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ぽっから  作者: 野良丸
10/12

売店でおかずを買えばいいと誰も言わない



 昼休みになると、彼女はいつも私の席へやってくる。


「ごっはん、ごっはん、のっ、時間~(ビブラート)」


 秋た……訂正。高丸亜希。私の幼なじみで、少し頭が残念な子で、そして凄い美人でモデルみたいなスタイルの良さだ。

 小さな顔に大きい瞳に、高い鼻。身長は私なんかより大分高いし、足もスラッと長い。並んで歩くと、その差は歴然だろう。

 だというのに、


「今日のご飯は~…………真っ白や」


 弁当箱のフタを手に固まる亜希から、美人オーラは全く感じない。哀愁は漂っているけど。

 その目線の先にある弁当を覗くと、確かに真っ白だった。ご飯&ご飯。日の丸すらない。

 顔を上げると、よほどショックだったのか、口を半開きにして固まった亜希と目が合う。


「紗綾はん。見てこれ。真っ白や。真っ白やで」


 一応確認しておくけど、亜希は関西人ではない。


「純白のお弁当、だね。かっけー」

「カッコよくないよ! せめてごま塩を振って欲しかったよ!」


 机に手をついて立ち上がる亜希を横目に、鞄から弁当箱を取り出す。


「いやいや、まじかっけーすわ。亜希さん。ふぅー、たかまるぅー」

「なんで昨日に続いて名前いじりするのさ!! っていうかせめてもう少しちゃんとキャラを演じろよ! 高まれよ!!」

「せめて傷口には塩を塗ってあげようかと……」

「私はご飯に掛けてほしいの!」

「あ、私のご飯にごま塩かかってる」

「チクショー!!」


 亜希はいつもこんな感じだ。鼻にかけない美人と言えば聞こえは良いけど、亜希の場合は残念美人という表現の方がしっくりくる。身内にもそんな感じの人がいるし。


「亜希、私のおかず、分けてあげる」

「紗綾……!!」


 キラキラと大きな瞳を輝かせる亜希の視線を感じながら、焼き鮭に箸を伸ばし、ゆっくりと皮を剥ぐ。


「はい。鮭」


 ペロンと鮭をご飯の上に置いてあげると、亜希は満面の笑みを浮かべた。


「うわぁ! ありがとう! やっぱりご飯と合うのは鮭だよね! これ皮だけど!」


 喜んでもらえて私も嬉しい。やっぱりご飯は楽しんで食べなくちゃね。


「紗綾さん。ねぇ、紗綾さん。美味しそうに鮭の身を食べてるところ申し訳ないんですが」

「どうしたの、亜希。かしこまって」

「これ、なんに見えます?」


 そう言って、亜希は私に見せつけるように箸で鮭を摘んだ。


「鮭」

「の?」

「焼いたやつ」

「違うよ!! これ皮じゃん! 鮭の皮じゃん! 人によっては嫌いだからって残すやつじゃん!!」

「じゃんじゃん。また来週~」

「終わらせんなよ!! なんも終わってないよ!」

「終わりの始まりってやつ?」

「そんな哲学的なこと言ってないよ!」

「でも私達が生まれた瞬間から終わりの始まりは始まってるんだよね。さらに言えば、この地球が出来る前から」

「そっち方面に話広げる気ないからね!?」

「でも、やっぱり世界は美しい」

「勝手にまとめちゃったよ!」

「というわけで、唐揚げあげる」

「いらないよ! ……え?」


 箸で摘んだ唐揚げを、そっと弁当箱に戻す。


「そっか。唐揚げ嫌いなの? ごめんね」

「嫌いじゃないですくださいそしてごめんなさい!」


 というわけで、ようやく食事再開。亜希さんの悪ふざけに付き合っていると、休み時間がいくらあっても足りない。


「なんか凄い抗議したい気分」

「……反抗期?」

「そうなのかな……」


 唐揚げを少しかじってはご飯を詰め込む亜希。唐揚げ一つで弁当箱ぎっしりのご飯を食そうとするとは、友人ながら見上げた根性だ。


「ほーいえは」


 そう言って顔を上げた亜希は、口の中にあるものを飲み込んでから、また口を開く。


「七星ちゃん、彼氏出来たんでしょ? 昨日は詳しく聞けなかったけど」

「うん」と頷く。

「相手はどんな人なのかな。紗綾は会ったことないの?」

「見たことはあるよ。多分、亜希も。有名人だったから」

「ユーメージン?」と首を傾げる亜希も、小中高と常に学校では有名人だ。良い意味でも悪い意味でも。

 頷いてから、横目で斜め後ろの席を見る。真野君はいるけど、杉本君はいない。売店にいってるのかな。


「杉本君の弟さん。凛太郎君」


 私がそう言うと、亜希は大きな瞳を更に見開いた。


「ええ!? あの年上キラーの杉本凛太郎君!? ロリコンだったの!?」

「ロリコンって……。一歳違いだよ?」

「でも紗綾っぱり心配じゃない? だーりんだーりん的なことも現実にないわけじゃないんだし」

「それ分かる人いるのかな……。大丈夫だと思う。七星も学生って立場をちゃんと分かってるみたいだし」


 見た目は実年齢より子供でも、中身は少し大人。それが私の妹だ。


「えー、そうかなぁ。でも相手が……あ、杉本帰ってきた! 杉本ー! 椅子持ってこっち来て!」


 亜希の目線を追うと、教室後方の引き戸の前に立っている杉本君と目が合った。相変わらず感情の読めない無表情。その手には紙袋がある。やっぱり売店に行っていたみたい。私も行ったらまた杉本君と話が出来るのかもしれないけど、杉本君は私の目的がメロンパンだと思ってるし、なんか毎回買わせることになってしまいそうで行きにくい。

 亜希に呼ばれて、杉本君は自分の椅子を持ってきた。何故か、真野君も一緒に。


「なんで真野も来たの?」

「面白そうな匂いを察して」

「亜希の弁当の匂い?」

「そんな匂いしないから!」

「……まぁ、それじゃ匂わないよな」

「杉本、淡々と言われるのが一番傷付く」

「悪い。お詫びに玄米パンやるよ」

「わぁい。また炭水化物が増えたぁ」


 涙を流して喜ぶ亜希に、真野君が訊く。


「それで、俺らに何か用?」

「真野は呼んでないけど」

「おーけー分かった。聞き直そう。『杉本に何か用か?』」

「まぁね。だから呼んだんだし」


 あれ? 今のって『なんで日本語吹き替え版の外人口調なんだよ』ってツッコむところだったんじゃ……。亜希は仕方ないとして、杉本君も気付いてないのかな。無表情だから分からないけど、気付いててスルーしてる気がする。


「杉本、紗綾から訊いたんだけど、(あんたの弟が)七星ちゃんと付き合ってるんだって?」


 亜希の問いに首を傾げたのは真野君。


「ナナセちゃん?」

「私の妹。中学一年生」

「へぇー。一瀬の妹! しかも中学一年生! へぇ―……ぇぇえええええええ!?」

「あ、弟の話ね」


 なんか叫び声をあげている真野君に亜希の補足は届いていない様子。


「そ、そんなわけないよな、杉本」

「ん? いや、(弟と一瀬妹は)付き合ってるけど」

「!!!?」

「ちょっと、真野、うるさい。話進まないから黙っといて」


 声にならない叫びをあげた真野君は大きなショックを受けたみたいで、亜希のお弁当みたいに真っ白になってしまった。真野君の勘違いを理解しているのは私しかいないけど、おもしろ……真野君とはあまり話したことがなくて人見知りが発動しちゃうから黙っておくことにした。


「で、杉本、あんたの弟大丈夫? 勢いで七星ちゃん傷つけるようなことない? 七星ちゃんは私にとっても妹みたいな存在なんだからね」


 そういえば七星も同じこと言ってたなぁ。亜希は妹みたいだって。


「大丈夫だろ。見た感じ、まだ手も繋いでないし。高丸の弁当並に真っ白な付き合いなんじゃないか?」

「そういうカップルほど勢いでいっちゃうからねー。要注意って感じかなぁ」

「大丈夫だろ。高丸の弁当並に真っ白な付き合いしてるみたいだし」

「なんで繰り返し私のお弁当をディスるの!?」

「これからは白米オンリーの弁当のことを高丸弁当と呼ぼう」

「やめて!! 後世に語り継がないで!」

「おー、今日の昼飯は高丸弁当だぜ。ふぅー、たかまるぅー」

「黙れ紗綾!」


 はぁはぁ、と色気の欠片もなく息を切らしている亜希は、「もう!」と両手で勢いよく机を叩いて立ち上がった。


「なんでさっきから話逸らすのさ! もっと恋バナがしたいのに!」


 その言葉に、私と杉本君の目が合う。どうやら同じ考えらしいので、ここは杉本君に任せよう。


「高丸」

「なに!?」

「恋バナをするのは結構だが、身内とはいえ人の恋愛事情に口出しするのはどうかと思う」


 その言葉に亜希は真顔で固まると、ゆっくりと私を見た。杉本君に賛成なので、一つ頷いておく。

「な」と小さく呟きながら、亜希はストンと椅子に腰を落とした。


「なんで急に正論言うのさ……。なんか私だけが悪者みたいじゃん……」

「そんなことないよ、亜希」


 亜希は顔を上げて、涙を溜めた目で私を見る。


「亜希は悪者じゃない。むしろ、この教室、いや、この学校で一番綺麗な心を持ってるよ」

「紗綾……!」

「そう、まるで亜希の弁当の」

「それはもういいよ!!」




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