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共産主義の犬

掲載日:2026/07/18

 社会主義と共産主義の違いをざっくりと説明すると、社会主義は「働いた分だけ、報酬を受け取る」けど、共産主義は「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という点にあるらしい。

 ――つまり、共産主義では、能力が低くても、十分な報酬を受け取れるのである。

 ただの「胡散臭い理想論だ」と嫌う人も多く、特に保守…… 右翼の人達は批判的だ。ところが、これ、この日本においては、少々不可解な点がある。

 何故か、日本においては、右翼の人達が社会主義・共産主義っぽい主張をする事がままあるのだ。

 例えば、“国の借金”。国際的には、左翼陣営が「国はいくら借金をしても構わない」と主張する事が多いのに、日本では右翼側の人達がこれを主張している。日本では国が規制をして、特定の業界を護っている場合が多いけど、これは“計画経済”…… つまり、社会主義・共産主義に分類される発想だ。なのに、何故か右翼側にこれを支持する人がいる。しかも、彼らは口では「社会主義・共産主義を憎んでいる」などと発言しているのだ。

 思うに、彼らが“社会主義・共産主義”と表現する時は、中国や北朝鮮の事を言っているのであって、実際の“社会主義・共産主義”ではないのではないだろうか? 中国や北朝鮮は、“社会主義・共産主義”を標榜しているだけで、その実態は専制主義や独裁国家だろうから、少々の誤解があるように思える。本当は日本では右翼ですら、“社会主義・共産主義”が好きなのだ。

 だからなのかもしれない。

 日本は“社会主義・共産主義”色が強い社会になってしまっている。

 そして、“社会主義・共産主義”は、資本家にとって不都合な理想だと思われがちだけだけど、きっとそれだけじゃなく……

 

 僕はシステム運行の仕事をしている。ところが今度開発の仕事も入り、手が足らなくなってしまった。そこでシステム運行の方にヘルプメンバーが加わる事になった。

 「――さて、どんな人が来るのだろう?」

 僕は“実力がある人が来てくれ”と祈っていた。何故なら、情報技術業界の場合、優秀な人が入って来るかどうかはほぼギャンブルだからだ。

 “高い金を払えば、優秀な人が入って来るのじゃないの?”

 事情を知らない人が聞いたら、そんな風に思うだろう。ところが、それがそうでもない。何故なら、この業界では契約金の交渉をする営業が技術者の実力を把握していないケースが少なくないからだ。酷い場合は、スキルシートに嘘が書いてあったりもする。実際、高い契約金を支払って入って来た年配のエンジニアがほとんど仕事ができなったり、逆に安い契約金で入って来た新人のエンジニアがとても優秀だったりしたこともあった。

 つまりは、優秀な人が入って来るかどうかは運の良し悪しで大きく左右されるのだ。

 これは多重派遣が横行している事も原因の一つになっていると思う。その所為で、自社以外のまったく知らない人を営業が売り込んできたりするからだ。

 困ったものだと思う。

 

 「よろしくお願いします」

 

 そうして、運行のヘルプメンバーがやって来た。W田さんという人で、少なくとも四十代には達していた。

 人当たりは柔らかい。

 まずは合格だろうか? ただ、重要なのは人当たりではなく、スキルであるのは言うまでもない。

 取り敢えずは、W田さんには問い合わせメールの対応をやってもらう事になった。しかし、あまり芳しくない。もっとも、来たばかりで、アプリの操作方法も分からないから、返答に窮するは当然で、そこは致し方ない。僕はW田さんが困っている様子だったら、サポートをするように心がけた。一週間ほどが経過しても、まだ彼は僕のサポートを必要としていた。たったの一週間で理解できるようなシステムではないから、これもまあ仕方ない。僕はそう思っていた。

 ただ、一点だけ、どうしても、納得がいかない事があった。

 

 「あの…… W田さん。分からなかったら、自分から質問をするようにしてくれませんか?」

 

 W田さんは、分からない仕事が回って来て困っても僕に質問をして来ないのだ。そして、いい加減な対応をするか、いつまでもフリーズしているかのどちらかになる。これでは仕事に支障が出るのは当然だから、結果として、僕がW田さんに振られている仕事内容を把握して管理しなくてはならず、その負担を少々重く感じるようになっていた。

 だから、そのようにお願いしたのだ。

 「分かりました」

 と、彼は良い返事を返して来た。だから、質問をしてくれるものだと思っていたのだけど、やはり一向に質問をして来ない。

 ――もしかして、僕にビビっている?

 新人ならまだ分かるけど、既にそれなりのキャリアがあるはずだ。なのに、怖がってするべき質問をしないなんて事があるだろうか? それに僕は優しく教えているつもりだった。

 どうにも不可解だった。

 そんな、ある日だった。プログラミングコードを読みさえすれば、5分で分かる問い合わせが来た。慣れていなくて、多少は手間取るにしても10分以内には終わる。しかし、W田さんは一向に返信をしようとしない。

 変だと思った僕は彼の席に様子を見に行った。もしも、他の仕事で手が回らないのなら、僕が引き取っても良いと思ったからだ。

 W田さんは、自分の席で、何故かデーターベースとにらめっこをしていた。データーベースを見て、返答できるような問い合わせではない。だから、

 「あの…… W田さん。データーベースを観ても分からないですよ。Javaのコードを読まないと」

 「え? そうなんですか?」と彼は言う。そして、慌ててEclipse(プログラミングをする為のツール)を開く。そこで僕は大きく目を見開いてしまった。

 「あの…… どうして真っ赤なんですか?」

 ローカルの環境を整えていないとエラーが表示され、コードが真っ赤になってしまう場合があるのだけど、W田さんは当にその状態だったのだ。

 つまり、自力で環境を整えられないという事だ。

 W田さんはそれには答えず、コードを読もうとする。しかし、遅々としてそれは進まなかった。

 間違いない。この人はJavaのコードが読めないんだ。

 僕はそう確信した。

 完全に読めないという訳ではない。しかし、初級レベル程度の実力しかない。

 そして、僕はどうして彼が積極的に質問をして来ないのかを察した。質問をすると、自分がスキルに嘘をついている事がバレてしまうからだったのだ。

 僕は怒りが込み上げて来るのを抑えつつ、コードの読み方を教え、取り敢えず、問い合わせに返信できるだけの情報を彼に教えた。そして、最後に「分からないのは、仕方ないですから、質問だけはしてください」とだけ言った。彼は「分かりました」と口では答えた。

 しかしだ。

 それからも、彼は何故か質問をして来ようとしないのだ。しかも、ミスを度々する。間違った内容を返信してしまったり、テスト系サーバーの重要な隠しファイルを何故か消して壊してしまったり。

 この状態では困るので、僕は上司にこの件を報告して、「所属元の会社に言って、質問だけはするように働きかけてもらえませんか?」と頼んだ。が、上司は「堪えてくれ」とだけしか言わなかった。恐らくは事を荒立てたくないのである。

 僕はなんとか我慢をした。が、それからもっとショックな事実を知らされてしまった。なんと、W田さんの契約金は僕より遥かに高かったのだ。

 

 ……流石に、やってられない気分になった。

 

 実は、日本の会社ではこういった事がよくある。困ったエンジニアがやって来ても、文句を言わずに済ませてしまう(よっぽど酷かったら流石にクレームを言うけど)。

 だからだろう。営業が「スキルが足りなくても、放り込めばなんとかなるんだよ」といった発言をしているのを僕は聞いた事がある。

 一応断っておくけど、なんとかなっていないのだ。周りの負担がその分重くなってしまっているだけで。

 そして、この体制は本人達はまったく意図していないのだろうけど、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という共産主義の理想通りになってしまっている。

 この理想を実現する為には、周囲の犠牲が必要なのだ。共産主義が好きな人に質問をしたい。あなた達はこの理想の為に犠牲になっている人達に向けて一体何と言うのだ? 我慢しろ? それとも、「尊い理想に文句を言うなんて、お前は醜い男だ」とでも言うのだろうか?

 

 それからしばらくが過ぎた。

 当初は質問をしてくれなかったW田さんも、流石に隠している意味がないと悟ったのか、ようやく質問をしてくれるようになった。

 ただ、それでも、よくミスをするのだけど……

 「まぁ、それでも進歩したかな。良かった、良かった」

 と、僕は思いかけて我に返った。

 “これじゃ、共産主義の為に犠牲になるのを容認しているみたいじゃないか。資本主義ならぬ、共産主義の犬だ”

 

 ところで、日本は生産性が低いとよく言われていて、その原因の一つに“労働者がスキルアップをしようしない”というのがある。

 でも、考えてみて欲しい。こんな労働環境で果たしてスキルアップを積極的にしようと思うだろうか? スキルアップをしても、仕事が増えるだけで、給料は増えないのだ。スキルを身に付けるモチベーションなど上がるはずがない。

 ――この日本の会社の悪習は、早くに是正するべきじゃないだろうか?

 これを聞いたら、社会主義や共産主義が好きな、日本の右翼や左翼の人達は怒るかもしれないけれど……

因みに、この人、緊急の問い合わせメールをガン無視するなんて事もやります……

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― 新着の感想 ―
百さんにしては久々に刺激的なタイトルだなぁ、と思いながら読み進めてみれば……いやはや何とも、お疲れ様のご苦労様な事態ですね(汗)
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