杉本家三兄弟の日曜日
リビングには三人の男。むさ苦しい。臭くなくとも臭そうな光景となっている。
杉本家は五人家族だ。父、母、兄、俺、弟といった、なんとも華のない家族構成となっている。
兄は今年度から大学生となり、学業やサークル活動、バイトと忙しい日々を送っていて、こうして昼間から家で寝転がっているところを見るのは久し振りのことだった。
身長が百七十センチない上に童顔な兄は高校生どころか中学生に見られることもあるが、本人は気にしていないようだった。凛は、そんな兄を将来の自分と重ねて未来に絶望していた時期もあった。
僕、大人になれないのかな……。
と涙目で裾を掴んできた幼き頃の凛を思い出してから、現在の弟に目を向ける。立派に育ったなぁ。やっぱ背は低いけど。
「兄ちゃん、その顔ムカつくからやめてくんね」
寝転がって四人掛けソファを占領している凛が、一人用のソファに腰掛けている俺を見て顔をしかめる。ゲームかメールかラインかは知らないが携帯電話に集中していると思っていたけど、案外周りが見えていたらしい。
「まぁまぁ、凛。昔を懐かしむくらい許してあげなよ。気持ちは分からないでもないけどさ」
兄である杉本小太郎は、フォローとトドメを同時に口にすると、アニメが映っているテレビに向き直る。
一般的なオタクと兄貴は、多分少しだけ違う。最近ネットで聞くファッションオタクに分類してもいいかもしれないけど。
「最近の流行りアニメなの? これ」
俺の問いに、兄貴は頷く。
「そうらしいよ。サークル内でも流行ってるから見ておこうと思って」
兄貴が所属しているサークルは、同人誌などを作っているらしい。あまり画力のない兄貴は手伝いに徹しているが、協力して何かをする、作るということが好きな人だから、それなりに楽しんでいるように見える。
「そういえば正太郎、紗綾ちゃんと少し進展あったって?」
アニメの次回予告が終わり、次のディスクに入れ替えながら兄貴が訊いてくる。当然俺は「進展?」と聞き返すが、もしや、と思い、凛を見ると、目線をこちらに向けてニヤニヤと可愛くない笑みを浮かべていた。
あのことか、と合点がいき、兄貴に向き直る。
「進展、って、ほんの少し話をしただけだよ」
「おー、それは進展だなぁ」
素直に驚かれるのもなんか微妙な気持ちだ。
もやもやしていると、凛が両足を上げて勢いよく上半身を起こす。
「ていうか、この際だから、兄さんも七星のお姉さんとくっついちゃえば?」
「あぁ!?」
何言ってんだ、こいつ!
「違う違う。一瀬先輩……紗綾先輩じゃなくて、優理香先輩の方」
「なに一瀬を名前で呼んでんだ、この野郎!」
「あーもう、めんどくせーな、こいつ!! ちょっと黙ってろ!」
「あ、はい」
「なんでそこだけ素直なんだよ!!」
凛はツッコミによる息切れ(なんとも下らない疲れ方である)を整えてから、いつの間にかアニメ視聴を再開している兄貴を見る。
「で、兄さん、どうなの? 学年違うけど中学高校と一緒だったんだから、知らないわけじゃないでしょ? 七星から委員会で何度も一緒になったとか聞いてるけど。優理香先輩美人だし姉御って感じだから、兄さんと合うかもよ」
「あー、そうだなぁ」
歯切れの悪い返事に、凛は少し不満気に眉を潜める。
「なんか話したくない理由でもあるの?」
「まぁ、そんな感じかなー」
「凛。兄弟だからってそう言うことは軽々しく聞いたら駄目だ。兄貴にも色々あるんだろう。リコーダーを舐めてるところを見られたとか、体操服を」
「そういうことはないけどね」
「兄ちゃんじゃないんだから」
「俺もねぇよ!」
兄貴は苦笑してから、「まぁいいか」と口を開く。
「一瀬さんと初めて知り合った頃、僕は思春期真っ盛りで、女子と話すのが苦手だったんだよ。高校は高校で色々あったしね」
昔から協力して何かをするのが好きな兄貴は、学校のイベントになるとその力を存分に発揮した。イベントに無気力な俺のような男子が多い中、兄貴のような存在は女子にモテたことだろう。だからこそ、色々なトラブルに巻き込まれることもあり、少し人間不信、細かく言えば女性不信に陥っていた時期があった。
「結果、ずっと避けるようになっちゃったから、それからもなんとなく話しづらくてね。たまに話しても、お互い一歩引いてる感じになっちゃってたし」
兄貴の生き方に憧れを抱かないこともないけれど、その苦笑を見ていると、やはり俺は俺でいいや、と思えた。