第97話『三十五の墓標――常山城跡にて(中編)ー激闘ー』
先に言う……やり過ぎた……
山頂付近の空気は重く、澱んでいた。
朽ちた石碑の前で、結は目を閉じ、静かに膝をついた。
まるで何かを“聴こう”としているように見える。
「……結先輩?」
愛菜の問いかけに、修が小さく首を振った。
「見えてるんだ……いや、視せられてる」
その言葉の通り、結のまぶたの裏に広がっていたのは、かつての戦場の記憶だった。
――天正三年。
常山城が炎に包まれていた。
迫りくる敵兵達。
その中を、白と赤の陣羽織をまとった三十四人の侍女達が、鋭い槍と太刀を手に走っていく。
先頭に立つのは、若く凛とした女性――鶴姫。
その眼差しは、決して逃げない者のそれだった。
「女の人達が……戦ってる……」
結が呆然と呟いた。
だがその姿は結の中に留まらず、他の者達の周囲にも、徐々に霧のような幻影として現れ始めていた。
「こ、これは……」
浜野が驚きの声を漏らした時、修の背後を、何かが駆け抜けた。
「っぐ……!」
痛みが走った。背中に鋭い衝撃――斬られたような感覚。
「雨城君!」
結が駆け寄り、修の背中を見て息を呑む。
服が裂け、その下には赤い線がうっすらと浮かんでいた。
「……物理的にやられてる。これ、ヤバいタイプだ」
修が苦笑気味に言う。
「しゅーくん……!」
愛菜が青ざめた表情で駆け寄るが、その目が突如として虚ろになる。
「……あの男達だけは……絶対に、許せない……」
声が変わっていた。
愛菜の身体がまるで誰かに乗っ取られたかのように、震えながらも動きを止めない。
「愛菜ちゃん!?」
「……討たなければ……あの夜の、無念を晴らさなければ……!」
修が駆け寄り、肩を掴もうとしたが、愛菜の目が真っ白に濁っているのを見て、すぐに手を止めた。
「ノクス!」
「ニャッ!(今だ!)」
黒猫が一声鳴いたその瞬間、闇が揺れる。
ノクスの身体が淡い光に包まれ――その姿が変わっていく。
黒衣の青年。
漆黒の髪に血のような真紅の瞳。
背には黒翼、どこかしなやかな鋭さを湛えた存在。
「……お久しぶり。おれの“真の姿”、見せる時が来たようだね」
青年のノクスが手をかざし、愛菜の額にそっと触れた。
「……目を覚ませ、愛菜。キミの心は“ここ”にあるだろう?キミに囚われのお姫様は似合わないよ」
すると、白濁していた愛菜の目が、じわりと涙をにじませながら、元の瞳の色に戻っていった。
「ノ、ノクス……?」
愛菜は意識を取り戻し、彼を見上げると、驚きと安堵が入り混じった声を漏らした。
しかし、安堵も束の間だった。
「ぐ……がっ……!」
浜野が呻き声をあげ、頭を抱えてうずくまった。
「……先生!?」
「体が……勝手に……っ!」
その体が震え、筋肉が軋む音が響く。
彼の“強化改造された腕”が異常なまでに発光し始めた。
浜野の腕が脈打ち、機械仕掛けの筋肉がきしんだ。
《システム警告:制御不能。暴走モード移行》
《自律戦闘プロトコル・アクティブ》
「まさか……“あの時”のあれか……!?」
修が呟いた瞬間――
浜野の右腕が爆発的に変形した。
外装が裂け、内部から紅黒のエネルギーコアが露出する。
手首部分がせり上がり、拳が燃えるような光を宿す。
「――プロトコル07、発動。
《METEOR KNUCKLE:起動》」
直後、浜野の拳が地面を抉った。
爆発的な衝撃が尾根を貫き、周囲の木々が吹き飛ぶ。
「くっ……!」
修と愛菜が飛び退いた。
その上空――ノクスが浮遊していた。
黒衣が風にたなびき、紅の瞳が見下ろす。
「暴走ってレベルじゃないな……! でも、先生……やる気なら、こっちも“真剣”でいかせてもらうよ」
ノクスが両手を広げ、魔力を集中させる。
「第七階梯!大魔法《夢葬》、展開――!」
背から現れた四枚の闇翼が、爆ぜるように展開される。
しかし――それを待たずに、浜野が跳んだ。
跳躍、50メートル。
「リミッター解除。制限レベル:Cから――Sまで、解放」
浜野の声が冷たい機械音に変わる。
空中に跳び上がった浜野が、右拳を構える。
「《メテオナックル・フォールブレイカー》」
拳に集まった重力波が空気を圧縮し、ノクスを狙って急降下する。
「ぐっ……速い!!」
ノクスが飛翔してかわすが、拳が地面に直撃した瞬間――クレーターが生まれた。
半径15メートル、深さ3メートル。
まるで隕石が落ちたような破壊。
「今の、回避出来なかったら……マジで終わってた……!」
ノクスが冷や汗を流す。
だが、浜野は止まらない。
「戦闘演算、継続。目標:ノクス……ノスフェラトゥ・アルフレッド=排除対象」
目が完全に機械の光を宿し、左腕の収納部から高周波ブレードが展開された。
キィィィィィ――と、耳を劈く音。
「さすがにやりすぎニャ――ッ!ってか何で真名まで分かってるのニャ!!?」
ノクスの左肩に切っ先がかすめ、血が飛び散る。
ノクスは霊力で距離をとりながらも、あえて視線を逸らさなかった。
「……先生、それが“自動戦闘”って奴なら――」
黒いオーラがノクスの全身に集まり始める。
「ボクは、心で戦う者として、受け止めてみせるよ!!」
ノクスが全魔力を放出する。
「第八階梯!!大魔法《夢葬・双星陣》――発動!!」
闇と光、双極の魔法陣が浜野を囲むように展開された。
だが、浜野は自動演算でその重力場を“跳ね返す”。
「霊圧対抗パラメータ――最大出力で反転」
瞬間、浜野の右腕が、メテオナックルの第2形態へと再構築される。
蒼白く燃える拳。
「《メテオ・リライジング・ブレイカー》」
「来る……!!」
ノクスは真正面から飛び込む。
拳と拳がぶつかり――爆音が尾根全体に響き渡った。
その衝撃は、雷鳴のように山々に反響した。
そして――
「先生……目を覚まして……!」
ノクスが叫ぶ。
彼の拳が、浜野の胸に静かに触れた。
「帰ってこい……!!」
その声が、浜野の中の何かを貫いた。
暴走エネルギーが沈静化していく。
白濁していた瞳に、徐々に“人間の光”が戻ってくる。
「……ノクス……?」
浜野の声が震えていた。
ノクスはにっこりと微笑み、膝をついた浜野を受け止めた。
「……おかえり、先生、皆心配してるニャ」
その声に、浜野の身体がぴたりと止まる。
目に宿った光が、すうっと消えていく。
「っ……ぅ……」
浜野はがくりと膝をつき、ゆっくりと意識を失った。
「ノクス……」
修が駆け寄り、気を失った浜野を支える。
ノクスは息を荒くしながら、それでも誇らしげに微笑んだ。
「……無茶は……これくらいにしてほしいよ、ほんと……」
疲れ切った声で、そう言った。
◆
その夜、常山城近くの宿に一泊する事になった。
全員、どこか疲れ果てたように黙り込んでいたが、食事を終えた後の客間で、少しだけ会話が戻ってくる。
「……しゅーくん」
愛菜が、ぽつりと呟いた。
「うん?」
「今日のボク、……変じゃなかった?」
「変だったっていうか……ちょっと怖かったけど。でも、すぐ戻ってくれて良かったよ」
修が笑うと、愛菜はそっとノクスに寄り添った。
その様子を、結が静かに見つめていた。
「……今日、私……誰かと話してた気がするんです」
「誰と?」
「分からない。でも、とても悲しい人。私に、助けて欲しいって言ってた気がして……」
修は、少しだけ躊躇ってから口を開いた。
「……それ、もしかすると“鶴姫”かもしれません」
言葉に重みがあった。
場に静けさが戻る。誰も、軽はずみに笑わない。
そして、その夜。
月が雲に隠れ、山の麓にある宿の部屋に、一つの影がすっと入り込んでくる。
眠る結の枕元に――若く美しい女の霊が立っていた。
その姿は凛として、けれど、頬には静かな涙の跡。
「……残された者は、どうすれば良かったのでしょうか」
その声に、結がゆっくりと目を開いた――。
次回予告
第98話『三十五の墓標――常山城跡にて(後編)ー静寂ー』
涙を流す鶴姫。
残された想いを受け止めるために、修たちは最後の儀式に挑む。
あの日の痛みと誇りを、未来へと繋ぐために――。
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