今年度から中学生になったはずだ。もしや、そこで何かが?
「彼氏が出来ました」
「惚気かよ!!」
心配して損したよ! っていうか、偶然横を通りかかった杉本が石化してんだけど、なんなんだ、こいつは。
「あ、ごめんね、亜希。七星っていうのは私の妹で……」
「知ってるよ! 小学校も一緒だったし!」
「えっ」
「えっ、じゃないよ! あれ!? もしかして、私と幼なじみってこと忘れてる!? 幼稚園から一緒だったじゃん!」
「幼稚園……? たまに遊んでた京子ちゃんの好きな食べ物が砂肝だったことくらいしか覚えてないや」
「記憶力すごっ! あれ!? もしかして私の記憶がおかしいの!? 幼稚園児の頃、昼寝してたら身体中にくっつき虫つけられて号泣した記憶は偽物なの!?」
「そう思うならそうなんじゃないかな」
「非を認めろ!!」
いや、待て。落ち着け私。この際、くっつき虫事件については水に流そう。
「ていうか根に持ちすぎだよ……」
「すっげえ怖かったんだからな!!」
いや、落ち着け私。ていうか、杉本もいつまで石化してんのさ。紗綾も気付いてないのか、目線すら向けないし。……待てよ。杉本? そういえば、少し前に紗綾が杉本に特製メロンパンをもらっていたことがあった。中学三年間、お互い全く関わろうとしなかった二人が……。
女の勘が告げている。杉本は、何か関係していると!
「ねぇねぇ、杉本」
「ん? なんだ? っていうか、俺、なんでこんなところにいるんだ?」
少しだけ記憶が消えてるみたいだけど、まぁいっか。紗綾の変化に比べれば、杉本の記憶なんて道端に落ちてる少し珍しい形の石ころだ。
「それ、ちょっとだけ気になってるよね?」
「でさ杉本、今日の紗綾、どこか違うと思わない?」
とりあえず揺さぶりを掛けようと訊いてみると、杉本は無表情のまま顔を紗綾に向ける。紗綾もまた、杉本を見上げる形になり、無表情二人が見つめ合うと、次のアクションが予想出来ない妙な緊張感があることを私は知った。
「高丸、一応聞くが……」
杉本がこちらに顔を向ける。
「髪を切ったこと以外で、だよな?」
「…………え?」
思考停止状態のまま紗綾に顔を向けると、肯定するように小さく頷き、人差し指と親指で前髪を軽くつまんだ。
「ほんの少しだけ」
気付いてなかったの? と言いたげな瞳。これは、正直に言うと、幼なじみとしての沽券に関わる。
「えっと……、いや! そんなわけないでしょ! 今のは杉本を試したんだよ!! いやぁ、よく見てるじゃないか、杉本君! いっそのこと付き合っちゃえよ、このこの~!」
「ごめんね、杉本君。この人は後で燃えたゴミに捨てておくから」
「ごめんなさい嘘です! 杉本助けて燃やされる!!」
杉本の腕にしがみつく。紗綾が舌打ちした気がしたけど気のせいだよね。
「あー、まぁ焼死は辛いらしいからな。せめて斬首にしてやったらどうだ?」
「なにそのいらない心遣い! ジャパニーズ気配り! ノーサンキュー!」
「外国かぶれな力士ですね」
「ノン力士!」
よく見ると、確かに紗綾の髪の長さは昨日までと少し違う気がした。でも、本人が少しって言うくらいだし、本当に少しなんだろう。
それに何気なく気付くなんて、もしかして杉本って……。
「ねぇ、杉本、もしかしてアンタ……」
「ん? なんだ幼なじみ(仮)」
「ガールフレンドみたいになっちゃってる!! 誤魔化せたと思ったのに!」
「いちいち突っ込むなよ。話が進まないだろ」
「ならボケんなよぉ!!」
「わしゃ、まだボケとらんわ」
「露骨だよ!!」
その後、杉本が去ってから紗綾が口を開いた。
「ねぇ、秋貴丸。さっき杉本君に何て聞こうとしたの?」
「え? あぁ、アイツ、意外と洞察力あるから、探偵とかに向いてるんじゃないかな、って」
「そう」
「………………」
「………………」
ツッコんだら負けかなって思ったんだけど、何もしなきゃしないでこんな空気になるの。私はどうさればいいの? 教えて髪様。
その夜。
『……今日は一瀬先輩大丈夫だった?』
「もう無視しようかと」
『それでいいのか……。あ、ところで、一瀬先輩と馬鹿兄貴の間を取り持ってくれそうな人っていないのかな? 共通の友人的な、さ。学校も歳も違う俺らじゃ動きにくいし、俺らから気持ちを言うのも違う気がするし』
「なんだかんだでお兄さん想いですよね、凛先輩って」
『いや、なんか今日はまた鬱状態でかなり鬱陶しいんだよね。思い出しちまった、とか、彼氏がどうこうとかブツブツ言っててさ』
「それでですね、ブラコンの凛先輩」
『あれ? 電波悪いのかな』
「紗綾さん達と同じクラスに共通の友人的な人はいて、私とも面識はありますが、正直役に立たないと思います」
『うおぉ……。高校生相手に遠慮なしの暴言』
「単純な評価です」
『もっと酷いような……。役に立たないって、どういう意味で?』
「一言で言えば、鈍感なんです。それも極度の」