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ふたりぼっちの終末論  作者: 宮島ムラサキ
終末の歌が聴こえる
4/13

生物兵器

 綾瀬家はいつも百合の香りがしていた。


 黒板風の板にチョークで大きく「フラワーショップあやせ」と書いてある。東京のビル群の間を抜けて、路地裏に入ったところにある商店街。そこに小さな店構えの花屋があった。

 夫婦で営んでいる、従業員2人の温かみのある店だった。俺はそこでアルバイトとして雇われていたのだった。

 ――まだ俺の名字が綾瀬に変わる前の話である。


 花屋の仕事といっても繊細なものを任されているわけではなく、腰を患っている旦那さんの代わりに、重い花瓶や鉢植えを運んだり、接客をしたりと、案外肉体労働だった。

「真広くんは良く働くわね!力持ちだし、頭もいいし!」

 訳あって一人暮らしをしていた俺が、自分自身の生活費を稼ぐために、仕方なくやっていたアルバイト。それでも褒められるのはまんざらでもなかった。


「真広くん、晩ごはん食べていく?おばさんいっぱい作るわよ!」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 食べていけばいいのに、と口を尖らせたのは旦那さんだ。なんだ、アンタ女子か。

「雪乃も喜ぶと思うんだけどな」


 夫婦に中学2年生の娘が居ることは、話には聞いていた。しかし当時高校にも通っていなかった(中退ではなく、そもそも高校に入る気がなかった)俺は、ふつう高校生が学校に行っている時間帯に働き、帰ってくるころには自身も帰宅していたため、その少女と話したことがなかった。たまにすれ違ったりはするから、顔くらいは知っていたが。

 真広くん、アルバイトじゃなくて正式にウチで働けばいいのに。

 1日に2回ずつくらい言われている言葉をスマイルでかわし、アルバイトに甘んじる。


 何年も前に両親と死別した俺は、自分のことは自分でしなければならなかった。

 学校にも行かず教育も受けずにひとりで働く俺と、優しい両親と暮らし学校に通い、日々輝かしい青春を送っているであろう少女とは、住む世界が違うと思っていた。


 

 ある日、俺はバイトを終えて、財布とスマートフォンしか入っていない軽い鞄を持って店の外に出た。

 少し歩くと、高校生の群れに遭遇する。ワイシャツに黒のスラックス。茶髪で、ワイシャツのボタンをいくつも開けている少年たち。この辺りで一番荒れている、といってはなんだが、軽犯罪だのケンカだの停学だの退学だの、いい噂は聞かないような学校の生徒だ。

 路地裏の商店街で広がって歩き、通行できない車のクラクションが空しく響く。何お前ら。群れてないと死ぬの?


 その集団が笑いながら、一人の少女にたかっている。何かの本で、群がるハエ、という表現を見たが全くそのとおりだと思う。

「その制服、光が丘中学だろ?やっべぇ頭いィ!」

「や、離してください…」

「敬語だwwwwww可愛いwwwww俺たちと遊ぼうよ!」

 お前女みるといつもそれな!と周りの男たちが下劣な笑い声を上げる。少女は今にも泣き出しそうに俯いている。道行く人々の注目は集まるが、少年達の制服を見て荒れている高校だと分かると、目を逸らして早足で歩く。


「いいじゃんいいじゃん!どーせいつもオベンキョーで忙しくて遊べないんだろ?」

「やめて、ください…」

「何言ってるか聞こえねえよォ!」

 こういう奴、本当に居るんだな。と冷静に思う。

 好奇心でちらりとそちらを見やる。そしてその少女と目があった。


 有名私立中学の制服を着た気の弱そうな少女。


 瞬間、走り出していた。何が起きたかは分からない。自分が走り出したことに驚きもした。

帰宅途中のOLや学生、買い物中の主婦の波をかきわけて、男子高校生たちの間を割った。少女の腕を掴み、走り出す。少女は驚いたように小さく悲鳴をあげた。

「走って!」

「は、はい!」

 少女は脚を懸命に動かした。正直言ってあまり速くはない。しかしそれでも、靴を潰してズボンを腰で履いているような高校生から逃げ切るのは簡単なことだった。

 後ろから怒号が聞こえる。クソだのぶっ殺すだの、言葉の選択が小学生みたいで笑えた。


 路地裏の細い通りに入り、手を離す。少し汗ばんでいるだけの真広に対し、少女は息を盛大に切らし、脚はガタガタと震えている。

「あ、ありがと、ございます」

 今にも死にそうな声でそう呟くと、丸い瞳が俺を捉えた。目が合った瞬間少女はへなへなとその場に座り込み、長い息を吐いた。

「ごめんなさい、わたし、走るの、得意じゃなくて、」

 無理矢理笑顔を作る。

「足、ゴボウよりちょっと丈夫くらいの、筋肉なくて」

 真っ白な肌と細い体。病室で幼い頃から育っていた、と言われたら信じてしまうような身なり。そんなゴボウフットを持つ少女の息が、だんだんと整っていく。

「本当にありがとうございます」

 思い出した。どこかで見たことがあると思ったら。


「綾瀬雪乃」

「え?」

 少女が不思議そうに首をかしげる。

「あ、お知り合いでしたか?すみません思い出せなくて。どちらさまですか?」

 笑って聞く。ごまかそうとかしないあたり、真面目な子なのだと思う。


「俺、綾瀬さんのところでバイトさせてもらってます。赤碕といいます」

 名乗った瞬間雪乃の顔がぱあっと明るくなる。

「赤碕マヒロくんですね!話はたくさん伺っています!」

 ニコニコと嬉しそうに笑った。

「力持ちで、イケメンで、頭がいいんですよね!」

 それはいくらなんでも買いかぶりすぎだろう。さすがに苦笑いが漏れる。キラキラとした瞳で尊敬のまなざしを向ける。有名私立中学に通うエリート少女が、中卒フリーターを純粋な憧れの目で見つめてくる。これ以上ないくらいシュールな画である。


「これからお帰りですか?よかったら晩ごはんをご馳走させてください!母も喜びます、御礼させてください!」

 手を引かれて、微笑む。

「祖母がいっぱいお野菜を送ってくれたんです!」

 そんなの悪いと、いつもなら拒否するところだった。しかし雪乃の言葉を、なぜか断れなかった。意外とグイグイ来る、この子。



**


「真広くん!」

 宮歌に呼ばれて気がついた。

 慌てて周りを見ると、夜の街が流れていた。自動車の振動と、夜中なのに明るいビルの群れが、妙に心地よい。

「どうしたの?顔色悪いけど。酔った?」

「違う、少し考え事」

「そう?あんまり下ばっかり向かない方がいいよ」

 宮歌は馴れた手つきで自動車を動かしていた。彼女が言っていた「無免許だけどそのへんのペーパードライバーよりは上手い」というのはあながち間違いではないらしい。

 真広は宮歌を改めて見た。

「・・・」

 よく見ると、アクセルとブレーキを華麗に踏み分けている足が、赤い。

「あの二人はどうなった?」

 真広が問うと、宮歌は笑った。

「倒したよ。すごく弱かったから」

 なるほど。それでは足についている赤は血か。対スノー・ホワイト特殊弾が詰まった銃を持った男二人に臆することなく、ナイフ二本で勝ってしまったのか。

「ナイフもまだまだあるし、雇われてる敵は雑魚ばっかみたいだし、何も心配いらないわ」


 宮歌の話によると、15人と見込まれていた敵の数は、それよりはるかに多いらしい。

 雇われた敵、つまりこの国の影で活躍しているであろう、殺し屋という職種の人間だろうか。本当のところは分からないが、真広に思いつくことといったらそれくらいだった。この東京にそんな人が居るなんて信じたくはないが。

「もしも敵が全員特殊弾を持ってたらって考えると、ちょっと先行き不安だけどね」

 一番危惧されることはそれだった。宮歌の唯一の弱点である。


 真広は少し考えて、言った。

「何であいつらは鉛の銃弾を持ってたんだ?」

 宮歌は首をかしげる。

「それもそうだよね。奴らにとってあたしが綾瀬雪乃の兄と行動しているなんて想定外だろうし、普通特殊弾しか持たせられないはずだよね…真広くんと行動してるのがバレたのかな?」

 さらりと恐ろしいことを言う。やめてくれ。

「多分それはない。いや、ないと信じる。」

「そうだよね、余計な心配増やしていいことないしね」

 若干背筋に変な汗が伝った。

 真広には少し考えていたことがあった。


 相手がなぜ普通の銃を持っていたのか。

「特殊弾を持っている敵は一部なんじゃないか?特殊弾の大量生産はできないだろうから」

「えっ?何で?」

 宮歌は意外そうな声をあげた。いっぱい作ればすぐにあたしを殺せるじゃん、という恐ろしいコメントつきで。

「万が一外部に銃が流出したりなんてしたら、日本という国が危うくなるから。こんな恐ろしい兵器を70年も隠し持っていただなんて国外に知られたら、批判なんかじゃ済まないだろうし」

 なるほど、宮歌は素直に関心する。

「真広くんって頭がいいんだねー・・・その考えには至らなかったよ」

 宮歌は頭脳というより直感と感覚と本能で生き延びてきたのだろう。行動や仕草のひとつひとつからそう予想できた。

「つまり命が危ないのは、あたしよりも真広くんってことだね?」

「やめろ」

 宮歌は笑いながら言った。

「くれぐれも流れ弾には気をつけて!」

 怖いこと言うな。



死を異常なまでに恐れない少女と、気の弱い雪乃がなぜ一緒に居るに至ったのか、真広には分からなかった。



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