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ふたりぼっちの終末論  作者: 宮島ムラサキ
終末の歌が聴こえる
3/13

出発

「あたしはフランさえ殺せればそれでいいの」

 宮歌はテーブルに肘をついた。

「でももしも、フランを殺せなかったら」

 時計の針が進む音が、宮歌の声の合間に聞こえる。

 宮歌はその続きをなかなか言わない。真広は唾を飲んだ。

「あたしはあたしの力を行使して、フランをこのセカイごと滅ぼすよ」

 笑顔のまま言う。先ほどから宮歌の笑顔は一向に崩れない。薄い唇は横に引かれっぱなし、大きな瞳は細まりっぱなしだ。

 真広は呆気にとられて宮歌を見た。ニコニコと笑っている。作り笑いではなく、心底楽しそうだ。この女はこの状況を心から楽しんでいる。

 セカイを犠牲にしてでも復讐する。

 『スノー・ホワイト』を発動させて、人類もろとも滅ぼすつもりだ。


「じゃあ、もしもフランを殺せたら」

「私は死ぬよ」

 あまりにも早い返答。ためらいや悲しみが一切ない。

 仕方ないことだ、と、一点の不満も恐怖も見せずに淡々と言う。

「自分が生きようが死のうが、セカイが滅びようが続こうがどうでもいい。あたしが望んでいるのは、フランという男が――雪乃を殺した奴が、死ぬことだけ」

 それを達成すれば、セカイを滅ぼすつもりなんて毛頭無いんだ、あたし。

 そう言いながら手をぷらぷらとさせた。雪乃と同じ癖だった。


 真広と雪乃は直接血が繋がっているわけではない。3年前、身寄りがなかった真広を、雪乃の両親が引き取ってくれたのだった。少なくとも真広は、3年分の雪乃しか知らなかった。雪乃が幼い頃の映像を、真広を『家族だ』と言ってくれる人と一緒に観たことくらいはあるが。

宮歌は雪乃の癖が感染るほどに一緒にいたらしい。真広が雪乃と出会うより前からの付き合いだったのだろうか。それとも短い時間で、お互い大切な友人となったのだろうか。

雪乃は真広の話をたくさん聞いてくれた。逆に、真広にもいろいろな話をしてくれた。雪乃の仲の良い友人とか、どんな食べ物が好きだとか、真広は何も知らなかった。知った気になっていただけなのだと、最近気づいた。

 真広は目を閉じた。真広はどれだけ、雪乃のことを知っていたのだろうか。どれだけ分かってあげられていたのだろうか。


 

 

「これからは、『施設』の人間から逃げながら、フランを探す。『施設』の人間は必死で私を探してる。それでもこの国家機密を知っているのなんてせいぜい15人だから、あまり心配しなくていいわ」

 宮歌は自信を持って言う。

 それを聞いて安心する。もしもドラマのように何百人の襲撃に遭ったりしたら、ふたりに勝ち目は無い。宮歌がどれだけ強いかは分からないが。


 


 宮歌は先ほどの2丁の銃を、当然のように真広に差し出した。

「真広くんはこれを肌身離さず持っていてね」

 フィクションの中のアイテムだった銃を差し出されて、受け取るのをためらう。手のひらに余裕で収まるそれをまじまじと見た。

「何だよ、これ」

「銃だよ」

 そんな答えを求めたわけではない。視線を宮歌に移すと、宮歌は笑っていた。つまらないやりとりをしてしまった。

「俺が使っていいのか?」

 当たり前だ、と言いたげに頷いた。

「うん。護身用ね。さすがにフランも関係ない人を撃ったりはしないだろうけど、万が一のために」

小さなこの道具の中に実弾が入っている。引き金を引けば簡単に命を奪えるのだ。これで人を殺せるという事実が、一層禍々しさをかもしだしている。


「…俺が持ってていいのかよ。アンタどうすんの」

「いいの。あたしはまだたくさん持ってるから。この銃はあたしたちの線引きだよ。あたしに協力できなくなったら、真広君はこの銃であたしを撃って」

 宮歌が自身が羽織っているパーカーを揺らすと、カチャカチャと、何か固いものがぶつかり合う音。おそらく暗器と呼ばれる類のものだろう。

 そういえば、さっき首筋に突きつけられたナイフは、鮮やかに宮歌のパーカーの内側に収納されていった。どれほどの銃やナイフがあのパーカーの中に収納されているのだろうか。

 ぞわり、純粋に恐怖を感じる。平等な条件を提示してきたように見せかけて、完全にはめられた。これでは万が一、『対スノー・ホワイト用特殊弾』を使ったとしても絶対に勝てない。銃を構えた瞬間に返り討ちに遭うのは目に見えている。絶対に殺せない。

 宮歌はにっこりと笑い、無言の制圧をしてくる。

 だから、あたしに逆らわないでね。


時計を見ると、午前12時30分。何時間も経ったような気がしていた。

「よし、そろそろ行こうか」

 宮歌は勢いよく立ち上がった。パーカーから重い音がする。

「このマンションの下に車が停めてあるから」

 パーカーのポケットからキーを取り出し、得意気な表情で見せびらかす。

 真広も立ち上がる。銃を2丁、制服のベルトを通すところに引っ掛けて、財布と通帳と保険証とスマホを鞄に無造作に詰め、上着を羽織る。

「車なんて動かせるのか」

「うん。無免許だけどね。そこらへんのペーパードライバーよりは上手いよ」

 さらりと言う。これくらいのことでは驚かなくなってきている自分に気付いて、真広は苦笑した。


「無免許なんて気にしねぇよ。これから人を殺そうとしてるんだ」

 真広が言うと、宮歌の笑顔が一瞬崩れ、驚きの表情に変わった。

「・・・そうだよね、」

 そしてすかさずにっこりと笑う。薄い唇が三日月の形に歪んだ。

「いいねぇ真広くん、そういうの嫌いじゃないよ!」


 真広と宮歌はマンションの重い扉を開けた。

 一歩踏み出す瞬間、真広は誰にも聞こえないように呟いた。

――じゃあな、雪乃。

 かつて妹と小さな幸せをかき集めて暮らしていたマンションの一室を、思い出の詰まった家を、ふたりは後にした。


 

 宮歌の表情パターンが少し読めた。唇の端を強く引いて、目をあまり細めないときは戦意に満ちているとき。目を伏せて口の端から歯が見えるときは、懐かしんでいるとき。口が閉じ気味で目が少し細まるときは、得意気なとき。そして、目を完全に細めて口が三日月の形に歪むときが、心から笑っているとき。

 感情表現が面倒な奴だ、と思った。



 マンションから少し離れたところに、白の軽自動車が停まっていた。

「あれに乗るのか?」

「そうだよ」

 宮歌はニコニコしながら言う。

「割と新しいし、結構いい車だよ。人生最後の大きな買い物だもんね、奮発しちゃった」

「…」


 この少女は、今日必ず死ぬ。

 フランに殺されても死ぬ。フランを殺しても死ぬ。タイムリミットが訪れて、兵器としての機能が発揮されても、それでも死ぬ。

 生きる道なんてどこにもない。


「・・・宮歌、お前怖くねぇの」

 真広の問いに宮歌は答えない。突然歩くのをやめて、表情が消える。

 これはまずいことを聞いたか。怖くないわけがないだろう。少し考えれば分かることなのに、無神経だった。真広は少し慌てて、謝罪の言葉を紡ぐ。

「おい、みや…」

「伏せて!!!」


 宮歌に腕を強く引かれ、半ば転ぶように地面に倒れこむ。瞬間、2発の銃声が夜の住宅街に響いた。

 真広は息を呑んだ。宮歌は夜空を睨む。

「…『特殊弾』か!」


 ドクン、ドクン。心臓が強く身体を叩く。

 今何が起きた。なるべく冷静に考える。

 撃たれた、撃たれそうになった。命が危険に晒された。

 何度も聞いたことのある生々しい音が、冬空を引き裂いて、命を奪われそうになった。生まれて初めて、死への恐怖を感じた。

 全身の血の気が引いて、脂汗が噴出する。


 宮歌は立ち上がって、パーカーの内側からサバイバルナイフを2本取り出す。そしてそれを、マンションの駐車場の、車と車の間に向かって投げた。

 確かに投げたはずだが、そのナイフが地面に落ちる音がしない。まさかと思って目を凝らすと、20メートルほど向こうに、地面に滴る紅と、倒れこむ男が2人。

 宮歌はそちらに向かって走り出した。


「宮歌!」

 叫び声に振り向きもしない。敵は銃を持っている。あんなところにひとりで飛び込んでいくなんて、命知らずなんていうレベルじゃない。

 はるか向こう側に宮歌はいた。とにかく速い。16歳の女子とは思えないスピードで暗闇に吸い込まれていく。

「何してるの真広くん、車の中に逃げて!」

 叫びではっと我に返る。慌てて真広は立ち上がり、軽自動車の助手席に乗り込んだ。

 



 宮歌は男を見つけるや否や、素手で殴って地面に倒す。

「弱いなぁ」

 深々とわき腹に刺さったサバイバルナイフを、さらにぐりぐりと踏んだ。男が呻く。

「まさかそんなものであたしを倒せるなんて思ってないよね?」

 宮歌はにっこりと笑った。

 兵器としての本能。他人の血を見るときが一番楽しい。

 男の一人が銃を構えた。血を失ってがたがたと震えている腕。その男の脚の付け根に、ナイフは横向きに刺さっていた。

「あたしを誰だと思ってるの?」

 無機物を見るような瞳で、宮歌は笑う。


「『スノー・ホワイト』だよ、あたし。」

 あんたらが作った最強の生物兵器だよ。

「人間に負けないようにできてるんだよ、あんた達がそういう身体に改造してくれたからね」


 宮歌は素手で男の銃を払いのけた。からんからん、乾いた音が響く。

「死にたいの?」

すると男はもうひとつ銃を取り出す。

 それは実弾入りの銃だった。至って普通の、刑事ドラマなどで使われる、海外では普通に売っているような、人間を攻撃するための銃。

 ああ、こいつらはあたしの正体を知らないんだな。

 宮歌は哀れみの目で二人の男を見た。

 何も知らされずに雇われたか。冷静に考えれば、国家機密を知っているような役人や研究者が戦えるとは到底思えない。きっと戦闘に長けている人間が、宮歌をただ始末対象として、殺せとだけ命じられているのだろう。

 その可能性は考えていなかった。雇われ人がいるとしたら、その数が分からない。敵は以前の想定通り15人かもしれないし、もしかしたら何千人何万人にもなるのかもしれない。


 宮歌は男のナイフから脚を下ろした。実弾がこめられた銃口が宮歌に向けられる。

「動くな、撃つぞ」

 男は低い声で言う。


「かわいそうに」

 宮歌は呟いて、二人に背を向けて歩き出した。

 その瞬間、鼓膜を裂くような音と、背に浴びせられる鉛の弾。

 それでもなお歩き続ける。こんなもの、効かない。パーカーも特殊な繊維でできているため、服が破ける心配も無い。


「なんで効かねぇんだよ!」

 男は叫ぶ。20秒ほどすると銃弾の雨はやんだ。弾切れだ。

 宮歌は笑顔で男に言った。

「あんたらの雇い主によろしくね」


「化け物!」

 男達の声が聞こえる。銃弾が効かない、人の形をした生き物を、彼らは知らない。


 そうだ、化け物だ。



挿絵(By みてみん)


 無性に可笑しかった。化け物、だって。人類の過ちを、核兵器より恐ろしい殺戮兵器を。何万人の命を奪う細菌を。人間に生み出された『スノー・ホワイト』を、人間は化け物だと恐れる。

 宮歌は笑った。最高の気分だ。

 あたしの味方はもう、あたししかいない。人間とは別物だ。誰もあたしのことを分からない。――ただ一人、分かろうとしてくれた人ならいたけれど。


「雪乃」

 たったひとりの友人の名前を呼ぶ声は、夜空に消えた。



 宮歌は振り返ることなく、軽自動車に乗り込んだ。


 

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