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刀鍛冶穂村

作者: 青式部

 時は百鬼28年、錬金術の大成により国際紛争が勃発、戦争屋の放った刺客が暗躍し、世界人口の約半数が僅かな内に死滅した。人々は今となっては誰ひとり外を出歩こうともしない。街は荒廃し尽し小動物だけが我が物顔で闊歩している。

 

 そういう時代、刀鍛冶の穂村という男がいた。穂村は名の知れた職人であり、その手にかかるとどんな刀も、切れ味が抜群に良くなるともっぱらの評判である。


 だが穂村は刀に憑かれていた。憑かれていたというのは文字通り刀鍛冶に心血を注ぎ、そのために全てを忘れてしまうほどであったのだ。刀の青白く禍々しい光、心を映しだすような刀紋、それに何よりも斬撃を繰り出す時の美しさは他に類を見ない、そう穂村は信じていた。


 そもそも鍛冶職人の名家に生まれた穂村にとって刀はあって当たり前のもの、空気のような存在であった。朝になれば鉄を打つ音が聞こえたし、水で焼きを入れ、溶接を繰り返す光景を何度も繰り返し目にしてきた。


そのような穂村であったから、将来は名工として名を馳せることを渇望されていた。だが百鬼という戦乱の最中とあっては今までと同じようにはいかなかった。穂村は死合で威力を発揮する強い刀だけを追求しなければならなかったのである。


 そうした事情からいつしか穂村は魔刀の研究に魂を捧げるようになった。穂村は刀身に様々な怨念を込め、時には霊魂を宿らせようと苦心した。そうして刀の切れ味以上にその刀の持つ特性や奇怪な力を最大限に高めようとしようとしたのである。そして不思議と夜になると音を立てる刀、血糊で濡れると切れ味を増す刀、持つものを死へ導くと噂される刀をも、穂村は創りだすことに成功し、それらを世に送り出した。


 そうしたある日のこと、穂村のもとに見知らぬ男がやって来て、新しい刀をつくって欲しいと頼み込んだ。穂村も知らぬ顔に義理立てする気にならなかったが、見ればその者の人相には魔刀を研究していた穂村を惹きつける何かがあった。両眼は冷え冷えとした夜風のような揺らめきを湛えており、何人もの人を殺めてきた男に特有の殺気が纏わりついていたのである。


 そうして穂村は死合や暗殺を念頭に、精魂を込めて一振りの刀を創り上げた。それは長さ10尺にもなる大業物で、刀身は空気を抉るように鋭く細く、刀紋は深い紋様を刻んでおり、妖しげな青白い光を放っていた。男にしか扱えないであろうその刀を取りに訪れた時、男の体躯からは言いようもなくおぞましい血の匂いが漂っていた。後にこの男『煉』は暗殺集団とも呼ばれる『蓮』盗賊団において乱世の混迷をより深いものとした。


 また別の日には、銃というポルトガル武器を刀に組み込んだものを製作してほしいという男が唐突にやってきた。穂村と言えば稀代の名工であるから、本物の刀にしか興味がなく、偽物や半端物を創ることにはかなりの抵抗があった。


 だがその日の男は他の男とは決定的に何かが違った。普通の者であれば正装をしてやって来るのであるが、その男とくれば袴は南蛮風で髪は髷も結っておらず見るからに人を喰ったような風体である。戦乱の百鬼という時代において数々の武士を見てきた穂村であったが、このような男には出会ったことがない。穂村はしばし唖然としていたが、しばらく想い巡らせていると、どういうわけか自分はこの男には叶わないという気がしてきた。


 そして鍛冶職人として男の要望をかなえてやりたくなってきた穂村は、努力と工夫を重ねて一丁の銃とも一振りの刀とも取れる品物を完成させた。それはこの時代においては珍品とも取れる代物であったが、何十年後に歴史的逸品として知れ渡ることとなった。それもこの男がこの戦乱の世において一つの大国を形成し、台頭して行った際、その脇差にこの品物を備えていたからである。


 それから晩年になって円熟しきっていた穂村は、刀工としての全てを注いだ最後の一振りを創りだした。血で血を洗う死合が横行する世において、魔刀を次々と送り出し、人を殺める手伝いをしてきた穂村である。今となっては戦乱に終止符を打つ存在にこの集大成を手渡さなければならないと考えていた。


 そういうわけでその男が訪ねてきたとき、その男の魔術と剣術が鬼神の領域にあることを見ぬくと、穂村は期待を込めて叢雨を授けた。かつて魔刀を渡してしまった『煉』という男やその他の様々な悪人をとめてほしいという思いは日増しに強まっていたのだ。


 肝心の叢雨の出来はというと、この刀は名工として名を馳せた穂村でさえも目にすれば幻かと思えるほどの一振りで、何百年も前に創られた刀を焼き直したものであった。

 

 そこには様々な魔力や得体のしれない力が刻み込まれており、その力は人智を越えると言われていたが、穂村でさえその全てを知っていたわけではない。だが穂村はその刀を集大成として相応しいものに焼き上げることに成功した。

 

 刀身は満月のような丸みを帯びて違和感がなく、複雑でありながら完成されている。どんな名工もここに何か一つ足りぬ物や加えるべき物を指摘することは出来ないであろう。叢雨を受け取った男は『焚』という名で、後にこの戦乱を終わらせて世界に平和をもたらすこととなる。


お読みいただきありがとうございました。

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