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第2話「よろず解決事務所、開店します」

~新しい朝の始まり~


異世界に来て二週間。霧島悠は、借りたばかりの建物の二階で目を覚ました。


朝日が、板で半分塞がれた窓から差し込んでいる。光の筋が、舞い上がる埃を金色に輝かせていた。藁のベッドは相変わらず硬いが、不思議と腰の痛みはない。


「そういえば、最近よく眠れているな」


現代では、常に何かに追われているような焦燥感があった。眠っても疲れが取れず、朝起きるのが苦痛だった。しかし、この世界では違う。空気が違うのか、それとも心の持ちようが変わったのか。


階下から、ゴトゴトと物音が聞こえてきた。


「おはようございます、悠さん!」


降りていくと、リックが既に掃除を始めていた。埃まみれだった床は、少しずつ本来の木目を取り戻している。


「早いな。ミリアは?」


「まだ寝てます。昨日は久しぶりに外で遊んだから、疲れたみたいで」


リックの妹・ミリアは、すっかり元気を取り戻していた。薬草の効果は絶大で、今では走り回れるほどに回復している。


「そうか。無理させないようにな」


「はい! あ、そうだ。今日は看板を作りましょうよ」


リックの提案に、悠は頷いた。確かに、事務所として営業するなら看板は必要だ。


「でも、何て書く? 『探偵事務所』じゃ、この世界の人には分からないだろう」


「うーん……」


二人で考え込んでいると、外から声がかかった。


「おーい、新しく越してきた人!」


扉を開けると、恰幅の良い中年女性が立っていた。小麦粉で白くなったエプロンから、パン屋だと分かる。


【マルタ・パン屋「金の麦穂」店主・レベル14】

【性格:世話好き・噂好き・根は親切】

【現在の思考:新しい隣人がどんな人か確認したい】


「初めまして。隣でパン屋をやってるマルタです」


「霧島悠です。よろしくお願いします」


マルタは、籠いっぱいのパンを差し出した。


「これ、朝食にどうぞ。引っ越し祝いよ」


温かいパンの香りが、悠の鼻腔をくすぐる。焼きたてのパンは、表面がパリッとして中はふんわりしている。


「ありがとうございます。でも、こんなに……」


「いいのいいの。それより、あんたたち何の商売始めるの?」


好奇心に満ちた目で、マルタは事務所の中を覗き込んだ。


「人々の悩みを解決する仕事です。なくし物探しとか、揉め事の仲裁とか」


「へぇ、便利屋さんみたいなもの?」


「そうですね、『よろず解決事務所』といったところでしょうか」


悠の言葉に、マルタの目が輝いた。


「それはいいわね! 実は、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」


こうして、事務所最初の依頼人は、隣のパン屋のおばちゃんになった。


~マルタの悩み~


マルタを応接スペースに案内した。まだ家具は少ないが、リックが磨き上げた床は清潔だ。


「実はね、最近パンの売り上げが落ちてるの」


マルタは、ため息をつきながら話し始めた。


「うちは三代続く老舗なんだけど、最近向かいに新しいパン屋ができてね。そこに客を取られちゃって」


【マルタの詳細な悩み】

【売り上げ:先月比で3割減】

【原因:新規参入店との競争】

【本当の問題:マンネリ化した商品展開】


悠の能力が、問題の本質を示していた。


「新しい店は、どんな特徴があるんですか?」


「見た目重視って感じかしら。飾り付けが派手で、若い子に人気みたい。でも、味は大したことないのよ」


マルタの言葉には、職人としてのプライドと悔しさが滲んでいた。


「マルタさんのパンは、確かに美味しいです」


悠は、先ほどもらったパンの味を思い出した。素朴だが、噛むほどに小麦の味が広がる。


「でしょう? でも、客は正直なのよね……」


落ち込むマルタに、悠は提案した。


「一度、ライバル店を調査してみましょう。そして、マルタさんの店の強みを活かした対策を考えます」


「本当? でも、調査費なんて……」


「パンで構いませんよ。美味しいパンは、良い仕事の源ですから」


マルタは感激して、悠の手を握った。


「ありがとう! あんた、いい人ね!」


その日の午後、悠はリックと共に商店街を歩いていた。


~ライバル店の調査~


向かいの新しいパン屋「シュクレ・ドール」は、確かに目を引く外観だった。


大きなガラス窓から店内が見え、色とりどりのパンが美しくディスプレイされている。店員は若い女性で、可愛らしい制服を着ている。


【シュクレ・ドール】

【店主:ピエール・元王都の菓子職人・レベル18】

【特徴:見た目重視・高価格帯】

【弱点:原価率が高く利益率が低い】


「わぁ、綺麗!」


リックが感嘆の声を上げた。確かに、まるで宝石のようなパンが並んでいる。


悠は店に入り、いくつかパンを購入した。店主のピエールは、口髭を蓄えた気取った男だった。


【ピエール・パン職人・レベル18】

【性格:プライド高い・見栄っ張り】

【現在の思考:もっと高級感を出したい】

【秘密:材料費で経営が圧迫されている】


「いらっしゃいませ。当店のパンは、王都でも評判だった技術で作られています」


ピエールは鼻高々に説明する。確かに技術は高いが、どこか心がこもっていない感じがした。


事務所に戻り、購入したパンを試食する。


「うーん、確かに綺麗だけど……」


リックが首を傾げた。


「味は普通ですね。というか、マルタさんのパンの方が美味しい」


「問題は、見た目のインパクトだな」


悠は考えを巡らせた。マルタの店の強みは、伝統の味と手頃な価格。しかし、見た目の地味さが弱点だ。


「そうだ!」


リックが手を叩いた。


「マルタさんの美味しさを、もっとアピールすればいいんじゃないですか?」


「どうやって?」


「試食とか! あと、パンの中身が見えるように切って並べるとか!」


子供ならではの素直な発想に、悠はヒントを得た。


~作戦会議~


翌朝、悠はマルタの店「金の麦穂」を訪れた。


店内は清潔だが、確かに地味だ。パンは籠に無造作に入れられ、どれがどんなパンか分かりにくい。


「調査の結果、いくつか提案があります」


悠は、昨日の調査結果を報告した。


「まず、マルタさんのパンの強みは『本物の味』です。これを前面に出しましょう」


「本物の味?」


「はい。見た目だけでなく、食べて満足できるパン。それがマルタさんの商品です」


悠は具体的な提案を始めた。


一つ目は、試食コーナーの設置。切り分けたパンを並べ、客に味を確かめてもらう。


二つ目は、パンの説明書き。どんな材料を使い、どんな特徴があるか。


三つ目は、時間限定の焼きたてサービス。焼き上がり時間を告知し、温かいパンを提供する。


「なるほど! でも、私一人じゃ手が回らないわ」


そこで、悠は提案した。


「リックと、妹のミリアに手伝ってもらうのはどうですか? もちろん、バイト代は払ってください」


「えっ、俺たちが?」


リックは驚いたが、すぐに目を輝かせた。


「やります! ミリアも、お店の手伝いしたいって言ってたし!」


こうして、パン屋改革作戦が始まった。


~新生「金の麦穂」~


一週間後の朝。


「いらっしゃいませ! 焼きたてパンはいかがですか?」


ミリアの元気な声が、通りに響いていた。病み上がりとは思えない明るさで、道行く人に声をかけている。


店の前には、新しく作った試食コーナー。リックが、小さく切ったパンを並べている。


「これは『朝日の恵み』です。地元産の小麦を100%使用しています!」


リックの説明に、通行人が足を止める。


店内では、マルタが忙しく立ち働いていた。パンの横には、手書きの説明カードが添えられている。


『ふわふわミルクパン:搾りたて牛乳をたっぷり使用。お子様に大人気!』


『黒パン:ライ麦50%。食べ応え満点。冒険者の皆様におすすめ』


『ハーブチーズパン:魔法薬草入り。疲労回復効果があるかも?』


最後のは、エリザベートが提供してくれた薬草を使った新商品だ。


「すごい! こんなに美味しいパンが、この値段で?」


試食した客が、次々とパンを購入していく。


昼過ぎには、ほとんどのパンが売り切れていた。


「悠さん、本当にありがとう!」


マルタは、涙を浮かべて悠の手を握った。


「こんなに繁盛したのは、何年ぶりかしら」


「皆さんの頑張りの成果ですよ」


実際、リックとミリアの働きぶりは見事だった。特にミリアの笑顔は、店の雰囲気を明るくしていた。


「これ、お礼よ」


マルタは、大きな包みを差し出した。中には、パンがぎっしり詰まっている。


「こんなに!?」


「『よろず解決事務所』の評判を、近所中に広めるから!」


マルタの言葉通り、この一件は大きな宣伝効果を生んだ。


~看板作り~


パン屋の件が一段落した後、悠たちは事務所の看板作りに取り掛かった。


「『よろず解決事務所』でいいですか?」


「うん、分かりやすくていいと思う」


材木屋で板を購入し、文字を書く作業はリックが担当した。意外にも、リックは字が上手かった。


「昔、母さんが教えてくれたんです」


リックは、遠い目をして呟いた。両親を亡くし、妹と二人で生きてきた少年。その強さに、悠は心を打たれた。


「いい字だ。きっと、お母さんも喜んでいるよ」


「……はい!」


看板が完成し、事務所の入り口に掲げられた。


『よろず解決事務所』


『なくし物探し、人探し、お悩み相談、何でも承ります』


『料金は応相談。成功報酬制』


通りかかった人々が、興味深そうに看板を見上げる。


「何でも解決してくれるの?」


「本当に何でも?」


口々に質問が飛ぶ。悠は笑顔で答えた。


「できる限りのことはします。まずは、相談してください」


この日から、様々な依頼が舞い込むようになった。


~増える依頼~


看板を出してから三日目の朝。


コンコンと、遠慮がちなノックの音がした。


「どうぞ」


入ってきたのは、青い顔をした若い男だった。


【ジェイコブ・行商人・レベル10】

【性格:心配性・真面目】

【現在の悩み:商品の紛失】

【真実:寝ぼけて違う宿に置いてきた】


「あの、商品が入った袋がなくなってしまって……」


ジェイコブの話を聞きながら、悠は状況を整理した。昨夜、酒場で飲んだ後の記憶が曖昧らしい。


「昨日はどこの宿に?」


「『銀の月亭』です。でも、朝起きたら『銅の鍋亭』にいて……」


悠は微笑んだ。真実の瞳が、答えを教えてくれている。


「『銀の月亭』に行ってみましょう。きっと、そこにありますよ」


半信半疑のジェイコブを連れて宿に行くと、案の定、部屋に商品の袋が置かれていた。


「あった! でも、どうして分かったんですか?」


「酔った時の行動パターンから推理しました」


実際は能力で見たのだが、それらしい説明をする。


「ありがとうございます! これで商売が続けられます!」


ジェイコブは、報酬として銀貨10枚を支払った。


午後には、別の依頼人が訪れた。


【アンナ・洗濯女・レベル7】

【性格:働き者・子供好き】

【現在の悩み:息子の素行】

【真実:息子は夜間学校に通っている】


以前のサラと同じような案件だ。悠は、息子の後をつけ、真実を確かめた。


「まあ、あの子が勉強を……」


アンナは、嬉し涙を流した。


「心配かけたくなかったんでしょうね」


「ええ、優しい子なんです」


このような依頼が、日に2〜3件は来るようになった。


~エリザベートの再訪~


ある夕方、懐かしい顔が事務所を訪れた。


「こんばんは、霧島さん」


エリザベートが、小さな包みを抱えて立っていた。夕日に照らされた金髪が、相変わらず美しい。


「これ、約束の薬です」


包みを開けると、小瓶が数本入っていた。


【疲労回復薬(上質)】

【効果:疲労を和らげ、集中力を高める】

【副作用:なし】

【特記:愛情を込めて作られている】


最後の情報に、悠は少し驚いた。


「ありがとうございます。でも、こんなに上質なものを……」


「霧島さんには、本当に感謝しているんです」


エリザベートは、椅子に座り直した。


「実は、また相談があって……」


「どうぞ、遠慮なく」


彼女の表情が曇った。


「母が……最近、物忘れがひどくて。昨日なんて、亡くなった父がまだ生きていると思って……」


【エリザベートの母の症状】

【原因:心労による一時的な混乱】

【対処法:安心できる環境と適切な薬草療法】


悠は優しく答えた。


「お母様は、心の疲れが溜まっているようですね。適切なケアで良くなりますよ」


「本当ですか?」


「ええ。良い薬草医を知っています。紹介しましょう」


それは、以前ミリアの薬を買った老婆・メアリーだった。


エリザベートの目に、希望の光が宿った。


「ありがとうございます。霧島さんは、本当に不思議な方ですね」


「そうですか?」


「ええ。まるで、人の心が見えるみたい」


鋭い指摘に、悠は苦笑した。


「探偵の勘、というやつです」


その時、階段から足音が聞こえてきた。


「悠さん、夕飯の準備……あっ」


リックが、エリザベートを見て立ち止まった。


「こんばんは、リック君」


「こ、こんばんは!」


リックの顔が、少し赤くなった。年上の美しい女性に、照れているようだ。


「ちょうど良かった。エリザベートさん、夕食はどうですか?」


「え? でも……」


「大した物じゃありませんが、リックの料理は美味しいですよ」


結局、エリザベートも夕食を共にすることになった。


~温かい食卓~


事務所の二階、悠の部屋で即席の食卓が設けられた。


リックが作った野菜スープと、マルタから貰ったパン。エリザベートが持参した薬草茶。質素だが、温かい食事だった。


「美味しい! リック君、料理が上手なのね」


「あ、ありがとうございます」


リックは照れながらも、嬉しそうだった。


ミリアも加わり、四人での食事は賑やかだった。


「エリザベートお姉さん、髪が綺麗!」


「ありがとう、ミリアちゃん」


「私も、お姉さんみたいになりたい!」


無邪気なミリアの言葉に、皆が笑った。


食事の後、エリザベートが切り出した。


「あの……もし良かったら、私もお手伝いさせていただけませんか?」


「手伝い?」


「はい。薬草の知識なら少しありますし、貴族の礼儀作法も知っています。何か役に立てることがあれば……」


悠は少し考えてから、答えた。


「では、薬草関係の相談があった時に、助言をお願いできますか?」


「はい! 喜んで!」


エリザベートの顔が、パッと明るくなった。


こうして、よろず解決事務所に新たな協力者が加わった。


~夜の来訪者~


その夜遅く、悠がまだ起きていると、扉を激しく叩く音がした。


「助けてください!」


必死の声に、悠は急いで階下に降りた。


扉を開けると、血相を変えた男が立っていた。


【トーマス・石工・レベル12】

【性格:実直・家族思い】

【現在の状況:娘が行方不明】

【重要情報:娘は家出ではなく迷子】


「娘が……娘がいなくなったんです!」


男は泣きながら事情を話した。10歳の娘・リリーが、夕方から帰ってこない。


「喧嘩でもしましたか?」


「いえ、そんなことは……ただ、最近新しい母親に懐いてくれなくて」


なるほど、複雑な家庭事情があるようだ。しかし、悠の能力は「迷子」と示している。


「分かりました。すぐに探しましょう」


「本当ですか!?」


悠は、リックを起こした。


「リック、夜の街に詳しいか?」


「はい、路地裏なら大体分かります」


「よし、手分けして探そう」


二人は、夜の街へ出た。


月明かりの下、人通りの少ない道を歩く。時折、酔っ払いの声や、夜警の足音が聞こえる。


「リリーちゃん!」


トーマスの必死の声が、夜の静寂に響く。


悠は、能力を使って手がかりを探した。すると、ある路地で反応があった。


【痕跡:子供の足跡】

【方向:東の廃屋街】

【時間:3時間前】


「こっちだ」


悠は確信を持って東へ向かった。


廃屋街は、昼でも薄暗い場所だ。夜ともなれば、大人でも怖い。


「リリーちゃん!」


リックが大声で呼びかける。


すると、かすかに泣き声が聞こえてきた。


~小さな冒険者~


泣き声の主は、崩れかけた小屋の中にいた。


「リリーちゃん?」


悠が優しく声をかけると、小さな少女が顔を上げた。目は涙で腫れ、服は汚れている。


【リリー・石工の娘・レベル3】

【状態:怖くて動けない】

【真相:新しい母を受け入れられず家を飛び出したが、道に迷った】


「お父さんは?」


「すぐ来るよ。もう大丈夫」


悠は、震える少女を抱き上げた。軽い体だった。


「パパ!」


駆けつけたトーマスは、娘を抱きしめて泣いた。


「心配したんだぞ! なんで黙って出て行った!」


「だって……新しいママなんか要らない……」


少女の言葉に、トーマスは言葉を詰まらせた。


悠は、そっと助言した。


「新しいお母さんも、リリーちゃんと仲良くなりたいと思っていますよ。時間をかけて、ゆっくり知り合っていけばいい」


「でも……」


「お父さんが選んだ人なら、きっと優しい人です。ね?」


リリーは、小さく頷いた。


事務所に戻ると、新しい母親も駆けつけていた。


【サラ・トーマスの再婚相手・レベル9】

【性格:優しいが不器用】

【本心:リリーに受け入れてもらいたい】


「リリー! よかった……」


サラは、涙を流しながらリリーに近づいた。しかし、どう接していいか分からない様子だ。


「リリーちゃん」


悠は少女の目線に合わせてしゃがんだ。


「サラさんは、君のことが大好きなんだよ。でも、どう仲良くなればいいか分からなくて困ってるんだ」


「本当?」


「うん。君と同じだね」


リリーは、恐る恐るサラを見上げた。


「あの……ごめんなさい」


「ううん、私こそ……」


二人は、ぎこちないながらも抱き合った。


トーマスは、涙を拭いながら財布を取り出した。


「本当にありがとうございました。これ、お礼です」


「いえ、今回は結構です」


「え?」


「代わりに、今度事務所の修繕をお願いできますか? 石工さんなら、お手の物でしょう?」


トーマスは、力強く頷いた。


「もちろんです! 任せてください!」


~新たな一歩~


翌朝、事務所には行列ができていた。


夜の捜索の話が、既に街中に広まっていたのだ。


「本当に何でも解決してくれるんだって?」


「うちの猫も探してもらえる?」


「隣人トラブルの相談もいい?」


様々な相談が持ち込まれる。悠は、一つ一つ丁寧に対応した。


能力が使えない案件もあったが、現代での探偵経験が役に立った。話をじっくり聞き、状況を整理し、解決策を提案する。


「悠さん、すごい人気ですね!」


リックが目を輝かせる。


「これも、皆のおかげだよ」


実際、リックとミリアの存在は大きかった。二人の明るさが、相談者の心を和ませる。


昼過ぎ、トーマスが職人仲間を連れてやってきた。


「約束通り、修繕させてもらいます!」


「でも、こんなに大勢で……」


「皆、話を聞いて協力したいって言うんです」


職人たちは、手際よく作業を始めた。壊れた窓は新しいガラスに。歪んだ扉は、しっかりとした物に交換される。


「おい、ここに棚を作ろう」


「床板も張り替えた方がいいな」


みるみるうちに、事務所が綺麗になっていく。


夕方には、見違えるような事務所が完成していた。


「これで、お客さんも入りやすくなったね!」


ミリアが嬉しそうに飛び跳ねる。


「本当にありがとうございます」


悠は、職人たちに深く頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ。これからも、よろしく頼みます」


職人たちは、笑顔で帰っていった。


~繁盛する事務所~


それから一週間。


よろず解決事務所は、貧民街の名物となっていた。朝から晩まで、様々な人々が訪れる。


「悠さん、今日の予定です!」


リックが、手製の予定表を見せた。几帳面に、依頼人の名前と要件が書かれている。


「午前中は3件、午後は4件か。忙しくなったな」


「嬉しい悲鳴ですね!」


確かに、収入も安定してきた。依頼料は人それぞれだが、皆が無理のない範囲で支払ってくれる。現物支給も多い。


野菜、卵、布、薪……事務所の物置には、様々な品が積まれていた。


「これなら、ちゃんとした家具も買えそうだ」


悠が呟くと、リックが提案した。


「でも、今のままでもいいんじゃないですか? 親しみやすいって言われてますし」


確かに、立派過ぎる事務所では、貧しい人々は入りづらいかもしれない。


「そうだな。必要最小限でいいか」


その時、扉が開いた。


「おはようございます」


エリザベートが、いつもの微笑みで入ってきた。最近は、週に2〜3回は顔を出すようになっている。


「今日は、新しい薬を持ってきました」


彼女が取り出したのは、青い液体の入った小瓶だった。


【集中力向上薬】

【効果:頭脳を明晰にし、観察力を高める】

【特記:真実の瞳との相性が良い】


「これは……」


「霧島さんの仕事に役立つかと思って。特別に調合しました」


エリザベートの心遣いに、悠は感謝した。実際、能力の使い過ぎによる頭痛は悩みの種だった。


「ありがとうございます。早速使わせてもらいます」


「それから……」


エリザベートは、少し言いづらそうにした。


「実は、お願いがあるんです」


~貴族街への招待~


エリザベートの頼みは、意外なものだった。


「明日、私の家に来ていただけませんか?」


「お宅に?」


「はい。母が、恩人にお礼をしたいと……」


メアリーの薬草療法が効いて、エリザベートの母は回復していた。その恩人である悠に、直接礼を言いたいという。


「でも、僕なんかが貴族街に行っても……」


貴族街は、王都の北側にある高級住宅地だ。門番が立ち、一般人は簡単に入れない。


「大丈夫です。私が保証人になりますから」


エリザベートの真剣な眼差しに、悠は頷いた。


「分かりました。お伺いします」


翌日の昼過ぎ、悠は貴族街の入り口に立っていた。


見上げるような石の門。両脇には、鎧を着た衛兵が立っている。


【衛兵A・レベル20】

【性格:生真面目・階級意識が強い】

【現在の思考:平民が何の用だ?】


「止まれ。ここから先は貴族街だ」


衛兵の声は冷たい。悠が説明しようとした時、後ろから声がかかった。


「この方は、私の客人です」


エリザベートが、毅然とした態度で現れた。普段の質素な服装とは違い、上品なドレスを着ている。


「ローゼンベルク家のお嬢様……」


衛兵の態度が一変した。


「失礼いたしました。どうぞ、お通りください」


貴族の権威は、まだ健在のようだ。


「すみません、迎えに行くはずだったのに」


「いえ、大丈夫です」


二人は、貴族街を歩き始めた。


石畳の道は、貧民街とは比べ物にならないほど整備されている。両側には、壮麗な屋敷が並ぶ。庭園には手入れされた花が咲き、噴水が水を吹き上げている。


「立派な街並みですね」


「ええ……でも、昔はもっと活気がありました」


エリザベートの声には、寂しさが滲んでいた。


やがて、一軒の屋敷の前に着いた。他の屋敷に比べると小さく、庭も荒れている。


【ローゼンベルク邸】

【状態:築100年・要修繕箇所多数】

【住人:エリザベートと母の2人】

【経済状況:困窮】


「みすぼらしい家で、恥ずかしいです」


「そんなことはありません。歴史を感じる素敵な建物です」


悠の言葉に、エリザベートは微笑んだ。


~母との対面~


屋敷の中は、意外にも清潔に保たれていた。家具は少ないが、丁寧に磨かれている。


「母様、霧島様をお連れしました」


奥の部屋で、品の良い初老の女性が待っていた。


【マーガレット・フォン・ローゼンベルク】

【元伯爵夫人・レベル15】

【性格:誇り高いが優しい】

【健康状態:回復傾向】


「ようこそ、霧島様。娘から、すべて聞いております」


マーガレットは、深々と頭を下げた。


「この度は、本当にありがとうございました」


「いえ、私は薬草医を紹介しただけです」


「それだけではありません」


マーガレットは、優しい目で悠を見つめた。


「娘に、希望を与えてくださいました。父親を亡くしてから、あの子はずっと一人で頑張ってきました。でも、あなたに出会ってから、笑顔が増えたんです」


エリザベートが、恥ずかしそうに俯いた。


「母様……」


「本当のことでしょう?」


温かい雰囲気の中、質素だが心のこもった茶会が開かれた。


「霧島様は、どちらのご出身ですか?」


「遠い東の国から来ました」


「まあ、東国の方でしたか。道理で、不思議な雰囲気をお持ちだと」


マーガレットは、昔の思い出を語り始めた。


亡き夫のこと、エリザベートの幼い頃のこと、かつての栄光と没落のこと。


悠は、静かに耳を傾けた。時折相槌を打ち、質問をする。その聞き上手な態度に、マーガレットは心を開いていった。


「こんなに楽しくお話ししたのは、久しぶりです」


「私も楽しかったです」


帰り際、マーガレットは小さな箱を差し出した。


「これを……受け取ってください」


中には、銀製のペンダントが入っていた。精巧な細工が施された、明らかに高価な品だ。


「これは受け取れません」


「いいえ、これは私の感謝の印です。それに……」


マーガレットは、意味深な笑みを浮かべた。


「娘の、未来への投資と思ってください」


エリザベートが真っ赤になった。


「母様!」


「あら、何か変なことを言ったかしら?」


悠は苦笑しながら、ペンダントを受け取った。


「大切にします」


~新たな依頼人~


貴族街からの帰り道、エリザベートが口を開いた。


「母が、変なことを言ってすみません」


「いえ、素敵なお母様ですね」


「……ありがとうございます」


二人は、並んで歩いていた。夕日が、街を金色に染めている。


「実は、もう一つ相談があるんです」


エリザベートが立ち止まった。


「貴族街で、最近奇妙な事件が起きているんです」


「奇妙な事件?」


「はい。夜中に、庭の花が荒らされたり、窓ガラスが割られたり。でも、何も盗まれないんです」


悠の探偵としての興味が湧いた。


「いたずらにしては、度が過ぎていますね」


「衛兵も調べているんですが、手がかりがなくて」


エリザベートは、悠を見つめた。


「霧島さんなら、何か分かるかもしれないと思って」


「分かりました。調べてみましょう」


「本当ですか?」


「ええ。ただし、貴族街への出入りが……」


「それは、私が何とかします」


エリザベートの決意に満ちた表情に、悠は頷いた。


事務所に戻ると、リックとミリアが心配そうに待っていた。


「遅かったですね! 大丈夫でしたか?」


「ああ、楽しい時間だったよ」


悠は、土産の菓子を取り出した。マーガレットが持たせてくれたものだ。


「わぁ! 高級そう!」


ミリアが目を輝かせる。


「皆で食べよう。あ、そうだ。新しい依頼を受けたから」


悠は、貴族街の事件について説明した。


「面白そう! 俺も調査に連れて行ってください!」


リックが興奮気味に言う。


「貴族街は、ちょっと……」


「変装すれば大丈夫ですよ! 俺、使用人の格好とか得意です!」


確かに、リックの情報収集能力は貴重だ。使用人に化ければ、別の角度から調査できるかもしれない。


「分かった。でも、危険だったらすぐ逃げること」


「はい!」


こうして、よろず解決事務所は初めて貴族街の事件に挑むことになった。


~夜の調査~


数日後の夜、悠とリックは貴族街にいた。


エリザベートの手配で、悠は薬草商人、リックはその助手ということになっている。夜間の出入りは本来禁止だが、急病人への薬の配達という名目で許可を得た。


「静かですね」


リックが囁く。確かに、貧民街とは違い、物音一つしない。


二人は、最近被害に遭った屋敷を回っていた。


【ウィンザー邸:庭の薔薇が全て切られた】

【モンゴメリー邸:窓ガラスが5枚割られた】

【スペンサー邸:門扉に落書き】


被害の内容はバラバラだが、共通点があった。


「全部、未亡人か独身女性の家だ」


悠の指摘に、リックが頷く。


「しかも、使用人が少ない家ばかり」


これは単なるいたずらではない。何か意図がある。


突然、近くの屋敷から物音がした。


「今度はあそこか」


二人は、慎重に近づいた。


庭の中で、黒い影が動いている。花壇を荒らしているようだ。


悠は、能力を使って人物を確認しようとした。しかし——


【???】

【情報取得不可】

【警告:通常の人間ではない】


「え?」


初めての現象に、悠は戸惑った。今まで、情報が見えなかったことはない。


影は、急に顔を上げた。月光の下、その姿が露わになる。


人間の体に、獣の頭。まるで狼男のような姿だった。


「ひっ!」


リックが小さく悲鳴を上げた。


獣人は、二人に気づいて唸り声を上げた。そして、信じられない速さで飛びかかってきた。


「危ない!」


悠は、リックを突き飛ばした。鋭い爪が、悠の腕をかすめる。


「逃げろ!」


二人は、必死に走った。獣人は追ってきたが、なぜか貴族街の境界で立ち止まった。


~予想外の真実~


事務所に戻った二人は、息を切らしていた。


「あれは……何だったんですか?」


リックの声が震えている。


「分からない。でも、普通の生き物じゃない」


悠は、傷ついた腕を見た。浅い傷だが、血が滲んでいる。


コンコンと、扉を叩く音がした。


「こんな時間に?」


警戒しながら扉を開けると、エリザベートが立っていた。顔面蒼白で、息を切らしている。


「霧島さん! 無事でしたか!」


「エリザベート? どうしてここに?」


「衛兵から聞きました。貴族街で騒ぎがあったって」


彼女は、悠の腕の傷に気づいた。


「怪我を! すぐ手当てしないと」


エリザベートは、持参した薬を取り出した。手際よく傷を消毒し、包帯を巻く。


「ありがとうございます。でも、どうして夜中に……」


「心配で、いてもたってもいられなくて」


エリザベートの目に、涙が浮かんでいた。


「私のせいで、危険な目に……」


「違います。これは仕事ですから」


悠は、見たものを説明した。獣人のこと、能力でも正体が分からなかったこと。


エリザベートの顔が青ざめた。


「獣人……まさか」


「心当たりが?」


彼女は、震える声で話し始めた。


「昔、貴族の間で噂になったことがあるんです。呪いをかけられて、獣になった人がいるって」


「呪い?」


「はい。恋愛のもつれから、魔法使いに呪われたとか……でも、ただの噂だと」


悠は考え込んだ。呪いが実在するなら、この世界の常識は自分の想像以上に複雑だ。


「とにかく、これは危険すぎる。衛兵に任せた方が……」


「でも、衛兵は信じないでしょう」


リックの指摘は的確だった。確かに、獣人の話など誰が信じるだろうか。


「それに……」


エリザベートが、決意を込めて言った。


「被害に遭っているのは、皆、私と同じような境遇の女性たちです。夫を亡くしたり、一人で生きている人ばかり」


「確かに、それは気になっていました」


「きっと、何か理由があるはずです。その人も、苦しんでいるのかもしれません」


エリザベートの優しさに、悠は心を打たれた。


「分かりました。もう少し調べてみましょう。ただし、安全第一で」


~意外な協力者~


翌日、悠は意外な人物の訪問を受けた。


「失礼する」


現れたのは、貴族街の衛兵隊長だった。


【セバスチャン・衛兵隊長・レベル35】

【性格:公正・部下思い】

【現在の心境:昨夜の事件に困惑している】


「昨夜は、お騒がせしたようだな」


セバスチャンは、鋭い目で悠を見た。


「いえ、こちらこそ勝手に調査して」


「それについてだが……君は、何か見たのか?」


悠は、正直に話すことにした。この隊長は、信頼できる人物のようだ。


獣人の話を聞いたセバスチャンは、深いため息をついた。


「やはりか……実は、似たような報告が前にもあったんだ」


「本当ですか?」


「ああ。だが、上層部は『見間違い』で片付けた。証拠もないしな」


セバスチャンは、悠を真っ直ぐ見つめた。


「君の『特別な力』の噂は聞いている。もし、この事件を解決できるなら、協力してほしい」


衛兵隊長からの正式な依頼。これは断れない。


「分かりました。ただし、危険は最小限に」


「もちろんだ」


セバスチャンは、懐から地図を取り出した。


「これが、今までの被害状況だ」


地図には、赤い印がいくつも付けられている。それを見た悠は、あることに気づいた。


「これ……円を描いてる?」


「ん?」


被害に遭った家を線で結ぶと、ある屋敷を中心とした円になっていた。


「この中心の屋敷は?」


セバスチャンが顔をしかめた。


「ランカスター伯爵家だ。5年前に当主が亡くなって、今は若い未亡人が一人で住んでいる」


悠とリックは、目を見合わせた。


~悲しき獣人~


その夜、悠たちはランカスター邸の近くで張り込んでいた。


今回は、セバスチャンと部下の衛兵も一緒だ。エリザベートも、どうしてもと言って同行している。


「出てくるでしょうか?」


エリザベートが不安そうに呟く。


「分かりません。でも、ここが中心なら……」


その時、屋敷の窓が開いた。


月光の下、一人の女性が姿を現した。美しい黒髪の、若い女性だ。


【イザベラ・ランカスター伯爵未亡人・レベル18】

【状態:呪い(夜間獣化)】

【呪いの原因:夫の愛人による嫉妬】

【解呪条件:真実の愛を知ること】


悠の能力が、ついに真実を明らかにした。


女性は、苦しそうに身をよじった。そして、見る見るうちに姿が変わっていく。


「あれが……」


衛兵たちが息を呑む。


完全に獣化したイザベラは、窓から飛び出した。そして、いつものように他の屋敷に向かおうとする。


「待て!」


セバスチャンが前に出た。


獣人は立ち止まり、威嚇の唸り声を上げた。


「イザベラ・ランカスター伯爵夫人だな?」


その名前を聞いた瞬間、獣人の動きが止まった。瞳に、一瞬人間らしい感情が宿る。


「やはり、あなたなのですね」


エリザベートが、ゆっくりと前に出た。


「エリザベート、危険だ!」


悠が止めようとしたが、彼女は首を振った。


「大丈夫です。彼女は、私たちを傷つけたいわけじゃない」


エリザベートは、獣人に向かって話しかけた。


「辛いでしょう? 愛する人を失い、さらに呪いまでかけられて」


獣人の目から、涙がこぼれた。


「でも、他の人を傷つけても、あなたの苦しみは消えません」


エリザベートの優しい声が、夜の静寂に響く。


「一緒に、呪いを解く方法を探しましょう」


獣人は、ゆっくりと地面に座り込んだ。そして、悲しげな遠吠えを上げた。


~呪いを解く鍵~


夜明けと共に、イザベラは人間の姿に戻った。


憔悴しきった彼女を、皆で屋敷に運んだ。意識を取り戻したイザベラは、すべてを話し始めた。


「夫が亡くなった後、彼の愛人だった魔女が現れたんです」


イザベラの声は、か細かった。


「私を呪い、夜ごと獣になる運命を負わせました。『お前も、愛する人を失う苦しみを味わえ』と」


「それで、未亡人や独身女性の家を?」


「自分でも、なぜか分かりません。獣になると、理性を失って……でも、なぜか同じ境遇の女性たちに惹かれるんです」


悠は、呪いの解呪条件を思い出した。


「『真実の愛を知ること』……」


「え?」


「いえ、独り言です」


しかし、エリザベートは聞き逃さなかった。


「真実の愛……それが解呪の鍵なのですか?」


悠は、曖昧に頷いた。


「恐らく。でも、具体的に何をすれば……」


その時、リックが口を開いた。


「愛って、恋愛だけじゃないですよね?」


子供らしい素直な疑問だった。


「家族愛とか、友情とか、人を思いやる心とか」


エリザベートが、ハッとした表情を見せた。


「そうです! イザベラ様は、ずっと一人で苦しんでいました。でも、今は違います」


彼女は、イザベラの手を取った。


「私たちがいます。同じ苦しみを知る者として、友人として」


イザベラの目から、涙があふれた。


「私……私は、酷いことを……」


「過ぎたことです。これからは、一緒に歩んでいきましょう」


その瞬間、イザベラの体が淡い光に包まれた。


「これは……」


光が消えた時、部屋の空気が変わっていた。重苦しい雰囲気が消え、朝日が優しく差し込んでいる。


「呪いが……解けた?」


セバスチャンが、驚きの声を上げた。


悠の能力で確認すると、確かに呪いの表示が消えていた。


「本当だ。呪いが解けています」


イザベラは、信じられないという表情で自分の手を見つめた。


「こんなに簡単に……?」


「簡単じゃありませんよ」


悠は微笑んだ。


「真実の友情を得ること。それは、とても難しくて、とても尊いことです」


~新たな仲間と新たな始まり~


事件解決から一週間後。


よろず解決事務所は、さらに賑やかになっていた。


「いらっしゃいませ!」


ミリアの元気な声が響く。


「今日は、どのようなご相談ですか?」


受付には、なんとイザベラが座っていた。


呪いが解けた後、彼女は事務所を手伝いたいと申し出たのだ。貴族の身分を捨て、一人の人間として生きる決意をして。


「貴族の作法や、上流社会の知識が必要な時は、私にお任せください」


イザベラの加入で、事務所の対応範囲はさらに広がった。


エリザベートも、ほぼ毎日顔を出すようになった。二人は親友となり、互いに支え合っている。


「悠さん、次の依頼です!」


リックが、忙しそうに走り回る。


事務所の評判は、貧民街から商業区、そして貴族街まで広がっていた。


庶民も貴族も、悩みを抱えた人々が訪れる。


「本当に、何でも屋になってきたな」


悠は苦笑しながらも、充実感を覚えていた。


現代では考えられなかった、人と人との繋がり。身分を超えた友情。そして、真実を見抜き、人を救う仕事。


「悠さん!」


ミリアが駆け寄ってきた。


「マルタおばさんが、お昼ご飯持ってきてくれました!」


「おお、ありがたい」


皆で囲む昼食は、いつも賑やかだ。


パンを頬張りながら、リックが言った。


「俺、将来は悠さんみたいな探偵になる!」


「私は、薬師になりたい」


ミリアも負けじと宣言する。


「素敵ね。私も、もっと錬金術を勉強しようかしら」


エリザベートが微笑む。


「私は……皆さんのお役に立てるよう、頑張ります」


イザベラも、決意を新たにした。


悠は、仲間たちを見回した。


異世界に来て、まだ一ヶ月。しかし、既にかけがえのない絆ができている。


「皆で、最高の『よろず解決事務所』にしよう」


「はい!」


全員の声が重なった。


窓の外では、いつもの喧騒が聞こえる。泣いている人、笑っている人、怒っている人。様々な人生が交差する街。


そんな中で、小さな事務所は今日も人々の悩みに寄り添っている。


看板の文字が、午後の日差しに照らされて輝いていた。


『よろず解決事務所』


それは、ただの看板ではない。希望の印であり、新しい人生の象徴だった。


悠は、仲間たちと共に、午後の仕事に取り掛かった。


異世界での探偵稼業は、ようやく軌道に乗り始めたばかりだ。

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