爆発は幸せの証です
暇な数学の時間。俺は悩んでいた。
最近、一瀬が、よく売店にやってくる。そして、パンなど軽いものを一つ買って帰って行く。
『兄ちゃんに会いにきてんじゃねーの?』
どうでもいーわ、馬鹿兄貴。という内心スケスケな凛の言葉だが、案外、あれは的を射ていたのではないだろうか。何故なら、一瀬のご来店が始まったのは、俺と会話をしたあの日からなのだ。
ようするに、俺が考えた一瀬の内心はこうだ。
杉本君とまたお喋りしたいな。でも、勇気が出ないな。恥ずかしいな。やっぱり、今日も無理!
うへへ。
「うお。どうした、杉本。なんか真顔なのに妙な気持ち悪さを感じるぞ」
いつの間にか振り向いていた真野が、若干引いた顔をしている。ったく、うぜーな、こいつ。なにが真野だよ、つまんねー名字しやがって。
「あ、なんかすごい理不尽にバカにされてる気がする! 真顔なのになんでだろう!」
「被害妄想だろ。人の気持ちが分かる、なんて言う奴に限って的外れなこと言ってるから気を付けろよ。馬鹿にしてたのは当たってるけど」
「そ、そうだな。気を付けるよ。って当たってんじゃねぇか!」
「まぁ当たって当然なんだけどな。スローボールしか投げられない投手相手に『次はスローボールで来るな』って決め顔してるようなもんだから」
「いっつも馬鹿にしてるってことじゃねぇか!!」
「まぁの」
「なにその返事!? なんか滅茶苦茶ムカついた!」
「真野ォ! うるさいぞ!!」
見た目は体育教師、実際は数学教師、その名は、吉井竹蔵。という決め台詞で有名な吉井教諭に注意されている真野はさっさと視界の外に追いやって、また考え事を再開する。
やはり、女子から来るのを待っているのはよくないだろう。ここが勇気のだしどころだ。
なんとかして、一瀬に話し掛けて見せる!
だが、なんと話し掛けるべきだろう。いや、そんなのはなんだっていい。『最近、よく売店来るね』とかでいいんだ! あとはそこから会話が繋がって……………………いくか?
記憶に新しい、売店での会話。俺の頑張り虚しく、会話のキャッチボールは出来なかった。どちらかというとPK戦で、しかも全てセービングされていた。
あの鉄壁を、俺に崩せるのだろうか。いや、崩せるか、崩せないかじゃない!
俺が崩すんだ!
昼休みだ!
「一瀬」
「はい」
「最近よく売店に来るな」
「うん」
「ここのパン美味いよな」
「うん」
PK負け。
「凛先輩、今日、また姉が爆発しました」
『一瀬先輩どういう身体の構造してるの?』
「……セクハラですか?」
『!?』
またある日!
「一瀬、すっかり常連だな」
「うん」
「そろそろパンとかは一通り食べたんじゃないか?」
「ううん。いっつも、売れ残りしか食べられないから……」
「あぁ、そうか。食いたいものがあるなら、代わりに買ってくるけど」
「ううん。抹茶パンもジャムパンも好きだから」
一歩前進だ!
「凛先輩、今日も姉が爆発しました」
『病院連れていきなよ』
「奨めてみます」
またある日!
「お、一瀬、今日も……」
「!!」
俺を一目見ると走り去っていく一瀬。
完敗。
「今日は爆発しませんでしたけど、なんかブルー入ってます」
『偶然だね。うちの馬鹿兄貴も、呼吸困難になるレベルで鬱になって寝込んでる』
「それこそ病院に……」
翌日。売店に行くと珍しく人が少なく、苦労することなく特製メロンパンが手に入った。
傷心中の俺に神様がくれたプレゼントだろうか。正直、あまりメロンパンは好きでない。メロン入ってないし。
他に適当なパンを買ったところで、一足遅れて食欲丸出しの生徒達が群がってきた。
さっさと教室に戻ろうと、人混みから抜けると、
「あ」
そこには、一瀬がいた。いつも通り眠そうな表情がどこか強張って見えるのは、俺の気のせいなのだろう。
「…………」
言葉が出て来ない。もしまた逃げられたら、今日こそ弟に病院へ連れて行かれてしまう。
「……メロンパン」
「え?」
一瀬の呟きに、つい聞き返す。
「メロンパン、買えたんだね。人気のやつでしょ?」
一瀬が、俺に、質問した!!
「あぁ。俺が来た時はまだ人が少なかったから。今はこんなだけど」
そう言ってから、ハッとする。メロンパン、一瀬の分も買っといてやればよかった。
「………………」
「………………」
そして、この沈黙である。いや、でも今日はもういいや。一瀬から話し掛けてくれたし、嫌われてないって分かっただけでも大満足…………いや、もしかして。
「一瀬、もしかして、これが食いたかったのか?」
「え?」
メロンパンの入った紙袋を肩の辺りまで上げて聞くと、一瀬は首を傾げた。あれ、違うのか?
「少し前、真野の伝言を俺に伝えてくれた時からここに来るようになっただろ? あの時、真っ先にメロンパンが売り切れたのを見て気になったとか」
「え。あ、うん。実は……」
「やっぱりそうなのか」
我ながらなかなかの洞察力だ。
「じゃあ、これやる」
「え?」
メロンパンを差し出すと、一瀬は珍しく少し驚きの混じった声をあげる。そんなに嬉しいのだろうか。
「俺、あんまりメロンパン好きじゃないし、レアだからつい買っただけだから。パンなら他にも買ったし」
こういう時、自然な笑顔を浮かべられたら、せめて作れたらいいのだが、どうにも照れ臭く、ろくに目も合わせられないのが現実だ。
一瀬は紙袋を手に取ると、そっと胸に抱き寄せ、
「ありがとう」
と、微かに、だが確かに笑った。
「凛先輩」
『今日も爆発したの?』
「はい」
『馬鹿兄貴と一緒に病院つれてく?』
「いえ、こっちは大丈夫だと思います。お兄さんは相変わらず鬱なんですか?」
『いや、昨日と打って変わって妙にテンション高いから、なんかヤバいもんキメてんじゃないかって』
薬物検査……。
『そっちは本当に大丈夫?』
「あ、はい。ご心配なく。爆発した本人はとても幸せそうな顔をしていますので」