同日、杉本家の夕方
「あぁ――――――――――――!!」
「兄ちゃんうっさい」
帰宅するなり玄関に膝をついて両手で顔を覆い隠す俺に、リビングから顔を出した弟、凛太郎が冷たい言葉を浴びせてくる。俺と二つ違い。今年中学二年生になった弟は反抗期真っ盛りらしく、とても冷たい態度を取ることが増えた。父さんや母さん、兄さんの前では素直な良い子なのに。あれ? これ反抗期じゃなくね?
まぁいいか、と顔を上げて、リビングに駆け込む。
「凛! 聞いてくれ!」
「やだよ」
ソファで足を組んで携帯を構いながらソーダアイスを食べている凛の前に正座する。即答で否定された気がするが、気のせいだろう。
「どうせまた一瀬先輩のことでしょ? さっさと告って粉砕しちゃえよ。ついでにそのまま風に乗って世界一周でもしてきたらいいんじゃね?」
「どうしてそんな酷い言葉が自然に出てくるんだ! そんな子に育てた覚えはない!」
「育てられた覚えもないけど」
アイスを食べ切り、アタリの書かれていない棒をゴミ箱へ投げ捨てる。
「大体、兄ちゃんは相手を意識しすぎ、相手に合わせ過ぎなんだよ。無愛想な一瀬先輩に合わせたらそうなるのは分かりきってんじゃん。こんな感じでいつも通りに行けばいいじゃん。めんどくせーな」
「そうなんだよ、面倒臭いんだよ。自分が冷たい人間に思えてきて……」
「実際、冷たい態度を取ったからこうしてるんじゃないの?」
「そうなんだよ! せっかく、一瀬と会話できるチャンスだったのに! この寡黙になる口が……! いっそ引っこ抜いてやろうかと何度思ったことか……」
「おう、やれやれ」
「止めろよ!」
「ちょい黙って。七星から電話かかってきた」
「あ、はい。了解でーす」
彼女と話を始めた凛から離れて、キッチンへ向かう。大声を出したせいで喉が痛い。
中学二年にして彼女持ちというリア充街道爆走中の凛の容姿は、それ相応に整っている。中性的な顔立ちで、今のように学生服を着ていなければ男か女か分からないこともある。昔はそれでからかわれて、自衛のためなのかひねくれた性格になってしまったようだが。
まぁ、なんにせよ、可愛い弟なので、言うべきことはちゃんと言っておかねばならない。
「弟よ」
「なんだよ。黙ってろって……」
「避妊はちゃんとしろよ? 買いに行くのが恥ずかしかったら俺が……」
クッションが飛んできた。
「するわけないだろ! まだ中二だし、七星なんか中一だし。そこらへんは分かってるよ」
アホなこと言うな、と睨んでくるが、顔が赤い。相変わらずこういう話には弱いようだ。
「そうなのか。……いや、でも最近の子は好きな人の声を聞いただけで妊娠するって……」
「するわけないだろ! ……あぁ、ごめん。なんでもない。え? 浮気? してないしてない! 妊娠!? ちが……」
何やら痴話喧嘩を始めたので、俺はそそくさとリビングを出て階段を上り自室へ向かう。
彼女持ちの弟を羨ましく思わないこともないが、一瀬と共通の話題があるのはいいことなので、是非末永く続いてほしいものだ。
「ってか、弟の話すればよかったな」
今さら気付いても、もう遅いのだが。でも、一瀬から何も言ってこなかったし、もしかして家族に内緒にしてる可能性も……。