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ふたりぼっちの終末論  作者: 宮島ムラサキ
終末の歌が聴こえる
2/13

終末のはじまり

 戦争は終わった。

 人々はラジオの向こうの天皇陛下に向かって、地に頭をつけた。

 戦争は終わった。

 誰もがそう信じて疑わなかった。


「!?」

首にひやりとした感覚。暗闇に輝く瞳。ベッドに寝そべっている自分の腹の上に乗っているのは、同年代くらいの少女である。

「――綾瀬真広、だよね」

 なんで俺の名前、そう叫ぼうとすると、首に物を当てられる感覚がより強くなった。

「必要以上に騒いだら掻っ切るよ。いいから答えて。君が綾瀬真広だよね?」

 掻っ切る、とは物騒である。つまり首に当てられているのはナイフか。そう認識した途端に冷や汗が噴出してくる。

「・・・そうだけど」

 なるべく動揺を察されないように答える。すると少女は真広の上から降りた。呼吸が楽になる。

 

 電気をつけると少女の姿がよく見えた。

 頭の高い位置でひとつに束ねられた茶色の髪、それと同じ色の瞳。真広の通う高校の制服を身に纏い、サイズの大きすぎるパーカーを羽織っている。彼女はナイフをパーカーの内側にしまった。

「驚かせてごめんね、あたしは坂本宮歌」

 にこやかに笑う。

「綾瀬雪乃の、友達」

――これは一体どういった状況だろうか。さっきまで普通の、例年よりは若干寂しい年末を迎えていたのに。



『今年いっぱいで地球が滅びるとかマジかwww』『ネタにきまってんだろjk』『でももしかしたら…』

画面上の青い鳥のマークを慣れた手つきでタッチすると、顔も見たことがない人たちのざわめきが表示された。タイムラインは一週間ほど前からこの話題で持ちきりである。

平化29年12月31日、地球は滅びる。

 年末だというのに物騒である。おそらくこの国のほとんどの人が、終末なんて心からは信じていないだろう。所詮無宗教国家、終末の予言など関係なく、せわしなく一年が過ぎ去ろうとしている。

 真広は実家から大量に送られた餅をほおばる。この量は正月三が日では絶対に消費しきれない。早い段階から手をつけて、カビさせることのないようにしないと。田舎の祖母ももう少し考えてほしい。いくら真広が成長期の男子だとしても限度がある。どうして祖母は常に孫が飢えていると思っているのだろう。おかげで真広の今日の食事は三食餅だ。

 

 ニュースキャスターは呑気に「明日は大晦日です!」などと言っている。こいつも笑顔の裏で「年末くらいさっさと帰りたい風呂入って寝たい」とか考えているのだろうか。

 口に入れた餅からは食べなれた味がしなかった。いつもよりもしょっぱい。砂糖と醤油の比率を間違えたか。割と砂糖を多めに入れたつもりだったのに。

 

 テーブルの上に飾られた写真。父親と母親、その間に妹と真広。たった数年前までは一般的な幸せな家族だったはずだ。それが今では、真広ひとりになってしまった。

「・・・雪乃、父さんと母さんに会えたかな」

 真広のどんな言葉にも反応してくれた存在はいなくなった。2つ年下の、同じ高校に通う妹。綾瀬雪乃は一週間前に死んだ。

「交通事故かよ、ちゃんと前見て歩けよな」

 たった一人の兄を置いて逝きやがって。こっちの身にもなれ。


綾瀬真広は都内の高校に通う普通の少年である。両親は1年前に、家族旅行の帰り道に事故で死に、真広と妹の雪乃が遺された。気を失っていて分らなかったが、彼らは真広と雪乃に覆いかぶさるようにして死んでいたらしい。信号無視で突っ込んできたトラックによって大きく歪んだ車体から、子供達を守るように。その話を聞いて、葬式で枯らしたはずの涙が、また流れた。

 雪乃はそれこそこの世の終わりみたいに泣いていた。小さな子供が転んでひざをすりむいた時のように、声を上げて、親にすがった。

 泣くんじゃねえよ、アンタもうすぐ高校生だろ。そんな悪態をつく声は震えすぎていて、決まりが悪かった。


あれから2年。雪乃もあっけなく居なくなり、ひとりきりで迎える年末。いっそこのまま地球が滅んでしまえば、などと考えながら制服のままベッドに寝そべる。そして年末だからといって何をするわけでもなく、今日受けた進学補習の内容を思い返していた。はずだった。

 午前0時、いつの間にか眠っていた真広の身体の上に少女が乗っていた。


「妹の友達がこんな真夜中に何の用ですか」

 真広が言うと宮歌は呑気に笑った。

「ごめんね、夜遅くに。ほんとは明日でもよかったんだけどさ」

 じゃあ明日来いよ。真広がそう言う前に、宮歌は言葉を発した。

「私は雪乃の死の真実を伝えに来たの」

「真実?」

 反射的に聞き返していた。雪乃は交通事故による出血死。そう伝えられている。真実もクソも無いだろう。

 宮歌は静かに告げる。

「事故死じゃない。雪乃は殺されたんだ」

 

 呼吸が止まった。目を見開く。そんな真広を横目に、宮歌は語る。

 「『施設』の人間によって雪乃は殺されたの。事故死なんて嘘、事実を隠ぺいするための言い訳よ。――ねえ真広くん、私に協力して」

 宮歌の大きな瞳が真広を捉える。可愛らしい顔立ちに似合わず、獲物を狩るような鋭い目つきだ。

 「私の復讐を手伝って欲しい。あなたの力が必要なの。もし断るなら、」

 これは本当に、同年代の少女なのか。長い時を生きてきたような迫力、有無を言わせない毅然とした態度。薄い唇が開き、宮歌は低い声で言った。

 「もし断るなら、私はセカイを滅ぼすわ」


 平化29年。かの大戦からもうすぐ70年が経とうという、年の暮れのことだった。


「話が突飛すぎたね」

 宮歌はふわりと笑う。その瞬間、呪縛から解かれたように、身体に体温が戻ってきた。

 宮歌は正座していた足を崩した。そして羽織っていたコートを脱ぎ捨て、スカートにくくりつけられた銃を二丁取り出す。

「…す、げえ」

 真広は感嘆の声を漏らした。拳銃などサスペンスドラマの中でしか見たことが無い。

「これね、片方は鉛弾が入ってるの。で、もう片方には、『対スノー・ホワイト用特殊弾』が入ってる。これは人間には害が無い。【わたしたち】を処分するための武器だから。…ここから先は国家機密だからね」

 宮歌は語りだした。


70年前、日本は戦争に負けた。

その戦争の最中での出来事である。

 当時の日本は核兵器に対抗する術を必死に模索していた。圧倒的に不足する資源、莫大な軍事費。当時の日本に残された選択枝は、なるべく資源を使わない兵器の開発だった。

 

 そこで生まれた恐ろしい武器。

 生物兵器 スノー・ホワイト。

 無造作に選ばれた人間を改造し、細菌に感染させる。その人間を敵陣地に送り込み、細菌汚染を拡大させる。細菌に汚染された人間は、抗うことも許されぬまま死に至る―――

 スノー・ホワイトは、決められた時間が来たらその威力を発揮する。身体の内側から、白い細菌に喰われていき、そしてそれが身体の外に現れ、雪のように宙に舞い上がっていく。そしてその細菌を吸った人間が感染し、新たな兵器となる。スノー・ホワイトとはその様子から付けられた名前である。

スノー・ホワイトは皆、銃や爆弾などでは壊れないようにできている。当然飢えや寒さにも強い。普通の人間よりはるかに死なない。


 つまりスノー・ホワイトは、核兵器よりも恐ろしい、時限爆弾なのである。


 通常、スノー・ホワイトの「時限」は7日間に定められている。しかしひとつだけ、何らかの理由で「時限」が異常に長いスノー・ホワイトがいた。


「それが、私。坂本宮歌」


 宮歌は真っ直ぐ真広を見つめている。真広はあまりにも現実離れした話を理解しようと必死である。

「…つまり、アンタはその『生物兵器スノー・ホワイト』だってことか?」

「そうだよ」

 にこりと笑う。

「じゃあ、アンタのその『時限』って・・・」

「70年」

 そのままの表情で宮歌は言った。

「私は戦時中から年を取ってない。細菌に感染するとこうなるのかな?よく分からないけど、私は終戦の年に16歳でスノー・ホワイトになったから、86年生きていることになる」

 86年。恐ろしく長い年月だ。人が生まれて生きて死んでいく、そのくらいの時間だ。

「70年、って」

真広は震える声で呟いた。今日は平化29年12月31日。今年も残すところ、あと24時間といったところだ。そして来年は、

『来年は終戦からちょうど70年です・・・・』

 アナウンサーが言っていた。

 宮歌は表情を消した。悲しいのか可笑しいのか、全く読めなかった。

「そう。だから私、今日中に『処分』されるの」

「・・・」

 

 真広は息を呑んだ。今日中に死ぬ少女と対峙しているのだ。現実離れしすぎていてそう簡単には信じられないが。

「やっぱり信じられない?」

 まるで真広の心を呼んだかのように問う。真広は弾かれたように顔を上げた。

 すると宮歌はテーブルに置いてある二丁の銃のうち、片方を手に取った。

「見ててね」

 銃口を自らの頭に当て、微笑んだ。

「鉛球じゃ死なないから」


挿絵(By みてみん)


 真広は目を見開く。ゆっくりと彼女の指に力がこめられていった。身体が動かない。少女が目の前で自らに銃を撃とうとしている異常な光景に、目を奪われる。

 

 やめろ、そう叫ぼうとしたそのとき、鋭い音と火薬のにおいが空間を割いた。

 にやり、宮歌の口元が歪む。

「おい!」

 真広は叫んだ。心臓がバクバクと音を立てて暴れている。

 宮歌はゆっくりと銃を下ろす。すると放たれたはずの鉛球が、銃口から煙と共に出てきた。


 「・・・っ?」

 状況が理解できなかった。声すらあげられない。

「びっくりした?」

 何事もなかったかのように宮歌はにっこりと笑う。どこにも怪我は見当たらない。真広の顔からは完全に血の気が引いていた。

「スノー・ホワイトは鉛球なんかじゃ死なないんだよ。反対に人間は、スノー・ホワイト用の銃弾じゃ死なない。輪ゴムを当てられたくらいにしか感じないの」

 宮歌は二丁の銃をスカートにしまった。真広は呆気にとられて、しばらく喋りだすことができなかった。


「その銃で、」

 やっとの思いで口を開く。口の中が乾ききっている。感情が高ぶると声が震える癖は昔からだ。

「その銃で誰を殺すんだよ」

 宮歌は驚いたような表情をした後、くすりと笑った。

「違う違う、この銃では私以外殺せないんだって。私が復讐するのは人間の男だよ。雪乃を鉛球で撃った、張本人」

 鉛球で撃った、という言葉に力をこめる。それはつまり、誤射などではなく、最初から雪乃を殺そうとしていたということ。

 それを自覚した瞬間、頭の中が熱くなった。かあっと熱を持つ脳と、理不尽な事実に対する憤り。

「誰が、そんなこと」

 真広の言葉に、宮歌は低い声で答えた。

「『フラン・テレイト』――あたしが施設に幽閉されていた頃の、担当者よ」

 殺してやる、小さな声で宮歌は呟いた。

 フラン・テレイト。口の中で復唱する。これが、雪乃を殺した男の名前。


「本当に、やるのか」

 聞く話は、にわかには信じがたいものばかりである。目の前に現れた、鉛球の一切効かない、今日中に死ぬ少女。70年前に終わったはずの戦争の残骸。大量殺戮生物兵器、スノー・ホワイト。妹の仇。突如飛び込んできた非日常。

「決めたことだよ」

 ひとりでセカイを滅ぼすことができる兵器と対峙し、決断を迫られる。共に姉の仇を討つか、日常にとどまるか。

「今お前が言ったことは、全部本当なんだな」

 宮歌は頷いた。


 真広は目を閉じた。今でも思い出す雪乃の笑顔。本当に優しい人だった。心の中で問いかける。

 なあ雪乃。お前は、殺されるような奴だったのか?

 真広は笑った。苦労に苦労を重ね、最期には報われなかった。それが、誰よりも優しい、綾瀬雪乃という少女の生涯である。――そんなことがあってたまるか。

「そうだな」

 平化29年、最後の一日。

 もしかしたら人類最後の日になるかもしれないその日を、

「一緒にフラン・テレイトを、殺してやろう」

 真広はこの見知らぬ少女と過ごすことを決めたのである。


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