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ぽっから  作者: 野良丸
11/12

真野って人が少し大人になろうとするお話



 なんということだろう。俺の親友(知り合って二ヶ月)の杉本が、ロリータコンプレックスという特殊性癖の持ち主だったとは。

 ロリータコンプレックスについて俺なりの言葉で説明しよう。ロリータコンプレックス、略称ロリコンとは、十二歳から十五歳ほどの少女を好き好きチュッチュしたいと思う変態紳士のことである。ロリコンの他にも、アリスコンプレックスやハイジコンプレックスといった言葉も存在するが、杉本には当てはまらない(と願う)ので、詳細は省こう。興味がある好奇心旺盛な方々、またの名を変態予備軍は各自ググって欲しい。

 いつも無表情な杉本だが、男子校生など所詮三大欲求の塊。杉本も異性に興味ないフリして実はムッツリスケベなんだろうと思っていたが、それすら超越した真性ロリコンだとは。

 しかも、驚くべきところは他にもある。それは、女子二人、高丸と一瀬が、まるで気にしていないところだ。高丸は一応心配していたようだが、交際自体に反対という感じではなかった。杉本の彼女の姉である一瀬に至っては、完全に我関せず。一瀬家の姉妹仲はあまり宜しくないのだろうか。それとも杉本のことを信頼している……? そんなことが有り得るのだろうか。例えば、杉本の立場に俺を置き換えてみよう。それでも、高丸や一瀬は何も言わないだろうか。一瀬は分からないが、高丸は確実に何か言うだろう。少なくとも、


『きもっ』


 くらいは言われる筈だし、


『きもっしねっへんたいっ』


 の三コンボくらいは覚悟しておくべきだろう。いや、中学生と付き合う予定はないけど。


「……いや、待てよ?」


 そう呟き、ベッドで上半身を起こす。今日は土曜日。高校は休みだ。

 思い付いたのは、全て嘘だという可能性。そんな嘘を吐く理由がどこにあるのか、なんて馬鹿げた疑問だ。あいつらは、人をからかうためなら理由のない嘘くらい息をするように吐く。一瀬がずっと黙っていたのも、俺をからかいだした二人に呆れて、と考えれば辻褄も合う。というか、これで決まりだろう。せっかくの休日を、あの二人のせいで悩み過ごすのは勿体ない。やめやめ。そういえば、今日は単行本を集めている漫画の発売日だった。

 部屋で着替えて、階段を降りていく。出かける前にお茶を一杯飲もうとリビングに入ると、大学生の姉と、見知らぬ男がテーブルを囲んで椅子に座っていた。


「お邪魔してます」

「う、うっす」


 椅子に座ったまま頭を下げる男に、動揺しながら返事をする。

 男は、おそらく大学生なのだろうが、見た目は中学生か高校生くらい。テーブルの上に置かれている紙を見るに、姉の漫画原稿を手伝わされているらしい。同じサークルの人が来ることは前からあったけど、男が来るなんて俺が知る限り初めてだ。


「隆彦いいところに来た。お茶持ってきて」


 こちらを振り返らず、ペンを走らせながら言うのは、大学生の姉、奈津美だ。肩に届く程度の髪を縛った短いポニーテールが腕の動きに合わせて左右に小さく揺れている。

「はいよ」と返事をして、キッチンへ行き、冷蔵庫からお茶を取り出して、とりあえず一杯飲んでから姉達の元へ持って行く。


「サンキュー、愛してるよ、隆彦。ゴキブリの次に」

「それもう愛情ねぇな」

「コップに入れてくれたら蚊と同レベルになる」

「マジかよ。大昇進じゃん」


 コポコポ。


「サンキュー、蚊」

「あれ? 思ったより嬉しくないや」


 そんなやり取りをニコニコして見ている男の人にも、コップに入れたお茶を差し出す。


「ありがとう。それと、正太郎がいつもお世話になってます」


 男の人はイケメンスマイルを浮かべて言う。惚れてまうやろ。

 正太郎、と聞いて頭にハテナマークが浮かんだが、すぐに杉本のことだと繋がった。


「杉本と知り合い……もしかして、お兄さんですか?」


 杉本に兄弟がいるなんて話は聞いたことがないけど、それ以外に思い付かない。案の定、イケメンさんは「うん」と頷いた。


「兄の小太郎です。奈津美さんと同じサークルの後輩で、今日はお手伝いさせてもらってます」


 へぇ、あいつ兄貴いたのか。しかも童顔系イケメンの。


「それはそれは、無愛想な姉ですが、仲良くしてあげて下さい。書いてる漫画も微妙ですが仲良くしてあげてください」

「ゴキ彦、お茶無くなった」

「ランク落としてもいいから同化させるのはやめよう」


 コポコポとお茶を注ぎながら、ふと思い付く。

 杉本が一瀬妹と付き合っているというデマ(仮)。ここでお兄さんに訊いてしまえば、ハッキリするではないか。


「ぷはぁ。サンキュー、ゴキブリ」

「蚊までの道のりは遠いなぁ」


 いやいや、姉の戯れ言に構っている暇はない。早くデマだということをハッキリさせて、最高の気分で本屋へ行こう。


「小太郎さん」

「うん?」

「弟さんが一瀬の妹と付き合っていると聞いたんですけど、本当ですか?」

「え? うん。本当だけど……」


 それがどうかした? と言いたげな表情に、ショックを受ける。まさかこの人も高校生と中学一年生が付き合うことに疑問を覚えないタイプの人間なのだろうか。

 いや、ここまで来ると、俺の方がおかしいのではないかと思えてくる。

 いつの間にか世間一般では、高校生と中学生、もしかしたら大人と小学生が付き合うのが普通になったのかもしれない。


「そ、そうなんですか……」


 ショックのあまりフラフラと部屋を出て行く俺を見た姉貴が「あれが本当のフラダンス。なんちって」と平常であれば反射的に手が出てしまいそうなことを言ったが、自然と聞き流すことが出来た。俺は今、悟りの境地にいるのかもしれない。

 そうだ。俺は今まで、世間の常識だから、という理由から、犯罪者を見るような目でロリコンを見ていた。しかし世間は、いつの間にか暖かく、大らかに、何者でも受け入れる柔らかなものに変わっていたのだろう。

 俺も、変わらなければ。

 少し遅くなってしまった。人より出遅れてしまったけれど、今からでも杉本を、ロリコンを受け入れられる人間に。

 本屋への道中、携帯電話で調べたところ、ロリコン――いや、彼らのことは尊敬の念を込めて紳士と呼ぼう――紳士御用達の雑誌があるらしい。

 その名も、月刊ロリ。逃げも隠れもしない表題がなんとも真摯かつ紳士的だ。

 今月の予算が厳しくなるが、それを買おう。自分を少し大人にするための先行投資だと思えば痛くも痒くもない。

 本屋に着くと、大学生くらいの女性店員の「いらっしゃいませー」という声が響いた。小さな本屋なので、レジにいるのはその人だけだ。

 女性か、と背中にじんわりと汗が浮かぶ。いや、俺は何を臆しているんだ。恥ずかしいことなどない。ないんだ。

 とりあえず、元々買う予定だった少年漫画を手に取ってから雑誌コーナーへ向かう。

 趣味アニメ・ゲームのコーナーに、それはあった。

 月刊ロリ。表紙には麦藁帽子をかぶった幼い女の子の可愛らしい絵が書かれているが、やはりどこかオタクっぽい。女の子の着ているワンピースは妙に露出が多いし、パンチラレベルまで太股も出ている。表紙は絵だが、本の内容には現実の女の子のグラビアなどもあるようだ。女子小学生の水着姿……杉本は本当にこれに性的興奮を覚えるというのだろうか。やはり何かの間違いではないのか。いや、ここに来て何を怖がっているんだ。自分に言い訳するのは止めよう。

 だが、覚悟を決めてロリに手を伸ばした時、俺は気付いてしまった。

 すでに俺が持っている少年漫画。これとロリを一緒にレジに持って行ったら、まるでちょっとエッチなラブコメ漫画を普通の少年漫画に挟んで買う少年のようではないか。

 俺はあの頃とは違う。恥じねばならないようなことはしていないのだ。

 よし。堂々と行こう。

 少年漫画を元の場所に戻し、雑誌コーナーへ帰ってくる。

 ただいま、ロリ。そしていらっしゃい、俺の腕の中へ。

 ロリを手に取る前に、レジが空いていることは確認済み……! 今なら素早く会計を終えることが出来る……!! そして、店の出入り口はレジのすぐ隣……! 会計終了から脱出にかかる時間は約三秒……!

 イケる!!

 だが、事件は起こる! 俺の予想の遥か外から……!!

 レジに向かう俺の前に、一人のおっさんが現れる。

 割り込みだと……!?

 真っ白になりそうな頭をなんとか現実に引き止める。一度戻るか……? いや、あまりウロウロしていては、まるで初めてエロ本を買うけどなかなかレジに行く勇気が出ない少年のようではないか。

 俺はあの頃とは断じて違う!

 おっさんの後ろに並ぶ……! その瞬間、俺は勝ちを確信した……!

 カウンターに置かれているのは新聞……! 多種多様なバリエーションが存在するおっさんだが、その種類によっては、


『ねーちゃん、これな』


 で代金を置いて去っていくほどスピーディーに会計が終わる商品……!

 だが、ここで新たな誤算……!


「ねーちゃん、あまり見ない顔だね。新人さん?」


 会話……! 会計が済んでから会話を始めた……!! 信じられない暴挙……! 後ろに客が並んでいるにも関わらず、会話……!!

 そして、更なる事態が俺を襲う……!


「欲しいものがあってよかったね」

「そうですね。少し遠出してきた甲斐がありました」

「……あれ? 財布がない」

「え? もしかして忘れてきたんですか? まさか落としてないですよね?」

「うん。それは大丈夫。記憶が正しければ、ちゃんと玄関の棚に置いといたから」

「やっぱり忘れたんですね……。しょうがないです。紗綾さんの分も私が払っておきます」

「ごめんね、七星。後でちゃんと五百円返すから」

「この雑誌、八百円なんですが……」


 振り向かずとも分かる……。なんという……! なんという神の悪戯……! この場に一瀬姉妹登場……!!

 退路は塞がれた……! 済ませたい……! 一瀬紗綾が自分に気付く前に、会計を……!!


「ワシも結構な常連なもんで、新人が入るとすぐに分かっちゃうんだよ。わはははは」


 どけっ……! どけっ……!! マナーも分かってない、女性店員の苦笑いにも気付かない馬鹿オヤジっ……!


「あれ? 真野君?」


 無慈悲……! あまりに無慈悲……!


「よ、よー、一瀬。奇遇だな。っていうか、家、こっちの方だっけ?」


 首だけ振り返ることで、本バレを防ぐ……! レジに置くときもある程度は身体で隠せるだろう。しかし、店員の動きによっては否応なしに表紙が見えてしまう可能性がある。


「ううん。いつもの本屋さんに妹の目的の雑誌がなくて、ここまで買いにきたの。いつもならあるんだけど、何故か今日に限って」

「神様って本当に意地悪だよな……」

「え? そこまで大袈裟には思ってないけど……。あ、私の妹の七星。この前話に出てきた。それで、この人はクラスメートの真野君。名前は忘れちゃった」


 地味に抉られる。


「紗綾さんのクラスメート……。一瀬七星です。よろしくお願いします。いつも姉がお世話になっています。……ところで紗綾さん、私の話ってなんですか?」

「七星に彼氏が出来ました、って話」

「あ、あんまり言い触らさないでくださいね。恥ずかしいので」


 顔を赤くして慌てる七星ちゃんは確かに可愛かった。俺も紳士としての道を歩き始めたのかもしれない。


「明日もデートなんだよね」

「は、はい。凛先輩がお兄さんからチケットをもらったらしいので、映画に……」


 ん?


「……凛先輩?」


 口から零れた問いに、一瀬と七星ちゃんが不思議そうに首を傾げる。んんー?


「……あっ」

「え? 一瀬? あっ、て何? 何に気付いたの? 何を察したの?」

「真野君。七星が付き合ってるのは、杉本君の弟さんだよ?」

「えっ」


 胸に抱えた本を見てもう一度。


「えっ」


 驚きのあまり腕の力が抜けて、抱き抱えていたロリコン御用達雑誌が床へ落下する。


「あ」

「えっ」

「あっ……」


 俺、七星ちゃん、一瀬の順番でテンポよく一言ずつ口にする。一瀬は何を察したのだろう。怖くて聞けないや。


「おっ、いつまでも他の人待たせちゃいけないな。じゃあな、ねーちゃん。バイト頑張りな!」

「はい。ありがとうございました。……ふぅ。お待ちのお客様、どうぞー…………お客様?」


 床に落ちた雑誌を中心に固まる三人を見て、店員は何を思うだろう。

 おっさんが出て行くときに開いた自動ドアから風が入ってきた。

 その風が、床に落ちた雑誌ロリをペラペラとめくり、最終的に女子小学生のグラビアページを開いた。裸にバスタオルを巻いた女の子が、上目遣いでこちらを見ている。


「お兄ちゃん、一緒にお風呂入っていい?」


 わざわざ音読する一瀬。その背中に隠れる七星ちゃん。


「あの、すいません。よろしくお願いします、って言ったのは無しでお願いします……。あ、あと姉にも関わらないでください。お願いします……」


 背中から顔だけ出して、それでも目線を外して言う七星ちゃん。切実にお願いされてしまった。

 やばい。やばいやばいやばい。


「ち、違うって。これ、アレだから。友達に頼まれたやつだから! 俺こんなのキョーミねぇし? マジだから! マジだから!!」

「紗綾さん、この人怖いです……」

「気を付けて。掌に白くてベタベタするものが付いてる可能性が……」

「ないから! いや、マジでつれーわー。友達に頼まれて仕方なく買いに来ただけなのに、ロリコンと勘違いされてマジつれーわー」

「確かに辛そうなのは私にも伝わってきてるよ」

「中途半端に理解してくれるのヤメて!?」

「大丈夫。誰にも言わないから。口には出さないから」

「この人、筆談する気満々だよ!」

「こういう時のために黒板ってあると思うの」

「やめて! 頼むから、俺の話を聞いてくれぇ!」



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