一瀬家三姉妹の日曜日
部活から帰ると、女子高生二人がリビングで『り』の字になって寝転がっていました。しかも二人とも昼過ぎに寝間着姿です。
「おかえりー、ななぴょん」
「……おぉ、死んでしまうとは情けない」
「生きてるよ!」
上半身を勢いよく起こし、そう主張するのは長女である優理香さん。その隣の紗綾さんは、どうやら本当に寝ているようです。
「日曜の昼間からゴロゴロしてるなんて、女子高生としては死に体ですよ。五十近い両親がデートに出掛けているというのに」
「だって、彼氏いないんだもん」
膨れっ面の優理香さんは、美人なのに残念な人だ。
「でも、優理香さん、告白されたりしますよね? 試しに付き合ってみたらどうで……なんで耳を塞ぐんですか?」
「そんな妥協案を妹の口から聞きたくない」
姉心ってよく分からない。
「好きな人とかいないんですか?」
「……いない」
「いるんですね。誰ですか?」
「なんで分かったの!?」
「優理香さん、嘘を付くに出る、分かり易い癖があるんです」
「そうなの?」
「はい。鼻が伸びます」
「なわけないでしょ!! キノピオじゃないんだから!」
「ピノキオです、優理香さん」
やめて、見ないで……、と顔を赤くする優理香さんを堪能してから、本題に戻します。
「中身はさておき、優理香さんの容姿なら、相手が彼女持ちや既婚者でなければ断られることはないと思いますが」
「何故中身を置いたのか、という疑問は置いとくわね」
「はい。深く追及してもいいことはないので」
「今の言葉だけでも大分ダメージがきたわ」
胸を押さえてから、優理香さんは小さく溜め息を吐く。
「私ね、好きな人の前だと、どうしても緊張しちゃって上手く喋れないの」
似たもの姉妹だ。
「緊張が伝わっちゃうのか、相手も話しづらそうだったし、それにもう卒業しちゃったから、志望大学は違うし、終わっちゃった恋なのかな、って」
「………………」
「七星は、どう思う?」
「……えっと、すいません。こんなシリアスな感じになると思ってなくて、頭が動きません」
「なんでギャグ気分で人の恋バナ聞こうとしてるの!?」
「相手が優理香さんなので……」
「なにその失礼極まりない理由!?」
正直、優理香さんに好きな人がいるという辺りで予想から大きく外れたわけだけど、これは言わないほうがいいかな。
「一人だけ彼氏いるからって余裕ぶっこいて! 私によこしなさい! 午後からのデート、私が行ってあげるから!」
「い、いやですよ」
「なにその可愛い反応! だったらせめて七星のファーストキスを頂くわ!」
優理香さんは膝を曲げた状態で床に爪先立ちすると、勢いをつけて私に飛びかかってきた。RPGとかでモンスターに襲われる時って、こんな感じなのかもしれない。なんて思いながら、その場に押し倒される。後頭部を床で打たないよう手を回す辺り気が利いているけど、やっていることは変態だ。
「は、離して下さい。臭い口を近付けないで……」
「安心して! こんなこともあろうかと、ついさっき歯を磨いたから!」
迫ってくる顔を両手で遠ざける私に、全く安心出来ないことを口にする優理香さん。
「ふふふ。安心して。これからも、これまでと同じように七星のことを守るから。だからキスを……」
「言ってることがまるっきりストーカーのソレなんですが!!」
この変態を止めるには一人じゃ無理だ、と判断して、紗綾さんを見る。
「あ……」
目が合った。よかった。もう起きていたみたいです。
はて。でも、何故紗綾さんは顔を赤くしてこちらを見ているのでしょうか。
「ご、ごめんね、覗いちゃって。私、キスって漫画とかドラマでしか見たことないから……」
「なんですること決定済みなんですか! このアホ姉を止めて下さい!」
「こら! お姉ちゃんにアホなんて言ったら駄目だよ!」
「なんでそこには反応するんですか!!」