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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード1ー純潔のミレニアムー
3/48

初めてのドラゴン討伐ー

誰も言い返さないまま、風だけが吹き抜ける。


その沈黙を、アレンがぼそりと崩した。


「だってしゃーないだろ……相手はドラゴンなんだし……それに――」


そこで言葉を切る。


ゆっくりと、ミリィを見下ろした。


視線が、はっきりとした意味を持つ。


続きは言わなくても伝わる、そんな間。


その背後から、軽い声が割り込んだ。


「ハッキリ言っちゃいなよ。不安だって」


ラーヤだった。


悪びれる様子もなく、肩をすくめて笑う。


「こっちも命かかってるんだからさ」


続いて、静かな声。


「そうね」


リンが一歩前に出る。


帽子の影の奥、黒い瞳がまっすぐミリィを捉える。


「剣聖様……とてもあなたにドラゴンが倒せるとは思えないもの」


感情の乗らない、事実だけを述べる声だった。


その言葉に、空気がさらに冷える。


ヤザンも静かに眼鏡を押し上げる。


「そうですね……剣聖の家系プレミアム家といえど……」


わずかに言葉を選ぶような間。


「大方、前剣聖グラムが退位し、剣聖を失った貴族連盟や世界国家連盟の――」


そこまで言って、言葉を濁す。


だが、その先は誰にでも想像がついた。


“代わりを立てただけ”


そんな意味合い。


ミリィの指先が、わずかに震える。


言葉が出てこない。


否定も、反論も。


その代わりに、ただ小さく息を吸う。


「……わ、私は……」


かすれる声。


続かない。


オセロットの表情が、完全に消えた。


怒りすら通り越したような、冷たい目。


一歩、前に出る。


「……言いたいことはそれで全部か?」


低く、抑えた声だった。


だが、その奥にあるものは、誰にでもわかるほどはっきりしていた。


張り詰めた空気を、叩き割るような声が響いた。


「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!」


オセロットだった。


一歩踏み出し、全員を睨みつける。


「俺の剣聖様はなぁ!ミリィ様は超ヤベェんだ!」


怒りのままに、言葉を叩きつける。


「俺だけは知ってる!俺だけが知ってるんだ!そこで黙って見てろ!」


その勢いのまま、空気を押し返す。


ミリィが慌てて手を伸ばす。


「ま、待って……その言い方だと、なんか私がヤバい人みたいだよぉ……」


困ったような声。


オセロットは一瞬きょとんとしてから、真顔で頷いた。


「大丈夫っす!ミリィ様がヤベェのは俺知ってるから!」


自信満々に言い切る。


ミリィの顔が一気に赤くなる。


「もぉ〜やめてぇ……」


情けない声が漏れた。


そのやり取りに、場の空気がわずかに緩む。


張り詰めていた視線が、少しだけほどけた。


ミリィは小さく息を吸い、こほんと咳払いをする。


ほんの少しだけ背筋を伸ばした。


「……襲名してから、なんの実績も出してませんから……みなさんがそう思うのは仕方ないです……」


言葉は弱い。


だが、逃げてはいなかった。


「でも、私……がんばりますから!」


ぎゅっと拳を握る。


震えは、まだ残っている。


それでも、顔を上げた。


「そこで……最後まで、見ていて……いいですよ」


小さく、息を整える。


「大丈夫ですから」


弱々しい声だった。


けれど――


その目の奥には、はっきりとした意志が宿っていた。


揺らがない、まっすぐな光。


一瞬。


ハーマンの目が、わずかに細まる。


ノインも、無言のまま言葉を失う。


アレンたち冒険者も、同じだった。


ほんの一瞬だけ。


確かに――たじろいだ。


ハーマンとノインは、一定の距離を保ったまま立っている。


すぐにでも馬車へ戻れる位置。


逃げ道を、確保している立ち位置だった。


冒険者たちも同じだった。


それぞれが馬の近くに陣取り、いつでも飛び乗れるようにしている。


武器には手をかけているが、前に出る気配はない。


あくまで――様子見。


その中心から、少し離れた場所。


渓谷の端に、ミリィは立っていた。


見下ろすのも憚られる深い崖っぷちに。


風が強く吹きつけるたびに体が持っていかれそうになる。


白いマントが大きくはためく。


足元の小石が転がり、乾いた音を立てた。


ミリィの肩が、小さく震えている。


怖い。


胸の奥から、どうしようもなく込み上げてくる。


恐ろしい。


足がすくみそうになる。


戦うのが怖い。


喉が、締まる。


ドラゴンが、怖い。


視界が滲む。


涙が、こぼれそうになる。


その背後に、静かに近づく足音。


オセロットだった。


少しだけ距離を置いたまま、声をかける。


「ミリィ様、ドラゴンと戦ったことあんの?」


ミリィはびくりと肩を揺らし、ゆっくりと振り返る。


涙で潤んだ目のまま、困ったように笑った。


「そんなのあるわけないでしょ……」


声が震える。


「村で悪さしてる野生の魔獣を、何度か……追い払ったくらいで……」


その言葉は、風に乗って後ろまで届いた。


遠巻きに見ていた冒険者たちの何人かが、思わず顔に手を当てる。


ため息にも似た空気が、静かに広がる。


オセロットは一瞬だけ黙り、それから軽く肩をすくめた。


「マジかよー。じゃ、ドラゴン見るのも初めて?」


その言葉に――


ミリィの動きが、ぴたりと止まる。


「あ……」


小さく、息を呑む。


そして、ゆっくりと首元へ手を伸ばした。


細い鎖。


そこに通された、いくつもの指輪。


指先がそれに触れる。


冷たい感触。


「ううん……」


かすかな声。


「ドラゴンなら、何度か……見たことが……あります」


思い出す。


強く、美しい存在。


大地を踏み、空を裂き、ただそこに在るだけで圧倒するもの。


何者にも負けず。


何者にも従わず。


何者にも屈しない。


――あの背中。


――あの空。


――あの時間。


彼と、彼女と。


その傍にいた、ドラゴン。


ミリィの指先が、わずかに力を込める。


呼吸が、整う。


震えが、少しずつ引いていく。


風の中で、ゆっくりと顔を上げた。


その瞳から、さっきまでの揺らぎが消えていた。


ミリィは一度、瞳を閉じる。


風の音だけが耳に残る。


ゆっくりと息を吸い――


そして、開いた。


涙は、まだ止まらない。


けれど、震えはほんのわずかに収まっていた。


足元に、力が戻る。


ミリィは背後を振り返り、声を張り上げる。


「お願いしまっ――ぶっ!」


舌を噛んだ。


情けない音が、渓谷に小さく響く。


その場の何人かが、一瞬だけ表情を崩しかける。


だが――


誰も、それに触れない。


ノインは無言のまま、一歩前に出た。


手に持っていた小型の装置に視線を落とす。


迷いなく、指を動かした。


――カチリ。


次の瞬間。


渓谷の底から、破裂音が響いた。


ドンッ!!


空気を叩きつけるような衝撃音。


遅れて、反響が何度も何度も返ってくる。


ドンッ! ドンッ!! ドンッ!!!


連続する爆音が、谷全体を震わせた。


地面がわずかに揺れる。


小石が跳ね、崖の上から砂がぱらぱらと落ちる。


それは――誘導。


ギルドが仕掛けた、ドラゴンを誘き出すための装置。


音で刺激し、縄張りを揺さぶる。


逃げ場のない渓谷で、確実に“こちらへ来させる”ための手段。


風が、変わる。


さっきまでとは違う、重い流れ。


渓谷の奥から――


何かが、目を覚ます気配。


冒険者たちの空気が一瞬で引き締まる。


馬が落ち着かなく蹄を鳴らす。


オセロットはミリィのすぐ後ろに立ち、低く声を落とした。


「……来るっすよ」


その声とほぼ同時に。


奥の闇が、わずかに揺れた。


渓谷の奥から、気配が滲み出す。


重い。


押し潰すような圧。


何かが、確実にこちらへ近づいている。


ミリィの呼吸が、わずかに揺れる。


それでも、振り返った。


「オセ、危ないから下がってて」


その声に、オセロットは一瞬きょとんとした顔をする。


「ミリィ様の背後以外に安全な場所なんてあるんすか?」


迷いのない言葉。


当たり前のように言い切る。


ミリィは目を見開いた。


そして――


小さく、微笑む。


涙は、まだ残っている。


それでも。


「……その信頼に、応えるからね」


静かな声だった。


オセロットはにっと笑い、親指を立てる。


「当然っす」


そして――


その直後。


目を見開いた。


見えた。


渓谷の底。


そこから――


音もなく、現れていた。


巨大な影。


気配も、音も、前触れもなく。


ただ、そこに“いた”。


ミリィの背後。


振り返った、そのすぐ後ろ。


空気が、歪む。


それは、ドラゴンだった。


だが――


常識にあるそれとは、明らかに違う。


大きすぎる。


重すぎる。


存在そのものが、圧だった。


空気を支配し、地形すら従わせるような質量。


「……っ」


誰かが息を呑む。


次の瞬間、ざわめきが爆発した。


「な、なんだありゃ!?でかいぞ!」


アレンの声が上擦る。


ノインの顔から、余裕が消える。


「……あれは、ただのドラゴンじゃない」


低く、押し殺した声。


ハーマンも動揺を隠せない。


「ほ、報告と違いじゃないか!」


リンが、震える声で呟く。


「……あれは……古代竜……あんなもの、騎士団でも倒せるか、どうか」


その言葉が、空気を凍らせる。


一瞬の静止。


そして――


全員が動いた。


冒険者たちが一斉に踵を返す。


馬へ。


馬車へ。


手綱へ手を伸ばす。


ハーマンとノインも同じだった。


“離脱”。


その判断に、迷いはなかった。


風が荒れる。


地面が、わずかに軋む。


巨大な影が、ゆっくりと動いた。


ミリィのすぐ後ろで。


圧が、降りてくる。




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