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第一章:はじまり

「あー・・・暇だ・・・」

 そうつぶやくと達矢タツヤは持っていた漫画を投げ出しベッドに顔をうずめた。

「・・・なんだよ・・・突然。」

 ワンテンポ遅れて隣でゲームをしていたハジメから返事が返ってくる。一応返事を返してはいるものの、その目は画面をじっと見つめたままで明らかに生返事だ。画面の向こうではやけに耳の長い女が杖を振り上げ何やら呪文らしきものを唱えている。

「はぁ・・・大学生になったら何か変わるかなー、とか思ってたけど・・・何も変わらねえんだなぁ」

「・・・それはそうだろ」

「あー、もう、暇だぁー!」

 声を上げると共にタツヤはごろりと寝返りをうった。


 この春、大学生になったタツヤは少なからず大学生活に希望を抱いていた。高校3年間は部活にも入らなかったため、幼馴染で極度のゲーム好きのハジメに引っ張られる形で暇な時にはずっとゲームばかりしていた。おかげでゲームには異様に詳しくなったがタツヤにとってはそのことで得られる満足感は多くなかった。「大学生になったら」、常にそう考えながら高校生活を過ごした。

 しかし、実際に大学に入ってみるといつもクラス単位で集団行動をしていた高校の時よりも人と接する機会は少なく、いくつかサークルをまわってみたものの、今まで何もクラブ活動に入ってこなかったタツヤにとってはハードルの高いものばかりだった。

 そして結局どのサークルにも入ることなく、なんとなく過ごしているうちに1年もの時間が経ってしまった。


 タツヤはむくりと上体を起こすと胡坐をかき、ハジメを正面に捉えるとひとつ咳払いをした。

 「おほん、あー、浜田元ハマダ ハジメ君。君はいいのかね。人生に一度しかない花の四年間をすべてゲームにささげてしまって。ゲームは一生のうちのいつでも出来る。が、この四年間は一生に一度だけだ!朝から晩までぐうたらしていても誰にもとがめられず、これだけ怠惰な日々を送っていても社会的にも『大学生』という囲いの中で黙認される。この貴重な時間を他のことに使おうとは思わないのかね!」

「・・・いやー、特に」

 熱をこめてグッと右のこぶしを握り、体でわざとらしくも情熱を示してみたが、俺のモーションはさらっと流され、相変わらずハジメの顔は画面を見つめたままだ。その瞳は真剣そのもので、彼がコントローラーをカチャカチャと動かす度に画面の中のキャラクターが敵を切り裂き、それを受けたモンスターが悲鳴を上げている。

「はぁ・・・何かおもしろいイベントでも起こらねえかなぁ・・・」

「いいね、そのイベントって響き。タツヤもだいぶゲーマーらしくなったよ」

 ハジメからそんなどうでもいい賛辞を受け、こいつに何か言っても無駄だとあきらめため息を一つついた。その時・・・

 ガシャン。

 玄関のほうから音がした。何かと思いタツヤが顔を少し上げると、

「ごめん、今・・・手離せないからちょっと見てきて・・・」

 と相変わらず画面を見つめたままのハジメが言った。なるほど、画面を見ると先ほどよりも凶悪そうなモンスターが咆哮をあげながら突進してきている。

「あーいよっと」

 起き上がる掛け声に返事をまぜたような言葉を発し、タツヤは立ち上がり、のそのそと玄関へと向かった。


「はぁ・・・」

 ハジメには色々言っているものの、自分自身やりたいことが明確でなく、何もこれといって行動をしていない以上、何も変わることはないんだろうなぁ・・・

 もどかしい思いをため息に変え、たどり着いた玄関先で無造作に落ちている茶封筒を発見した。

「・・・なんだこれ。郵便か?」

 ・・・郵便ならチャイムでも鳴らして手渡しするのが普通のような気がするけど。さぼってやがるな、配達員と心の中で悪態をついたところで少し耳を済ませてみるとパタパタと遠ざかる足音がわずかに聞こえた。

 まぁ、いいかと大学ノートサイズのそれを持ち上げてみるとちょっとした重みがあり、何か入っているのがわかる。何気なく茶封筒に目をやると「野村達矢様 浜田元様」と二人分の名前が書いてある。

「ハジメの名前がなぜ・・・ここは俺ん家だっての。」

 軽く愚痴をこぼしながら六畳一間の自室へと戻る。まぁ確かにハジメはここに住んでいるかのようにいつもいやがるが・・・

「・・・なんだったー?」

「ちょいまち、今開けるから」

 割とどうでも良さそうに問いかけてくるハジメに返事を返し、ベッドに座ると乱暴に茶封筒を開けにかかる。ビリッと封筒が破れる音がし、封筒を逆さにすると・・・ひとつのリモコンらしきものが出てきた。一見するとテレビのリモコンのように見える。

「・・・何だこれ。」

 いたずらか何かか?しかし、わざわざ宅配便を使ってまでするようなレベルのいたずらでもないよな・・・大体こんなわけのわからないいたずらをされる心あたりがまったくない。

 出てきたなぞのリモコンから送ってきた相手の意図を見出すことができず、封筒の中に他に何か入っていないかと逆さに振ってみると一枚の白い紙がひらりと落ち、そこに大きく書かれている文字が視界に入った。



『Human Controller』



「・・・何だこれ。」

 相変わらずわけがわからず紙を拾い上げるとその下に細々と書かれていた説明みたいなものを読んでみる。



-----------------

[説明]

 これは人を操作できるコントローラです。

[操作手順]

1.テレビに向けて「操作入力」ボタンを押してください。

2.操作したい日付、操作内容を入力してください。

3.「完了」ボタンを押すと操作の予約完了となります。

-----------------



「・・・何だこれ。」

 この封筒を開けてから三度目となるセリフをつぶやく。唯一の手がかりと思われたこの紙にも書いてあるのはこれだけだった。

「・・・いたずら決定・・・はぁ・・・」

 ため息と共にベッドに倒れこむ。くそっ、何なんだ。というか送り主は何がしたいのかまったく意図がわからない。心の中で悪態をつく横でハジメは相変わらず画面に向かってコントローラーを激しく操作している。


 ベッドに突っ伏したままだらっと脱力した手の先につかんだリモコンをテレビに向け、試しに「操作入力」と書かれているボタンを押してみる。

 ほらやっぱり何も起こらない・・・とどうせ思うのだろうなぁと思っていた自分の考えとは裏腹にテレビはパツッというわずかな音と共に画面を変えた。

「お・・・」

 思わず横たわっていたベッドから顔を上げ画面を見ると、「操作入力画面」と書かれた画面がテレビに写っている。予想外の出来事に少し動きが停止してしまう。何だこれ?いたずらにしてはやけに手が込んでるな・・・というかこのテレビのリモコンでもないのにこんなことってできるのか・・・?

「ぬわぁああああああああああ!!」

「おぉ!?」

 目の前の現象について考えていると視界の下にいたハジメが突然立ち上がり咆哮をあげた。

「タ、タツヤ!早く・・・早く画面を戻せ!今、1時間かけてようやくボスに辿りついたところなんだから!」

「ちょ、ちょまちょま」

 ここまでの切迫しているハジメを見るのは初めてだ。こいつ、よほどこのゲームにかけてるんだな・・・と友人を分析したりしながらも説明書の手順にそって思いついた操作内容をできるだけ早く入力していく。試しにボタンを押したところ、「操作入力画面」は開いたのだ。この先も試してみたいという気持ちが徐々に湧き出していた。

「あぁああああああ!早く早く!俺の・・・俺のユリタンが死んじゃうから!」

 尚も絶叫を続けるハジメは俺がのろのろとしているのに見かね、足元に合った本来のこのテレビのリモコンを拾い、必死に元の画面に戻そうと心みているようだったが、画面は「操作入力画面」のままだった。

「く、こいつ・・・!なんで・・・!おい、タツヤ!いい加減・・・」

「よし、OK!」

 入力を完了した俺がリモコンについていた「完了」ボタンを押すと、画面はあっさりとゲーム画面へと戻った。しかし

「あああああ!ユ、ユリタァァァァァァン!」

 そこには全滅し、倒れているキャラクター達と大きな「GAME OVER」の文字。

「あ、わりぃ・・・」

「うぉおおおお!」

 号泣せんばかりの勢いのハジメをみて、さすがに少し気まずさを覚え、謝罪を述べたがもはやハジメにはその声も届いていないようで、そのままコントローラーに倒れこむようにうずくまるとしばらく奇声を発し続けた。一体このゲームにどれだけの情熱をそそいでいるんだ・・・と計り知れない友人の熱意に思いをはせる一方で、画面にはハジメのキャラクターにとどめを刺したのであろう凶悪なモンスターが大きく表示され、勝利の咆哮を上げていた。





次の日。

 平日である今日は、俺もハジメも大学の講義に出ていた。外を眺めると春先の日差しが大学の構内をサンサンと照らし、暇をもてあました学生達がベンチに座りおしゃべりをしているのが見える。

「であるからして・・・」

 講義室の中には教授の淡々とした説明と黒板に文字を書くカッカッという音だけが響いている。

 基本的にずっと教授と黒板とのにらめっこで進むこの授業は俺が最も時間を無駄にしていると感じる瞬間のひとつだった。俺と同じく物理学科に所属しているハジメも隣でこの講義を受けているが、視線は完璧に机の下に両手で握ったポータブルゲーム機に向いており、その固まった姿勢のまま、ゲームを操作する両手意外、ピクリとも動かそうとしない。・・・今この瞬間もこいつにとっては充実した時間なんだろうなぁなんてことをぼんやりと考える。


「ふぁ・・・」

 思わずあくびが漏れ、早く終わらないかと時計を見てみるが講義の終了まではまだ35分近くあった。

「はぁ・・・」

 ため息と共に机に突っ伏したところで、そういえばそろそろ昨日、「Human Controller」で操作を指定した時間だということに気がつき、バッと顔を上げ変わり映えしない講義を続ける教授に視線を送る。

 昨日入力した操作内容。それはこの物理の講義が残り30分となった時に、普段一切生徒に視線を送らず、コミュニケーションをとらない教授がハジメに対してゲームのやりすぎを指摘する、というものだった。

 時計と教授を交互にみやり操作を指定した時間を待つ。予定の時間まであと1分を切っている。

 別に期待しているわけではなかったが、わずかに心臓が高鳴っているのを感じた。そんなことある分けない・・・と思う傍ら、でも・・・もしかしたら・・・とわずかに期待を抱いている自分がいる。

 ・・・時間だ。

「そういえば」

 教授が突然くるりと生徒の方を振り返った。

 心臓の鼓動がさらに少し大きくなり、タツヤは教授の次の一言を待つ。

「・・・最近、学内で盗難がはやっているようです。皆さんも十分気をつけて貴重品は出来るだけ肌身離さないようにしてください。特に夕方から夜の時間にかけて発生しているようですから~~」

 はっ、それはそうだよなぁと内心のつぶやきと共に思わず力が抜けまたも机に突っ伏す。

 まぁ少しがっかりはしたが当然のことか。あんなの誰かのいたずらに決まってるし。帰ったら何であのリモコンで画面が切り替わったのか、ネットとかで調べてみるか・・・そんなことを考え始めたその時

「大学生活、時間があるからと言ってゲームばかりしていてはいけませんよ。そう思わないかね、ハジメ君。」

 突然教授がその言葉を発した。

 ガバッ

 その言葉が聞こえた瞬間、思わず顔をすごい勢いであげ、教授を見つめてしまう。心臓の音が一気に跳ね上がったのを感じる。意識が覚醒しまわりの音がやけによく聞こえだす。今のセリフ・・・

「や、やだなー、先生ー。ちゃんと勉強とゲームの時間は区別をつけてますよー」

 横で急に名前を呼ばれびっくりしたハジメが適当な言い訳を並べたてている。

 短い時間ハジメをじっと見ていた教授だったが続けて何か言うでもなく講義に戻っていった。

「ここの公式は~~」

 まだ心臓が強く鳴っているのを感じる。

 今の教授の言葉・・・



―――「大学生活、時間があるからと言ってゲームばかりしていてはいけませんよ。そう思わないかね、ハジメ君。」―――



 一言一句昨日俺が考え、操作の内容に入力したセリフと同じものだった。

 何が起こった?今のは・・・たまたま?でも、今の教授のセリフのタイミング。意識せずに聞いていたら気がつかなかったかもしれないけど、その前の話との流れがおかしい。これは・・・まさか・・・いや、でも・・・

 頭の中に自分のさまざまな声が響きうまく考えがまとまらない。

 とにかく・・・一度落ち着いて・・・よく考えてみよう。

「ふー。あー、びっくりしたびっくりした」

 隣の席でハジメが小さくつぶやき、またゲームを再開していた。



to be continued...

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